第3話:憤怒②

パアン


 魔法使いの体が吹き飛び、壁に叩きつけられる。私も魔法使いも一瞬何が起きたのか理解できなかった。


「あれ? 思いっきり腹を殴ったのに漏らさないの? 大したババァだね」


 武闘家は冷たい眼差しを魔法使いに向けながら、ゆっくりと距離を詰める。


「ゴホッ…… あんた! 何してんの?! 」


「見たらわかるじゃん。あんたに漏らしてもらうために、殴ってんだよ」


 距離を詰めきった武闘家は魔法使いの髪を鷲掴みにして吊し上げた。魔法使いは身を捩り抵抗したが、武闘家の拘束を解くにはいたらない。


パンッ、パンッ


 吊し上げた魔法使いの腹を武闘家は執拗に殴る。何度も何度も力を込めて、武闘家は魔法使いの腹を殴った。武闘家の拳は魔物を何百も屠ってきた威力を誇る。そんなものを何発も食らっていては、魔法使いは失禁せずとも死んでしまう。


「武闘家ちゃん、この行動は罪を認めたとみなすよ? 」


「うるせぇ! てめぇのイカれたルールに付き合う必要はねえ! コイツを殺して、勇者も殺して、俺は自由になるんだ! 」


 武闘家は悪びれることなく、魔法使いを殴り続ける。魔法使いは一撃食らうごとに表情を歪ませている。魔法使いはよく耐えている。ここまで失禁しなかったのが不思議なくらいだ。だが、いつかは限界が来るだろう。


「そっか、出来れば自発的におもらしして、あの恥ずかしさを味わってほしかったんだけど仕方ないか」


 呪術師がそういった瞬間、武闘家の動きが止まった。体をくねらせて脱出しようとしていた魔法使いは、突然動きの止まった武闘家の手からすり抜け、床にへたり込む。


「これ…… 呪術? 」


「そ、『見ている相手の動きを止める呪術』だよ。これで私が見ている間、武闘家ちゃんは動けない。もじもじして尿意をまぎらわすことも、おちんちんを押さえておもらしを防ぐことも、なーんにもできないよ☆ 」


「…… !! 」


「? 武闘家ちゃん、何? おしゃべりしたいの? えっとね〜、ちょっと待ってて、喋れるようにするから…… 」


「…… っ! おい! 早く呪いを解けよ! 」


「え〜、反省の弁とかじゃなくて文句〜? やっぱ喋れないようにしとけばよかった…… いっくよ〜」


「待て! 待ってくれ! 今までのことは謝る! 犯人もちゃんと探す! だから、開放してくれ! 」


 武闘家は懇願する。相当尿意が切迫しているのだろう。もう先程の行動で罪を認めたようなものなのに犯人を探すなどと言っている。その場しのぎのいいわけであることは明らかだ。


「でもさ〜、こんなことになったのは武闘家ちゃんのせいじゃん? だから、タダとはいかないなぁ」


「何でもする! 俺は何をすればいい?! 」


「じゃ、食卓の上のキノコ食べて」


「いや、それは…… 」


「ん? 何でもするって言ったよね? 」


「でも、今それを食ったら…… 」


「どうなるの? 私わか〜んな〜い。教えてよ。ね? 」


 武闘家は押し黙る。呪術師の呪術が発動したわけではない。きっと言いづらいことなのだろう。


「もぉ〜、せっかくお話できるようにダンマリぃ〜? ま、いいや。魔法使いちゃん、そのキノコ、武闘家ちゃんの口に入れちゃって」


「それをして私になんのメリットがあるの? 」


「ライバルが一人減る、かな? というか言う通りにしないと魔法使いちゃんにも動けなくなる呪いかけるよ? 」


 魔法使いはチッと舌打ちをした後、食卓からキノコを手に取った。武闘家は魔法使いに止めるように訴えていたが、「や…… 」といったところで何も言わなくなった。武闘家の口はあんぐり開いた状態で固定されている。呪いが発動して動けなくなったのだ。


「ほら、食べな。って動けないのか」


 魔法使いは動けない武闘家の口の中にキノコをねじ込んだ。ねじ込む際、魔法使いはニヤニヤとした笑みを浮かべていた。先程まで殴られていたことへの仕返しが出来て嬉しいのだろう。


「…… っ! はぁ、おえっ…… 」


 キノコを飲み込まされてすぐ、武闘家は動き出した。武闘家は今しがた飲み込んだキノコを必死に吐き出そうとする。


「なんとなく予想はできるけど、そのキノコの効果は何? 」


「はぁ、尿意を、増幅させるキノコだよ! うちの国では”カンポウ”とか言って使ってた! これを飲んだらすぐに強烈な尿意が襲ってくるんだよ! 」


「そー、武闘家ちゃんはそれを私に食べさせたってわけ」


「でも俺は! 洞窟に入る直前にお前にそれを食わせた! だから洞窟に入る前にてめぇは漏らすか袋に小便をするはずだった! なのに…… 」


「はいはーい、自分のせいじゃないアピールはいいでーす。さっさと諦めて、おもらししてくださーい」


「クソ女! てめぇも魔法使いも、俺のこと舐めやがって! 大人しく俺に抱かれてりゃ…… 」


 武闘家はもう自分の命が長くないと悟り、意味のない罵声を呪術師と魔法使いに浴びせる。そして、その矛先は私にも向けられた。


「てめぇもだぞ、勇者! てめぇがいなければ、どの女も俺のものだったんだ! 実力的には俺が勇者だったんだ! てめぇさえ…… 」


 そこまでいって武闘家の罵声は止まった。武闘家は両足の間に手を挟み、体をくの字に曲げ、身を固める。全身がプルプルを震え、その振動が、長いおさげやひらひらの服にも伝わっている。


 彼は今、キノコの効果で強烈な尿意に襲われているのだろう。もう、彼は他人を口汚く罵ることも、軽口を叩くことも、美しい武術を披露することもできない。ただ、無様におしっこを漏らして、魔物にさらわれることしかできないのだ。


プッシャアアアアアアア


 水音が響く。音の主はもちろん武闘家だ。彼のズボンと前掛けが汚い水で濡れ始めた。


「クソッ、俺が…… こんなところで…… 」


「ハハッ、無様っていう言葉がお似合いだね、武闘家ちゃん! あんなにカッコつけてたのにジョボジョボおもらししちゃってさぁ! フフッ、女の子の魔法使いちゃんよりも我慢できないとか…… 男の子失格じゃない? おちんちんも短いのかなぁ? だからすぐにおしっこしたくなって、おもらししちゃったのかなぁ? ! 」


「あんた、相当武闘家が嫌いだったんだね」


「それは魔法使いちゃんもでしょ? コイツ、何回言っても言い寄ってくるし、断るとキレるし。それで、うんざりしてたじゃん」


 武闘家は自分への非難をうけながら、じょぼじょぼと床におしっこの水たまりを作る。成人男性が限界になるまで我慢したとあり、おしっこはなかなか止まらない。だが、魔物が出るには十分な量のおしっこがたまったとき、黒い手が武闘家を引き込むために姿を表した。


「! クソ!離せ! この、魔物風情が! おい! お前ら、なんとかしろ! 」


「なんともできないよ。それはあんたも知ってるでしょ? 」


「…… ゴメン、武闘家」


 武闘家の表情が絶望で染まった。


「お前ら…… 絶対に許さねぇからな…… 化けてでてやる…… 化けてでてやるからな! 」


 そういって武闘家は地面の中に消えていった。戦士、僧侶と同様に後には水たまりだけが残った。私と魔法使いは水たまりを黙って見つめた。


「まあ、わかってると思うけど、まだ犯人が残ってるからゲームは続くよ。ちなみに! 私は犯人を許す気はないので、さっさとおもらししちゃったほうがいいと思うよ〜」


 呪術師は笑う。残ったのは私と魔法使いのみ。どちらかが犯人なのか。どちらも犯人なのか。私と魔法使いは視線をぶつけた。相手を踏み台にして生き残るのは自分だと誇示するように。


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