第2話:虚偽②

「な〜に〜、そーりょちゃーん? もしかして犯人がわかったの? ていうか、元気よく呼んでねとは言ったけどそんなに大きな声出さな……」


「私、自首します! だから、助けてください!」


 僧侶の言葉にみんな驚く。


「どうしたの突然? もしかしておしっこ我慢できなくなっちゃった?」


「……はい、そうです。もう少しも我慢できません! だから、助けてください!」


 僧侶は頬を赤らめ、そう答えた。僧侶は脚を交差させ、息をはずませ、今にもおもらしをしてしまいそうな状態だった。


「ふうん、そう。じゃあみんなに説明してよ。僧侶ちゃんがどうやって私をはめたのか。できれば『なぜ?』も教えてね」


「いいですけど、話したら助けてくれるんですよね? 」


「うん、僧侶ちゃんの自白に私が満足したらね」


 僧侶は自分の罪を告白し始める。私たちは黙って聞いていることしかできなかった。


「私、呪術師さんが羨ましくて勇者さんといつも一緒にいて、回復の術も使えて、"祈りの力"も使えて。だから、私……」


 僧侶の言葉はそこで止まった。僧侶は股に手をあて、モジモジと体をくねらせている。小声で「出ちゃう、出ちゃう」と呟いている。尿意が限界というのは本当のようだ。もう喋ることすら辛いのだろう。


「もしもし、僧侶ちゃん? あなたが私に嫉妬していたことわかったけど、だからなんで私を殺したの? そういえば『勇者さんと一緒にいて』とか言ってたからもしかして私から勇者ちゃんを取ろうとした感じ?」


 キャーと呪術師は叫ぶ。状況が状況なら微笑ましいのかもしれないが、今は誰も笑っていない。ただ、僧侶だけが顔を赤くし、目に涙をためていた。自分の秘め事を大声で復唱されたのだから恥ずかしいのだろう。それとも、もう尿意が押さえきれなくなり、自分はおもらしするしかないという絶望から泣いているのだろうか。


「えっと、あの、はい、そうです。私、呪術師さんがいなくなれば勇者さんが自分のものになるし、呪術師さんがいたら私はまた、捨てられるんじゃないかと思って、迷宮ダンジョンに行く前の晩に、呪術師さんの持っていた防水袋を全部、破りました」


 僧侶はそう言った後、下を向いてはあはあと浅い呼吸を繰り返した。僧侶の罪の告白は終わったようだ。


「じゃあ、この破れた袋は……」


「そうだよ、魔法使いちゃん。その袋は僧侶ちゃんが袋を破ったことを思い出してもらうために用意したもの。一応、破れ方から包丁で破られたのがわかるように破ったつもりだよ〜。ほら、あの日の料理当番、僧侶ちゃんだったじゃん? 僧侶ちゃん、ご飯を作る用の包丁で私の袋を破ったんだよ! ひどくない?」


 呪術師の言葉で武闘家は何かに気づいたようだ。ハッとした顔で呪術師に声をかける。


「そうか、勇者ちゃんや戦士ちゃんなら袋を破るとき自分の武器を使うし、俺や魔法使いちゃんが包丁を手に入れようとしたら、料理当番の僧侶ちゃんが調理道具を貸し出したことを覚えている。だから、刃物で袋が切られたなら、当時の料理当番が犯人とわかるわけか! 」


「おお、武闘家ちゃんどうしたの? いきなり頭良くなったじゃん? あっ、おしっこを我慢していると判断力が高まるって聞いたけどもしかしてその状態なのかな? 」


「そんなことより! 早く私を助けて! もう、一秒だって、私……」


 僧侶が泣き叫ぶ。余裕がないらしく口調が乱れていた。


「そうだね。僧侶ちゃん自白したもんね。じゃあ許してあげる。さ、おしっこしていいよ」


 呪術師は僧侶にそう言った。僧侶はどうして良いかわからず困惑しているようだった。


「あの、おしっこしていいって、ここでしたら、死んじゃうんですけど…… 」


「うん、知ってる。さあ、どうぞ。たくさん我慢してつらかったでしょ。思う存分おしっこしちゃって」


 話が噛み合っていない。呪術師は僧侶におしっこして良いとしか言っていない。しかし、ここでおしっこをすれば死んでしまう。だから僧侶はおしっこを我慢している。しかし、呪術師は「おしっこしていいよ」としか言わない。


「もしかして、助けるというのは、ウソですか? 」


 僧侶の顔が青ざめる。


「いやうそじゃないよ。私はちゃんと助けてあげるって言っているじゃん。おしっこを我慢するのはつらいでしょ? いつ死んじゃうかわからないのは怖いでしょ? だからその苦しみや怖さから開放してあげるって言っているの。僧侶はちゃんと自白してくれたからいつでもどうぞ。ジャーっと全部出しちゃいなよ」


 その言葉を聞いて僧侶は力なく地面に崩れ落ちる。唯一の希望が打ち砕かれ、自分には床に尿をぶちまけ、死ぬしか道はない。その絶望は僧侶から尿意をこらえる力を奪うには十分だった。


ショワワワワワワ


 床にへたり込んだ僧侶から水音が聞こえる。僧侶の尿意はもう限界だった。それでも、自白すれば助かるという呪術師の妄言を信じて、限界を超え我慢していた。信じていたものが裏切られた今、僧侶がおしっこを体に留めておく力はどこにも残っていなかった。


ジュイイイイイ


「あ、私、おもらしして、え? おもらし? ダメ……おもらし、怒られちゃう」


 僧侶はもう正気を保っていられないようだ。おもらしが誰かに怒られることを恐れているようだ。今から怒られるよりも恐ろしいことが起こるのが理解できていないようだった。


ピチャチャチャチャ


 僧侶から発せられる水音の種類が変わる。今までは床とおしっこがぶつかる音だったが今は水と水がぶつかる音がする。僧侶からあふれるおしっこが水たまりに注がれる。そして、おしっこの水たまりができれば、そこから魔物が現れる。


 ガシッと僧侶の肩が掴まれる。僧侶が作り出したおしっこの水たまりから黒い手が現れ僧侶を地面に引き込もうとする。自分に何が起きているかわかった僧侶は途端に慌てだす。


「いやあ! やめて! 私、ちゃんと言ったもん! ごめんなさいしたもん! 許して! お願い! 死にたくないの! 私、もっとたくさん、楽しいことして、好きな人と……」


 そう言って僧侶は地面に消えた。戦士のときと同じく後には尿でできた水たまりだけが残った。


「さて、また一人減っちゃったね。ちなみに僧侶ちゃんも犯人だけど、まだ犯人残っているからゲーム続行ね」


 呪術師はこちらの心を折ることをさらっと告げる。まだ犯人はいるらしい。


 ゲームはまだ続く……


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