第6話 幼馴染の後押し

 アクトは学校の昼休み、教室の隅でスマホを手に持ち、前日の「マギア・アリーナ」の戦いを見返していた。スロット構成を変えてからの戦いは悪くなかったが、どこか満たされない気持ちが心の中に広がっていた。RPGのようにストーリーがない格闘ゲームで、アンチマギアとしての役作りに深みが足りないと感じていたのだ。


「ただ勝つだけじゃ、アンチマギアがただの剣士になってしまう……」


 アクトは小さく呟きながら、再生中の動画を凝視した。冷徹な目で魔法を斬り、戦うアンチマギアの姿は確かに映えるが、何か決定的に足りないものを感じる。RPGではストーリーの中でキャラクターが成長し、プレイヤーもその世界観に没入できた。しかし、「マギア・アリーナ」ではそうはいかない。アクト自身がキャラクターに深みを与えなければ、ただの対戦ゲームに過ぎないのだ。


「アクト、何見てんの?」


 不意に、アクトの後ろから明るい声が聞こえてきた。振り返ると、何故かギターを抱えたかけるが立っていた。翔はアクトの幼馴染で、軽音部でバンド活動をしている。おおかた部室で弾いていたのだろうとアクトはギターについての疑問は棚に上げる。

 翔はアクトが動画投稿をしていることを知っている唯一の友人だ。アクトの隣に座り、スマホの画面を覗き込んでそのまま言葉を続ける。


「見たことないキャラだな。これ、お前がやってるやつ?」


 アクトは少し戸惑いながらも頷いた。


「ああ、『マギア・アリーナ』って格闘ゲーム。アンチマギアってキャラなんだ。最近よく使ってて…まあ、こんな感じ」


 翔は画面に映るアンチマギアの姿に目を輝かせた。


「おお、めっちゃかっこいいじゃん! 斬ったりしてる動き、マジで本物の剣士みたいだな。お前が操作してるんだろ? やっぱり、演技上手いな。この場合はゲームが上手いのか?」


「ありがとう。演技でいいよ。でも、なんか物足りないんだよな……ただ勝つだけじゃ、アンチマギアがただのキャラになっちゃう気がしてさ」


 アクトは素直に悩みを打ち明けた。翔はアクトの話を聞きながら、ギターを軽く弾くように指を動かしつつ、少し考え込んだ。


「物足りないか……でもさ、アクトのプレイって見てて面白いんだよな。キャラが生きてるっていうか、お前の動きがそうさせてるんじゃないか?」


 アクトは翔の言葉に少し驚いた。普段から演技について話すことはあまりなかったが、翔はアクトのプレイを見て何かを感じ取っていたようだった。


「俺もさ、バンドでライブする時って観客が見てるから盛り上がるんだよ。お前も観客がいるともっと楽しんでできるんじゃないかな?ライブ配信とかで見てもらったら、もっと面白くなるんじゃないか?」


 翔の言葉を聞いて、アクトは少し考え込んだ。他者の視点を得るために、動画投稿は考えていたが、それだけでは一方的な発信に過ぎない。しかし、ライブ配信ならリアルタイムで視聴者の反応を受け取ることができるし、自分のプレイをすぐに見直すことができるのではないかと思ったのだ。


「ライブ配信か……確かにリアルタイムで見てもらって、反応を直に感じるのもいいかもな」


「絶対面白いって! 俺だって演奏してるときに観客が反応してくれるとテンション上がるし、お前もそうなるんじゃないか?」


 翔の言葉に背中を押され、アクトはライブ配信を決意した。観客の目を通して自分のプレイを見つめ直し、アンチマギアとしての役作りをさらに深めるための一歩を踏み出すことにした。


「やってみるよ。ありがとな、翔。お前のおかげで踏ん切りがついたよ」


 放課後、アクトは急いで家に帰り、ライブ配信の準備を始めた。配信ソフトの設定は動画投稿のときと同じなので特に問題はなかったが、今回はリアルタイムでの視聴者とのやり取りがある分、緊張感が違った。アクトはマイクの音量を調整し、視聴者が見やすいように画面レイアウトを整えた。


「よし、準備完了。やってみるか…」







 放課後、翔は軽音部の部室でギターの弦を張り替えながら、ふと昼休みのアクトとの会話を思い出していた。最近はバンド活動で忙しく、アクトの動画を見れていなかったが、昼休みのこともあり、久しぶりにアクトのチャンネルを開いてみることにした。


「そういえば、アクトの動画も最近見てなかったな。どうせまたなんかすごいことやってんだろうな」


 スマホでアクトのチャンネルを開くと、そこにはいつも以上に増えた再生数とコメントが並んでいた。そして、画面の右上に表示されたフォロワー数を見て、翔は思わず目を見開いた。


「え、もうすぐ1万人じゃん!」


 ついこの間まで数百人だったはずのフォロワー数が、一気に1万人に届こうとしている。アクトの動画はどんどん人気が出てきていて、その成長のスピードに翔は驚かされていた。再生されている動画を再生すると、そこには騎士となって戦うアクトの姿が映し出され、視聴者のコメントで画面が埋め尽くされている。


「すごいな……アクト」


 アクトがただのゲームプレイヤーではなく、自分のプレイを通して何かを表現しようとしていることが、翔にははっきりと感じられた。彼のプレイは単なる戦いではなく、一つの舞台であり、アクト自身がその主演を務めているようだった。


「やっぱり、あいつはすげぇよ……」


 翔は感心しながら画面を見つめ、次の動画も再生した。アクトの戦い方には、どこか見ている人を引き込む力があった。それが人気の理由であり、彼がフォロワーを増やしている理由なのだと翔は気づいた。


「俺も負けてられねぇな。アクトが頑張ってるなら、俺ももっと頑張らないと」


 翔はスマホをポケットにしまい、再びギターを手に取った。アクトの活躍に刺激を受け、軽音部の活動にもより一層熱が入る。アクトのライブ配信を楽しみにしながら、翔は自分も負けじと練習に打ち込むのだった。

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