モルゴースと五人の息子たちの断末魔

妙遊

第一話 モルゴース


 むかしむかし。

 世界に君臨していたのは女王様でした。

 女王様は素敵な男性を伴侶にして王様にしました。

 でも飽きたらジョッキン!

 王様は殺されてしまいます。

 代わりに新しい王様がきます。

 そして飽きたらジョッキン!

 そうして王様はどんどん入れ替わります。

 古いものは捨てて、新しいものへ。

 ジョッキン!ジョッキン!






 ブリテン島の南西の端、由緒正しき地コーンウォール。かのコーンウォールを治める公爵ゴルロイスには、ご自慢の妻がいた。

 妖精もかくやという美しさの妻イグレイン。

 イグレインの唇はいつも真っ赤に熟れていて、つやつやてらてらとして、いますぐにもキスを欲しているにちがいない。柔らかな口づけをして、そしてさらに口づけを重ねると吐息が漏れる。その吐息は甘くていくらでも食べてしまいまいほど。口の中もゆるやかに熱くなっていって、美味しい蜜が絶え間なく湧き出てくる。柔らかくてとろとろでそれはもう天国のよう。

 金色の炎が揺らめくような豊かな髪は夢の中の幻のようで、その中に入りこめば、すべての鬱は吹き飛ぶ。この世で最も美しい世界に私は今いる。ここから二度と決して出たくはない。

 雪のように白い肌は、しかし生身の肌そのもので、少し怒らせると瞬く間にピンクに色づいて艶かしく、すぐにでもむしゃぶりつきたくなる。ああ、たくさん味わわせてくれ、もっともっと!

 目元は濡れたような長い金の睫毛にびっしりと覆われ、目を伏せていると瞳は見えず、ああ、瞳を、その瞳はどうなっているのかがどうしても見たい、ああでもその黄金のベールにまずは口づけを!

 そしてそのの奥に柔らかな新緑のような瞳は吸い込まれるように甘く、少し困らせるとすぐに潤み、ゆらゆら揺れるとこちらの心もゆらゆら動く。

 やがて涙が黄金の蜜のように滴って、それを舐めとってしまいたくなる……ああ、いつも困らせて泣かせておきたい!

 そしてその身体つきの柔らかな見事な曲線といったら、ああ、それをなぞれる私はなんて幸せ者なのだろう。吸いつくようなこの感触、ああ、そのやわやわと最高のそれに早く触れたい!早く、ああ、早くベッドへ行こう!!


 父のゴルロイスは母について、こんなことを言葉にし続ける変態だった。

 父は母に一目惚れで、いまもずっと毎秒惚れ直している。

 そんな調子だから、結婚前にも二人は思いあまって性交してしまった。妊娠した母は兄カドールをこっそり出産した。

 結婚前に出来た子は婚外子になってしまい、跡継ぎになるのに支障がある。

 でも、せっかく二人の子なのに跡継ぎにしないなんて馬鹿げているではないか!

 そこでお母さまは考えた。

 折良くカドールの出産は、お母さまの姉である、伯母さまの出産と重なった。

 事情を知った伯母さまは、双子が産まれたことにした。そしてカドールを引き取り、双子の片割れとして育てた。

 わたくしや妹モルガンも、子供のころはカドールによく会っていた。母は隠すことなく「ほうら、お兄さまよ。でもカドールと名前で呼びなさいね」と言っていたので、その通りにしていた。わたくしたちのことを可愛がる、快活で良き兄だ。

 今はカドールは各地を転々とする遍歴の騎士として、修行を積んでいる。

 あとは帰ってきた時点で養子にしてしまえばいい。なんて上手い方法。抜け道ってあるものね。


 さて、そのように父がまったく我慢できないくらい、とにかく母は男心に直撃する女性だったようで、いや、というか、股間に直撃したようで、父も股間を毎日のように膨らませていた。周りの男性もよく前屈みになっていた。

 無論、その男性たちは、父がギロリと睨むと真っ青になってあたふたどこかに行ってしまってばかりだったが。

 とはいえ、母を遠くから見て自分を慰めている男性はちょくちょく見かけた。

 よくあることだったし、小さい頃に母に問うたこともあったけど「見ちゃいけません」と言われただけだった。

 見ちゃいけないのなら、見たくなる。

 こっそり隠れてじろじろ見ていたら、手の動き方のパターンが人によってわりと決まっていて面白い。

 ふむふむ、そうしたくなるものなのね。

 そういう母を見て自慰をする男たちの一人に、私のお気に入りの従者がいた。

 彼は晴れ渡った空のような青い瞳と、私たちと同じ黄金の髪。でも髪はうんと癖が強くてぐるぐると巻き巻きに巻いていて、肩口くらいまでの長さ。天使のようだったわ。お肌も生っ白いけど、ちゃんと鍛えられていて筋肉も綺麗についてる。つまり、絵に描いたようなハンサム。

 その人が窓からこっそり庭にいる母を見ながら自慰をしていた。ピンクの綺麗な男根を必死で擦りながら「イグ、レイン、あぁ、イグレインさま、っ……アッ……」あ、果てたわね。「あら元気」復活したわ。

 彼がビクッと震えた。ソーッと長櫃の後ろに隠れているこちらを振り向いた。

 いやだわ私、「あら元気」と声に出してしまったわね。

 彼はちょっとゴソゴソした後、こちらにやって来て、長櫃の後ろを覗き込んできた。

 もちろん平気な顔でご挨拶を。

「ごきげんよかったようね?」

「モル、ゴース、さま?」

 彼の目からブワッと涙が溢れた。

「だ、大丈夫?」

「も、申し訳ございませんっ!このことは、奥方様と公爵様には絶対に、絶対に言わ、言わないで……」

「いいわよ」

「どうかお許……エッ?」

「いいわよ。内緒にしてほしいのね。いいわよ」

「あ、ありがとうございます……」

 彼はポロポロ涙を流しはじめる。

 あら綺麗。ペロリと舐めてみる。「ヒェッ」彼がビクッとわななく。塩辛い。お肉にかけたら美味しいかしら。

「あの、モル、ゴースさま……?」

「お前、黙っててほしいのだったわね」

「あ、はい……」

「じゃあ言うことを聞きなさい」

「は、い」

「舐めさせて」

 彼の股間を剥いで、裸の剥き出しにする。

 ああ、まだピンクで立ち上がってるわね。

 白濁でドロドロになっているそこに舌をちょっとつける。ピクッて震えたわ。可愛い。でも、

「……不味いわ」

「お、美味しいものではありません、あの、モル」

「黙って」

 綺麗な立ち上がったピンクに触れてみる。ビクビクしてる。まあ可愛い。

「おやめく」

「従いなさい!」

 ピシャリと言ってギロリと睨む。彼は黙って頷いた。そう、それでいいのよ。

 黙っててあげるんだから、私のやってみたかったこと、やらせて。

 ピンクをたくさん擦ってみる。そう、彼がさっきしていたようなやり方で。それが気持ち良いのでしょう?どうなの?違うの?

「モル、ゴース、さまっ……」

 彼がわたくしの名を呼んで、ハァハァハァハァと息を速くする。ああ、そう、気持ち良いのね。気持ち良くしてあげるわ、もっと、もっと!

 と、彼の大きな手がピンクの上に被せられる。彼が大きく震えて、声なき声を上げた。

 白濁がどろどろと落ちてきて、ピンクの横側を握っていた私の手にかかる。

 ああ、果てた。果てたわ!この人。

 わたくしの手で!!

 わたくしが彼の顔を見上げると、真っ赤な子犬のような泣きそうな目でこちらを見ている。

「も、申し訳ありま」

「もっとさせなさい」

 ヒッ、と彼が息を飲んだ。

「私がやりたいときはいつでも。内緒にしておいてあげるから」

 彼がパクパクと口を開け閉めする。

 あら紅い唇。ぽってりしていて美味しそう。

 わたくしのお口を開けて、彼の下唇をはむ。そして全体に口づける。

 なんだかゾクゾクする。たくさん口づける。彼の息もあがっている。

 彼がガバリとわたくしを抱きしめる。全力で貪るように口づけてくる。何度も、何度も。ああ、ああ、もっと、もっと。口づけて。

 わたくしの、わたくしの口の中は「わたくしの…ンッ……口、は……ッ甘、い?」「はい……はい……甘い、甘い……甘い、あぁ、モルゴー……ンッッッ」彼がビクビクッと震えた。あぁ、可愛い子。また、果てたのね。わたくしの口づけに興奮して!!


 それ以降、ことあるごとに彼のところに行って、あのピンクの、彼の性器を擦ってあげた。彼はいつも言われるがまま、なすがままだった。そしてとっても気持ち良さそうだった。

 口づけも沢山沢山した。舌で彼の口の中を上手くなぞってやると、彼は簡単に果てた。

 私の言いなりの可愛い可愛い子。

 でもある日、妹のモルガンにバレた。

「母様と父様に言うわよ。女の子は結婚するまでに、男の人と性交しちゃいけないのよ。結婚してからなのよ。神聖なものなのよ!」

 妹のモルガンがぷりぷり怒っている。

 うん?でも、目尻がちょっと、泣きそう?

「あなた、嫉妬してるの?」

 ギクッとモルガンの顔が引き攣った。

 ああ口元をもにょもにょさせて。

 お姉さまを盗られたと思ったのね?まあ可愛い妹さんだこと。

「大丈夫よ、モルガン。あんな子、遊びなんだから。あなたはわたくしの大切な妹。妹は特別なんだから。安心すればいいのよ。あなたより大事な存在なんてないわ」

「ほ、ほんとう?」

 クリクリとしたお目目にいっぱい涙を溜めてたずねてくる。

 わたくしとお母さまとにそっくりな、可愛い可愛いわたくしの妹モルガン。

 あんな男の子よりずっと可愛いわ。

 なんたってわたくしに似てるのですもの。

 ああ、そうね。そうだったわ。わたくしが可愛がるべきはこの子だったわね。

「あんな子は捨ててしまうから。モルガン、あなたが遊んでくれる?ずっと、ずっと、一生、わたくしと」

「遊ぶ!遊ぶわ!姉さま!!」

 モルガンがわたくしの胸の中に飛び込んでくる。

 いい匂いがする。やわらかい。ああ、わたくしのモルガン!おまえはなんて魅力的なの!

 わたくしのあそこが疼く。そう、男性の尖った性器とは違う、やわらかいふくふくした女性の性器。ああ、疼く。疼く。

 でも、尖った性器をお前は持ってないものね。モルガン。わたくしも持ってない。

 だからお前を突くことも突かれることもできないんだわ。性交はできない。

 でもそれなら、禁を犯すことはないわ。性交できないのであれば、神に背かない。ではお互いでき得るかぎりのことをできるのでは?

「モルガン、ではお前のあそこを見せなさい」


 モルガンの可愛らしいあそこが晒される。ああ、お顔を真っ赤にして。

「お、お姉さま……」

 んんんんん、可愛い!

「大丈夫、お姉さまにまかせて。……いえ、わたくしもよくわからないのだけど……」

 男の人は自慰をよくしてるけど、女の人のそんなところは見ないのよね。まあ見つかるようなところでやってる時点で愚か者よね。きっと女の人は賢いのよ。

「とにかく、冒険よ。一緒に冒険しましょう、モルガン。女の気持ち良いところを探すの。大丈夫、痛くしない。痛かったらすぐやめる。上手であれば気持ち良いはず。お母さまもいつもまんざらではなさそうだもの。わたくしたちにもできるはずよ!」

 モルガンの性器をやわやわと触ってみる。

「気持ち良い?」

「あ、うん、姉さま、なん、だか、すごくいい気持ち」

 あちこちいじくってみる。でもやさしくやさしく傷つけないように。あんな従者と違ってわたくしの妹ですもの。大切に、大切にしなければ。

 しばらくすると、モルガンの気持ち良い場所がわかってきた。

 明らかに声が甘くなってくるのだもの。

「あ、姉さま、ね、さま、そこ、気持ち、気持ちい……い、いい、もっ、と、ねえ、さ」

 そろそろかしら。

 仕上げにモルガンのとびきりいいところを少し激しくしてあげる。モルガンはビクビクとして痙攣して果てる。

「アァ、アァ、ねえさま、ねえさまぁ……」

「いい子、いい子ね」

 ぼろぼろ涙をこぼしているモルガンの目の横に口づける。

 んんん、確かに泣かせるのはいい気分ね。わたくし、お父さまの気分がわかるかもしれないわ。

 ひたいにキスしてあげると、咲き濡れるピンクの薔薇のようにふわぁっと微笑うモルガン。

 ああ綺麗、最高に綺麗、私の最高のお人形さん!!


 それからはモルガンでずっと遊ぶことにした。

 わたくしはこの可愛いものを堪能したいのよ。わたくしの意のままに鳴き、泣く、可愛い可愛いお人形さん。

 ああ、気持ち良い。濡れる、濡れるわ、私の美しい美しい妹!

 なぜ私はお前を犯せないのかしら。妊娠させて、閉じ込めて、一生飼っておくことができないのかしら!!


 ある日の晩餐のとき、父が嬉しそうに母・私・モルガン、そして一番下の小さな妹エレインに言った。

「次のクリスマスにな、ブリテン王になったユーサー様が、最も素晴らしい騎士だけが座れる円卓に私を招いてくださるとのことだ!無論、コーンウォール公爵たる私には当然であるが……うむ、私を重用されてることが間違いないとわかるのは良きものだ。しかも、妻も連れてゆったり滞在して良いとのことだ!!本当はお前たちを置いていくことなど、したくはないのを汲んでくださる。うん、良き当主を我らがブリテンはいただいた!さあ行こう!!」

 父はいつだって母が側にいてほしいのだ。いつだって、毎日だって、母と性交したいのだ。そりゃあ嬉しいことでしょう。

 母は私たちを連れていくと言い張った。別に禁じられていたわけでもないので、私たちも付いて行くことにした。

 そういうわけで、父は母を連れて、ブリテン王のユーサーがいる都にやってきた。

 ユーサーとはどんな男なのだろう。

 ブリテン島の南西の端っこだけを所有するお父さまと違い、ブリテン島全土に君臨するブリテン王ユーサー。

 心躍るではないの。お父さまよりたくさんのものを支配している者!わたくしも見習えないかしら?

 父と母だけが、ユーサー王に謁見した。

 私たちは遠くからそれを見ていた。

 ユーサー王の目が。母に釘づけに。なった。

 母の唇が少し動き、なにか、話す。

 ユーサー王がほんの少し前屈みになったのを、わたくしは見逃さなかった。

 ユーサー王は母に恋したのだ。


 その後は火を見るより明らかだった。

 最初はうまくごまかしていたユーサー王だったが、あんなにあからさまでは気づかぬ方が馬鹿だ。

 気づいた母に、王は徹底的に避けられた。

 王は物凄く落ち込んだ。

 その後、王は父をもてなし、母は王の側近にもてなされた。王の側近は「王があなたを愛している」と言って、とんでもなく高価な贈り物をして母を懐柔しようとした。

 母は激怒した。

 父にすべてをぶちまけた。父も激怒した。即刻荷物をまとめて母とわたくしたちを連れてコーンウォールに帰った。

 母とわたくしたち姉妹は、ティンタジェル城に籠城した。

 ティンタジェル城は四方は断崖絶壁。両横は崖で細い細い一本道だけ。ほんの少しの兵でも絶対に守りきれる難攻不落の城。

 お父さまは別の城で、敵と戦うことにした。絶対に安全なところにお母さまを置いて、自分が敵を撃退する。そういう作戦だった。

 敵。そう、ユーサー王は軍を率いて攻めてきたのだ。

 ユーサー王は、側近以外の者たちには、母への恋のことを隠している。

 ゆえに側近以外の家臣たちはこう思った。「コーンウォール公爵は、王自ら丁寧にもてなしてやったにも関わらず、恩知らずにも挨拶もなしに去った!ブリテン王に対してなんたる侮辱!」と。

 そして「王、軍を起こしましょう!コーンウォール公爵に謝罪をさせるのです!」となった。

 侮辱されたのは母だというのに、父が王を侮辱したことに話がすり替わる、というわけ。なんという情報操作。賢いし、上手いと思うけど、やられる側としてはたまったものじゃあないわ。

 それにしてもユーサー。あの男の身体、なかなかのモノだったわ。闘う者として、剣を取るものとして、最高の身体つきをしていた。

 あの男らしさそのものの匂い立つような身体!あの身体で妻がいなかったらしいわ。なんでもあの男の兄が元々は王で、その兄王が死んで、ドタバタと跡を継いで、妻を娶ってる暇もなかったらしいけれど。

 そりゃあ欲求不満にもなるでしょう。そんなところにあの色気の権化のような母が行ったら……ああそうね、連れていったお父さまが、馬鹿だわ。

 とはいえ、ティンタジェルにいれば安全ね。まあ、もし、お父さまが負けたとしたら……

 お父さまが負けたとしたら?

「お姉さま、お姉さま、お父さま、勝てるかしら?ブリテン王なのでしょ?お父さまより力があるのでしょ?お父さまが負けたら、私たち、殺されてしまうの?」

 モルガンがわたくしに取りすがって泣く。

 そうだわ、その可能性もあるわね。お父さまがいなくなる、お父さまがいなくなる?わたくしたちはどうなるの?殺されるの?邪魔な、お父さまの子供として?そして、あの男はお母さまだけ、連れていくの?戦利品として。

 そうなの?ブリテン王ってそういうことなの?

 すべての支配者、ブリテン王ユーサー!!

 私はモルガンを連れて。広間に行く。お母さまがいる。

「お母さま、わたくしたち、死ぬの?殺されるの?ユーサー王に!ブリテン王に!!」

 わたくしとモルガンは、お母さまの腕に飛びこむ。

 お母さまはわたくしたち二人をしっかり抱き留めながら、視線だけは少し遠くを見る。

 視線の先には、まだ訳もわからず乳母にあやされている小さなエレインの姿があった。

 お母さまは静かにつぶやく。

「わたくしは、あなたたちを死なせない。殺させない。傷つけさせない。絶対に」

 お母さまの腕はわなわなと震えていた。

 でもお母さまの声は震えていなかった。力強かった。お父さまより、力強かった。


 戦争が始まって、数日たった、ある日の夜遅く。

「奥方様!奥方様!公爵様がお帰りになられました!」

 召使いの知らせにお母さまは起きて、父を迎えにゆく。わたくしとモルガンも起きて、迎えにいった。

 お母さまより、わたくしとモルガンが駆けつけるのが早かった。

 わたくしたちの姿を見たお父さまが言った。

「イグ、レインがふた、り……?」

 はい?

 そりゃあ、私もモルガンもお母さまにそっくりだけれど。

 お父さまが間違うなんて、あるはずがない。お父さまはわたくしたちなんて眼中にないんだから。

「な、に……?」

 わたくしが凍りついている傍らで、モルガンが叫んだ。

「偽者!!こいつ、偽者よ!姉さま!!」

 偽者。そうね、それならわかる……

「いいえ!」

 ちょうどやって来たお母さまが大声で叫んだ。

「この人はお父さまよ!」

 お母さまは、こちらへ進んでくる偽者のお父さまの、さらに後方を見ながら言った。

 偽者の「お父さま」の後ろに、偽者の「お父様の側近」が二人いた。

 そして、そのうちの一人が大きな杖を構えていた。魔術師の杖だ。

 知っている。有名だ。

 ブリテン王には、先代の兄の王のときから、半人半魔のどんな魔術でも使いこなす稀代の魔術師マーリンが付いていると!!

 お父さまの偽者を作ったのはこいつだ!間違いない。

 偽者の正体は何か?

 決まっている。

 ブリテン王ユーサーだ!

 偽者が口を開く。

「そ、そうだ。お父さまだぞ。なにを言ってるんだ?」

 動揺しすぎ。偽者と名乗っているようなもの。

 でもお母さまは、この男をお父さまと言い張っている。なぜ?

 決まっている。マーリンがいるからだ。

「お父さまということにしておかないと、お前らを殺す」

 マーリンは無言でそう言っているのだ。

 その杖の一振りで、彼はわたくしたちの生命を奪える。

 邪魔なわたくしとモルガンを。

 王は、お母さまだけを手に入れられたら、それで、いいのだから。

 わたくしたちはお父さまの子で、邪魔なんだから。

 でも偽者が「お父さまである」ことにすれば。

 別に、なんにも起こらない。

 いや、起きる。

 お父さまは、お父さまの当然の権利としてお母さまと寝る。お母さまと性交する。

 それが目的で来たのだから。

 お父さまのふりをして。

 そしてお父さまのふりを押し通したら、わたくしたちは可愛い娘たちだから傷つけられない。

 ユーサー王であれば、わたくしたちをどう料理してもいい。殺してもいい。犯してもいい。

 殺されるのは嫌。犯されるのは……あの、身体なら、悪くはな……

 ふと、気づいた。

 身体の片側が揺れている。

 見ると、私の腕をつかんで、モルガンがぶるぶる震えていた。

 その目から真珠のように涙が溢れでる。お母さまによく似た、あの、男の心をひどくそそる、泣き顔で……

 お父さまの偽者がモルガンを見た。

 あそこが、勃ち上がった。

 男が興奮すると、いきり立つところがいきり立った。

 気づいたモルガンの血の気がザッと引いた。

「あなた!」

 お母さまが偽者の腕に飛びこんで、抱きしめ、熱烈に口づけた。

 お母さまの片手がするする動いて興奮したあそこを撫でる。

 偽者は夢中になってお母さまの熱い熱い口づけを受けている。

 お母さまは、長い長い口づけを終わらせてからそっと囁く。

「あなた、早く、寝室へ……」

 偽者は真っ赤な顔で小刻みに何度もうなずき、お母さまをガッと抱き上げて猛然とドタドタと寝室へ駆けていった。

 モルガンがフッと気を失って倒れた。


 マーリンらしき男はすぐに化けの皮を自ら剥がして、もとの姿を見せた。

 深い緑の柔らかなローブをゆったりまとい、きらきら綺麗な銀の髪を肩口で綺麗に切り揃えてる。湖のように青くて澄んだ瞳。

 冷たい、温度のない、美しい妖精のような顔立ち。お母さまから温度をなくしたような。しなやかな身のこなしも女のようだ。

 でもローブからちらりと見えた手は逞しかった。

 彼は杖をしゅるしゅると小さくして、ブレスレットに変える。

「言っておくが、この杖は一瞬で大きくできる。いつでも君たちのことは殺せるからそのつもりで」

 彼は軽口を叩いてるような気軽さで言う。

 化け物。

「おや、モルゴース、君は気絶しないんだね。まあいい。妹さんを寝室に運んであげよう」

「触らないで!」

 私の大事なおもちゃを触らせるものですか、お前なんかに!

「ああ、失敬。そうだね。それはそうだ。妹さんは、もう男というものがダメになったかもしれない。わかるよ、僕もそういう人が身近に……ああいや、余計なことを言った」

 なんなのこいつ、変に物分かりがいい。懐柔するつもり?

「わたくしたちはお父さまの大事な娘たちだから、なにもしないわよね」

「……なるほど、呑み込みが早いお嬢さんだ」

「わたくしもモルガンもお母さまも。馬鹿じゃないのよ」

「……すまない」

「なにを謝るの」

「この国のため、どうしても王と君の母さんを番わせなきゃならないんだ」

「は?」

 なに言ってるの、こいつ。

「あぁ、すまない。こっちの事情だ。こっちの事情だとも。君にはどうだっていいことだった。いや、ブリテンに住んでる限り、どうでもよくはないか。でもやり方はよくなかった。やっぱり謝るよ。すまない」

「謝るなら、あの男を追い出して。本物のお父さまを返して。わたくしの平穏な世界に戻して」

「無理だな。それはできない。君の父は死んだ」

「死んだの?!」

「あ……うん、そうだね」

「なにがそうだねよふざけんじゃないわよ!」

 傍らにあったコップをマーリンにぶん投げる。

 マーリンはあえて避けずに、目を伏せて頭にコップがぶつかるままにした。

「避けなさいよ!なに?償いのつもり?」

「うん、あ、いや……そうだね。そうかもだ。とにかくできるくらいの償いはするよ」

「わたくしとモルガン……あとエレインの安全よ!」

「もちろん、邪魔さえしなければ、丁重に扱わせていただくよ。君たちは王女様になるんだからね」

「そう……邪魔さえしなければ、ね」

 いやな男!冷静じゃないの!

 この男はお人形さんにならない。

 あのユーサー王だってお母さまのお人形になったのに!

 いやよ、わたくしもこいつをお人形さんにする。お人形さんにしてやるんだから!!

「じゃあマーリンさん、ついてきて」

「イエス、マイレディ」

 気を失ったモルガンの腕を肩にかけて、腰を持ち、重さにくじけそうになりながらも、わたくしたちの寝室へのろのろと進む。

 マーリンは、もう一人の偽物の側近に「ウルフィアス、エレインを」と告げてからわたくしたちについてくる。

 ウルフィアス!お母さまを懐柔しようとしてたユーサーの側近じゃないの!

 いやなやつ!いやなやつ!いやなやつ!

 エレインを人質にして、わたくしたちが動けないようにするのね?ひどい!ひどい!

 モルガンをなんとか運び終え、ベッドに乗せて、ベッドカバーを掛ける。

「せめて良い夢を」

 モルガンにそっと口づける。

 血の気が引いているのが痛々しい。

 そろりと移動して、同じ部屋にあるわたくしのベッドへばったりと仰向けに倒れ込む。

 英気を養わなくては。

 そして身体を起こす。

 見ると、マーリンはわたくしとモルガンのベッドの中間の床に立ち、腕を組みながら両方を視界におさめていた。

「なに?」

「君たちの見張り」

「逃げないわよ」

「どうだか」

「あなたもここで寝なさい」

 わたくしの人差し指でビッと、わたくしのベッドを指さす。

 マーリンの目がギョッとして見開かれた。

 ほうら、驚いた。ようやく驚かせてやったわ!お前もわたくしの人形にしてやる!

「な、にを言ってるのか、な?お姫さま?」

「命令です、わたくしのベッドで一緒に寝なさい!……と言ったらご満足?」

 私は着ていたシュミーズをふうわりと脱いだ。

 母譲りの、男を誘う完璧な身体を見せつける。

「ほら、マーリンさん?」

「嘘だろ……」

「いいから来なさいよ、あの男の邪魔をしないようなことなら償うんでしょ」

「償いじゃなくて、ただのご褒美じゃないか……」

「あらそうなの?じゃあ余計にいいじゃないの、ほらほらいらっしゃい、わたくしに悪いと思ってるのなら!」

 マーリンはわたくしをじっと見た。

 1,2,3秒。彼は固まった。

「どうしたの?」

 ハッ、と彼は気を取り直した。

 続いて困ったような嬉しいような眩しいような、なんともややこしい表情を浮かべた。

 そして観念したらしい。そろそろと、ベッドに近づいてくる。

「ほらほら早く、はい、ご到着」

 ためらうマーリンの手を引いてベッドに引きずりこみ、一緒に倒れこむ。

 マーリンの頭を抱き込んだので、彼の顔は素肌のわたくしの胸に埋もれていた。

 あらあら顔の温度がギュンギュン上がっているわ。

 ますます可愛くなってきたじゃない。

「ほぅら、吸いなさい?」

 乳首をマーリンの唇に押し当てる。

 彼は戸惑いながら口にふくみ、やがて夢中になって吸いついてきた。

 あらあら、もうわたくしの可愛いベイビーね。

 胸の中の頭を抱きしめ撫でて、銀の髪をさらさらと触り、つむじに口づけを。

「いい子、いい子、愛しているわ……」

 途端にマーリンの手がにゅっと伸びてきて、わたくしの腕をベッドに叩きつけるように押さえる。

「君という人は……っ!」

 わたくしは首を傾げる。

「心にもないことを言うな!」

「あら、本当に思っているから言ってるのよ?」

「……あぁぁぁあもう、頭がおかしくなる!」

 マーリンが口づけてくる。

 必死に、力任せに、噛みちぎるように。

「ぃった!!」

 本当に噛んできたわコイツ!!

 わたくしの綺麗な唇がブツリと避けて血が出る。

 口元を押さえながら、目をギュッと閉じて痛みを耐える。

「ご、ごめ……」

「痛いわよ、馬鹿!」

「ごめん、なさい……」

 わたくしの身体に乗り上げて、わたくしの腕を押さえているのに、マーリンはしょんもりうなだれた。

 大きな犬ね!

「痛み止めとかないの?あんた魔術師でしょ!」

「あ、ある!」

「出しなさい!」

「はい」

 マーリンがしおしおと薬を差し出した。

 水薬の瓶。

 虹色の水薬。

 へぇ……これが魔術師の作る薬なのね。

 わたくしは薬を口もとに持ってゆく。

「あ、間違えた、それは死ぬ前の兵士のためのっ……」

 ゴクリ。

 マーリンの制止の途中で、私は薬を飲み干してしまった。

 いきなり痛みがフッと消える。

 そして唇がまるで性器のように敏感になり、出血の痛みが全部快感にすり替わった。口元から快感の奔流が押し寄せてくる。

 あまりの気持ち良さに目の前が白く輝くきらめきでいっぱいになる。

「????」

「それ、痛みを快楽に変える薬なんだ」

「な、に……」

 あぁ、身体中が火照る。火照って、ほてって、燃え上がる、気持ちいい、気持ちいい。ああもっともっともっと。

 マーリンの首に縋りついて、口づけ、両足をマーリンの腰にからめて引き寄せる。

「アァ、ア……アン、アン、アッ……マーリ、マーリン、イイ、すごく、あぁ……ッ」

 ドロドロと身体中が砂糖漬けになった心地がする。

 ああ、ああ、マーリン、あなた、あなたもあそこを熱く、熱くしてるわね。すごく熱いわ。邪魔な布は剥ぎとって、早く、早く、迎えいれてあげるから、わたくしの、ナカに、ナカに、入りたいでしょう?

 マーリンの衣服を剥ぐ。勃ちあがったそこを、わたくしの柔らかいふくふくしたあそこにぬるりと入れる。胎内に熱い尖りを呑み込む。彼を食べる。食べる。食べる。熱い、熱い、アアッ、強烈な、あまりにも強烈なのが!クる!クるわ!!至高、至高、これが、天上の、天上の快楽……

 マーリンの熱い熱い男根は悦楽の塊だった。絶え間ない絶頂が、深い悦楽が大波のように襲いかかってくる。イき続けている中、マーリンの男根が何度も何度も何度も胎内を激しく打ちつけて来て、なにかドロリと溢れ出てきているような感触がする。ひたすらに快感にどっぷりと浸され、次から次へと新しい世界が見える。

 ああ、いろんなものが見える。感じる。わたくしの芯を焦がして、焼いて、くすぐって、浸して、なにもかも味わい尽くして。

 ああ、天国より地獄の方が豊かな世界だというけれど、あれは嘘ね。天国もとても豊かだわ。

 マーリン、マーリン、あなた本当に稀代の魔術師、ね……

 意識がブツッと。切れた。


「……ゃめて!やめて!やめてよ!!悪魔!悪魔!お姉さまからはなれて!!」

 モルガンの声が聞こえる。

 大丈夫よ、お姉さまはいま最高に気持ち良いだけよ、モルガン、大丈夫、大丈夫よ…・

 わたくしの胎内で激しく動き続けていたマーリンの熱がフッと消えた。

 ハッと目を開ける。

 マーリンの銀の髪がしゃらりと揺れて、わたくしから離れてゆく。

「お姉さま!」

 代わりにモルガンが腕の中に飛びこんでくる。

 ガタガタ震えている。

「お姉さま、お姉さま、ごめんなさい、お姉さまが、お姉さまが悪魔の餌食に……」

 なぁに?お姉さまは天国を見ていただけよ?

「お姉さま、血が、血が……」

 ふと見ると、わたくしの股からドロリドロリと血が出つづけている。

 これは不味いわね。破瓜の血だけじゃない、たぶんナカが切れてるんだわ。痛くはまったくないけれど。

「マーリン、血止めある?」

 ベッドの傍に立ち、もうすっかり身繕いを終えたマーリンがうなずく。彼はごそごそとマントの下を探って、塗り薬を取り出した。そして、わたくしの方へかがみ込んでくる。その指で塗ってくれるのかしら。

「お姉さまに近づかないで!」

 モルガンはマーリンから右手で薬を奪い取って、左手で思いきりマーリンの頰を打った。

 わざと打たれたのね。モルガンにも、悪いと、思っているから。

「きちんと患部に塗ってやってくれ。そうすればすぐ治る」

「もう消えて!」

 モルガンが叫ぶと、マーリンは両手を上げて苦笑し、わたくしに目配せで挨拶をするとすぐに扉の外へ出ていった。

 モルガンがぼろぼろ涙を流している。

「お姉さま、私が私が気を失ってる間に、あの悪魔に……」

「大丈夫、お姉さまは進んでそうしたのよ」

 モルガンがブンブン首を振る。

 まあ、唇が切れてるわ、あそこから血がドバドバ流れてるわ、どう見ても無理矢理犯されましたと言わんばかりよね。

「母さまも、お父さまの姿のユーサーに……私をかばって……」

 ああ、賢い子。お母さまのことは当たりよ。マーリンのことは誤解してるけど。

「モルガン、それよりも早く薬を塗って。わたくしのナカが傷ついてるみたいなの。わたくしでは傷口がどこかわからないわ。しっかり指で確かめながら、薬を塗って。マーリンの薬だもの。きっとすぐによくなるわ」

 モルガンはうなずく。

 わたくしは足をぱっくりと開く。モルガンはボロボロと涙を流しながら、薬を指で掬い取り、わたくしのふくふくと柔らかく、血に濡れた性器の中に、指を滑りこませる。

 ああ、あぁ、上手、上手よ、モルガン、あなたの指はやっぱりしなやかでしっとり馴染むわ。わたくしの中に、中に、ずっといてもいいくらい。

 ああ、マーリンとは全然違う……凪いだ、穏やかな、至福の、花園のような、甘い甘いとろけるような感触!

 なんて、なんて気持ち良いのかしら。ああ、幸せにもいろいろあるのね。

 ふと、閉じていた目を開ける。

 モルガンはボロボロと大粒の涙をこぼし続けている。

「ごめんなさい、お姉さまごめんなさい、私が、私が襲われれば良かったのに、お姉さまが、お姉さまが、」

 罪悪感でいっぱいになったモルガンがずっとごめんなさいを続ける。

 ああ、モルガン。あなたは私が身代わりに犯されたと思っているのね。

 お馬鹿さん。でもいいわ。そういうことにしておきましょう。

 あなたはこれで一生わたくしの虜。あなたは一生男たちを憎む。

 わたくし以外のものにはならない。

 血まみれの私のあそこに指を這わせて、お姉さまは激痛に身体をビクビクと引き攣らせてると想像して、ゾッとしながら。

 でも自分が助かったことにホッとして。すぐに自己嫌悪でいっぱいになりながら。

 あ、あ、ゾクゾクするわ。

 わたくしはあなたを手に入れたのね。モルガン。こんなに可愛い光り輝くわたくしの半身を。

 わたくしはモルガン。モルガンはわたくし。

 わたくしの、わたくしの半身。

 あぁ、それにしてもあなたの指、すごく気持ち良いわ。もっと、もっと塗って。あぁ、あぁ、あぁ……

 わたくしは気持ち良すぎて、気を失った。


 翌朝。すっかり傷は治っていた。

 おそるべしマーリン。どうなってるのよ、あの塗り薬。

 わたくしはモルガンに泣きそうな顔で言った。

「お母さまにこのことは知らせたくないの。わたくしたちを庇えたと思ったお母さまがこれを知ったら、発狂されてしまうわ」

 モルガンは決死の表情でうなずいた。モルガンは血塗れの布を全部片付け、暖炉の火にくべた。

 部屋を出ると、ユーサーも、マーリンも、ウルフィアスも消えていた。

 お母さまは顔色が悪かった。でも気丈に微笑んで、わたくしとモルガンとエレインに言った。

「お父さまはね、あちらの城にいてあまりにも寂しくて夜こっそりこちらに来たの。でも朝早くに使者が来てね。お父さまがお亡くなりになったというの。あちらの城で敵兵に討たれて……。そんなわけないのにね。お父さまはこっそり抜け出してここにいらっしゃったのだから。『よく似た奴の死体が見つかって、しかも否定できる私がいないから、死んだと勘違いされてしまったんだろうな』と苦笑いして、あちらの城へ戻ってゆかれたわ」

 ああ、お母さま、その使者は本物ね。

 お母さまをあの男に寝取られているときに、お父さまはあの男の兵に殺されたんだわ。

 ああ、あの男。ユーサー。

 迂闊で、演技力の欠片もないのに、上手くやった男。マーリンがいるものね。マーリンが全部仕組んだのね。

 お父さまは負けたのね。わたくしたちのお父さま。お母さまばかり愛していたお父さま。お父さまも迂闊で馬鹿だった。

 わたくしたちを守りもできないくせに、ブリテン王にたてついた……なんだか無性に腹が立ってきたわ。弱い男。弱い男。弱い男なんて大嫌い。わたくしたちを守れないくせに!

 だってモルガンが泣いてるじゃないの。ああ賢い子。お父さまが死んだと悟ってしまった。

 お父さまは、モルガンにとっては良いお父さまだったのかもしれない。お父さまはわたくしたちに欲情なんてしなかったもの。

 でもわたくしは知ってるわ。お父さまはわたくしたちのことなんて可愛がってない。

 お母さまが可愛いがってるモノだから、ついでに大事にしていただけ。あの男が大事なのはお母さまだけ。

 わたくし自身を愛さない者なんて、わたくしは愛さない。

 でもモルガンにとっての愛は、違うのよね。あなたは自分を守ろうとしてくれるものは、結果に関わらず、愛するの。

「お母さまもお姉さまも、私を守ろうと身を捧げてくれた。お父さまは叶わなかったけど命がけで守ろうとしてくれた」と。あなたは思ってる。

 ああ、幸せなモルガン。あなたは自分は愛されていると心の底から浸っている。

 でもそれでいいの。

 一生甘い愛の監獄に入れてあげるわ。

 わたくしの可愛い可愛い人形ちゃん。

 わたくしは泣きじゃくるモルガンを抱きしめて背中をさすって、そんなことを思っていた。


 今度は、お父さまの遺体が来た。

 お母さまは泣き崩れた。よくもまあ、今まで我慢していたこと。

 そして、ユーサーの側近のウルフィアス卿と魔術師マーリンがティンタジェル城にやって来た。何人か重鎮らしき偉そうな男たちもやって来ている。ブリテン王の姿はないけれど。

 コーンウォールの公爵家の一族たちも、ブリテン王の命令一下、どやどやとやって来た。わたくしたちが戦をやってる間は知らんぷりしていた、なんの頼りにもならない一族。

 でもそのせいで、お母さまは開城せざるを得なかった。難攻不落のティンタジェル城は簡単に開けられた。

 一同、会議になった。

 母は参加したけれど、わたくしやモルガン、小さなエレインは蚊帳の外。

 でも当然、こっそり見させていただくわ。

 ユーサーの側近ウルフィアス卿は開口一番、仰天することを言ってきた。

「コーンウォール公の死をお悔やみ申し上げる!此度のこと、我らは大変遺憾に思っている。コーンウォール公とは互いに行き違いの誤解があっただけなのだ。我らはただ話し合い、謝罪いただき、和解したかっただけのこと。戦でお亡くなりになることを望んでいたわけでは決してない!」

 ま、呆れた!……そういえばこいつ!こいつだわ!お母さまに高価な贈り物をして懐柔しようといた奴!

 今回も煙に巻く気ね。

 あら?我らが公爵家ご一同はあからさまに胸を撫でおろしてるではないの。そうね。ブリテン王と事を構えるなんて馬鹿なことはしたくない。当たり前よ、死にたくないものね。

「つきましては、寡婦となられたイグレイン様を丁重に敬い、公のご葬儀を行おう。すべて費用はこちらが持つ。そしてイグレイン様の身の振り方も全力で考えることにしよう。どこかに新しいご夫君となる方を探せたらよいのだが」

「で、では、ユーサー王はいかがかな。まだ独身とお聞きするが」

 公爵家一族の長老が言う。

 ああ、読めた。

 もう話を通してあるのか。長老に。

 ウルフィアスはしゃあしゃあと茶番を繰り広げ始める。

「しかし、我らが王は此度のこと大変申し訳なく思っていてな……」

「じゃからこそ、責任を取っていただきたいと言うておるのじゃ!」

「我らが王は『なんでもして償う、どのようなことをしてでも』との言葉でしたからな。それはもちろん、そちらが王自身が結婚して責任を取れと望まれるなら、そうさせていただくが……それでよろしゅうございますか」

「よろしいも何もこれ以上の責任の取り方はあるまい。よいな、イグレイン」

 母は蒼白のままうなずいた。

 しかし、次の瞬間。

 母は毅然として声を上げた。

「わたくし、もう一つ、お願いがありますの」

 母は、ウルフィアス卿をじっと見据える。

「わたくしがブリテン王の妃になれば、このコーンウォールが宙に浮いてしまいます。そもそも、かねてより、わたくしたちには娘しかおりませんでしたから、わたくしの姉の息子カドールを養子に迎えて跡を継がせようとしておりましたの。ですから、今からでもカドールを養子に迎えさせていただき、コーンウォールの公爵としていただきたいのですわ」

 ウルフィアス卿は目を見開いた。まさかそんなことを言われるとは思っていなかったのだ。

 ウルフィアス卿はマーリンの顔を見た。

 マーリンはゆったりと二度うなずいた。

 ウルフィアス卿もうなずく。

「お申し出ごもっとも。もちろんその通りにさせていただきましょうとも」

 お母さまの目に光が宿る。

 お母さまはこれを狙っていたのね。

 お母さまは、やはりお父さまよりすごいわ。なんてすごいの。

 お父さまを失ったにも関わらず、息子に跡を継がせてしまった!

 さすがお母さま!お母さま!

「ところで」

 マーリンが口を開いた。

「お祝い事は多い方がよろしくありませんか」

 皆が首を傾げる。

 何を言い出すのだ?と。

「王様がご結婚されると同時に、他にもご結婚をいかが、と申しておるのです。そちらにいらっしゃるモルゴース殿、モルガン殿はもうお年頃といってよろしいでしょう。お父君が亡くなられてさぞお気を落としてらっしゃるだろうが、お父君のいらっしゃらない状態では結婚が決まるかどうかもご不安であろう。母君とのご結婚と同時にご結婚を決められては」

「少し、考えさせてください」

 お母さまが、会議を中断させた。


 一時解散になり、皆が散る。

 わたくしは一人駆け出してマーリンを追いかける。

 マーリンはするすると廊下を曲がり曲がりしてどんどん人気のない方へ人気のない方へと行って、とうとう馬小屋の中までやってきてしまった。

「モルゴース」

 後ろからついてきていたわたくしをいきなり引っ掴んで、その腕の中に抱きこむ。

 いろいろなハーブの匂いが染み込んだ彼のローブ。彼自身の持つ、柔らかな落ち着く香り。

 ああ、わたくし、この男、好きだわ。

「君は妊娠している」

「よくわかるわね」

「僕は生命が出現したら、それを感じられるからね。それが腹の中であっても」

「確実にあなたの子ね」

「なんでそんなに冷静なんだ」

「あなたこそなんでそんなに焦ってるの」

「ああ、クソッ!焦ってるよ!」

 こんな予言浮かばなかったんだ、とマーリンはひとりごちる。

 面白いわねぇ、この人。予言できるのに未来が読めてない。

 普通の人ではわからないことも感じられるのに、わたくしより物事を理解できてない。

「あなた、父親が夢魔なんでしょう?有名じゃないの。その男に種付けされたら妊娠するだろうことくらいわかるわよ」

「種付ッ?!僕を誘ったときに既にそこまで……?」

「いえ、あのときはただのノリ」

「嘘だろ、そんな、無茶苦茶な……ああ、母上、ここにわけのわからない女がいます……」

「あなた本当面白いわね」

「う、うるさい!」

「アハハハハハッ」

 おかしい。なんておかしな男なのかしら。馬鹿。意外と馬鹿。頭の良い馬鹿!

「で……笑ってないで話を聞いてくれないか」

「うん、聞く聞く」

「まったく……」

 マーリンはやれやれとため息をつく。

「産んで、もらえるか」

「産む産む」

「軽い!」

 マーリンが首をブンブン振る。

「なによ、嫌なの」

「いや、産んでくれたら嬉しい」

「なら問題ないわね」

「あるよ!誰の子にするんだ?」

「あ、そうね。あなたの子では不味いものね。あなた、別に貴族の生まれでもなんでもないし。じゃあ他の人との子の方がいいのかしら」

「……主よ、なぜこの女はこんなに軽いのですか」

「いい加減観念しなさい。おかげであなたはいい思いしたのよ」

「主よ」

「悪魔の癖に」

「半魔だし、僕は洗礼も受けている!」

「でも結婚前の女を犯して悦んでたでしょ」

「……話を進めよう」

「よろしい」

「君の嫁ぎ先を、きちんと決めたい」

「そそる男のところがいいわ」

「……わかった。具体的に誰がいいか選んでくれ。多少連れてきた。君も隠れて見ていただろう」

「焦茶の毛が肩の下にまで落ちてて、灰色の目の、右頬にちらっと刀傷のある人。彼すごくいい身体してたわ。あれは燃えそう。あと、頭も良さそうね。茶番のところで笑いそうになるのを必死でこらえて、真面目くさった顔をしていたわ。こらえてるのを気づいた人がいないくらいに巧妙に隠していた。あなたと同じ、頭が良くて、でも馬鹿である可能性が高いわね。最高よ」

「……嘘だろ、一番良い男を選んでる。それはオークニーとロジアンの二つの国の王、ロト王だ。若いのに、ブリテン王の次に権勢を誇る」

「わたくしの見る目を疑わないで」

「恐れいったよ」

「ついでにユーサーとも寝てみたいわ」

「……?!?!!」

 マーリン、完全に凍ってしまったわ。

 あ、ガックリうなだれた。

「もしもーし、だいじょーぶですかー」

「……無理でーす……」

「はい、元気ね。まあユーサーは今度でもいいから食べさせて。とりあえずロト王を食べましょう。今日にでもさっさと食べて、さっさと結婚して、あなたの子を、ロト王の子として産む。完璧な計画よ」

「母上……悪魔がいます……助けて……」

「あなたも同じこと考えてたんでしょ」

「言い方が、言い方が!あとユーサーのことは考えてなかったよ!」

「アハハハハハッ!」

 この人をからかって遊んで、毎日過ごせたら楽しいのにね。

 でも、無理なのね。

「残念だわ」

「何が」

「あなたと結婚したかった」

「主よ……私を誘惑してくる女がいます」

「主よ……往生際が悪過ぎる男がいます」

「……話を戻そう。君はそれでいい。君の妹の方だ。男の顔も見たくないくらいのはず。性行為なんてもってのほかだ。気が狂って死にかねない。修道院に一生入れるならその方がいいけど、結局還俗させられて、結婚させられることになることもある。それならさっさと片付いて対処した方がいい」

 話はわかるし同意だけど、最後だけ言い方が不敬ね。何?片付く?

「モルガンを物扱いするんじゃあないわよ」

「君はそこでまともになるんだね」

 まとも?

 とっくに正気なんて手放してるわ。

 手放させたのはマーリン、あなたたち。

 あなたたちは悪魔よ。

「対処、って?」

「男と寝ずに、相手に寝たと思わせる魔術がある。太ももに刻んでおくんだ。その太ももが相手の男の身体のどこかに触れた途端、男は催眠にかかる。女と寝た夢を見て、それを現実と思い込むんだ」

「それだけだと問題あるわ。子供を産まないと、女はその家で立場がなくなるの。いつまでも子作りは避けて通れない。そんなことも知らないの」

「知ってる。そこでだ。僕は半分夢魔だ」

「だから?」

「眠っている間に犯して妊娠させ、翌朝までに完全に処女を復元することができる」

「あっ!」

「どうした」

「あの塗り薬!」

「……そうだよ。そのとき用のものだ」

「私の処女も復活してるの?」

「君、処女だったの?」

「ええそうよ」

 またマーリンが頭を抱えた。

 この人ほんとう面白いわねぇ。

「初物をいただいたマーリンさん、感想はいかがでしたか?」

「最高だったよ!」

 やぶれかぶれでマーリンが叫ぶ。

 素直ねぇ。

 しっとりと口づけをするとマーリンは真っ赤になった。

「童貞みたいね」

「もう嫌だ……童貞だったよ……君と寝るまで」

「だからあんな初心だったのねぇ」

「気づいてたのかよ」

「経験豊富ですから?」

「経験豊富な処女ってなに……」

 マーリンはうなだれる。

「よし、話は終わったわね。モルガンに相談しましょう」

「はい……」

 マーリンがまだしょんぼりしているので、景気づけに抱きついて思いっきり舌を入れてキスしてあげる。

 マーリンはビクリと震えて最初はたどたどしかったけれど、途中からはとびきり情熱的に、夢中になって返してくる。

 ああ、可愛い。ああ、寝たい。

「あなたと寝たいわ」

「主よ……僕は爆発しそうです」

 マーリンは天を仰いだ。


 二人でモルガンのところに行くと、会議を盗み聞きしていたモルガンは言った。

「いや、いや。いやよ。結婚なんていや。お姉さまの結婚も。私の結婚も」

「でもここに残ったら、ユーサーに犯される危険性の方が高いのよ」

 モルガンはそれは嫌でしょう。

 わたくしはユーサーに犯されるのは構わないけど、マーリンの子の良き父親は作らなくてはならない。ユーサーでは話にならないのだ。

 モルガンは目にいっぱい涙を溜めて首を振る。

「絶対にいや!」

 マーリンが横でうんうんうなずいている。

 なんなのよ。「これが普通の反応だ」みたいな態度しちゃって。

 あんたたちがまいた種でしょうが。女は男におびえて、怖がって泣いているのが普通だとでもいうの。そんな普通くそくらえだわ。

 お前たちがわたくしたちを支配しようというなら、わたくしたちもお前たちを支配してやるのよ。

 やられたらやり返される覚悟を持ちなさいよ。

 まあモルガンは、わたくしの可愛いお人形ですからね。これでいいの。

 わたくしはモルガンの説得を続ける。

「ユーサーに犯されないためには、ユーサーが手出しが難しいくらいに権勢の強い、小国の王のところにお嫁に行くの。あと……言っておくわね。お姉さまのおなかには赤ちゃんがいるの。マーリンの子よ。きちんとした父親を与えてやらなくちゃ。だからすぐに結婚しなくちゃいけないの」

 モルガンは話を聞いた途端、フーッと猫が威嚇するようにマーリンを睨む。

 マーリンは困った顔で、両手をあげて降参。

 ほんっと喰えない男。当然演技だ。

 でも、モルガンへの対応はそれが正解。モルガンが怒れば、きちんと手を引く男。言うことを聞く男。怖がらせないためには、そういう印象が必要だ。

「あと、お嫁に行っても、あなたは夫と寝なくてもいいの。マーリンが、相手の男があなたと「本当に寝た」と思い込む魔術を教えてくれるわ。太ももに仕掛けるの。太ももを触った男は昏倒して、あなたと最高の一夜を過ごした夢を見て、それが本当だと思い込む」

「……それをやり続けても、いずれ、子供ができなくて、石女扱いされるわ」

 ああ賢い子。

「大丈夫。マーリンは夢魔よ。あなたを眠らせて、その間に妊娠させ、でも何事もなかったかのように、あの塗り薬で復活させられるの。処女すらもね」

「こ、この男の、子を産めって言うの?!」

「私の子と異母きょうだいになるわね」

「……お姉さまの子と?」

 マーリンがこちらを興味深げにしげしげと見ている。

 なにが面白いのよ。……ああ、面白いでしょうね、あなたの子供が二人もできるんですものね!我が世の春!勝ったも同然!

「そう。その子たちを、わたくしたちのようにずっとずっと仲良しに育てるの」

「で、でも、見た目が、見た目がマーリンに似たら!」

 マーリンが口を挟む。

「夢魔の子は母そっくりになるんだよ。僕なんて母に生き写しだ」

 まあ、わたくしもモルガンもお父さまには微塵も似てないものねえ。エレインはお父さま似だけど。

 マーリンは続ける。

「たぶん、子は君たち自身に生き写しになるだけ。万が一、僕の人間の血のせいで、僕に似てしまった場合は、目眩しをかけて見た目を変える。しばらくしたら死んだことにして、僕が引き取る。預けるあてならあるからね」

「あんたなかなか最低ね」

「いい案と言ってくれ?!」

 わたくしたちのやり取りを聞いて、モルガンが思わず吹き出す。

 そう、この男はちゃんとわたくしの言うことを聞く。大丈夫よ、モルガン。そう思い込んで。

「……わかったわ、お姉さま。私、嫁に行くわ」


 わたくしたちはモルガンの結婚相手の要望を話し合った後、マーリンと別れる。廊下を歩いてゆく。会議の広間のほど近くのところで、お母さまに会った。

 モルガンはお母さまを見つけると走り寄って抱きつき、涙を流した。

「お母さま、お母さま、私、嫁に行きます」

 お母さまは驚いた。

 今からわたくしたちに話そうとしていたのだろう。

 お母さまはモルガンを抱きしめながら、わたくしを見る。

 わたくしはうなずき、わたくしもお母さまに抱きつく。そしてそっとお母さまに囁いた。

「希望の相手をマーリンに言ったら了承してくれました。大丈夫、わたくしたちは幸せになります」

 お母さまの目に涙がいっぱい盛り上がってくる。

「お母さま、お母さま、ごめんなさい、お母さま、お母さまは私をかばって」

 モルガンが泣きじゃくりながら言う。

「なにを言うの、モルガン。わたくしはお前たちが……お前たちさえ幸せになってくれれば、十分」

 お母さまはお父さまと引き裂かれて、あの男の手に落ちる。

 そのかわり、カドールとわたくしとモルガンの権利を勝ち取った。

 エレインはお父さまそっくりだから、ユーサーの欲望に引っかかりもしない。大丈夫だ。

 わたくしたちは声を揃えて言った。

「「いいえ。お母さまも幸せにならなくちゃ」」

 でもお母さまをどうやって幸せにできるというのだろう。


 会議の席に、母がわたくしたち二人を連れていった。

 マーリンがつれてきた重鎮たちとやらが、色めきたった。

(なんと!イグレインに生き写しではないか)

(絶世の美女が三人か)

(あの美しい娘を毎日犯せるのか?)

(おぉ、最高ではないか……)

 お母さまがおごそかに言う。

「娘と話し合いました。娘たちにも結婚させましょう。マーリン殿」

 マーリンはおごそかにうなずく。

「ではお相手だが。モルゴース殿にはオークニーとロジアンのロト王、モルガン殿にはレゲッドのウリエン王が良いと思われる。お二方、いかがかな?」

 ウリエン王の方は髪の色と目の色で選んだ。マーリンと同じ銀の髪と青い目なのは彼だけ。それもこれもモルガンが「産んだ子供を取り上げられるなんて絶対嫌!」と言ったから。

 ウリエン王はもう初老だが、この間、妻が死んだばかりの独身。権勢も申し分ない。

 ウリエン王を見ると、驚きと喜びで硬直している。やに下がった、汚らしい顔。

 ああ、気持ち悪い顔。色狂いのジジイ。モルガンの夫にあんな男を選ばないといけないとは。でも、寝る必要はないのだ。だから誰だっていいのだ。

 さて、わたくしの結婚相手ロト王を見る。えらく落ち着いている。風の吹かない湖のようだ。

 気に入らない。気に入らないわ。わたくしが不満だというの?わたくしが?このわたくしが?

 マーリンが口を開く。

「ロト王、よろしいか」

 ロト王はゆっくりとうなずいた。

「ブリテンの平和のためならば私は喜んで」

 なに、その返事!?

「ウリエン王、よろしいか」

「もっ、もちろん、ブリテンの平和のためならば私は喜んで!」

 ロト王の復唱をしただけじゃないの!

「大変喜ばしい。では、早々に式を挙げられるように手配を急ぎましょう」

 マーリンの言葉で会議は解散となった。


 ロト王は解散後、さっさと自分の宿所へ向かって歩いていく。

 歩くのが早い。こちらは走って追いかけるのがやっとだ。

 待ちなさい、待ちなさい!

 わたくしはすぐにでもあなたと寝なくちゃいけないの!

 ロトが割り当てられた自室の扉を開けたところで、わたくしはようやく真後ろに追いついた。

 声をかけよう。どうなるかはわからないけど。

「ロ……」

 わたくしの身体はいきなりすくいあげられて、扉の向こうに引っ張りこまれる!

 ロトがわたくしの身体を抱きすくめて部屋の中に入れたのだ。彼は扉を後ろ手に閉め、鍵をかけた。

 ロトはわたくしを抱いたまま、ベッドに倒れこむ。そのまま両手でわたくしの両頬を包み込んで、口づける。舌が入り込んできて、口の中が掻き回される。熱くて柔らかくて力強くて気持ち良い。

 ああ、良い、良い、良い!やはりこの男を選んで良かった!!

 でも、どうして?わたくしに気がなさそうだったのに?

「な、ぜ……ロト?」

 口づけの合間に疑問を口にする。

 するとロトは荒く息をつきながら、すがるような目で見つめてくる。まあ……可愛い。

「あなたが、あなたが俺を選んだと、俺に一目惚れしたのだと。マーリンから聞いた!」

 あ、なるほど。事前にマーリンに聞いてたのね。あいつ、いい仕事するじゃないの。

 ……いや、言うなら言うでわたくしに断りなさいよ!びっくりするじゃない。

 そう、この男は、心にたがを嵌めて、平然としたふりをしていたのね。

 でもわたくしが追いかけてきたから、たがが外れた!

 はじけて、飛んで。今はもう、本能だけ!わたくしを手に入れたい本能だけ!

 ロトは嵐のように口づけてくる。その手はいつしかわたくしのまろい尻たぶを鷲づかみ、己の熱い屹立を私の太ももに擦りつけてきていた。

「ロト……」

 わたくしがそっと耳元に囁くと、ビクリと彼が止まった。

「す、すまない、怖がらせてしまっ……」

 嘘?!身を引こうとしてるわ、この男!ダメダメダメダメ!

 彼の首にすがりついて、わたくしから口づける。

 彼を見上げるようにして、小さくささやく。

「来て、来て。あなたのものに、して」

 彼はわたくしの服を引き裂いた。


 そこからは嵐どころか竜巻だった。

 ろくにほぐしもせずに彼が何度も何度も突き入れてくるものだから、破瓜の血と裂傷と相まって、私の股は血まみれ。

「い、いたっ、いたぃ、いたぃ、痛っ、アッ……」

 本当は快感で脳みそはドロドロのグチャグチャ、身体中は全部の細胞が快感に浸されてるよう。

 最高に気持ちよかったけど……一応ほら、痛いことに、しておかないとね?

 ロトはわたくしのナカの奥の奥に、しっかり注ぎ込んだ。それを3回もしっかりと繰り返した。絶対の絶対に孕ませてやろうという本能。

 ようやく人心地つくやいなや。彼はザッと顔を真っ青にした。

「すまない!すまないモルゴース!大丈夫か?!」

「いたぃ、いたぃ、ぃたぃわ……」

 血まみれの股を押さえて、ぐすぐすと泣くわたくし。

 彼はアワアワアワアワして、

「ちょっとだけ、ちょっとだけ待っててくれ!すぐ戻る!!」

 ロトは衣服を慌てて着て、外へバタバタと出ていった。

 そして遠くからバタバタと足音が二つに増えて帰ってくる。

「なんですかな、ロト殿、緊急とは……おや、これは大変だ」

 シレッとした顔のマーリンを連れて、ロトが戻ってきた。

 すごい人選ね、見事よ。ロト。

「マーリン殿、我が婚約者殿を助けてくれ!頼む、稀代の魔術師たるそなたであれば助けられるであろう?!」

 困ったなぁという顔でマーリンがよっこいしょ、とベッドに腰掛ける。

「ぃたぃ、ぃたい、助けて、助けて」

「モルゴース殿、失礼いたしますぞ。あぁ……うん、破瓜の血と、あと、これはちょっと乱暴にし過ぎましたな。えらく切れております。まあ、そこいらの医者では二、三週間かかりますが、私の薬なら三日で治りますよ」

 嘘つき。数時間で治せるくせに。

「よ、良かった……」

 ロトがヘナヘナと崩れ落ちる。

「良くはありませんな。女子は柔らかく慣らしてから挿入しませんと。誰でも知っておることです。済んだことですから致し方ありませんが、これで結婚式をよりいっそう急がねばならなくなりました。なんせ今日のことで子ができておる可能性が高過ぎますからな」

「面目ない……」

「四日後あたりにしましょうか」

「頼みます……」

 ロトは縮こまっている。

 わたくしは笑い出したくて仕方なかった。その上マーリンがやわやわと触ってくるから、気持ち良くって声をあげたくて仕方なかった。

 でもその代わりに「痛ッ、ぃたぃ、ぃたい、いたい、助けて、助けて、マーリン様、マーリン様」と言い続けていた。

 ベッドで他の男の名前を呼ばれ続けたロトは、それでもどうすることもできず、ひたすら泣きそうになっていた。


 結婚式はティンタジェルで挙げられた。

 本来ならキャメロットで挙げるべきなのだろうけども、ティンタジェルで葬儀もなにも終わらせてからさらに移動……では時間がかかる。ユーサーは一刻もお母さまと結婚したくて、ティンタジェルに押しかけてきていた。ということでお葬式が終わってすぐに結婚式となったのだ。わたくしには実に都合が良かった。

 結婚式のとき、ようやく久しぶりにユーサー王を本当の姿で見た。

(ああ、やはり、ブリテン全土の王は違うわね)

 人間性はゴミクズでも、お父さまのようなブリテンの端の公爵より、ロト王のような辺境の小国の王より、風格がある。

 ゾクゾクする。あそこが疼く。

 あの男を食べたい。わたくしのものにしたい。孕みたい。あの男の種がほしい。

 ああ、わたくしがお母さまの位置にいれれば、わたくしは幸せなのに。

 ああ欲しいわ、ユーサーが欲しい。


 その夜。初夜。ロトはしつこく、わたくしのナカをたっぷり半刻はほぐしていた。

「もう、もぅ、ァッ、アン、ァァッ、はやく、はやく、きて」

 ユーサーを見て興奮しきっていたわたくしは濡れるのも早かったし、すぐにとろとろになったのに、ロトはずっと耐えていた。

「頼む、俺の、俺の理性を切らないでくれ、モルゴース!」

 あんまりにも待たせるものだから、こちらの理性の方がキレそうなのよ!

「あぁもう!」

 彼の後頭部をゴンッと殴る。

 気の遠くなった彼を仰向けに押し倒し、彼の上に馬乗りになる。

 彼のいきり立った男根を、わたくしの下の口に呑み込ませる。

 あぁ。あぁ。落ち着く、これよこれ、男を呑み込んで、快楽に浸るこのひとときが、わたくしは一番好き……なんて至福……

 ジュプジュプと出し入れして愉しんでいたら、彼の意識が復活した。

「はぁい、ごきげんよう、我が夫たるお馬さん?」

「……〜〜〜ッ!!」

 彼は赤面してわたくしを睨んでいる。

「君に、勝てる、気が、しない……」

「わたくしも負ける気はまったくしないわ」

「言ったな……!」

 彼は下から揺さぶりながら突き上げてくる。

「あぁ、あぁ、あぁ、イイ、イイわ、ロト、ロト、ロト」

「……初めてのときから、こう、したかった」

 しおらしい声で、ロトが言う。可愛いひと。

「ええ、今日が初夜だから。初めてよ、これがわたくしたちの初めて。あなたはわたくしにたっぷり丁寧に優しくしてくれた」

「……ああ」

 わたくしはロトに覆いかぶさり、しっとりと口づけた。

 罪悪感いっぱい顔で、ロトが苦く笑う。

 大好き、大好きよロト。

 次は、次の子こそは。あなたの子を産んであげるわね。


 その後は都キャメロットに移動し、再度結婚式を挙げた。

 そのときに、ようやくカドールがやってきた。

 カドールは遍歴の騎士として各地を巡っていたから、連絡がついて最短で駆けつけたのが今だったのだ。

「カドール!!」

 お母さまがカドールに駆け寄って抱き締める。カドールはがっちりと受け止めて、お母さまと頬を擦り合わせた。

 カドールはお父さまによく似ていた。

 ずっと見ていたユーサー王の目が、見る間にグングンと吊り上がった。

 炎の柱が立ったみたいだった。

 異様な気配にお母さまがハッとして振り返ったとき、ユーサーは一瞬でしゅるりとそれをしまった。

「これはこれはコーンウォールの跡取りとなられる、カドール卿ではないか」

 瞬く間に愛想の良い声をかける。

 カドールは先ほどの異様な雰囲気を物ともせず、快活に笑って言った。

「この度はご結婚おめでとうございます、王」

「ありがとう、カドール卿。君の叔母上は私が幸せにしようとも。安心してコーンウォールを治めてほしい」

「いや叔母上はなかなか気難しいお方ですから、あなたさまの手に負えますかどうか」

 カドールの火花のような視線がユーサーにぶつかる。ユーサーはゆらりと炎の柱をまた上げた。

 怯えたお母さまがカドールにしがみつく。ユーサーはさらに怒った。

「ときにカドール殿はゴルロイス殿に似ておられるな」

 脅しそのものの声。

「ああ、私の父は、ゴルロイス殿の弟ですからね」

 カドールはサラリと答える。

 カドールは見た目こそお父さま似だけれど、性格はお母さま似。やるときはやるのよ。

 わたくしはいい兄を持ったわ。

 カドールはふと、わたくしに目を止めて、喜色満面になって駆け寄ってくる。

「モルゴース!」

「カドール!」

 両腕を広げたカドールの胸に飛びこむ。

 あぁ、あぁ、あぁ、なんていい身体!いい身体だわ!ユーサーに勝るとも劣らない、いい身体。負けないはずだわ。

 ああ、この身体に突き立てられたい。

 ああ、ああ、あそこが。

 疼く、疼く、疼く。

 カドールがわたくしの耳にささやく。

「綺麗になったね、モルゴース」

 するとグイッとカドールから引き剥がされた。ロトが力ずくでわたくしを引き寄せたのだ。

 カドールは特に抵抗せずわたくしをロトに渡す。これはこれは夫殿ではないか、と言わんばかりだ。

 ロトがわたくしを腕の中に囲い込みながら、カドールをじっとりとした目で見る。

「妻を誘惑しないでもらいたい」

「そんな、ロト王、我らは兄妹となるのです。そんなことはありえませんよ」

 カドールが屈託なく笑う。

「わかりません、我が妻は魅力的なので」

「困ったな、仲良くしてください。あなたとも義兄弟になるのです」

「コレハゴキゲンヨウ、ロジアントオークニーノオウ、ロトデス」

「アハハハハハッ!」

 ロトのあまりの棒読みぶりにわたくしが笑いだしたので、ロト王もカドールも双方へにょりと眉を下げた。

「……大人気なかった。すまない、カドール卿」

「いいえ、ロト王。仲良くしてください」

 カドールはクツクツ笑いながら、ロトと握手した。

 モルガンもやってくる。

「カドール!カドールね!カドール!」

「おお、モルガン!」

 モルガンもカドールの胸に飛び込んだ。

 ウリエン王が横でわなわな震えている。でもロトと違って嫌味も言わないし、取り返したりもしない。大人、大人だわ。いいところもあったのね、ウリエン。

「ロト、あなた、まだまだ子供だったのね」

「わたしはとうに成人しているし、二国の王だ」

「王が聞いて呆れるわ」

「君のことだとおかしくなるんだ!」

 ヒソヒソ会話をしていると、カドールとモルガンがこちらを見ながらクスクス笑っている。

 モルガンがカドールに言う。

「お姉さまたっての希望で、ロト王が相手に決まったのよ」

「ロト王もモルゴースにご執心のようだ」

「新婚蜜月なのよ、邪魔しましょう」

「おお、どうするんだ?」

 するとモルガンがカドールと別れて、わたくしに駆け寄ってくる。

 わたくしがモゾモゾ動くとロトが不思議そうに拘束を緩めた。

 その隙にモルガンは、わたくしをロトから奪い取った!

「お姉さま、奪い取ったりー!」

 モルガンが左腕でがっちりわたくしを抱きすくめ、右拳を天高くかかげて勝鬨をあげた。

 カドールは笑い転げ、ウリエン王はようやくホッとしたように眉を下げ、ロト王は苦笑し、お母さまも微笑み、ユーサー王が眩しげにこちらを見ていた。

 モルガンがそっとわたくしだけに聞こえるようにささやく。

「お母さまも、いつか、奪い取るわよ」

 わたくしはこっくりと、うなずいた。

 

 もう明日にはキャメロットを発つ。

 わたくしはロト王の領地ロジアンへ。モルガンはウリエン王の領地レゲッドへ。カドールは自領となるコーンウォールへ行く。

 ずっと伸ばし伸ばしにしていたことを、やらなくてはならない。

 モルガンにマーリンの子を孕ませるのだ。

 ロト王にもウリエン王にも「姉妹の最後の別れを邪魔しないで!」とピシャッと言ったら、二人とも仕方なしに夜を譲ってくれた。 ロトはどうせ明日からは毎日寝るのだもの、一日くらい我慢しなさい。ウリエン王は、明日からも夢を見るだけだけど。

 さて、わたくしとモルガンのいる部屋にこっそりとマーリンが入ってきた。

 マーリンがおごそかに言う。

「用意はいいか」

「「ええ」」

「モルガン、太ももの呪いは?」

「解いてきたわ」

「よろしい。では横になって」

 モルガンがベッドに横たわり、目を瞑る。

 マーリンはてのひらをモルガンの両手に押し当て、なにか唱えた。

「……眠ったの?」

「明日までぐっすり」

 マーリンはモルガンの衣服をまくり上げ、モルガンの足を開脚させ、あの綺麗なピンクのふくふくの性器を露出させる。

 ああグチュグチュにして舐めてやわやわにしてあげたい。いいところを触ってあげて、いっぱい気持ち良くしてあげるの。

 マーリンはくるりと振り返って、わたくしを見た。

「……君がしてくれない?」

「なに言ってるのよ、あんたがやるんでしょ。私に男根も種もありません」

「えっと、そうじゃなくて、下準備を、ね?」

 ハァ?

 ……あぁ、いや……それもそうね。

 マーリンにモルガンをいろいろいじくられるのも腹立つわ。

「わかったわ、どいて」

 マーリンは素直に場所を譲る。

 わたくしは早速モルガンの下準備にかかった。

 クチュクチュ触ったり、舐めたり、やわやわほぐしたり……

 マーリンは横で「ほう」「なるほど」「そうかそうか」と、いちいちうるさい。

「あんた黙って見てられないの」

「いや、興味深くてね」

「そんなんでモルガンを孕ませられると思ってるの」

「……あっ!」

 マーリンがじっと自分の股間を見ている。

「なに?そろそろ準備できたんだけど」

「……こっちの準備も、お願い、できない、かな?」

 マーリンのあそこは欠片も勃っていなかった。


「あっきれた!あきれた!あきれた!モルガンのあそこを見てもなんにも興奮しなかったの?あなたは男なの?それでも男なの?わたくしに対してはおったててた癖に!?」

 キレながらも、マーリンの男根をせっせと擦ってやる。

 ダメ、むしろ萎縮してるわ。

「あんたの興奮するポイントなんなのよ!」

「えっと…………あ」

「なにっ?!」

「血」

「こーのーへーんーたーいー!!」

 わたくしは唇をガリッと噛んで血を滴らせ、マーリンに口づけた。

 マーリンが口づけに夢中になると共にあそこが膨らんでくる。

「マジで変態ね、あなた」

「僕だってなりたくてこうなったんじゃない、あ、もっと、そのまま、口付けてて」

 マーリンのあそこはガッチガチになってきた。

「さあ、挿入よ」

 フニャン。

「軟化するな!」

「ああもう、黙っててくれないかな!」

 マーリンは叫んで、私の頬を掴んで、噛みつきながら口づけてくる。おかげで口元から血がダラダラ、そりゃあ痛くはないけど、出血多量でわたくし死なない?

「あと、で、治して、あげる、から!」

 マーリンはガリガリとわたくしの唇を噛み、ドロドロと流れる血を全部舐めとりながら、モルガンに挿入して、揺さぶって、わたくしの血を飲んで、モルガンを揺さぶって、わたくしの唇をガリガリ噛みながら、果てた。


「ごめんね……」

 マーリンはわたくしの唇や口内をペロペロと舐めてくる。

 マーリンが舐めると共にシュルシュルと血が引き、肉がプルプルと元よりも良くなっていく。血だらけになっていたところのほうが、他より五歳くらいでも若返ったのかと思うほどに。プルプルのツヤツヤになった。

 うっそでしょ。

 もしかして。

「あの塗り薬……」

「原液は僕の唾液」

 そうよねぇぇぇ!

「便利な身体してるわね、あなた」

「モルガンも舐めてあげないと……」

「それはダメ。塗り薬あるんでしょ。よこしなさい。わたくしが塗ります」

「でもさっきせっかく勉強したのに」

 勉強してたの?アレ?!

「モルガンは実験体じゃないの!塗り薬!渡す!はい!」

「はい」

「よろしい!」

 せっせとモルガンに塗り薬を塗る。

「ああもうこの馬鹿夢魔、やっぱり怪我させてるじゃないの」

「すぐに治せると思うと、こう、あんまり手加減できないというか」

「黙れ、その舌ぶったぎるわよ」

「はい」


 そして、わたくしたちは各地に散り散りになった。


 月満ちて、わたくしは美しい金の髪に緑の瞳の男の子を産んだ。

 その子に「ガウェイン」と名付けた。


 月満ちて、モルガンは美しい銀の髪に青の瞳の男の子を産んだ。

 その子に「イウェイン」と名付けた。


つづく






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