第4話 マリアとの出会い

「さて、それじゃあそろそろ休憩しようか」


 太陽の位置的にちょうど正午になったころだろうか。

 周囲の警戒は怠らないまま私とマリアが雑談を交わしながら歩いていると、背後から付いて来ていたママにそう声を掛けれた。


 結局、私達に襲い掛かってきた魔物は予想通りウルフタイプの魔物であるレッドウルフの群れで、数も10匹程度だったので簡単に追い払うことができた。

 正直、やろうと思えば一気に全滅させることもできたのだろうが、ダンジョンで出てくる魔物と違って死骸の処理も大変(ダンジョンで出てくる魔物の多くは純粋な生物ではなく、魔核と呼ばれる鉱石を中心に魔力が集まった物らしく討伐すれば肉体を構成していた魔力が霧散して魔核を残して消えてしまうのだと教わっている)だし、考えなしに魔物の数を減らし過ぎると周辺に生息する魔物の縄張りが大きく動くことになり、下手をすると現時点でそれほど魔物の被害が出ていない地点に強力な魔物が入り込んでしまったりなどで人里に被害が出るリスクを無駄に上げてしまう危険性があるため、基本的には追い払うだけに留めるのがマナーなのだ。

 もっとも、あまりにも人里に近い場所に人へ危害を加える可能性が高い魔物が入り込んだ場合はそんなことを言っている余裕などないのだが。

 そしてその後も何匹かの魔物に遭遇したものの、特にこれと言って苦戦することもなくほぼ予定通りの時間で私達はローエル村とパンデオンの中間地点を少し進んだところまで到着していた。


「この調子なら、予定よりも早くパンデオンに到着するんじゃない?」


 適当な木陰に荷物を下ろし、比較的汚れが少ない手ごろの大きさの石に腰を下ろしながらママにそう尋ねると、適当な平地に胡坐をかいて座りながらママはにやりと笑みを浮かべて「それがそうもいかないんだな」と返事を返す。


「記憶が確かであれば、この先は我らが初めて巡り合った峠道じゃったか?」


 そう言いながらマリアは私と同じように手ごろな石を見つけて腰を下ろすと、すぐに自分の荷物から準備していたお弁当を取り出して昼食の準備に取り掛かる。


「ここら辺だったっけ? ……うーん、もう10年近く前の話だし、あの時はいろいろあった後だったうえに雨も降ってたから全然覚えてないや」


「まあ、あんときのアリスはずっとボロボロのマリアの手を握りながら『頑張れ!』『きっと助かるから!』って励ましつつ泣いてたし、景色を見てる余裕なんてなかっただろうからな」


「な、泣いてなんかなかったはずだよ! そもそも、あの日は物凄い雨が降ってたから泣いてたかなんてわかんないじゃん!」


「いや、我の記憶でもアリスはずっと目を真っ赤にして泣いておったと記憶しておるんじゃが?」


 2人にそうからかうように告げられ、私は頬を膨らましながら「絶対2人の勘違い!」と告げると、マリアと同じように自分の荷物からお弁当を取り出してそっぽを向きながら昼食を取り始める。

 そして、そのついでにもうほとんど薄れてしまっている10年前の8月を思い出してみるのだった。


――――――――――


 人歴1117年の8月、私は初めて(正確には、生まれは王都なので初ではないのだが)ママと一緒にローエル村を出てパンデオンにやって来ていた。

 何をしに来ていたかと言うと、ママが私もハンターを目指すうえでより広い世界を知っていた方が良いのではと判断し、私が望めばその年の9月からパンデオンの初等学校に通えるよう下見に連れてきてくれていたのだ。

 結局、ローエル村で全員が顔見知りである状況が当たり前になっていた幼い私は、パンデオンで知らない人へ気軽に声を掛けて回ったりママが少し目を離した隙に知らないおじさんに付いて行き、挙句攫われそうになったトラウマからある程度自分の身は自分で守れる程度の力を付けるまではローエル村にいたいと望んだらしい(誰かに攫われかけた恐怖はうっすら覚えているが、その後自分がママにどんなことを話したのかはおぼろげにしか覚えていない)ので、私はパンデオンの初等学校に入学することなくローエル村へ戻ることになったのだが。

 そして、不運なことにちょうどパンデオンを出発してすぐに天候が急変し、激しい雨になったせいで思うように進むことができず(確かあの時は、行きは今と同じようにある程度私も特訓と称して歩かされつつも疲れたらママが負ぶってくれて、帰りは足止めを食らうまではずっとママが私を負ぶってくれた記憶がある)に足止めを喰らうこととなるのだが、たまたま雨宿りで立ち寄った洞窟でママが近くに弱々しいが人の気配があることに気付き、街道から外れて少し森の中に進んだ先、茂みに隠れるようにひっそりと存在した小さな洞窟の中でボロボロの状態でうずくまるマリアを発見したのだ。

 その時のマリアの様子は今でも覚えているが、ケガをしているのかずっと右を固く閉じていて(今でもその後遺症か、時々右目が本来の琥珀色から赤っぽく変わることがあるため、マリアは別に右目が見えないわけでは無いのに外では基本右目を隠す眼帯を付けている)、よほどのことがあったのか言葉をしゃべることもできず、ただ手負いの獣が威嚇するような鋭い視線を私達に向けていた。

 それに、マリアがある程度不自由なく喋れるようになった半年後に分かったことなのだが、この時のマリアは何も分からない状態で自分の身を守るために必死で、自分がどこを目指すべきかも分からずに彷徨い歩き、そして力尽きて何とか見つけたその小さな洞窟で動けなくなっていたらしい。


 当然ながら、そんな状況のマリアを私もママも放っておくことなどできず、これだけ衰弱している状況であれば一刻も早く治療が受けられる環境に連れていく必要があったのだが、残念ながらそこはパンデオンに戻るにもローエル村を目指すにも、酷い雨の中を私と瀕死のマリアをママ一人で抱えなながら駆け抜けるには距離があり過ぎた。

 ここら辺の記憶は曖昧なのではっきりとは覚えていないが、当時の幼い私は『ママなら、この子一人だったらあっという間に街まで戻れるよね! 私、ここでママが迎えに来るのを大人しく待ってるから、この子を助けてあげて!』とママにお願いしたようなのだが、少し前に私はパンデオンで攫われそうになったばかりだし、もしこのボロボロの少女が盗賊などに捕まっていたのを逃げ出した、なんかの事情があれば一人残される私が危険にさらされる可能性があるためママはその方法を選択はしなかった。

 その代わり、私に『絶対に誰にも言っちゃダメだからな!』と念を押したうえで幻獣召還の禁術を行使し(幻獣に分類される生物は国によって聖獣として信仰されているため、幻獣の召還と使役、それに捕獲や狩猟などの行為が多くの国で禁止されている)、角が生えた巨大な白銀の馬(私の記憶ではその幻獣は太陽の女神ソルマリアの使いとされている一角獣ユニコーンなのだが、前に読んだ本で一角獣は男性や子供を産んだ女性がその背に乗ろうとすると酷く暴れるため、ソルマリアを信仰する宗教の中には聖女の称号を授ける条件として『一角獣を制御できる者』としている宗派もあると書いてあったので、実際には月の女神ルナマリアの使いとされながらも比較的大人しくて誰でも乗せてくれると言われる二角獣バイコーンだったのかもしれない)を召還すると、そのまま私とマリアを乗せて一気にローエル村まで駆け抜けたのだ。

 因みに、流石にそのまま幻獣を連れて村に入るわけにはいかないため、村が目視できる地点で送還術を使って幻獣を元の場所に送り返した後、瀕死のマリアをママが抱きかかえて走り、私は遅れながらも必死にママの後ろを追って走ることになったのだった。

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