第1話 旅立ちの朝
「さあ、いつでもかかっておいで!」
もうすぐ日の出かという早朝、家から徒歩5分ほどの距離にある開けた空き地でそう声を掛けて来た目の前に立つ赤毛の女性への剣を構えたまま警戒を緩めず、私アリス・ランベルトは隣に立つ巨大な斧を構え、ポニーテールにまとめた長い黒髪と右目を隠す眼帯が特徴的な少女に視線で合図を送る。
そして黒髪の少女が頷きを返したいの確認した直後、私は全力で魔力を放出して無断に巨大な火の玉(私の身長よりも大きい直径160ぐらいの巨大さだ)を三つほど作り出し、それを赤毛の女性へ放つと同時に走り出す。
「また魔術で目くらましか?」
女性の身長も私より10㎝程大きいとはいっても、火球より多少背が高い程度なので私の位置から直接彼女の姿を目視はできないが、気配を読む限りでは女性は呆れたようにそう呟きながらもガントレットを装着した手を腰に当てたまま構えようともしていない。
彼女は知っているのだ。
もしこの火球をそのまま彼女に当てようとしても、未だ彼女の速さを捉えられない私ではどれだけ火球を大きくし、その数を増やそうとも彼女に攻撃を当てることはできない。
それに、以前試したように直前で爆発させて視界を完全に奪おうとも、私より高い精度の気配感知能力を持つ彼女であれば、たとえ私が100人いたとしても目を瞑ったまま攻撃を回避することが可能だろう。
「でも、これならどう!?」
ある程度距離を詰めたとこで私はそう声を上げると、目の前にある火球二つの動きを止めると同時に魔力による圧力をかけて10㎝程の大きさまで圧縮し、私が火球を追い越した時点で一気に爆発させる。
そして、あらかじめ背後に展開させていた魔力障壁に強烈な衝撃が加わるのを感じながら、一気に加速力得た私の体は彼女との距離を瞬きの間に0まで縮める。
(私の身体能力と魔力強化で追いつけないなら、外的要因を利用して加速するしかないよね!)
刹那の間に私は心の中でそう叫びながら、自分では制御不能の速度で移動する体の制御を放棄して全力で構えた剣を横薙ぎに振るう。
だが、彼女は軽くため息を吐き出すと同時に利き手ですらない左手を上げると、軽く曲げた人差し指と中指の二本だけでブレードを掴み取り、地面すら大きく抉るほどの衝撃さえもそのショートヘアを風でなびかせる程度の衝撃で受け流してしまう。
「捨て身の攻撃にはさすがに驚いたが…でも、こんな単調な攻撃が当たるわけないだろ?」
そんなことは言われずとも分かっていた。
そもそも、この速度まで加速してもようやく彼女が回避行動に移る前に攻撃を放てる程度なのは最初から想定内なので、私の本当の初めから目標は別にある。
「? ……成程。アリスの目的は剣に付与した拘束魔法と加重魔法でわたしの動きを止めることか。そうなると……フフッ、ずいぶんと気配隠蔽の技術が上達したじゃないか」
そう告げながら彼女が残る一つの火球に視線を向けた直後、私は「今だ!」と声を上げながら武器を手放し、そのまま全力で後方へと飛んだ。
そして次の瞬間、今まで大斧を構えたまま初期の位置から微動だにしていなかった黒髪の少女が姿を消したかと思えば、同時に今まで火球に姿を誤認させていた少女が大地を蹴って空高く飛び上がり、そのまま一直線に赤毛の女性目掛けてポニーテールにまとめた長髪を風になびかせながら落下し、先ほど放った私の無理な一撃よりもはるかに素早い速度で上段に構えた大斧を振り下ろす。
「——ッ! っとと……。や、やった! ついに—―」
衝撃を受けて思った以上に吹き飛ばされながらも、どうにか体制を立て直しながらそう口にした直後。
「気を抜くな! まだじゃ!!」
土煙の向こう側からそう声が聞こえたの同時にドゴンと衝撃音が響き、次の瞬間167以上ある長身がまるで冗談のような速度で私の方に飛んでくる。
「ちょ!? なにが—―」
咄嗟のことに反応が遅れた私は避けることも受け止めることも間に合わず、飛んできた彼女の体に吹き飛ばされてそのまま意識を手放すのだった。
――――――――――
「……ハッ! ———いつつ……。私、どれくらい気を失ってたの?」
完全に日は登っていたものの、太陽の位置から推測するとそれほど大した時間気絶していたわけでは無いと推測しながら、私はすぐ側に感じた二つの気配の内一つ、先ほどまで対峙していた赤毛の女性、私のママであるターニャ・ランベルトに声を掛ける。
「30分くらいだね。もっとも、マリアは数分で目覚めたからまだまだアリスは鍛え方が足りないようだね」
「アタタ……。そもそも、いたって平凡な私とギフテッドのマリアじゃ体の丈夫さが違うんだから、同じ物差しで測らないで欲しいんだけど」
私はそう返事を返しながら、体のどこかに異常がないかをしっかりと確認していく。
「ふむ。確かに我は世界を統べる漆黒の邪神として選ばれた者故、常人とは比べ物にならぬ強靭な肉体を有しておるが、
そう声を掛け来た黒髪の少女、マリア・ランベルトに視線を向けながら『この妙な喋り方さえなければ、顔もスタイルも良いからモテルんだろうけどなぁ』なんて何度目になるかも分からない感想を覚えながら、「ははは、まあそれでも魔術が一切使えないマリアに、魔術や魔道具を使った搦手で攻めても勝てないんだけどね」と遠い目をしながら返すと、「当然であろう! 闇夜を統べる邪神たる我は最強なのじゃからな!」とその豊な胸を張りながら自慢された。
「まあ、それでも二人束になってかかってきたところでわたしの足元にも及ばない実力だから、どっちも五十歩百歩ってとこだけどな」
そして、血筋なのか私と同じくほぼない胸を張りながらドヤ顔でそうママに自慢され、マリアは眼帯で覆われた右目を手で隠すようなポーズを取りながら「フ、フンッ! 我が封印せし真なる力を開放すれば、本来何人たりとも我に敵わぬのじゃが……あいにく、今はまだ邪神たる我が復活していることを神々に悟られるわけにはいかぬ故、弱者の烙印を甘んじて受けようではないか」と、悔しいのか若干プルプルと震えながら返す。
「はいはい。邪神だかなんだか知らないけど、いつかあんたたち二人が本気のわたしに勝てるほど強くなるのを楽しみに待ってるよ。ただ、できればわたしが年取って動けなくなる前には超えて欲しいところだけどね」
余裕の表情でそう返すママに、私は頬を膨らませ、マリアは顔を赤らめながら睨むだけで言葉を発することはなかった。
正直、私達はママの指導を受け続けたこの約10年間、ただの一度も攻撃を掠らせることすらできていない。
それどころか、実力を付ければ付けるほどママが全然本気を出していないどころか動きの癖から普段私たち二人の相手をする際に使っている徒手空拳での戦い方が本来の戦闘スタイルではないことも分かってきたので、ママと私達の間には絶望的なまでの実力差があることを実感しているのだ。
「さて、それじゃあいつまでのんびりしてないでさっさと戻って朝食と準備を済ませて出ようか。8時までには家を出ないと、今日中に隣町まで辿り着けないからね。さすがに、この歳で野宿は腰とか負担がきついからね」
確かに、ママは比較的若く見られる方ではあるものの既に45(今年で46になるはず)で、本来ならとっくの昔に肉体の全盛期を過ぎているはずの年齢だ。
だが、まだまだ体力に溢れる15歳の私達よりも明らかに体力があるママにそんなことを言われても、正直ただの冗談にしか聞こえない。
「そうじゃな。野宿だと、寝ている間に寝所へ虫とか入ってくるやも知れぬし、何としても今日中に宿屋まで辿り着かねばならんからな!」
私達の中では一番身長が高くスタイルが良いので、3人並んで歩いていると長女(ママが次女で私が三女)に間違われたり、普段妙な言動で自信満々の発言を繰り返すマリアだが、実は昆虫(特に足が多いやつや羽が生えたやつ)が苦手という弱点があったりする。
当然昆虫型の魔物も苦手なため、そういった相手と戦う場合は『この程度の相手、わざわざ我が力を振るうまでもないのじゃ』と私に戦闘を丸投げしてくるほどだ。
因みに、ギフテッドと呼ばれる生まれながらに常人とは比較にならない強靭な肉体を持って生まれた反動として、一切魔術を使うことができない体質のため物理攻撃が一切効かないゴーストタイプの魔物も苦手としており、以前数日間山奥でのサバイバル訓練を行ったときは、魔物除けと危機探知の結界を何重にも張っているにも関わらず『なに、このような場所でアリスも不安なのではないか! よし、それじゃあ特別に我が一緒に寝てやろうではないか!』と言って一晩中くっついて離れなかったのでほとんど眠れなかったのを覚えている。
「確かに、試験を受けるのは明後日の予定だけど万全の状態で挑むためにも今日はきちんと寝ておきたいしね」
そう返事を返しながら立ち上がると、私達は3人並んで我が家に向けて歩を進めるのだった。
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