01-3 友同士だった騎士と第五王子が決闘した話 その3

「どうして、そこまでして僕を止めようとしたんだい? 鎧の呪いで、こんなに身をボロボロにして」


 王子はおびただしい出血に耐えながら、脱げない兜に顔を近付ける。騎士の目の前には、いつもと違わぬ笑顔があった。ただ一つ違うのは、その表情に力が宿っていないことだった。肉体の治癒は魔法ではなく「奇跡」に分類される。王子は魔法も奇跡も行使出来たが、『法書』で強化出来るのは魔法のみ、己の身を癒すことは叶わない。顔も段々と青白いものへと変わっていく。


「騎士とは民を守らねばならぬ、騎士とはまた王家を守らなければならぬ。両方守るには、これしかなかった」


 騎士の声は羽虫の翅の音よりもか細かった。これはただの疲労では無い。文字通りその命を燃やし、その命を鎧に吸われたのだ。いずれは骨すらも喰われてしまうのであろう。


「せめて、楽にしてあげるよ」


 王子が震える手を騎士にかざす。掌から小さな光が灯るとそれは騎士に絡みついて大きくなり、光が全身を包むと何かの叫び声のようなものが響いた。光が消えると、そこにはただ一人の男の裸があった。耳をつんざいたものは、生きた鎧の断末魔だったのだ。


「叡智を得た。そいつは宿主が力を使い切った後の短い時間、『浄化』の奇跡が通じる」


 幽霊退治などに使われる初歩的な奇跡だ。鎧の正体は、幽霊や骸骨戦士などと同じ性質のものであったらしい。


「……助かる。あれに憑かれてから体中の骨が鉄のように熱されて、内から肉を焼くような痛みがあった」


 体中の痛みが消え、安堵の表情。雄々しく力強い顔立ちだが肌は透き通るように白く、傷一つ無い。日頃鎧兜を身に付け鍛錬に励み、肌が日に焼けることがなかったのだ。


「その姫君のような綺麗な肌、騎士の誇りだよ」


 言われて騎士は小さく笑い、両の目蓋を閉じる。それが開かれることは、もはや無かった。


「こんなものがあるから……」


 王子は苦しそうに体を騎士とは反対側に倒し、『法書』へと手を伸ばす。人差し指を本へと向けると、指から蝋燭よりも弱々しい火が灯った。小さな火は本に移り、やがて本を取り囲む大きな火となりパチパチと音を立てて燃えていく。何人もの人を焼いてきた王子が最後に焼いたのは、その原因となった一冊の本であった。燃えゆく本とゆらめく火を眺め、満足気に微笑む。そして最後の力で声を放った。


「居るか、決闘の立会人。我が友に添いし幼き者よ」


 騎士の従者が岩陰から顔を出す。少年ながらむしろ少女のような顔立ち、薄い茶色の短い巻き毛、緑とも青ともつかぬ珠のような瞳は涙に埋もれていた。争うべきだった、あるいは争うべきではなかった二人の友情に、涙せずにはいられなかったのだ。

「斬られた以上はそいつの勝ちだ。広く伝えよ、人に余る力を持つなかれ」


 はい、と応えるつもりだった。発した声は「ぎゃい」のような音の呻きとなり、それが王子への手向けとなった。未熟な従者の喉からは、そんなものしか出せなかった。


「泣くでない。そなたも騎士を目指すものであろう」


 あまりに優しく笑うから。涙が溢れに溢れ、立ち尽くすことしか出来なかった。



 残ったのは二人の骸、そして本だった燃え残り。それらを虚ろに眺めている。やがて強い風が一つ吹き、本だったものが巻かれて遠くに流れていく。その風は王都へ向かっていた。「往け。前へ進め」友情で結ばれた二人にそう言われた気がして、従者は涙を拭いながら馬に乗り、残り二頭の馬を引きながら王都へと歩を進めた。


(了)

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