第3話:憤怒

「…… 」


 静けさが部屋を支配する。部屋にいるのは三人。武闘家、魔法使い、そして私こと勇者。私達は死んだはずの仲間、呪術師の手により『呪術師を殺した犯人を推理する』ゲームをしていた。犯人だとわかったものは呪術師によって殺される。


 といっても、呪術師が直接手を下すわけではない。死はこの部屋にかけられた呪いによって訪れる。この部屋で尿を漏らしたものは地面から現れる魔物によってさらわれる。


 過去、この呪いは魔王によって世界中にかけられていた。だが、勇者一行が魔王を討伐したため、世界から呪いは消え去った。その呪いがこの部屋ではまだ有効らしい。私達はこれまでに二人の仲間を失っていた。


 ドワーフの男の子、戦士はここに来てすぐおねしょをして死んだ。人間の女の子、僧侶はもう我慢できないと呪術師に告げ、直後に失禁して死んだ。二人共もう戻ってこない。そして、朝からずっと排泄を制限されている残りのメンバーにも死の恐怖が近づいていた。


 脱出するには呪術師を殺した犯人を告発すればいい。部屋には呪術師が用意した証拠品があり、それを使って推理すれば犯人はわかるらしい。だが、今手元にあるのは正体不明のキノコと魔法の本。これだけでは犯人の特定、告発は難しい。自白により脱出できるというルールもあったが、それも僧侶が自白したときにルールが行使されなかったところを見ると、もう私達に残された手はない。


「さって〜、後三人だね〜。キノコと魔法の本から犯人がわっかるかな〜」


 部屋にいる三人とは対照的な調子でゲームを仕掛けた呪術師が語る。答えるものは誰もいない。ただ、武闘家がトントンと足で床を叩く音だけが響いていた。


 武闘家は昨夜、戦士とともに多量の酒を飲んでいた。その後、トイレに行くヒマはなかったため、今、彼の膀胱には昨日摂取した酒が、姿を変えてたまっている。普段、格好をつけている彼が尿意をこらえる仕草を隠していないということは、もう限界なのだろう。だが、彼を我慢から救う方法はこの部屋にはない。


「…… なぁ、呪術師ちゃん。さっきの僧侶ちゃんの死に様からすると、自白しても出れないんだろう? 」


 武闘家は虚空に問う。その顔はわずかに赤く染まっており、呼吸も乱れていた。 


「ちゃんと出れたじゃん。僧侶ちゃん、この部屋にいないでしょ? 」


「そういうことね。あんたは俺達を逃がすつもりはないと。そして、犯人云々関係なく、殺そうとしている」


「それじゃあ私、異常者じゃん。関係ない人を巻き込むなんてしないよ。武闘家ちゃんが無実ならちゃ〜んとお外にでられるよ。む・じ・つ、ならね☆」


 呪術師はことさら無実を強調する。武闘家が何も言わないところを見ると、恐らく武闘家も呪術師が死んだ件に関係しているのだろう。ここで魔法使いが武闘家を告発すれば、武闘家はラクになれるかもしれない。それが、彼の望む結末だとは思えないが。


「ちなみにさ。無実の人が漏らしても、呪いは発動するんだよね? 」


「? あたりまえじゃん? 武闘家ちゃん、何を確認してるの? 」


「別にいいだろ。でさ、この部屋に犯人だけが残された場合ってどうなるの? 死ぬまで出られないとか? 」


「う〜ん、その状況は考えてなかったわ…… えっとね〜。よし! 頑張って我慢した犯人をたたえて、最後の一人に残ったら逃がしてあげるよ! 」


 「わ〜、私やさし〜! 」と呪術師は自画自賛する。武闘家はその台詞を聞いて「そっか…… 」と小さく答えた後、魔法使いの方に歩み寄る。


「…… 何? なんか用? 」


 魔法使いは腹部に右手を添えながら武闘家をジッと睨む。武闘家は、しばし黙った後、絞り出すように言った。


「わりぃんだけどさ。死んでくれ」


パアン


 魔法使いの体が吹き飛び、壁に叩きつけられる。私も魔法使いも一瞬何が起きたのか理解できなかった。


「あれ? 思いっきり腹を殴ったのに漏らさないの? 大したババァだね」


 武闘家は冷たい眼差しを魔法使いに向けながら、ゆっくりと距離を詰める。


「ゴホッ…… あんた! 何してんの?! 」


「見たらわかるじゃん。あんたに漏らしてもらうために、殴ってんだよ」


 距離を詰めきった武闘家は魔法使いの髪を鷲掴みにして吊し上げた。魔法使いは身を捩り抵抗したが、武闘家の拘束を解くにはいたらない。


パンッ、パンッ


 吊し上げた魔法使いの腹を武闘家は執拗に殴る。何度も何度も力を込めて、武闘家は魔法使いの腹を殴った。武闘家の拳は魔物を何百も屠ってきた威力を誇る。そんなものを何発も食らっていては、魔法使いは失禁せずとも死んでしまう。


「武闘家ちゃん、この行動は罪を認めたとみなすよ? 」


「うるせぇ! てめぇのイカれたルールに付き合う必要はねえ! コイツを殺して、勇者も殺して、俺は自由になるんだ! 」


 武闘家は悪びれることなく、魔法使いを殴り続ける。魔法使いは一撃食らうごとに表情を歪ませている。魔法使いはよく耐えている。ここまで失禁しなかったのが不思議なくらいだ。だが、いつかは限界が来るだろう。


「そっか、出来れば自発的におもらしして、あの恥ずかしさを味わってほしかったんだけど仕方ないか」


 呪術師がそういった瞬間、武闘家の動きが止まった。体をくねらせて脱出しようとしていた魔法使いは、突然動きの止まった武闘家の手からすり抜け、床にへたり込む。


「これ…… 呪術? 」


「そ、『見ている相手の動きを止める呪術』だよ。これで私が見ている間、武闘家ちゃんは動けない。もじもじして尿意をまぎらわすことも、おちんちんを押さえておもらしを防ぐことも、なーんにもできないよ☆ 」


「…… !! 」


「? 武闘家ちゃん、何? おしゃべりしたいの? えっとね〜、ちょっと待ってて、喋れるようにするから…… 」


「…… っ! おい! 早く呪いを解けよ! 」


「え〜、反省の弁とかじゃなくて文句〜? やっぱ喋れないようにしとけばよかった…… いっくよ〜」


「待て! 待ってくれ! 今までのことは謝る! 犯人もちゃんと探す! だから、開放してくれ! 」


 武闘家は懇願する。相当尿意が切迫しているのだろう。もう先程の行動で罪を認めたようなものなのに犯人を探すなどと言っている。その場しのぎのいいわけであることは明らかだ。


「でもさ〜、こんなことになったのは武闘家ちゃんのせいじゃん? だから、タダとはいかないなぁ」


「何でもする! 俺は何をすればいい?! 」


「じゃ、食卓の上のキノコ食べて」


「いや、それは…… 」


「ん? 何でもするって言ったよね? 」


「でも、今それを食ったら…… 」


「どうなるの? 私わか〜んな〜い。教えてよ。ね? 」


 武闘家は押し黙る。呪術師の呪術が発動したわけではない。きっと言いづらいことなのだろう。


「もぉ〜、せっかくお話できるようにダンマリぃ〜? ま、いいや。魔法使いちゃん、そのキノコ、武闘家ちゃんの口に入れちゃって」


「それをして私になんのメリットがあるの? 」


「ライバルが一人減る、かな? というか言う通りにしないと魔法使いちゃんにも動けなくなる呪いかけるよ? 」


 魔法使いはチッと舌打ちをした後、食卓からキノコを手に取った。武闘家は魔法使いに止めるように訴えていたが、「や…… 」といったところで何も言わなくなった。武闘家の口はあんぐり開いた状態で固定されている。呪いが発動して動けなくなったのだ。


「ほら、食べな。って動けないのか」


 魔法使いは動けない武闘家の口の中にキノコをねじ込んだ。ねじ込む際、魔法使いはニヤニヤとした笑みを浮かべていた。先程まで殴られていたことへの仕返しが出来て嬉しいのだろう。


「…… っ! はぁ、おえっ…… 」


 キノコを飲み込まされてすぐ、武闘家は動き出した。武闘家は今しがた飲み込んだキノコを必死に吐き出そうとする。


「なんとなく予想はできるけど、そのキノコの効果は何? 」


「はぁ、尿意を、増幅させるキノコだよ! うちの国では”カンポウ”とか言って使ってた! これを飲んだらすぐに強烈な尿意が襲ってくるんだよ! 」


「そー、武闘家ちゃんはそれを私に食べさせたってわけ」


「でも俺は! 洞窟に入る直前にお前にそれを食わせた! だから洞窟に入る前にてめぇは漏らすか袋に小便をするはずだった! なのに…… 」


「はいはーい、自分のせいじゃないアピールはいいでーす。さっさと諦めて、おもらししてくださーい」


「クソ女! てめぇも魔法使いも、俺のこと舐めやがって! 大人しく俺に抱かれてりゃ…… 」


 武闘家はもう自分の命が長くないと悟り、意味のない罵声を呪術師と魔法使いに浴びせる。そして、その矛先は私にも向けられた。


「てめぇもだぞ、勇者! てめぇがいなければ、どの女も俺のものだったんだ! 実力的には俺が勇者だったんだ! てめぇさえ…… 」


 そこまでいって武闘家の罵声は止まった。武闘家は両足の間に手を挟み、体をくの字に曲げ、身を固める。全身がプルプルを震え、その振動が、長いおさげやひらひらの服にも伝わっている。


 彼は今、キノコの効果で強烈な尿意に襲われているのだろう。もう、彼は他人を口汚く罵ることも、軽口を叩くことも、美しい武術を披露することもできない。ただ、無様におしっこを漏らして、魔物にさらわれることしかできないのだ。


プッシャアアアアアアア


 水音が響く。音の主はもちろん武闘家だ。彼のズボンと前掛けが汚い水で濡れ始めた。


「クソッ、俺が…… こんなところで…… 」


「ハハッ、無様っていう言葉がお似合いだね、武闘家ちゃん! あんなにカッコつけてたのにジョボジョボおもらししちゃってさぁ! フフッ、女の子の魔法使いちゃんよりも我慢できないとか…… 男の子失格じゃない? おちんちんも短いのかなぁ? だからすぐにおしっこしたくなって、おもらししちゃったのかなぁ? ! 」


「あんた、相当武闘家が嫌いだったんだね」


「それは魔法使いちゃんもでしょ? コイツ、何回言っても言い寄ってくるし、断るとキレるし。それで、うんざりしてたじゃん」


 武闘家は自分への非難をうけながら、じょぼじょぼと床におしっこの水たまりを作る。成人男性が限界になるまで我慢したとあり、おしっこはなかなか止まらない。だが、魔物が出るには十分な量のおしっこがたまったとき、黒い手が武闘家を引き込むために姿を表した。


「! クソ!離せ! この、魔物風情が! おい! お前ら、なんとかしろ! 」


「なんともできないよ。それはあんたも知ってるでしょ? 」


「…… ゴメン、武闘家」


 武闘家の表情が絶望で染まった。


「お前ら…… 絶対に許さねぇからな…… 化けてでてやる…… 化けてでてやるからな! 」


 そういって武闘家は地面の中に消えていった。戦士、僧侶と同様に後には水たまりだけが残った。私と魔法使いは水たまりを黙って見つめた。


「まあ、わかってると思うけど、まだ犯人が残ってるからゲームは続くよ。ちなみに! 私は犯人を許す気はないので、さっさとおもらししちゃったほうがいいと思うよ〜」


 呪術師は笑う。残ったのは私と魔法使いのみ。どちらかが犯人なのか。どちらも犯人なのか。私と魔法使いは視線をぶつけた。相手を踏み台にして生き残るのは自分だと誇示するように。


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