第4話:真相①
「じゃあ、後は二人で頑張って。どっちかがおもらししたら呼んでね〜。残った方は開放するから」
部屋にこだまするのは死んだはずの仲間、呪術師の声だ。私達は今、『呪術師を殺した犯人を推理する』ゲームをしている。犯人だとわかったものは呪術師によって殺される。
といっても、呪術師が直接手を下すわけではない。死はこの部屋にかけられた呪いによって訪れる。この部屋で尿を漏らしたものは地面から現れる魔物によってさらわれる。
過去、この呪いは魔王によって世界中にかけられていた。だが、私達勇者一行が魔王を討伐したため、世界から呪いは消え去った。その呪いがこの部屋ではまだ有効らしい。
ドワーフの男の子、戦士はここに来てすぐおねしょをして死んだ。人間の女の子、僧侶はもう我慢できないと呪術師に告げ、直後に失禁して死んだ。異国の男性、武闘家は自分が呪術師に食べさせた利尿作用のあるキノコを食べさせられ、怒りながら死んでいった。部屋にはもう私、勇者とエルフの女性、魔法使いしか残っていなかった。
「ねぇ、勇者。質問していいかな? 」
魔法使いはなぜか私に問いかける。このゲームにおいて、私と魔法使いの情報量は同等なので、質問などほぼ無意味なはずだ。魔法使いが意味のないことをするとは思えないが、なんだろう?
「何? 俺に答えられるといいけど」
「間違ってたらゴメンね。先に謝っとく」
「フ、そんな内容なんだ」
「そうだよ。えっとさ…… 」
魔法使いはそこで言葉を止める。そして、大きく息を吸ってから覚悟を決めた様子で言った。
「あんた、ホントに勇者? 」
何を聞いているんだろう? 不思議なエルフだ。
「勇者に決まってるだろ? どうしたの、疲れちゃったとか? 」
魔法使いは私の返答に納得できていないようだ。
「確信が持てなかったけど、変な所はいっぱいあった。でも、二人っきりになったから、やっとあんたの正体がわかったよ」
「正体ってなんだよ? 」
「あんたさ。呪術師なんでしょ? というかそうじゃないと説明がつかない」
魔法使いの言葉に私はひるむ。そのスキに魔法使いは言葉を続けた。
「呪術師が話しているとき、あんたは一言も発していなかったよね。多分、声を変えて話してたんでしょ? その状態で勇者として話すと呪術師の声で勇者の台詞を言うことになる。だから、ダンマリだった」
「それは、みんなが話を進めてくれたから、俺が喋る必要がなかっただけだよ。そんな適当な証拠で俺を偽物扱いするの? 」
「他にも武闘家にかけられた『見ている相手の動きを止める呪術』は肉眼で見ないと発動しない術だ。窓がないこの部屋であの呪術が使えるってことは、呪術師は部屋の中にいたってこと」
「でも、姿を隠しているだけかもしれないだろう?ほら、呪術師は『存在感がなくなる呪術』とか使えたし…… 」
「悪いけど、あの呪術はエルフに効かないの。エルフはどの種族より耳が良いから、どれだけ存在感をなくしても聞こえるんだ。この世に存在している限り、あんたが同じ部屋にいるかどうかは感知できる。で、あの術を使っているとき、部屋には私、武闘家、あんた以外誰もいなかったよ」
「ということは魔法使いは俺が呪術師で呪いをかけてるってわかった上で武闘家にキノコを食べさせたの? 」
「まあ、あれに利尿作用があるなんてわかんなかったし。もし死んだとしてもいい気味だと思ったし」
魔法使いはクツクツ笑う。やっぱり魔法使いも武闘家のことが嫌いだったみたいだ。
「 そうなんだ。で、話を戻すけど、俺が呪術師だって証拠はそれだけ? 」
「そうだね。これだけだよ」
「決定的な証拠は一個もないってことだ」
「そうなんだよ。でもそれは、このゲーム全体に言えるよね? 」
「? どういうこと? 」
「僧侶の破れた袋、武闘家のキノコ、そして私と関係があるこの魔法の本。この証拠品じゃ犯人以外が見ても何もわからない。戦士と勇者に至っては証拠すら用意されてない。このゲームは最初から破綻してたんだ」
「それは、もっとよく探せば他の証拠が…… 」
私の言葉は魔法使いによって途中で遮られる。彼女はもう私の言葉を聞く気がないみたいだ。相変わらず傲慢な女。
「ここからわかるのは、あんたは私達が犯人だってわかっていたし、開放する気がなかったってこと。これはあんたの回りくどい復讐なんでしょ? そしてあんたはそれを近くで見たいから勇者のフリして私達と一緒にいた」
「憶測ばかりだね。というか、その考えが正しいとして、本物の勇者はどこ? 」
魔法使いは言葉に詰まる。顎に左手をあて、何かを考えている。そして、結論に達したようで、ポツポツと話しだした。
「本物の勇者もこの近くにいるはずだ。そもそも呪術師が犯人を知っているのがおかしかったんだ。どう生き返ったって、自分を殺した相手なんてわかるわけがない。つまり、呪術師に犯人を教えた奴がいたってことだ。そしてそれが勇者…… 」
そこまで言って魔法使いはハッとした。多分、自分の仮説のおかしさに気づいたんだろう。
「待って。勇者が呪術師を殺した犯人や犯行の手口を知るには、計画の段階で犯人を知る必要がある。勇者には『ものの記憶を見る魔法』で過去を見られない。だから、事後の調査だけじゃ、犯人まではわかっても犯行の手口はわからない。そうなると、えっ、勇者は呪術師を見殺しにした? だとすると、勇者も呪術師の復讐の対称になるはず、じゃあ、勇者は死んで…… 」
魔法使いは混乱してるようだ。滑稽だなぁ。
「魔法使いの仮説が間違っているだけじゃないか? 呪術師の復讐に俺も含まれるなら、俺がここにいても何もおかしいことはないじゃないか」
「いや、それだと動きを止める呪術の矛盾や勇者と戦士の証拠品がないこと、そして呪術師が犯人や犯行手口を知っていたことが説明できない」
「呪術は君の勘違い、証拠品は俺も戦士も証拠品が残るような工作じゃなかった。犯行手口は呪術で知った。これで説明がつくんじゃない? 」
「…… もしかして」
魔法使いの顔が青ざめる。全部わかったのだろうか。それならこのリアクションも頷ける。
「一つだけ、全部を矛盾なく説明できる仮説がある。やっぱりあんたは呪術師だ。そして勇者はあんたの味方で多分何処かからこの部屋を見ている」
「でも、それだと勇者が呪術師を見殺しにしたことになる。だから、勇者は復讐の対称となって、味方同士でいるのはおかしい。じゃなかった? 」
「それは『おもらししたら死ぬ』という前提での話だ。この前提を変えれば呪術師が生きていることも勇者が呪術師を見殺しにしたことも全部説明できる」
「へぇ、魔王が作った世界の前提から疑うってこと? 」
私はちょっとおもしろくなって、笑った。もう魔法使いと二人で協力して真面目にゲームをする気はなくなっていた。
「『おもらししたら死ぬ』というのは正確じゃない。ちゃんというと『おもらししたら魔物にさらわれる』が正解だ。そしてどこに行ったかわからないし、誰も戻らなかったから『おもらししたら死ぬ』と思っていた。でももし、さらわれた先が勇者のところだったら。勇者は呪術師を独占するために、おもらしさせる計画を見逃す動機が出てくる」
「なんで魔王の呪いでさらわれる先が俺のところなんだ? 」
「それは…… 勇者が、魔王だから」
魔法使いはそういった後、苦虫を噛み潰したような表情をした。こちらとしては笑いが止まらないが。
「でも、俺は魔王にトドメを刺した。それどころか魔王の配下もたくさん倒した。それを魔王がするというのはおかしくないか? 」
「勇者は多分、魔王の子どもか何か…… 次の魔王となる存在だ。だから、魔王を倒す必要があった。…… 自分が魔王になるために」
「魔法使いの理論は飛躍しすぎだね。それだったらわざわざ人間のふりをして、仲間を作って、魔王を倒すなんてことする必要がない。自分で倒せばいい。協力してくれる魔族だっていただろうし」
「それは…… 」
「もういいよ、呪術師。ここまでバレたら自分で言うよ」
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