第7話 些細なハプニング

「あれ? 止まっちゃった?」


 迷宮都市に近づくにつれ、線路上に魔物が出現している可能性を考慮してゆっくりとしたスピードで走っていた車両が突如動きを止めたことで私は何か見えないかと窓の外に顔を出しながら車両の前方へ目を凝らす。

 しかし、残念ながら私達が乗っているのは比較的値段が安い後ろの方の車両なのに加えて緩やかにカーブしていてる影響で先頭車両を確認することができず、更には車両に乗っている大勢の気配が邪魔をして前方の状況を気配で探ることもできなかった。


「うーん……ほうひゃらどうやら線路上にまみょの魔物が出たみたいだな。それも、しょこしょこそこそこ力を持った魔物っぽいし……ゴクン、これはしばらく足止めを食らうかもな」


 時刻がちょうど昼時にだったこともあり、出発前に駅で買っていたサンドイッチを頬張りながらママはそう告げる。


はんふぁなんじゃふぉれへはそれではひょていふぉうり予定通りひゅはにゅと着かぬとひうほとふぁいうことか?」


「ちょっと、せめてもう少し飲み込んでから話さないと何言ってるか分からないよ」


 口いっぱいにハンバーガーを頬張りながら発言をするマリアに、私は思わず苦笑いを浮かべながらそう突っ込みを入れると、マリアは急いで口の中の物を飲み込んで再度口を開いた。


「それでは、この列車は予定通りの時刻には到着せぬということか?」


「だろうな。………この列車に乗っている車両警備隊の実力なら、魔物を追い払った後に周囲の安全確認を行う時間まで考えるとざっと1時間ってとこかな」


 マリアの問いにママがそう答えた直後、突然マリアは席を立つと同時に脇の方に立て掛けていた大斧を手に取りそのまま前の車両に向かって歩き出し始めた。


「ちょっと! 私達みたいな素人が行っても邪魔になるだけだよ!」


 慌てて立ち上がり、マリアの手を掴みながら思わず私は車両内全体に響くほどの大きな声を出してしまう。

 そして、当然ながらそんな私達は物凄く目立つ存在なので周囲の視線が一気に集まるのを感じ、若干気恥ずかしさを感じながら声のボリュームを落として説得を続ける。


「車両警備隊って、確かハンター資格を持ってて下級でも上の方か中級じゃないとなれないはずだから、まだハンター資格すら持ってない私達が行ったところで足手まといになるだけだよ」


「何を弱気になっておるのだ! 漆黒に染まりし我が神の力を持ってすれば、中級はおろか上級のハンターとて我が前に膝を折ることになるじゃろう!」


 胸を張り、自信満々にそう告げるマリアに私は呆れつつも反論を返そうと口を開くが、私が声を発するよりも先にいつの間にか私達の近くまでやって来ていたママが口をはさむ。


「いや、マリアもアリスも才能はあるし、そもそもわたしが鍛えたんだから強いは強いがそれでも上級は無理だな。まあ、確かに個々の実力で言えばこの車両に乗ってる警備隊といい勝負になるかも知れないが……連携の上手さやそこそこ場数を踏んでそうな動きを見るに、チームとしての総合力はあっちが断然上だな」


 未熟な私にはさっぱり分からないが、先頭車両よりさらに先の方で行われているだろう戦闘をどうやらママは気配だけで察知し、警備隊がどの程度の実力でどの程度の練度なのかを一瞬で見抜き、迷いない口調で率直な感想を口にする。


「ムゥ、母上は我が実力では力不足だと言うのか?」


「そうだな。これだけ連携の取れた部隊の中にアリス意外とまともに連携が取れないマリアが突っ込んでいけば間違いなく邪魔になるな」


 頬を膨らませながら訪ねたマリアに、ママが容赦なく適切な評価をぶつけたのでマリアはシュンとしながら「我だって、真なる力を開放すれば最強なんだもん」と小声で文句を告げるがママはそれをスルーして話を進める。


「まあ、ただこんなとこで1時間も足止めを食らうとさすがに腰に来るし、ファンタズムには早めに着いていろいろ顔を出しときたい場所もあるから魔物の排除を手伝うって案には賛成だけどな」


「え? でも、私達が行ったところで足手まといになるんじゃ—―」


 そこまで発言したところでママの思惑に気付いた私は言葉を止め、驚いた表情を浮かべながら「まさか、ママが戦うの?」と問い掛ける。

 正直、私はママがまともに魔物と戦っているところを見たことがない。

 基本的には『修行のため』とほぼ全部の戦闘を私とマリアに任せ、私がまだ幼くてまともに戦えなかった時は『アリスに何かあるといけないから』とほとんど逃げの一手だったし、ローエル村でも自警団に稽古をつけたりはしていたが実際の戦闘は自警団のメンバー任せでママは基本的に後方で様子を見てばかりだったのだ。

 ただ、普段の稽古でママの強さを嫌と言うほど理解している私はママが魔物に負けるなどとは欠片も思っていないので、ここまで頑なに戦闘を避けるのは何らかのやむを得ない理由があるのだと思っていた。


「それはわたしだってハンター資格を持ったプロだからな。もっとも、この列車に乗ってる他の実力者たちは警備隊だけで十分と判断して無視を決め込むつもりみたいだが」


 ママの言葉に、英雄に憧れる私としては若干納得できない感覚を覚えるものの文句を口にすることはない。

 そもそも、ハンター資格を持つ者が任務以外で脅威と成り得る魔物を倒したところで多少協会からの評価は上がるかも知れないがその討伐結果に対する報酬が出るわけではない。(ただ、魔物の素材を換金すれば多少なりとも収入は得られるが。)

 それに、今回のように正規の任務で護衛を行っているハンターがいる状態で余計な手を出し、もしも足を引っ張るような事態に陥ったがために本来無かったはずの損害を生じさせたらその賠償を行う義務が生じてしまうのだ。

 また、圧倒的に実力が上のハンターが横槍を入れてしまうと正規に依頼を受けたハンターが正しい評価を受けられない可能性も出てしまうため、余程のことがない限り手出ししないのが基本的なマナーだとされているらしい。


「しかし母上よ。母上が手助けするというのは良いのだが……なぜ武器を準備しておらぬのだ?」


「ん? 今回戦闘は全部2人に任せる方針だったから、重いしかさばるから私は武器なんて持ってきてないぞ」


「えっ!? ちょっと待って! それじゃあもしかして、素手で戦うつもりなの!?」


 周囲の視線を忘れて思わず私はそう叫ぶ。


「いや、言ったように警備隊の個々の実力は2人と大差ない程度だし、それが4人でどうにかできる程度の魔物なんて武器は必要ないだろ」


 そう自信満々に言い切るママに、未だその実力の足元にも及ばない私は何も言い返すことができない。(隣でマリアが瞳を輝かせながら、「我もすぐにそれぐらい言える実力になるのだがな!」とママに宣言していたのは流石だと思う。)


「さて、いつまでもここで騒いでいたら他の方に迷惑だしさっさと行くか」


 ママはそう告げた後、前方の車両に視線を向けながらニヤリと笑みを浮かべ、「それに、この列車にはマリアの他にも実力ある血気盛んな若者が乗っているようだし、早く行ってやらないと乗務員も大変だろうからな」と言葉を続けたのだった。

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