第2話
2041年8月1日
「萩野先生起きてください」
「すまない…今何時だ?」
「10時半ぴったしですよ。11時から会議でしょう?準備してください」
「悪い、手間をかけるな」
「いえ、いつものことですから。コーヒーいります?インスタントですけど」
「砂糖多めで頼む」
「分かりました」
倉田哲平はそう言うとマグカップを書類の山から2つ発掘し部屋を出ていった。
大きなため息をつき立ち上がる。シャワーを浴びに行く。帰ってくるとデスクにコーヒーがおいてあり、哲平はバームクーヘンと一緒に食べていた。
「昨日の実験は?」
個包装を開けバームクーヘンを放り込みコーヒーを流し込む。
「失敗です 」
哲平は資料を取り出しながら言った。四つ折りになったそれを受け取り目を通す。
「扉に帰還口を累ねようとしたんですがインクルージョン容量が足りないのと、相性的にダメでした」
「そうか」
資料を返し、髪を結び身を整える。
「会議に行ってくる。二時間ほどで帰る予定だ」
そう言い部屋を出る。
「了解です」
閉じかけた扉の隙間からそんな声が聞こえた。
(2034年出版
第三者からの認識とタイムトラベル
著者 萩野夏帆
から引用・要約)
さて、二限目だ。今回は、情報のタイムトラベルについて講義する。
過去の物体に対し情報をタイムトラベルさせ累ねる事でゲームでいうバグの状態を作ることが出来る。水鉄砲にライフルの情報を上書きすれば水が銃弾の質量と速度を持ち発砲される。
しかし、なんでも累ねられるわけではない。物体に含まれているインクルージョンの容量と相性が鍵になってくる。
一般的に作りが簡素であったり、大きさが小さいほど容量が小さくなる。これは、脳の構造と同じであり電気信号の通り道が多いほど記憶や思考能力が高いと言われている。
相性については、その物体に与えられた役割と関係している。例で挙げた水鉄砲とライフルだがどちらも「発射」という共通点が挙げられる。
この相性については状態よりも、我々人間の認識に重きを置いている。そのため名詞的な累ねでなく動詞、形容詞的な物体のほうが成功しやすい。
さて、ここからが本題だ。
これが人間になるとどうなると思う?
人間の自我という情報を累ねる場合、その先は人間以外選択肢がない為大した問題ではない。
問題は容量のほうだ。一瞬で別の人間の記憶やらが流れ込んでくるため、耐えられる人間でないとショートする。これのおかげで、すでに二人程過去で収束に遭い自我を消され植物状態になってしまった。
では、ここまでの苦難を乗り越えて無事過去にタイムトラベルできたとしよう。そんな中、有益な情報を手に入れたとする。
どうやって帰還する?
収束に巻き込まれると自我そのものが消されるため実質的な死となる。開発した逆向時計(通称バックワード)は過去にしか累ねられないため、未来に帰ることは出来ない。
それを解決するのが机上論だ。まず、未来にタイムトラベルするのは過去に行くよりも簡単だと言われているがこの世界では情報の先取りが許されていない。つまり作成したところで収束が起き記憶が書き換えられ、なかった事になるのがオチだ。
そこで設計情報を適切な物体に累る事で疑似的に帰還口を造ることが出来る。
これにより死への片道切符だったタイムトラベルが文字通り旅行の往復券になったわけだ。まあ、まだ色々と問題はあるのだけれども。
今回はここまで。三限では、この世界のルールについて詳しくやろう。
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