第5話 新しい家族

 結局瀕死の少女を助けたのは良いのだが、すぐに彼女がまともに言葉を交わすことも難しい状態になっていることが判明し、そのせいで彼女がどこから来たのか、アテにできる親族などはいるのか、そもそも何歳で何という名前なのかすらも不明の状況が続いた。

 そのため、ママはこの少女に仮の名前としてマリアと名付け(結局喋れるようになった後でも自分の名前を覚えていなかったので、何らかの理由で記憶が戻ったり素性が判明しない限りはずっとこの名前なのだが)、まともに言葉を交わすことができずに助けた私達以外に心を開いてくれなかったその少女を家で引き取ることとなった。

 因みに、『マリア』と言う名前は太陽の女神ソルマリア、月の女神ルナマリアの名からも分かるように『女神』を象徴する名前であり(余談だが、『ソル』は太陽、『ルナ』は月を意味する名だ)、女性で『マリア』と名前に入っている人はかなり多い。

 それこそ、国内で最も名が知られている女性達である王族関係者でも第一王妃の名前がマリアベル様で、第三王妃がマリアンヌ様、第二王女がアンネマリア様と言った感じでそのままではないものの、名前に『マリア』の文字が入っている。


 そして、それから私達3人での暮らしがスタートすることになるのだが、マリアは余程酷い目にあったのか最初の頃は全然心を開いてくれず、命を助けたママと私以外が近づこうとするとまるで獣のように低いうなり声をあげて威嚇し、私達でさえ食事を持ってきてもそれが安全な食べ物である証明として目の前で食べて見せないと手を付けれてくれないほど警戒されていた。

 だけど、当時の私は背格好から同じくらいの年齢だと推測できるマリアとどうにか友達になりたいと必死になり、ママの特訓や家の手伝いをする時以外はほとんどマリアの側に付きっ切りで、早くマリアが喋るようになるようひたすら話掛けていたのを覚えている。

 そんな私の努力が報われたのか、それとも単純に時間が経ったことで少しずつ回復しただけなのか1月もするころには単語を呟くだけの簡単な意思疎通が可能となり、3ヶ月も経つ頃にはカタコトだが日常生活に必要最低限の会話が可能になり、半年も経つ頃には問題なく会話を交わせるほどに回復しただけでなく村の人達にも慣れて来たのか最初の頃のように威嚇したりすることもなく普通に接してくれるようになっていた。

 ただ、そのころになればマリアが私達に発見される前の記憶がほぼないらしいということや彼女が普通の人とは異なる能力、生まれながらに特別な力を宿して生まれて来たギフテッドであることも分かったため、このまま日常生活に問題ない状態まで回復したとしても帰るべき場所が無いかも知れない、と言った問題が判明してきていた。


 そもそも、ギフテッドとは数千万人に一人程度の確率で生まれるとされており、例えば常人より遥かに強靭な肉体を持って生まれたり、生まれて間もない内に言語を習得するほど高い知能を有していたりと人より圧倒的に優れる特徴を持つ代わり、魔力をうまく扱えずに魔術が使えなかったり、体の一部が異形化している、感情に欠落があるなどの欠点も同時に持って生まれるのだ。

 そのため、私もマリアと半年間過ごす中で何度かマリアが力の加減を間違えたのか怪我しかけた(さすがにママから地獄の特訓を受けていたので、どうにか大事には至らなかったが)こともあったため、これだけの力を持つマリアをそう易々と攫うことなどできないだろうということから考えると、おそらくマリアはそのギフテッドとしての能力を恐れた両親に捨てられた、もしくは売られたのではないかと結論付けるしかなかったのだ。(そもそも、最初まともに言葉を喋れなかったのも本当はもっと小さいころに両親に売られ、あまりにも幼過ぎて買い手がつかないままどこかで育てられていたものの、何らかの理由でそこから逃げ出す時までまともに人間らしい教育を受けてこなかった可能性すらあるのではないだろうか。)

 なので、問題なく意思疎通が可能となったころにママがマリアに『今後、望のなら本当の家族を一緒に探してもいいし、ある程度の年齢になるまでここにいてもらっても構わない』といった感じの話をした結果、マリア自身が私達の家族としてこのままここで暮らしたいと望んだので、過去を無くした名無しの少女はマリア・ランベルトとして私達の家族となったのだった。(因みに、年齢も誕生日も全く分からないままだったので背格好から私と同じ年齢と言うことにし、誕生日はとりあえず私達が出会った8月14日と言うことになったので実はマリアの方が私の姉と言うことになっていたりする。)


 そう言えば、マリアが家に来た当初はその正体が私達が出会う数日前に賊の襲撃を受けて行方不明になっているとの発表がなされていた第三王女、アンネローズ様なのではないかと疑っていた時期もあった。(因みに、私がこのニュースを知ったのはマリアが家に来て数日経った頃だった。)

 そもそも、このアンネローズ様は私と同じ予言の日である人歴1111年11月11日に生まれ、生後すぐに何らかの事件に巻き込まれてからは『治療に専念するため』と一切公の場に姿を現さず、賊の襲撃を受けた日も他国に治療を受けに行こうと移動されていたのだと発表されている。

 そして、公の場に一切出ていないアンネローズ様も同じかは分からないが、その母親である第四王妃のフレシア様はマリアと同じ黒髪に琥珀色の瞳だと聞いているので、実はマリアが襲撃から命辛々逃げ出したアンネローズ様であったとしても辻褄が合うと思ったのだ。(ちょうどその時期、意地悪な母親や姉妹にこき使われて不幸な生活を送っていた少女が実は幼いころに事故で行方不明になっていた王女様で、今迄家族だと思っていた相手は幼い彼女もある程度育てば給料いらずでこき使える使用人として役立つだろうと拾っただけの他人だった、と言う感じの物語を読んだばかりだったのだ。)

 しかし、その話をママにしたら少し困ったような表情を浮かべた後、『さすがに王都からパンデオンまで数日で到着するには飛行船使わないと無理だろうし、飛行船を使う余裕があるんならその前に誰かに助け出されてるだろうから違うんじゃないか?』とあっさり正論で返されたのを今でも覚えている。

 それに結局、マリアが話せるようになる少し前くらいに襲撃犯の主犯が捕まり、アンネローズ様の命は既に奪われてしまっていたとの訃報が流れたのでどちらにせよ私の予想は外れていたのだが。

 なんでも、主犯格の男はアンネローズ様と同じく予言の日に生まれた第二王子のギルベルト様に使える貴族の一人で、ギルベルト様こそ予言にある平和と安寧をもたらす救世主なのだから、アンネローズ様は支配と恐怖をもたらす悪魔であるため脅威となる前に排除する必要があったとの主張で、金で雇った賊にアンネローズ様を攫わせてすぐに自身の手でその命を奪ったと白状したのだ。(因みにこの男、アンネローズ様が生まれて間もない頃にも暗殺計画を実行しており、その時は全て金で雇った者に任せた結果最終的に暗殺が失敗に終わり、経験から今度は何としても自身の手で確実にアンネローズ様を息の根を止めたいと今回の計画を実施したらしい。)


 それとこれは完全に私のやらかしなのだが、この当時の私は『英雄を目指すのなら、一緒に戦ってくれる仲間も集めないと!』という考えから同年代のマリアへお気に入りの英雄譚を『言語の勉強になるから!』とひたすらおススメして読ませていた。

 しかし、私の思惑から大きく外れてなぜかマリアは物語の主人公である英雄たちではなく、圧倒的な力で主人公たちを苦しめるものの最後には勇気や友情と言った力に敗れる悪役の方に心を惹かれたらしく、気づけばおかしな喋り方で『何を隠そう、我こそはこの世を統べることを宿命づけられた邪神なのじゃ!』とか言い出すようになってしまっていた。

 当然『自分を邪神だなんて言っちゃダメだよ! マリアは悪い人になりたいの!』と喧嘩になったりもしたのだが、マリアは得意げに『我は選ばれし力を用いて人々を苦しめることなく導くのだから、英雄たるアリスが我が片腕として助力してくれる以上、物語のような惨めな敗北などありえないのじゃ!』とか答えられ、『悪事を働かないのなら、邪神じゃなくて太陽の女神みたいな善神なんじゃないの?』と返し、その後なんやかんやと言い争いが加速し始めたところでママに怒られる、と言ったパターンを何度繰り返したか覚えていない。

 そもそもなぜかマリアは物語の中で出てくる太陽の女神ソルマリアを『太陽とかギラギラ輝いてる感じで偉そう』と気に食わないらしく、月の女神ルナマリアの方が『やはり月光とか夜闇の方がクールでカッコイイ』とお気に入りだった。

 正直、伝承では太陽の女神ソルマリアはマリアと同じ黒髪だと伝わっており、黒髪の少女だけがこの世界のどこかで私達を見守ってくれている太陽の女神と交信することができる巫女の職に就くことができる国もあるほどなので、邪神を名乗らずソルネアの使者とか化身とか名乗る方がそれっぽい気もするのだが。

 まあ、とは言えこんな幼稚な理由での言い争いは10歳ころにはほとんどしなくなり、体はすっかり大人に成長した今でもあまり精神年齢の変わらないマリアの言動にいちいち突っ込むのも子供っぽく見えるので最近では全然気にしなくなったのだが。

 それでも、私達の間ではこれで良いかも知れないがこれからハンターとしてローエル村とは異なり私達のことを全く知らない人達、特に太陽の女神を崇拝する宗教の関係者とかと関わる可能性がある以上、余計な問題を起こさないようにこマリアがんな言動をし始めた原因の私も責任を取ってしっかりとフォローしていく必要があるだろう。


――――――――――


「さて、それじゃあそろそろ出発しようか。ほら、アリスもいつまでもへそを曲げて自分の世界に籠ってないで、さっさと準備しな」


 そうママに声を掛けられたことで思考を中断した私は、頬を膨らませながら「別にへそは曲げてないから!」と返事を返しながら手早く出発の準備を整えるのだった。

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