第8話 ヒスイとコハク
今回私達が乗っている車両は12両編成の車両で、その一番最後列である12両目に乗っていた私達は他の乗客の視線を集めながらもギリギリ大人一人が通れる程度の狭い通路(通路は狭いが3人掛けの座席に2人で座ればゆったりと過ごせるし、背もたれを動かして向かい合うように座れる程度には前後の間隔も余裕がある)を通ってどんどんと前の車両に移動していく。
ただ、それほど狭い通路が続くのは最も値段の安い8~12号車の後方5両だけで、5~7号車の3両はカフェやレストランなどが設置された飲食が行える食堂車両となっているためそれなりに通路に余裕があり、先頭車となる1両目を除く前3両は中央に比較的歩きやすい広さ(と言っても大人2人が避けずにすれ違えるほどの余裕はないが)の通路があるだけで座席は完全個室のため、前の車両に行けば行くほど進むのが簡単になってくるのだが。
そして、食堂車両である6両目を過ぎたあたりから微かに前方から戦闘音のようなものが聞こえだし、5両目の中間くらいまで差し掛かるころにはある程度鍛えているおかげで耳の良い私達でなくても十分聞こえるほどの戦闘が響いてきたことから、線路の先では相応に激しい戦闘が繰り広げられていることを察することができた。
「……乗ってる人が少なくなったからか、それともほとんどの人が気配を抑えたり隠したりしてる影響かここまで近づいてやっと警備隊や魔物の気配が分かるようになったけど……マリアはまだしも私より断然警備隊の人達の方が強いよね、これ。そんな人たちが4人がかりで苦戦するって、本当にママは素手で大丈夫なの?」
基本的に、気配で相手の力量を測る技術は私が未熟なのもあって百発百中の精度を誇るわけではない。
そもそも、強い人になればなるほど気配を誤魔化すのが上手くなるので私ではママの正確な実力を測ることはできないし、おそらく私と同程度の実力ならば上手く誤魔化されれれば力量を測り間違えることもあるし、何ならある程度格上の相手に対して普段から気配を隠す訓練を叩き込まれてきた私自身が実力を誤認させることもそれほど難しくはないだろう。
だが、戦闘時であれば(余程の実力差がない限り)自身の強さを誤魔化しながら戦うなど不可能なため、現在感じ取れる警備隊の4人の総合力と魔物の実力はほぼ互角くらいであり、そのどちらも私とマリアでは対処が困難(不可能とまでは言わないが)なレベルであることをすぐに理解できた。
そのため、いくら強いのを知っているとはいっても家族である以上どうしても心配になってしまうのだ。
「まあ、現役の頃に比べたらそれなりに力は落ちてるだろうけど、このぐらいならどうとでもなるだろう。それに……いや、とりあえず見てれば分かるからさっさと先頭車両に急ぐぞ」
ママにそう促され、私とマリアは大人しくその後に続く。
因みに、マリアはママが『2両目と4両目に2組、5人ほど上級クラスの実力を持ったハンターがいるな』と道中で言っていたため、その気配を自分も感じ取って見せると集中しているのでさっきから全然会話に参加していない。
そうして私達が2両目の中盤まで進んだところで、ふと先頭車両に今迄感じていた運転手と乗務員だと思われる気配の他にあと2人ほど気配を抑えた人物(と言うよりほぼ消してるレベル)が2人ほどいることに気付き、同時に『どうして分かんないのよ!』と女性の怒鳴り声が聞き取ることができた。
「何かもめてるのかな?」
私の問い掛けに、先ほどからずっと難しい表情を浮かべて悔しそうな呻り声を上げているマリアは返事を返さないが、ママはニヤリと笑みを浮かべながら「どうやら、自分たちを討伐隊に参加させろとごねてるらしいな」と返事を返しながらも歩みを止めず、「まあ、片方は相方の暴走を止めようとしているみたいだし、こちらの気配にも気付いているみたいだから聞けば状況を教えてくれるんじゃないか?」と言葉を続けながら先頭車両に続くドアを迷いなく開く。
ドアが開いた瞬間、一斉に4人分の視線が私達に集中する。
先頭車両にいた4人の内2人は私の見立て通り制服を着ているので運転手と乗務員で間違いないと思うが、手前側にいた2人、黒髪の男女は服装や腰に下げた刀からハンターであることを容易に察することができた。
しかも、この距離にいていまいち強さを測れないということは少なくとも私より実力が上なのだと察することができる。
「……確かにそこそこやるようだけど、あんた達じゃ実力不足よ。帰りなさい」
マリアより若干色合いが薄めの黒い長髪をツインテールにまとめた女性が鋭い視線を向けながらそう告げる。
身長はママとそれほど変わらないので160前半程度で、少女と言うには凛々しく、かと言って大人の女性かと言われると多少幼さを感じる顔立ちから察するに私より2つか3つ程度上ではないかと推測される。
「たぶん、この3人が実力不足なら姉さんも同じく実力不足になっちゃうと思うよ」
そして、ツインテールの女性と同じ色の短髪で170中盤くらいの背丈、それに隣の女性をそのまま男性らしくしたような顔つきの男性は『姉さん』と呼んだ隣の女性にジト目を向けながらそう告げる。
「ちょっと! あんたどっちの味方するのよ!」
「いや、僕はどっちの味方でもないけど……少なくとも身内として我儘を言って乗務員さんを困らせている姉さんの暴挙を止める義務は感じてるかな」
「な、なんですって!」
今にも掴みかかる勢いの女性とそれを軽く流す男性を見つめながらハラハラしていると、突然今迄無言だったマリアが一歩前に進み出ると突然口を開く。
「フハハハハハ! そこの小僧は良く弁えているようだが、我が真なる力を見誤るとはまだまだのようだな、小娘よ!」
私とママは『何を言い出すんだ、こいつは』と言った目線を、2人の男女は『なんだこの変な奴は』と言った視線を同時にマリアに向ける。
「我が名はマリア・ランベルト! この世に再び舞い戻りし闇夜を統べる堕天使! さあ、刮目せよ! 今、汝らは新たな神話の幕開けを目にすることになるのじゃからな!」
謎のポーズを決めながらマリアがそう告げた後、しばらくの沈黙がその場を支配する。
そして、そんな空気を無視する方針で覚悟を決めたのかママは「まあ、このアホは無視して本題に入るか」と2人に話掛けた。
「わたしの名前はターニャ・ランベルト。見ての通り一応は上級ハンターだ」
そう言いながら資格証を提示すると、2人は驚いた表情を浮かべながらも若干表情を引き締めるが、すぐに女性の方が何かに気付いた表情を浮かべると口を開く。
「あの—―」
「まあ、何を聞きたいかは表情で大体わかったが、まずは全員の自己紹介を済ませようじゃないか。マリアはもういいとして……次はアリスだな」
そして、女性が言葉を発した直後にその言葉を遮ると私に自己紹介をするよう振ってくる。
「ええと……アリス・ランベルトです。よろしくお願いします」
とりあえず私は一歩前に出るとそう挨拶をしながら頭を下げる。
「あたしはヒスイよ。そしてこっちが弟の—―」
「コハクです。よろしくお願いします」
コハクと名乗った男性は笑顔を浮かべ、握手を求めるように右手を差し出しながら一番近くにいた私の方へ一歩近づく。
しかし、記憶には無いものの幼少期のトラウマからか知らない男性への恐怖心があるらしく、私は思わずコハクさんから逃げるように後退ってしまった。
「プッ。何よ、嫌われてるんじゃない?」
「いきなり!? ……まあ、初対面の女性にいきなり握手を求めるのは失礼だったかも知れないね」
姉のヒスイさんにからかわれ、少し傷付いた表情を浮かべながらそう告げるコハクさんに私は「これは違うんです」と声を掛けようとするが、やはり無意識化でのトラウマからか声が小さくなってしまう。
そして、厄介なことにこの状況をかき乱すようにマリアが口を開く。
「貴様ら、我が相棒たるアリスに危害を加えると言うのであれば、今この場で格の違いをその身に刻んでやっても良いのじゃぞ」
「はぁ? 先に弟を避けた無礼者はそっちでしょ? それに格の違い? あんた、言葉遣いだけじゃなくて頭もおかしいんじゃない?」
マリアとヒスイさんの間で殺気がぶつかり、一瞬にしてその場を緊張が支配する。
そして、そんな2人を止めようと私とコハクさんが口を開きかけた直後——
「お前ら。血気盛んなのは結構だが、あまりおふざけが過ぎるようなら説教だからな」
そう告げるママの口調はいたって静かなものだった。
だが、その言葉を直接向けられた2人は勿論ながら視線を向けられているわけでもない私やコハクさんさえ一瞬呼吸を忘れてしまうほどの圧を感じ、数秒の間その場を沈黙が支配する。(因みに、私達が来た時点で蚊帳の外になった運転手と乗務員は私達に諍いに巻き込まれないよう車両の隅に避難していたが、ママから圧を感じた直後には小さな悲鳴を上げていた。)
そして、一瞬マリアとヒスイさんがママへ向かって何かを言おうと同時に口を開きかけるが、ママに笑顔を浮かべながら「ごめんなさいは?」と問われると再び凍り付き、やがてシュンと項垂れると同時に「「ごめんなさい」」と互いに向けて謝罪の言葉を発するのだった。
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