第3話 カーテシーは優雅に


 お茶会ではさっそく、オーガスト様の婚約が話題に上りました。


 モブ令嬢への婚約の打診に、参加した令嬢たちは誰もが驚いていました。


「嘘でしょう?」


 令嬢たちは口々にそう言いました。


「オーガスト様は何を考えていらっしゃるのかしら。理解できませんわ」


 私もそう思います。


「オーガスト様にはあなたの魅力が分かったのよ。胸を張りなさい」


 そう言ってくださったのはお茶会の主催者、カズィベラ・スギア=マグナス侯爵令嬢でした。


 月の女神のような美しさを持ち、淡い黄金色の髪、紺色の瞳、歪みの一切ない顔の造形。彼女が歩けば、全ての男性は振り返ります。


 彼女が口を開けば、男たちは一瞬えっ? と目を瞠り、それでも彼女を見続けるでしょう。


 カズィベラ様の美しさは完璧です。ただ声だけはコロ助に似てとても可愛らしいのです。


 しかしそれが彼女の美しさになんら影響を及ぼすことはありません。


 カズィベラ様の交友関係は幅広く、モブ令嬢の私も、学園を卒業した今でもこうしてお茶会に呼ばれています。


 カズィベラ様は話題をオーガスト様から二人の弟へと移しました。


「私はバーナード様かクラーク様を狙おうかしら。お二人ともまだ婚約者はお決めになられていないようですもの」


 カズィベラ様のおかげで、その日のお茶会を無事に終えることができました。




 スギア=マグナス邸からの帰り道、窓の外を見ていると、あるものを見つけました。


「止まってちょうだい!」


 馬車を降りてそれに近づきました。道端に倒れていたのは猫に似た小さな魔獣でした。馬車に轢かれてそのまま放置されていたようです。


 虫の息ですが、まだ生きていました。

 魔獣に手を当てて詠唱しました。


「汝の傷を癒せ。ヒール(中)」


 傷が癒えた魔獣は、目を丸くしていました。それから猫のように頭をゴツンとぶつけてきました。


「森へお帰り。道路は危険だから、もう飛び出しちゃだめよ」


 魔獣はくるりと身をひるがえして、軽快に走り去りました。


 一部始終を見ていた御者が私に尋ねました。


「お嬢様いまのはいったい?」


「しーっ」


 私は人差し指を立てて口にあてました。口外無用の合図です。




 オーガスト様と初顔合わせの日がやってきました。


 学園でさんざん練習したカーテシーを、優雅に決めなくてはなりません。


「ごきげんよう。オーガスト様。本日はお招き頂きありがとう存じます」


 膝を折り、右足を少し後ろにずらしたところで、グラリと傾いてしまいました。


 あっ…、転倒する。


 あわてて体勢を立て直そうとすると、サッと腕が伸びて支えてくれました。


 支えてくれたのはオーガスト様でした。


「だいじょうぶかい?」


 美麗なお顔がすぐ近くにあり、心臓が早鐘を打ち鳴らしました。


「これからは君を支えるのは僕の役目になりそうだね」


 オーガスト様の微笑みに私は完全に打ちのめされました。


 ふわふわ夢心地のうちに、話はとんとん拍子に進み、オーガスト様との婚約が正式に決まりました。



 婚活は終わりを告げました。


 私はダン=ゴドウィン邸に居を移し、これから1年間、みっちりと公爵家の妻としての教育を受けるのです。



 * * *



 眉目秀麗な点もそうですが、ダン=ゴドウィン三兄弟は声もそれぞれ点数が高いです。


 ショウ様、カズヒコ様、オガタ様。


 三兄弟の声を例えるなら、このような感じになります。

 全く同じではないけれど、喋り方の端々に彼らの片鱗が窺えるのです。


 オーガスト様は、低くて落ち着いた声の持ち主。身長195cm。


 バーナード様は、ソフトで二枚目な感じの声。身長190cm。


 クラーク様は、音域は高いけれど、りりしい声。身長180cm。


 モブ顔の令嬢がこれから彼らと一つ屋根の下で暮らすことになるのです。

 わくわく感と同時に、一抹の不安を抱いてしまったのは仕方のないことではないでしょうか。

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