02-2 竪琴を奪われた吟遊詩人の話 その2
「やあ、今日はやらないのかい?」
昨日も観ていたのだろう、約束の場所で立ち尽している所に通行人の一人が声を掛けてきた。
「申し訳ない。楽器はもう一人が持っているのですが、彼が来ないのです」
「そうかい。また来るよ」
通行人はそう言って去っていく。同じように何度も声を掛けられる。一時間程経ち、詩人はここを離れる決心をした。
(さて、これはどうしたものか)
大通りから外れた住宅街を歩き、考えを巡らせる。宿代数日分の稼ぎを貰ったとは言え、このままでは五日後には金が底を尽きる。もちろん楽器を買う当ても無い。チップはもう少し多く貰えばよかったか……?
考え事をしながら歩いていると、
「おいそこの、止まれ」
王都直属の警吏二人に声を掛けられた。
「すみません。竪琴を無くして考え事をしていたら……ここはどこですか?」
周りの住宅が豪華になってきていることに気が付かなかった。どうも区画を越えて歩きながら長考していたようである。詩人の悪癖であったが、こんな時にはよく曲が浮かんでくることもあった。事情を聞いて警吏達は笑う。少なくともやましいことを考える人間ではないと判断したようだ。
「ここは中流貴族が住まう邸宅の集まりだ。家には金目のものも多いんでな、見回りをしている」
「では、僕のような漂泊者は近寄らない方が良さそうですね」
「まあそうだな……あ、隊長」
警吏達は隊長と呼ばれた男に向かい、敬礼をした。
「不審者か? 何だ、いつも大通りで歌ってる詩人じゃないか」
「昨日はどうも。警吏の人だったんですね」
顔に見覚えがあった。歌っている時というのは意外と客の顔を覚えるものである。顔を見て今の曲の反応を伺うからだ。
「警備を兼ねてあの辺はよく歩いてる。……そういや昨日は別の詩人と歌ってたが、彼はどうだったかね?」
どうと言われても。警吏としては妙なことを聞くなと思った。まあ警吏なりに耳に入れたいこともあるのだろうなと、詩人は同業者目線から答えることにした。
「初陣のようでお客に気圧されそうでしたが、音楽も素養もあるし歌い続けるガッツもある。特に声が良かった。あれは人を惹き付ける声でした」
そうか、と隊長は返事をし、暗くなる前に帰れよと促された。話をしている間に何度か邸宅の窓からこちらを覗くものがいたようだ。きっと貴族のご婦人が気にしていたのだろう、長居はしない方が良いと思い足早に宿へと戻った。
次の日も彼は来ない。仕方が無いので他の詩人に同じことを申し出たのだかやはり断られる。商売道具は人に貸さない、当たり前のことだった。結局一曲も歌うことも叶わず二日三日が過ぎていった。そんな中楽器店から一台の竪琴が姿を消しているのを見つけた。手に入らないものだとは言え、その空いた棚に何かしらの寂しさを覚えた。
そして更に日が経ち、とうとう路銀が尽きてしまった。彼ら漂泊者にとって、資金ゼロからの復帰というのは極めて困難である。自分が竪琴を盗られた時のように強盗でも働けば良かったのか。とにかく、どうしようもないところまで落ちてしまったのだ。
(その3へつづく)
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