第8話 貴族の嗜み


 公爵家の妻としての務めを果たしていると、日々が飛ぶように過ぎていきます。


 時間が経つにつれ、夜の務めなど些事に思えてくるから不思議です。


 仕事だと思えば、声をあてることは苦になりません。次はもっと上手く演じてやろうとさえ思いました。



 結婚後初めての、カズィベラ様からお茶会の招待状が届きました。

 スギア=マグナス邸を訪れ、久しぶりにお会いしたカズィベラ様は私の顔を見て、やさしい微笑みを浮かべました。


「サイオシリス、あなたは知ってしまったのね。貴族社会の残酷な秘密を」

「カズィベラ様…」


 それ以上言葉が出てこなくなりました。後から後から涙が溢れてきてどうしようもありませんでした。


 客室に連れて行かれて、カズィベラ様は人払いをしました。 


「大丈夫よ。私はテッセルから産まれた人間ですもの。全て知っているわ」


 いつまでも泣き止まない私の肩を、カズィベラ様はずっと抱いていてくれました。


 ああ、私は平気な顔をしてテッセルの吹き替えをしていたけれど、本当はこんなにも傷ついていたのです。



 化粧室でお化粧を直し、カズィベラ様のところへ戻ると、

「あなたに紹介したい人たちがいるの、いらっしゃい」

 手を引かれてお茶会の会場に連れて行かれました。

 そこで、公爵家や侯爵家の若いご夫人方を紹介されました。

 彼女たちの夫もテッセルにご執心で、妻を顧みることはないそうです。


「この世界で私を愛してくれる殿方は誰もいないのかもしれないと思って悲しくなりました」

 それが、結婚生活に対する私の素直な感想でした。

「まあまあまあ、若いわね。そのうち男なんていないほうが平和だってわかるわよ」

「私も最初はショックだったのよ。でも今では逆にせいせいしてるわ。夫に煩わされることがないんですもの」

「夫に邪魔されずに、好きなことをして生きていけるのって楽しいわよ」

「男遊びだってやりたい放題よ。サイオシリスさんも気になる男性がいるなら、遊べばいいのではなくて?」


「え!?」

「あなたを抱く気がない夫ですもの、妻が不貞を働いたくらいで文句は言えませんでしょう」

「夫が愛してくれないのなら、他に愛してくれる人を探せばよいのですよ」

「浮気やワンナイトラブなんて貴族のたしなみでしてよ。私は義兄様と不倫をしていますわ」


「それは大丈夫なのですか? もしバレたりしたら」

「テッセルに夢中な男性はテッセルしか眼中にないもの。不貞が発覚したところで、あっそう、で終わるわよ」

「ただし、子供は作ってはダメよ。あなたが産んだ子供は処分されるか、または虚無の森に捨てられるかの、どちらかだから」


「虚無の森に捨てられた子供はどうなりますか? やはり魔物に食べられてしまうのでしょうか?」

 その質問には誰も答えらませんでした。どうやら魔法契約書の口外禁止に抵触するみたいです。


 夫人たちはたくましく、人生を楽しむ先輩でもありました。

 彼女たちのサバサバした考え方に、私は少し救われたような気がしました。



 ダン=ゴドウィン邸に戻ると、久しぶりにバーナード様に壁ドンをされました。


「今からでも遅くないぜ。俺のものになれよ」


 彼の手が顎に伸びる前に、彼の首に抱き着いてキスをしました。


 求めてくる男性がいるなら、どうしてそれを拒む理由があるでしょう。


 バーナード様の部屋に導かれて、私は生まれて初めて愛の行為を経験しました。

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