50%未満の君へ

大猩々

第1話

2025年8月31日

 国道63号線旭ケ浦海岸付近で、バスが横転する交通事故があった。幸い他の車を巻き込んだ大規模な交通事故とはならなかったが、軽傷者5名 重傷者3名 死亡者1名の犠牲者が出ている。バス会社は会見で「整備時には何も問題はなかった。今後このようなことが起きないように努めて行くと同時に、原因究明を急ぎたい」と述べた。

(香安新聞より引用・要約)




2025年8月31日

 葉月碧は海を見ていた。

「水着ぐらい持ってこれば良かった。」

 と、この夏休み最大の反省をしていた。

 海で遊ぶために来ているわけではないが、暑さのせいで水を体が求めてしまっている。

「こんなクソ暑い日に海に来て泳がないとは。君は、泳げないもしくはよっぽどのマゾヒスティックと見受けられる。いや、泳げなくても波打ち際で涼むことぐらいはできるだろう。つまり、君は後者だ。」

 と偏見マシマシの考察が飛んできた。

 検索欄のコンビニをカフェに打ち替えながら

「そもそも、海に呼んだのはそっちからだ。それから泳いでいないのは家を出る前の自分の浅はかな判断だ。最後に僕はMじゃない。」と反論する。

「久しぶりだな、中学以来か?」

「1年と5ヶ月ぶりだよ。幼馴染同士が会うんだ、もう少し嬉しそうにしたまえ。」

「初手からいじってきたのはそっちだろ」

「だが…」

「とりあえず涼まないか」

「君と意見が合ったのは初めてかもしれないな。私はクリームソーダで」と目を輝かせ、早く行くぞと言わんばかりに大股で歩き始めた。



 萩野夏帆 藍色のワンピースに大きな麦わら帽子、茶色のサンダルと、首元には硝子製のイルカがぶら下がっている。

 彼女は中学まで一緒でいわゆる幼馴染であった。しかし、そんなことは彼女に対しての認識のおまけに過ぎないのだ。

 天才であり奇才、偉才であり逸材な彼女は幼い頃からその能力を惜しみなく発揮していた。

 そんな彼女が今、目の前で美味しそうにクリームソーダを頬張っている。

「どっち派だい?」

 我に帰るとすでに容器の3分の2ほど食べた姿がそこにはあった。

「何の話だったっけ」

「クリームソーダの話だよ。アイス派か、ソフト派か、君はどっちなんだ?ちなみに私はアイス派だ。やはり乳脂肪分の多さが魅力に挙げられる。それからチェリーが乗っているのも魅力的だ。果実の甘酸っぱさ、アイスのクリーミーさ、ソーダの清涼さがいいコンビネーションを生み出している。」

そこまで考えられてるものなのか?と疑問に思いつつも

「僕もアイス派だな。ソフトクリームは溶けやすいからゆっくり食べてるとベタベタになるし。」とチェリーを食べながら言った。

「君は昔から食べるのが遅いからな。無駄なことを考えごとをるから遅いんだろう?」

 すでに完食し暇になり店内を見渡している夏帆から返ってきた。

 薄くなったソーダをストローで喉に流し込む。アイスはほとんど溶けていた。

 とりとめのない会話をし、影が背伸びをし始めた頃、店を後にした。外は幾分暑さが引いており(それでも十分に暑いが)ヒグラシが鳴き始めていた。


 木でできた簡素なベンチに座り砂を払っていると遠くのほうでバスが見えた。

「今日は、久しぶりに会えてよかったよ。今度は成人式ぐらいに会おうか」

と別れの挨拶をする。

「そうだな。お互い多忙だろうから、それぐらいが丁度いい。それにメールがある現代社会において会って話すというのは非効率的すぎる。」と身も蓋もないことを言われた。

 バスがつき、扉が開くと

「じゃ、元気で」

とステップを踏んだところで

「もし」

「もし、君が願ってくれるなら私は………いや、なんでもない。早く乗りたまえ、ダイヤを乱してしまっては大変だ。この話の続きは今度に取っておこう。」

と珍しく動揺した彼女がいた。

適当に返事を返し、窓側に座るとすぐにバスは動き始めた。軽く手を振り旭ケ浦海岸を後にした。





2034年出版 「第三者からの認識とタイムトラベル」から引用・要約

著者 萩野夏帆


 まず初めに、この結論は研究の結果から導き出されたものであり数式的に表すことができていないことを了承してもらいたい。処理にブラックボックスを使っているため(それもかなり特殊なもの)理論的に説明することが難しいのだ。

 さて、読者諸君はタイムトラベルが可能だと思うか?ほとんどの者はムリだと答えるだろう。それはモノに質量がある限り光速を超えることができないためだ。それにタイムパラドクス問題はどうなるのだとお考えだろう。

 発想を変えてみよう。

 質量がないものだったら?

私は情報を質量がないものと仮定してみた。質量がないのであれば光速を超えることができるだろう?質量がないものをどうやって加速させるかはぜひうちの研究室に来てみてほしい。ここではその情報はいらないため省かせてもらう。

 そして、タイムパラドクス問題に関しては何も起こらないというのが正解だ。これは想像でも妄想でも机上論でもなく結果として現れている。

 情報というのが何なのか明確にしておく必要がある。ずばり、それは自我であり思考なのだ。そしてタイムトラベルは過去に自我を送ることになる。

 話を戻そう。何も起こらないというのは、たとえ誰かの自我になり家出したり自死したりしても、目が覚めた時にはふかふかのベッドで寝ているのだ。家出が、自死がなかったことになる。これが結果としてでているというわけだ。

 この現象を収束と呼ぶことにする。

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