第4話:真相②
虚空からかっこいい声が聞こえる。さっきまで私がだしていたのと同じ声。でも、やっぱり本物はいい。耳がしびれちゃう。魔法使いはショックを受けてるみたいだけど。しばらくして、虚空に勇者が現れる。私は必要なくなった『姿が別人になる呪い』と『声が別人になる呪い』を解いて元の姿に戻った。
「魔法使い、君は賢いね」
「『バレた』ってことは私の推理は当たってたってことだね」
「うん、たしかに呪術師の計画は行き当たりばったりでアラが多かったけど、よく見抜いたと思うよ」
あ、ひっどーい。私だって頑張ったのに。一人称だって変えて、変なこと言わないようになるべく喋らないようにして、リタイアしちゃった戦士ちゃんの証拠品『未使用の袋』を僧侶ちゃんにバレないように回収して…… 証拠品の回収はしないほうがよかったのかな?
私の気持ちなんて知らない二人はシリアスモードでお話を続ける。私は食卓の近くにある椅子に座って二人の小難しい話が終わるのを待つ。
「勇者、なんであんたは私達と一緒に魔王を討伐したの? それこそさっき呪術師が言ったみたいに反乱を起こせばよかったじゃないか」
「魔族は親父に逆らえないんだ。あ、親父っていうのは俺が殺した魔王のことだよ。で、魔族のままだと親父に逆らえないから俺は人間になったわけ。元々半分、人間だったしね」
ほえーそうなんだー、私も知らなかったなぁ。でもこれ出自の話とか長くなりそうだな。
「半分、人間? 」
「そ、二十数年前、魔王が初めて尿を介してさらった人間が俺の母親。世界的には賢者って呼ばれてた人だ。知ってるでしょ? 」
「あんた、賢者の…… 」
「息子だよ。望まれた息子じゃないけどね。それもこれも呪いのことを知らせずに、ずっと母さんを戦わせた国王やら当時のパーティが悪いよね? あと、人質になった孤児とか、襲ってきた盗賊とか…… とにかく悪いやつはいっぱいいるんだ」
「だから、私達を集めたと」
「おぉ、自力でそこに気づけるんだ。そう、あんたは当時母さんと一緒に戦った魔法使い、武闘家は襲ってきた盗賊の若頭、僧侶は人質になった孤児、戦士の父親はあんたと同じであの場にいた。まあ、戦士の父親に関しては、会ったときに俺の正体に気づいて自害しちゃったから復讐できなかったんだけどね」
「じゃあなんで私達を殺さないの? 魔王は死んだ。目的は達成できたでしょ? 」
「それはね。俺、君たちがほしいんだ。賢くて強い魔法使い、素早くてきれいな武闘家、力強くて何でも作れる戦士、回復の術だけでなくいろんな才能を持っている僧侶。ぜひ、君たちを新生魔王軍の幹部にしたくて…… でも、普通にスカウトしたら断るだろう? だから、親父の呪いで強制的にさらったんだ。あの呪いを使うと本人の意思とは関係なく魔族にできるからさ」
あ、今、呪いの話した? いや〜、あの『おしっこをもらしたら魔物が現れる呪い』難しいんだよ〜。なんでも、魔界とゲートをつなぐ触媒としておしっこが最適な温度、状態、汚染度だとか聞いたけど、魔族の呪いは謎理論で運用されてたからかけるのに苦労したんだよ〜。
と、私が言っても二人は絶対に聞かないだろうと思い、私は心の中だけで叫んだ。
「なるほど、呪術師を見殺しにしたのは同じ理由ね」
「そうだよ、俺、呪術師と付き合ってたから。彼女には早く同じ境遇になってほしくて」
「さて…… 」といって勇者は魔法使いに近づき、お腹に当てられた右手をガシッと掴んだ。魔法使いは身を捩らせて抵抗しているけど、武闘家に捕まったときと同じく全然逃げられる気配がない。やっぱ二百歳じゃ若者には勝てないよね。
「魔法使いさ。僧侶がいなくなったあたりからずっとお腹に右手置いてるよね。これさ『体の時間を止める魔法』使ってるんでしょ? すごいよね。魔力が切れるまでは、時間を止めておしっこを我慢できるんだもんね。でも、この手を離したらどうなるかな? 」
「うるさい…… 」
あ、私知ってる〜。止めてた時間が一気に流れ出すから、そのときにあった出来事が全部一瞬で押し寄せるんだよね〜。
昔、魔法使いにあの魔法をかけられて、
しかも、私がおもらししたときの実験データをまとめて本にして『時間魔術による身体活動への影響について』とかいうダッサい題名で出版して、お金を稼いでるんだからひどいよねぇ。元々守銭奴だとは思ってたけど、ここまで屑だとは思わなかったよ。
まあ、魔法使いのやったことを抜きにしても、武闘家が変なキノコ食べさせてきて、僧侶ちゃんが袋を切り刻んでくれて、戦士くんが私に袋を貸してくれなくて、ってほぼ詰みの状態だったけどね〜。というか私、人気者過ぎない?
「てかさ。魔法使い、最初の段階で結構我慢してたよね? もしかして今も膀胱にたまったおしっこはそのままで、お腹は苦しいのかな? 」
「黙れよ…… 」
「そういわないで。これから一緒に世界を支配するんだから。そだ、死に様を選ばせてあげるよ。俺が無理やりこの手を引き剥がすのと、魔力が切れるまでずっとそのまま。魔法使いはどっちがいい? 」
「は? そんなの後者に決まってるじゃん。いっとくけど私、あんたたちの寿命より長くこの魔法を維持できるよ」
魔法使いはドヤ顔をする。この状況でよくその顔ができるね。ちなみに、私と勇者は魔族なので寿命はエルフと同じく千年あるから、多分途中で魔法使いの魔力は尽きるだろう。愚かだよね。まだ私達が人間だと思って接してるんだもん。
勇者はそんなドヤ顔の魔法使いを見て、ニコリと笑った。そして、魔法使いの右手はお腹に置かせてあげたままで、距離を取った。
「オッケー、じゃあ魔法使いの魔力が切れるまでずっとこのままでいようか」
「いいけど、その間にあんたたち、干からびちゃうと思うよ? 」
勇者は笑顔のまま、こちらを見た。あ、これは合図だね。私は呪いの準備をする。魔法使いは不思議そうにこちらを見ている。
「? 呪術師あんた何してるの? 」
「ん、ちょっと準備。これ使うの大変なんだ…… よし、できたよ勇者ちゃん」
「よし、やっちゃって。そんで早く帰ろ」
「うん」と言って、私は魔法使いに呪いをかけた。この呪いは特別だ。対エルフ用に一部の人間が作っていた誰も知らない呪術。効果は数秒だけど今の状況なら充分だ。だってこの呪術は『かけた相手の魔力をゼロにする呪術』なんだから。私は呪いを込めた指でビシッと魔法使いを指さした。
「ひゃあ! 」
魔法使いからかわいい悲鳴が聞こえる。その後少しして魔法使いの体がビクンビクンと跳ねた。お腹に両手をやっているところを見ると、多分武闘家に殴られた衝撃と尿意が一緒にやってきたんだろう。うわー、ツラそう。
ジョパパパパパパパパァ
で、そんな刺激の洪水を抑えられる生物などおらず、予想通り魔法使いはおもらしした。魔法使いはアヘ顔で耳まで真っ赤にして、すごい量のおしっこを床に叩きつけた。
「ヒッ、イタっ、イタイよぉ…… お腹、イタイ…… おしっこ、出てる…… 全然、止まらないぃ」
魔法使いはボロボロ泣いている。なんか、ここまで顔がぐちゃぐちゃだと、かわいいよりちょっと怖いな……
いい感じに床におしっこがたまった所で呪いが作動する。転送用の魔物ちゃんの黒い手が現れて、水たまりの真ん中にいる生き物をガシッと掴む。ちなみに掴んだ段階で直立二足歩行じゃないってわかったら話してあげる術式にしている。まあ、基本的に使わない機能だけど、間違ってわんちゃんとかをさらわないようにね。
おしっこの水たまりの上でビクビク痙攣している魔法使いはもちろん連行対称なので、魔物が転送用の空間に魔法使いを引き込む。ゆっくりゆっくり時間をかけて、魔物は魔法使いを引き込む。
別にゆっくりなのは絶望を与えたいとかじゃなくて、空間座標の読み込みがゆっくりしかできないからだ。時代が進めば、一瞬で引き込めるだろうな。
「この!やめろ! この程度の転送魔法で…… 私が…… 」
「そうだ、魔法使いちゃんならこの魔法をキャンセルできるんじゃない? ほら、私の杖貸してあげるからやってみなよ」
私は呪術で部屋に隠していた大きい杖をポイッと魔法使いの方に投げる。杖は魔法の威力や効果を上げてくれるアイテムだ。これがあれば、いつもより強大な魔法が使える。魔法使いはすがるように私が投げた杖を拾って、足元の空間に魔法をかけた。
「このっ! なんで…… なんで、とまらないの?! 」
「えー、そーれーは〜、魔法使いちゃんの魔法が私の呪術以下だからじゃないかな〜」
「この……人間風情が、調子に乗るなぁ! 」
「そーそー、ずっと私のこと小馬鹿にしてたもんね。私に負けそうになるといっつも嫌がらせしてきたもんね。嫌がらせの延長でおもらしさせたんだろうけど、やりすぎだよね? ホント、クズ」
「黙れ! 私はお前に負けてない! 私のほうが強いんだ! 」
「はいはい、その話はまた後でね」
「クソガキ! 絶対にころ…… 」
静かになった。後には水たまりと魔法の杖が残った。私は杖を拾い上げる。ちょっと魔法使いのおしっこがついていたので、とりあえずピッと振ってから背負い直す。あーあー、後で洗わないとな。
「終わったな」
勇者が呟く。勇者の言う通り全部おしまいだ。戦士、僧侶、武闘家、魔法使い。勇者が魔王になった後も仲間でいてほしかった四人は全員おもらしした。床には四つの水たまり。おねしょでカーペットを汚した戦士、助からないと悟って絶望で力を抜いてしまった僧侶、かつて自分が仕掛けた薬で尿意を増幅させられ無様にもらした武闘家、最後に醜い本性をさらけだした魔法使い。四人とも、いい散り様だった。 後で会うのが楽しみだ。
「じゃあ帰ろうよ、勇者。というか私も朝からトイレ行ってないから漏れそうなんだけど…… 」
勇者の代わりに昨日の飲み会から、ずっとみんなといた私も当然おしっこを我慢していた。お酒をセーブして寝る前にしっかりトイレにいっていたけど、やっぱりたまるものはたまる。
「ここでしちゃえば? 転送術の手間、省けるじゃん」
「そういう問題じゃないの! 勇者の前でおしっこできるわけないでしょ! 」
ハハハと二人で笑い合う。まあ、こちらとしては笑っている場合ではなく、早く帰ってトイレに行きたいのだが……そんな私の気持ちに気づいてくれたのか、勇者は床に転送魔法用の陣を描き出す。
「あ、そうだ。呪術師さ、俺のことさっきから勇者って呼んでるけど、今後その呼び方禁止な」
魔法陣を描きながら、勇者が私に言った。
「えぇ〜、じゃあどう呼べばいいの? 」
「そんなの決まってるじゃん」
魔法陣を描き終え立ち上がった勇者は、私の方を向いて言った。
「魔王だよ」
魔王ね。そっか、勇者じゃないんだよね。じゃあ私はなんになるのかな? うーん、魔王の彼女だから…… 『魔女王』、かな?
なんだか、自分で作った名前が気に入って、私はニコニコしながら勇者、じゃないや、魔王の描いた魔法陣へと歩を進めた。魔法陣に一緒に乗ったとき魔王が「さぁ、次はあの王国だ」と言った。私は元気よく「うん! 」と返事をする。
『おもらししたら死ぬ』この狂った世界はまだまだ続く。
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