第6話 ダンジョン

 休憩を終えて出発した後は多少何度かの戦闘はあったものの特にこれと言って大きな問題も起きず、私達は日が沈む前にはパンデオンに到着することができた。

 強いて言えばパンデオン付近でラットル(ネズミに近い見た目をしているが、ネズミより圧倒的に大きいながらも丸っこいフォルムで愛嬌のある顔をしており、旅人にいたずらを仕掛けたり畑を荒らしたりなどの被害はあるが、草食で人命に関わるような危険性が低い魔物なので一部ではペットとして飼われていたりする)の群れに襲われたが、群れのボスであるボスラットル(普通のラットルよりも巨大な個体)を吹っ飛ばしたらあっさりと逃げて行ったので、『彼の獣は、その愛らしさに免じて特別に我が眷属に加わることを許してやろう!』と公言して(いくつかぬいぐるみも持っていて、今回の旅にも寝るときに抱っこするための1体を一緒に準備をしていた私にバレバレなのに隠せていると信じ込みながらこっそり持ってきて)いるマリアが少し残念そうにしていたくらいの出来事はあったが。


 余談だが、魔物と呼ばれる生物と呼ばれない生物の違いについて簡単に説明すると、単純にその生き物が人間(亜人や魔人も含む)や幻獣でなく魔力を持っている生物かどうかで分けられる。(幻獣と魔物が厳密にどう違うのかは私も良く分からないのだが、基本的に神々がいた時代に何らかの伝承が残っているドラゴンやペガサスと言った、普通の魔物よりも珍しくて強大な力を持ち人間とある程度の意思疎通が可能なほど高い知能を有している生き物が幻獣と区別されるパターンが多い気がする。)

 そして、魔力を持つ生物は基本的に魔力によって肉体が強化されており、魔力によって強化された肉体は魔術か魔力を帯びた攻撃(元々魔力が付与されている武器か戦闘時に自身の魔力で強化するパターンだ)でなければ傷付けることができないため、模擬戦や魔物を追い払うだけに留める場合は武器に付与する魔力量を調整する必要があるのだ。

 逆に言えば、大なり小なり個人差はあれど魔力を持つ人間を傷つけることができるのは同じ人間か魔物だけなので、魔力を持たない通常の生物が人間の脅威になることはほぼない(さすがに、ある程度大きさを持つ生物相手だと質量で押しつぶされたり、毒を持つ生物が体内に入ったりすれば命に関わることもあるため完全に無害とは言えないのだが)ため、魔物は『人類共通の脅威』と称されることもあるほどだ。


 無事にパンデオンに到着した私達はまず初めに一夜を明かすための宿を確保し、今日一日の移動で溜まった汚れと疲れを洗い流すために公衆浴場へ立ち寄り、その後は人生で数度目ぶりの外食を楽しんだ後に宿へと戻り、そのまま早めに就寝することにした。

 そして次の日の日が昇る前には起床すると、ママやマリアと日課の鍛錬を熟した後で朝食を済ませ、手早く荷物をまとめると迷宮都市ファンタズム行きの始発便に乗るべく駅へと向かった。

 正直、このパンデオンは私達が育ったローエル村の10倍程度の人口が住んでいる町で、グランフォリア王国東部最大の町でもあるので少しくらいは観光や買い物なんかも楽しみたかったのだが、ママから『ハンターになれば嫌でも各地を回るようになるんだから、ゆっくり観光するのはそん時で十分だろ。それに、パンデオンも迷宮都市もマシな宿に泊まろうと思えばそれなりに値が張るから、そんなゆっくりするだけの余裕なんて家には無いからな』と言われたので諦めるしかなかった。


 しかし、その代わりにパンデオンの鉄道で8時に出発する始発に乗ることで途中のトラブルがなければ15時くらいまでには迷宮都市ファンタズムに到着する予定であるため、向こうに付いたら多少街を見て回る余裕があるのではと期待はしている。

 そもそも、迷宮都市ファンタズムは王都ルーフェンを抜いてグランフォリア王国最大の都市と呼ばれており、その人口は数百万と言われている。

 王国の南東部、海に面しているだけでなく巨大な樹海、広大な荒野、険しい山岳地帯など多種多様な地形が密集している地域であり、その最大の特徴は名前にもある通り迷宮、つまりは多数のダンジョンが周辺に点在しているという点だろう。

 現在の調査では国内で発見されている千近いダンジョンの内半数以上がこの迷宮都市の周辺に集中しており、そのためそれらのダンジョンから漏れ出る魔力の影響か多種多様な植物や魔物が発見されていることからそれらの採取や研究のために人が集まることによりそれだけ巨大な都市が形成されるに至ったのだと言われている。

 それに、ダンジョン探索を専門に行うハンターが国内外から数多く集まる地でもあるため、この迷宮都市は王都がある中央から離れた位置に存在するのにも関わらず協会の王国本部はこの地に設置されているのだ。


 因みに、そもそも『ダンジョンとは何なのか?』と問われると、皆口をそろえて『良く分からない場所だけど、実力さえあれば一獲千金を狙える貴重な資源採集場所』だと答えるのではないだろうか。

 この『ダンジョン』と呼ばれる施設は、洞窟だったり人工的な門、さらには光輝く輪っかだったり魔力の渦だったりと形状は様々だが、共通して『ゲート』と呼ばれる入り口を通れば中に入ることができる仕組みとなっている。

 そして、ゲートを潜り抜けた先には洞窟や人工的な通路、植物の迷宮や広大な草原、中には水の中を通り抜ける通路など様々なフロアが待ち構えているのだが、それらのフロアには一定間隔で無尽蔵に魔力によって形作られた魔物が湧き出してくる仕組みになっている。

 更に、各フロアの終点で待ち構えているフロアボスと呼ばれる強力な魔物を倒すと次のフロアに繋がるゲートが出現し、最奥まで辿り着けば強大な力を持ったダンジョンボスに挑むことができ、それを撃破すると入り口に戻れるゲートが出現する構造になっている。

 一見それだけ聞けば『なぜ一獲千金を狙えるのか?』と疑問に思うだろうが、このダンジョン内で出現する魔物は倒せば魔力が魔物の姿を形作る際にその核として生成される魔核を入手することができ、この魔核を加工することで様々な動力として利用される魔石を作り出すことができるため、高濃度の魔力が濃縮された魔石を有する強力な魔物を倒せば、その魔核を販売することでそれなりの収入を得ることができるのだ。

 それに加え、ダンジョン内では地形によって魔力を含んだ特殊な植物や鉱石を採取できる場合もあるため、それらを求めて多数のハンターが日夜ダンジョン探索に挑んでいるのだ。(因みに、ダンジョン内で取得した物品の所有権は原則発見者に帰属されるため、力尽きたハンターが残していった遺留品なども発見者が自由にして良いルールになっているが、極稀に発見されるダンジョン研究に必要だと判断された資材や歴史的な資料と成り得る物品は一定の金額で強制的に買い取られる場合もある。)


 しかし、当然ながらダンジョン探索にはそれなりの危険が伴う。

 そもそも、無限に湧き続ける魔物は最初にいた個体と同等のものが出現するパターンが基本なのだが、極稀にフロアボス、それも何階層か先(層が深くなるほど基本的に魔物の脅威度が増す)に出てくる個体と同程度の魔物が出現する場合もあるため『このフロア程度の魔物であれば問題ない』と油断すれば死に繋がる危険性があり、基本的にダンジョンボスを倒す以外でダンジョンから脱出するには今迄通って来たルートをそのまま戻る必要があるため、もしある程度階層を進んだところでそれなりの傷を負えば出口まで辿り着けずに命を落とす可能性が高いのだ。

 それに、ダンジョンに出現する魔物は魔力によって形作られた非生物である関係か魔物除けの結界がまともに機能せず、広大なダンジョン内を数日掛かりで探索するためにはそれなりに準備と人員を必要とするのだ。(因みに、比較的狭いダンジョンは日帰りで探索が可能ではあるが、その代わりに極端に魔物が弱くてまともな収入に達するだけの魔核を取れないケースが多い。)


 ただ、このようなダンジョンが『なぜ存在するのか?』と言う疑問には未だ明確な答えが出されておらず、『神々の時代に人間を試すための試練として創られた』とする説や、『今までの歴史で封印された邪神が復活する際に必ずダンジョンから出現するという法則がある以上、ダンジョンは邪神を封じている異界に通じる道なのではないか』といった説、更には『ダンジョンとは一つの城、一つの世界として神々が支配していた領地なのではないか』という説も存在する。

 だが、それらの説はどれも裏付けとなる証拠が見つかっておらず、分かっていることと言えばかつて神々が世界を支配していた神歴(終わりを0年で数え、昔に戻るたびに神歴1年、神暦2年と数えていく)に使われていた古代言語で、その当時の人類もダンジョンの研究をしていたということくらいだろうか。


 そんなこの国で最も多くの神秘が集まる街、迷宮都市ファンタズムに思いを馳せながら、私は人生で初となる(ママ曰く生まれて間もない頃に乗ったことはあるらしいのだが、私の記憶には一切ないのでノーカンで良いだろう)鉄道の旅を満喫するのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る