第2話 婚活令嬢


 私の名前はサイオシリス・ハクヤメミル、伯爵家の長女です。


 前世では声優のお仕事をしていました。


 一番得意だったのは、ブレスと呼ばれる息だけのお芝居です。


 ハアハアとか、ハッとか、ひとつのブレスで存在感を出すのです。


 声優は息づかいだけで、痛み、怒り、恐れ、喜び、悲しみ、楽しみ等を表現することを求められます。


 息をのむ音、息が切れる音など、息づかいもいろいろです。


 毎回同じ声を出すわけにはいきませんので、ずいぶん苦労した記憶があります。


 30歳まで続けた声優のお仕事も、心不全によって終わりを告げました。


 そして目覚めると、ハクヤメミル伯爵令嬢に転生していたのです。



 * * *



 魔法学園を卒業した私は、只今婚活中です。


 16歳になった自分の姿を鏡に映してみます。


 貴族らしい美しいドレスに身を包み、立ち姿もそこそこ決まっています。


 しかし、顔はモブ顔で、ぜんぜんパッとしません。


 前世のほうがよっぽど可愛かったです。


 ならば、魔法と座学でのし上がってやろうと思いましたが、学園での成績は常に真ん中あたりをうろうろしていました。


 モブがモブ以上になることは許さないと暗に神様に言われているような気がしてガッカリしました。


 16歳の貴族であれば、婚約者がいて当たり前ですが、未だに誰の目にも留まらず、記憶にも残らない悲しきモブ令嬢、それが私です。


 元声優なので声には自信がありました。しかし異世界には声のお仕事はなく、前世のスキルを活かせる場所はどこにもありませんでした。


 男性たちは私の声を聞くとキョロキョロと声の主を探し、モブ顔を発見するとくるりと踵を返します。


 異世界の現実は厳しく、私の婚活は前途多難と言わざるを得ませんでした。



 そんなある日のことでした。


「公爵家から婚約の申し込みが来たですって?」


「先方からぜひにとご指名だ、サイオシリス」


 お父様の執務室に呼び出されて聞かされた内容が、婚約の申し込みでした。


「オーガスト・ダン=ゴドウィン、公爵家の三兄弟の長男だ。知っているか?」


 もちろん知っています。一学年上の先輩で、眉目秀麗、成績はトップクラス、学園での人気もダントツでした。


 彼にはバーナードとクラークという二人の弟がいて、彼らも兄と同様人気者でした。バーナード様は同学年、クラーク様は二つ下です。


 高次元の美貌を持つ彼らのことを、私は秘かにダン=ゴ三兄弟と呼んで慕っていました。


「なぜ、オーガスト様が私を?」


 理由が全く分かりません。今まで何も接点はなかったというのに。



 そんなことよりも、明日はスギア=マグナス邸で催されるカズィベラ様主催のお茶会の日です。

 オーガスト様からの婚約の申し込みは確実に話題に上がるですしょう。

 なんだか行くのが恐くなりました。

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