02-1 竪琴を奪われた吟遊詩人の話 その1

 吟遊詩人とは、諸国を旅し見聞いたことを歌にして披露し、対価として金銭を得ることを生業とする者達のことである。ここ王都には人も多く、彼らは稼ぎを求めて露頭で見聞を歌にしている。立ち止まって聴き入る者もいれば、迷惑そうな顔で通り過ぎていく者もいる。


 ここに一人の吟遊詩人がいた。年は二十後半位、中肉中背、美しいとは言わずとも演者とは十分通用する顔立ちである。彼は歌作りが良かった。物価の高い都で安宿とは言え一ヶ月滞在出来る程度の実力があった。かれこれもう十年位、このような旅暮らしをしており、彼自身それに満足していた。


 その彼が、ある日竪琴を奪われた。近道をしようとした路地裏で強盗に遭ったのである。身ぐるみまでとは行かないものの稼いだ金も奪われて、商売道具も失い、詩人はただ途方に暮れていた。いくら歌が良くても楽器が無ければ人々は詩人に見向きもしない。


 幸い宿代は一週間払いにしていた。一日当たりの価格が安くなるからだ。滞在出来るのは残り三日である。奪い返すのは無理だから、新たな楽器を探さなければならない。しかし楽器は高いのだ。中古のそれでさえ王都の宿一週間分より高い。


「腐った魚みたいな顔してるね。どうしたのさ」


 宿に戻ると早々、女将に声を掛けられた。


「竪琴とお金を強盗に盗られたんです。僕はもうおしまいだ」


 その日の晩飯は少し量が多かった。



 詩人は翌日、これからどうするかを悩んでいた。力仕事も得意じゃないし魔法や奇跡の才能も無い。腕力があれば荷運びなりの仕事も貰えただろうが、吟遊詩人というのはこういう時潰しが効かない。冒険者ギルドに仕事を紹介してもらおうにも彼は協会員では無いから、そもそも登録料が必要だ。結局金が無ければ始まらない。しかしその金を得るための道具も手段も無い。


 ふと、楽器店を覗く。当然タダで譲ってくれるものなんて無い。店主に事情を話しても同情されるばかり。一ヶ月分の宿代の値段が付いた楽器達を横目に、暗いため息をつきながら店を出る。


 大通りにはまだ昼にもなっていないのに他の吟遊詩人達が、まるで相談したかのように家一軒分の間隔を開けて歌を披露している。お互いの商売を邪魔しないようにという不文律だった。人だかりが出来ている盛況な詩人もいれば、誰も足を止めず寂しそうに歌う者もちらほらと見かける。その内一人に声を掛けた。


「駄目だね、全然人が来ない。あっちの詩人は大盛り上がりなのに」


 若い詩人の男だ。顔は良いが経験も度胸も無いようで、人が足を止めないことに自信を無くして声が小さくなって負の連鎖になる。若い内はよくあることだった。そんな若い男を見て、詩人は一計を講じた。


「僕も詩人です。竪琴を貸してください。交互に歌えば、きっと人が足を止めるはずです」


 そう言って竪琴を借り、まずは一曲。楽器に限らず剣でも杖でも商売道具は人に貸さない。これは漂泊者の常識のようなものなのだが、若く経験の少ない彼なら貸してくれると思ったのだ。無論奪って逃げたりなんかしない、目の前にお客がいるのだから。借りた竪琴は飾りも無く素朴であるが軽く、そっと弦に触れるだけで敏感に反応する。軽く響胴を叩くと思った以上に大きな音が鳴る。塗られているものも触り心地が良く、これは業物だと感じた。


 そうして歌ったのは、この王都と王家を讃える歌。曲を終えると何人かの人が足を止める。誰だって自分の故郷をよく言われるのは嫌では無い。特にここ王都の人間はこの地に住まうこと、そして王家の下にあることを誇りに思っている。人の心をくすぐる言葉は必ず誰かの足を止めさせる、詩人は必ず何らかの「地を讃える歌」を作り、レパートリーに加えていた。


「さあ、どうぞ」


 若い詩人に竪琴を渡した。目の前の何人かの視線が明らかに自分へ向いている。ポン、と軽く肩を叩かれると、観念したかのように息を吸い、弦を爪弾いて歌を紡ぐ。それは誰もが知っている、童話を歌にしたものだ。


(ほう)


 横で聴いていて舌を巻く。彼は若いが素晴らしい詩人だ。顔も良く歌の素養もある。何より声がいい。客は彼と歌の初々しさにニコニコ顔だ。通りすがりに楽器ケースにチップを置いていく者も何人かいる。歌い終わると大きな拍手。彼の顔は真っ赤で、息も荒くなっていた。


 これを交互に繰り返し、陽が傾く頃には宿代二週間分のチップを頂いていた。


「分け前、どうしようか。こんなことは、初めてで」


 若い詩人が聞いてくる。案の定戸惑っているようだった。


「僕は四分の一でいいです。実は……」


 竪琴と金銭を奪われたことを打ち明ける。


「それは災難だったね。あの路地裏は時々、そういう話を聞く」


 街の事情に明るいらしい。聞くとどうやらこの王都の出身だという。


「しかし本当にいいのかい? お金に困っているはずだ」


「その竪琴があったからステージが盛り上がった。持ち主の貴方が多く取ってください」


 そしてまた翌日、同じ場所で演奏しよう。楽器を借りる代わりに歌を教えよう。そういう約束をした。これを繰り返せば近い内に楽器を買える金が出来ると考えていた。


 しかしその計画は砕かれた。若き詩人は、次の日に現れなかったのだ。


(その2へつづく)

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2024年9月20日 20:00
2024年9月21日 20:00

剣と魔法は、てのひらに 中尾ポール @nakaopole

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