第2話 ハンター協会

 朝食を済ませ、再度荷物の確認を終えると私達3人は予定通り8時前には家を出た。


 私達が住んでいるローエル村はグランフォリア王国の東側に存在する人口数百人程度の小さな村なので、当然ながら馬車の定期便や鉄道網、それに最近普及しだした動力車(魔石と呼ばれる宝石を動力に走る車)を持っているような人もいないため、基本的に別の村や町へ移動する時には徒歩か馬を利用するしかない。

 しかし、『これも丁度良い訓練になるから』というママの方針で今回私達は鉄道網の整備が行われている隣の比較的大きな町、パンデオンまで半日かけて移動し、そこで一泊した後にさらに鉄道で半日かけて迷宮都市ファンタズムまで移動する計画となっている。


 では、なぜ私達が迷宮都市を目指しているのかと言えば、一言でハンター資格を得るための試験を受けるためだ。

 まあ、そもそも『ハンターとは何なのか』という話だが、端的に言ってしまえば人類共通の脅威である魔物に対抗するために組織された国際機関、と言ったところだろうか。

 もっとも、約900年前にこの組織が発足した当初は魔物を狩ることだけが目的の組織であったと教わっているが、その活動が各地に広まり国際組織化した近年では魔物の討伐だけでは組織運営を行う資金確保が難しくなり、ダンジョンの探索や護衛任務、迷い猫の捜索から町の清掃まで請け負う何でも屋、と言った方がしっくりくる組織になっているのだとか。

 因みに、この組織の名称は単純に『ハンター協会』(通称は協会)というのだが、協会に登録したハンターは一般や国から協会に寄せられた任務を斡旋してもらい、任務を達成するとそれに応じた報酬を受け取れる他に討伐した魔物の素材を換金することができ、協会側は仲介手数料や買い取った素材を研究機関に卸したり武具に加工してハンターに販売することで利益を得ている。

 ただし、協会がハンターに任務を斡旋するとは言っても当然ながら実力不足のハンターに分不相応の任務を気軽に受けてもらっては依頼者に迷惑がかかるため、ハンターにはそれぞれ協会で定められた階級が与えられ、協会が独自に判定した難易度に応じて受けられる任務が限定されるのだが。(それに、一応受注前に相応の保証金を払う必要がある(当然任務が成功すれば戻ってくるが、失敗すれば全額没収される)ため、駆け出しの貧乏なハンターはどうやっても高難易度の任務を受けることは不可能なのだが。)


「それより、本当に大丈夫なのであろうな? 実際に行ってみれば母上の資格はとっくの昔に失効していて推薦資格がなかった、などと間抜けな結果で終わったりはせんじゃろうな?」


 小さな村なので私達くらいの子供が少なく、みんな私達を孫か娘のように気にかけてくれていたので畑仕事に向かうついでに多くの人たちが見送りに来たため、思ったよりも時間がかかったものの無事に村を出てすぐのところでマリアがママにそう問いかける。


「うーん、大丈夫じゃない? 基本、上級まで上がれば犯罪行為で捕まるか指名手配にでもならない限り資格はく奪まではされないし、再登録で二階級下げられたとしてもまだ上級なのには変わらないから推薦資格はあると思うけど」


「でも、ママが最後に任務受けたのって私が生まれる前なんだよね? そうなると最悪二階級と言わないくらい下げられちゃうんじゃないの? それとも、私が知らないだけで定期的に資格の更新に行ってたとか?」


「いや、最も近場で支部があるパンデオンに行くのもマリアを拾った10年前のあの日が最後だし、そん時はアリスも一緒だったから立ち寄ってないのは知ってるだろ? そもそも、更新手続ってわざわざ階級相当の任務を受けないといけない関係上、あまり頻繁に階級相応の依頼が入るわけじゃない上級はそこらへん緩いから大丈夫だろ」


 のんきな笑顔を浮かべてそう返すママに、私は若干の不安を覚えながらもママから基本教養として教わったハンターの階級制度と資格試験の受験資格について頭の中で思い返す。


 そもそも、ハンター試験は誰でも受けられると言うものではない。

 本来、試験を受けたいのであれば事前に各国に設置されたその国の協会本部(私達が暮らすグランフォリア王国では迷宮都市ファンタズムに存在する)が運営する養成学校に入学し、数年間のカリキュラムにおいてハンターとして必要最低限の身体能力と人格を認められ、仮資格と准10級の階級を受けることで初めて受験資格を得ることができるのだ。

 そして、無事に試験に合格した時点で正式な資格証と10級の階級を与えられ、その後の活躍が認められれば9級、8級と階級が上がっていくのだ。

 因みに、准10級を初級、10~7級を下級、6~4級を中級、准3級~1級を上級と呼び、仮資格である初級から下級に上がる際に試験が必要だったのと同じように下級から中級、中級から上級に上がる際に試験を受ける必要があることから普通は自分の階級を名乗るときは細かい数字より下級や上級と言った総称の方を名乗るのが一般的なのだと言われている。


 ただ、活躍を認められれば階級が上がるのと同じように当然ながら活躍が不十分だと判断されれば階級が下がることもあり、原則2年に一度は階級相応の任務を受けるか相応の危険度を持った魔物の討伐を行って素材を持ち込むことが条件付けられており(階級が上がれば数年がかりの大規模な任務などもあって他の任務に当たる余裕がない場合もあるため、原則であって例外も存在するらしいのだが)、それを達成しなければ自動的に2年に一度は一階級下がる仕組みになっているのだ。

 それに、職業柄任務の途中でハンターが命を落としたり行方不明になるケースも珍しくないため、長期任務の例外を除いて任務を受けた後に1年以上報告がないか、最後の任務を達成して5年以上新たな任務の受注がなければ死亡とみなしてハンター資格を停止されてしまうのだ。

 その場合、再度資格を得るには一度その国のハンター本部で長期間音信不通となった原因の報告(『任務の途中で予想外の大けがを負い、治療に時間を要したので連絡が行えなかった』とか、『最後の任務を受けた後に結婚して出産、子育てに専念していて新たな任務を受ける余裕がなかった』と言った理由が多いらしい)を行い、それが妥当な理由であると判断されれば資格の再発行が行われるのだが、任務を受けていない期間に感覚が鈍っている可能性を考慮して強制的に最低2つは階級を落とされるのだ。


 そして、私とマリアが危惧しているのはこのペナルティにより自称上級ハンター(資格証に印字された協会のマークがゴールドなので本当だと信じるしかないが)のママが、中級(因みに、中級だと協会のマークがシルバー、下級だとブロンズ、初級だとホワイトで印字されている)にまで落ちており、ママの推薦による受験資格の獲得が不可能になるのではないかと言うことだ。

 先ほど述べたように、基本的にハンター試験を受ける資格を得るためには数年間の教育課程を修了する必要があるのだが、当然ながらそれにも例外が存在する。

 その方法は、上級の資格を持つハンターによる推薦の下、通常とは異なる試験を受けて資格を得るというものだ。

 この場合、試験が実施される本部に受験者のみでなくその推薦者となる上級ハンターが随行して手続きを行う必要がある他、上級ハンターが推薦する以上相応の実力者と判断されて通常よりも危険な試験を受ける必要が出てくる。

 その代わり、簡単な採取や配達、小型の魔物退治といった初歩的な任務しか受けることのできない10級からではなく、試験の結果に応じて最初から上の階級(と言っても下級最大の7級までだが)からスタートすることが可能なのだ。


(本当は、コツコツと一番下から地道に実績を重ねていく方が良いのかもしれないけど……それでも、私の夢を最高の形で叶えるために、目の前に転がっているチャンスをわざわざ見逃すのは勿体ないよね!)


 そう心の中で呟きながら、思考に没頭していたせいでなぜその話題になったのかは不明だがママとマリアがこれで何度目になるか分からない『犬と猫、最強のペットはどちらか』論議を始めたのを無視して黙々と歩みを進め、私がハンターを目指そうと思った幼き日の思い出に意識を向けた。

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