第3話 幼き日の思い出

 私はパパの顔を知らない。


 ママが元ハンターであったように私のパパもママと同じく上級ハンターとして活躍していたのだと聞いているが、ママが私を身籠ったのが発覚してしばらくしたころ、パパは協会から依頼された強力な魔物の討伐任務で不覚を取り、懸命の治療虚しく帰らぬ人となってしまったのだと教えてもらった。

 そのため、お腹の中の私とたった2人残されたママはこのままハンターを続けながら私を育てるのは難しいと判断し、私が生まれて1年ほどは拠点としていた王都で生活を続けたものの、その後はママの出身地であるローエル村(ママのパパとママ、つまり私の祖父母はママが14の時に流行り病で他界しており、近くに親戚もいなかったママは実家の管理を近所の人達に任せ、村を出てハンターの道を選ぶことになったらしい)に戻り、村の警備や自警団へ指導を行ったりしながら私を育ててくれたのだ。

 正直、幼いころの記憶などそれほどしっかりと覚えているわけでは無いのでおぼろげな記憶にはなるが、パパがいないことへの寂しさも多少はあった気はするが、村のみんなが私を本当の娘や妹のようにかわいがってくれたのでそれほど自分の状況を不幸だと思ったことはない。(もっとも、ママが言うには幼い私は『パパに会いたい!』とか『どうして私にはパパがいないの?』とかしょっちゅう泣いてママを困らせていたらしいのだが。)


 ただ、ローエル村は小さくてそれほど裕福な村ではないため、当然ながら常に誰かが私の面倒を見れるほど労働人口に余裕があるわけでもなく、ママも女手一つで私を育てなければならないのでそれなりに忙しく、村にはあまり歳が近い子供が少なかった(一番年齢が近かったのも5つ上のお兄さんで、村内の子供のほとんどが6歳の誕生日を迎える年にはパンデオンにある初等学校の寮に行ってしまう)ために幼い私が一人で家に残らなければならないことも珍しくはなかった。

 そのため、一人になる私が少しでも気がまぎれるようにだと思うが、ママは『小さなうちに、文字の読み書きを覚えておけば便利だから』とか言いながらパンデオンから行商人がやってくるたびにいろいろな絵物語を私に買い与えてくれたのだ。


 そして、そんな数ある絵物語の中で最も私の関心を引いたのは、私と同じ名前を持つ一人の英雄の物語だった。

 その女性は、このグランフォリア王国建国時に存在したとされる【七英雄】の一人で《黄昏の剣姫トワイライトヴァルキリー》の異名を持つアリス・ローレライという女性剣士だ。

 彼女の最も有名なエピソードとしては、まだ未開の地を切り開いて建国されたばかりのグランフォリア王国、その唯一の都市である王都ルーフェン周辺にも依然数多くの脅威が残っている状況であったらしく、その日も多数出現した強大な魔物を討伐するために他の【七英雄】や多くの兵力が王都を不在にしていたのだという。

 そんな状況の中、突然王都近郊にあるダンジョンの一つから多数の魔物が溢れ出し、その大群(物語の中では『万を超える魔物の群れ』と語られている)がそのまま王都を目指して進軍してきているとの知らせが入ることになる。

 当然、主力となる部隊のほとんどが不在の状況でそれほどの大群に対処できるわけがないので、王都の守護に残っていた騎士たちの間には絶望的な雰囲気が広がるのだが、そんな騎士たちを奮い立たせ、自ら先頭に立って万の魔物の進行を他の主力部隊が戻ってきた日没まで食い止めてみせたのだ。


 絵物語の中で描かれる私と同じ名前の女性が、仲間を鼓舞しながら自身がどれだけ傷つこうとも守るべき民のために諦めずに戦い続ける雄姿はとてもかっこよく映り、何度も何度もそのお気に入りの物語を読み返す度に幼い私は『いつか私もこんな英雄になりたい!』という思いを強くすることになる。

 そしていつしか私はママに、『【七英雄】のように、人々を助ける英雄になるためにママみたいなハンターになりたい!』とせがむようになっていた。

 ただ、自身がハンターとしてこの仕事がどれだけ大変な仕事であるかを理解し、そもそもパパはハンターだったからこそ私が生まれる前に命を落としてしまったのだから最初はママも私がハンターを目指すことにあまり乗り気ではなかったような気がする。

 だがあまりにもしつこい私に根負けしたのか、それともママも幼いころにこの騎士の物語に憧れたからこそハンターと言う危険な職業を選び、そして生まれた我が子にその騎士と同じ『アリス』と言う名を名付けたからか、最終的には私の夢を応援してくれるようになったのだ。

 もっとも、ハンターを目指す条件としてママの地獄の特訓に耐えて十分な実力をママに認めさせる必要があったので、これまで何度ママに泣かされて心が折れかけたかは分からない。

 それでも、この程度で音を上げるようでは目標とする英雄など到底なれるわけがないと幼い私は必死に自身を奮い立たせ、挫けそうになる度に絵物語に出てくる様々な英雄たちの姿を思い浮かべながら必死に頑張ることになる。


(まだマリアが家に来る前だから4歳か5歳になったばかりの記憶だと思うけど、これほどはっきりとその時の感情を思い出せるってことは幼い私に対してママもよっぽど容赦なかったんだろうなぁ。まあ、そのおかげでこうやってママに認められてハンター試験を受けることができる程度には成長できたってことだし、今になって思えばギリギリ私が耐えられる範囲で加減はしてくれてたんだろうから言葉にはしないけど感謝はしているんだよね。……うん、言葉にすると照れくさいし絶対めんどくさい絡み方してくるだろうから絶対に言わないけど!)


 そんなことを考えながら歩いていると、ふと私はこちらに向かって来る魔物の気配に気づいて足を止め、その場に荷物を置くと腰に下げた剣に手を伸ばす。


「おっ? しばらく自分の世界に入り込んでたみたいだが、ちゃんと気付いたみたいだな」


 私と同じく足を止めてはいるものの、まったく戦闘態勢に移る様子を見せないままママはそう私に声を掛ける。

 そして、私より先に魔物の気配に気づいていたらしいマリアは既に荷物を下ろして愛用している大斧を構え、既にいつでも戦闘に入れる準備を整えていた。


「さて、それじゃあ出発前の打ち合わせ通り、わたしは余程の場合以外は手助けしないから道中の魔物は2人でどうにかするように! 何なら、これも試験の一環だと思ってわたしの護衛任務を請け負っている気概で挑みな」


「フッ。気配から察するに、この程度の魔物であれば我らの敵ではないわ! 我とアリスの力を持ってすれば、こんなもの肩慣らしにもならぬじゃろう」


「油断しちゃダメだよ! 魔物の中には厄介な特性や能力を持ってるやつもいるし、前もマリアが後先考えずに斬り付けた魔物が爆発して危うく山火事になりかけたのを忘れたの?」


「うぐっ…と、当然忘れてはおらぬ! その証拠に、今回もこうやってアリスの指示があるまで無闇に突っ込んだりはしておらぬではないか」


 確かに、去年ママから出された課題として村の近くにある森に出現する魔物の調査を行った際には、魔物の気配を察知すると同時に私が制止する間もなくマリアが突っ込み、強い刺激を与えて倒すと自爆するので水系統の魔術などで対策が必須であるボムプラントの群れを一刀両断して大爆発を引き起こし、そのせいで山火事になりかけてこっぴどくママに説教を喰らった時から考えれば随分と成長しているだろう。

 だが、こうやって定期的に釘を刺しておかないとマリアは調子に乗っていずれ似たようなやらかしをするので油断ならないのだ。


(でも、明らかにこの魔物たちはかなり離れた位置から私達の存在に気付いて襲いに来てるし、この数と接近速度から考えるとウルフタイプの魔物だろうからマリアが突っ込んだとしても問題ないんだろうけど……こんなところでこんな日中に出現するわけないんだろうけど、物理攻撃がほとんど通用しないファントムウルフの群れ、って危険性もあるし、どちらにせよ油断は禁物だよね!)


 そう心の中で気合を入れながら、私はもう数秒もすればその姿が見えてくるだろう魔物の気配に意識を集中するのだった。

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