第2話:虚偽
「じゃあゲームスタートね。あ、ルールもっかい聞く?」
死んだはずの旅の仲間である呪術師の声が小屋中に響く。
「いや、いい。昔みたいにおもらししたら死ぬことはわかった」
魔法使いが呪術師の申し出を断る。私たちはおもらしをしたら死ぬ状況にある。
その昔、魔王により大地は呪われていた。尿が地面に触れるとそこから魔物が現れ、おもらしした者をさらう。そんな時代があったが、魔王は私たちが倒した。だから、大地の呪いは消え去ったはずだった。
だが、呪術師が用意したこの小屋の中ではまだ呪いが有効らしい。その証拠に私たちの仲間の一人だった戦士はおねしょをして、魔物にさらわれた。魔物にさらわれた者が帰ってきたという報告はない。つまり戦士はおねしょにより死んだのだ。
そして、戦士の死は私たちがおもらししたら死ぬ状況にあることを告げていた。小屋にいる魔法使い、武闘家、僧侶、そして私こと勇者の四人はいつ来るかわからない尿意の限界に怯えていた。
「魔法使いちゃんは相変わらず賢いね、惚れ直しちゃうよ」
呪術師はケラケラと笑った後で「でもね」と続けた。
「ルールはそれだけじゃない。というかこっちが本命。昔、私をはめておもらしさせた犯人を四人の中から探し当ててね。その小屋には犯人を示す証拠があるから、証拠から犯人がわかったら元気よく私を呼んでね。犯人が当たったらそれ以外の人はここから出してあげる。あ、自白も大歓迎だよ。許すかはそのときの私の気分次第だけど」
『犯人』
呪術師の言葉に皆凍りつく。魔王を討伐する前、呪術師は私たちの仲間だった。だが、ある
「さて、四人のうち何人が生き残れるかな〜」
呪術師は心底楽しそうに語る。呪術師の台詞のあと、しばらく沈黙が流れた。このままでは事態が進展しないと思い、私は口火を切った。
「みんな、まずは部屋の中を探そう。何か手がかりがあるかもしれない」
「それは脱出の? それとも犯人探しの?」
魔法使いが問いかける。とても答えづらい質問だ。私はまごつく。
「それは…… 」
「なんでもいい! 動かなけりゃ俺たちも戦士ちゃんみたいに殺される! そうだろうが?」
武闘家が感情的にまくし立てた。相当焦っているようだ。そういえば、武闘家は昨日戦士と一緒にかなりの量のお酒を飲んでいた。アルコールの効果で尿意が高まっているのだろう。焦るのも仕方がない。
「そうですね。とにかく、何かしなきゃ」
青ざめた顔の僧侶が言葉をもらす。僧侶はさっきからプルプルと小刻みに震えている。戦士の死に恐怖しているのだろうか。
「ざっと見た感じ、部屋はそんなに広くない。俺達四人で調べれば、すぐに調べ終わるはずだよ」
とにかく部屋を調べなければゲームが進まない。そう思いみんなに調べる場所を指示しようとした。が、魔法使いから待ったが入った。
「二人一組で調べましょう。四人バラバラだと犯人が自分に不利な証拠を隠すかもしれない」
魔法使いの言うことはもっともだ。しかし……
「魔法使いちゃんは呪術師ちゃんの言うこと信じるの? 俺らの中に犯人がいるって」
武闘家の言う通り、魔法使いの理論は私たちの中に犯人がいることを前提としていた。警戒心が強いのは良いことだが、疑っている本人の前で言うべき台詞ではないと思った。
「くだらないこと言ってないで探すよ」
「わわっ、引っ張るなよ。わかったわかった、ちゃんとやるよ」
武闘家のセリフを意に介さず魔法使いは武闘家の手を掴み引っ張っていく。どうやっても彼女の意思は変えられないらしい。武闘家は根負けして魔法使いと探索をはじめた。残された私は同じく残された僧侶に声をかける。
「じゃあ俺達も探索、はじめまよっか」
「そうですね。ではこっちの本棚からはじめましょう」
私は僧侶と一緒に探索を始める。私と僧侶が向かった方向には古びた本棚、暖炉があった。
「とにかく本棚と暖炉を調べよっか」
「はい…… 」
僧侶は私の後をひょこひょことついてくる。その体がモジモジと動いているのを私は見逃さなかった。女性は男性よりおしっこの我慢が利きづらいと聞いたことがある。まして僧侶は体も小さい。貯められるおしっこの量は私たちの中で一番少ないだろう。自分が次の瞬間にも死んでしまう恐怖と迫りくる尿意にこの少女は今体を震わせ必死に堪えているのだ。私は探索中に僧侶が誰も見ていないところでおもらししないことを祈りながら、あたりを調べた。
――――
「で? 何か見つかった?」
部屋の中央にある食卓に全員が集まったところで、魔法使いは話し始めた。
「こちらで見つけたものは、この本だけですね」
僧侶はモジモジと体をくねらせながら、本棚から取り出した本を食卓に置く。
「本棚に本があるのは普通じゃない? なんでこの本だけもってきたの?」
「この本以外は固定されて動かせなかったんだ。だからこの本がヒントなんだろうね」
私は魔法使いと武闘家に状況を説明した。本の表紙には『時間魔術による身体活動への影響について』と難しそうなことが書いてある。魔法使いなら何か言及するかと思ったが、特に言葉はなかった。
「そう、私たちは変なキノコとこの破れた防水袋」
魔法使いが自分たちの見つけたものを食卓の上に置いた。キノコのことはわからないが、防水袋のことはわかる。防水袋は迷宮で用を足すとき、一般的に使われるものだ。だが、破れている袋は使えない。
「この袋は呪術師ちゃんが持っていたものかもね。呪術師ちゃん、おもらししたときなぜか袋を使わなかったし」
「そうね、そしてこの袋を破った人が呪術師をはめた犯人ということでよさそうだね」
魔法使いの推理はかなり乱暴だったが、今集まった証拠だけではこの結論が限界だろう。私と僧侶も魔法使いの言った、袋を破った人間が犯人であるという説に同意した。
「だったら犯人はわかったようなものだね。魔法使いちゃんには『ものの記憶を見る魔法』があるんだから」
『ものの記憶を見る魔法』とは、魔法をかけたものの周囲数メートルで起きたことを再現できる魔法だ。さかのぼれる時間はものが生まれた瞬間までで、例えば三日前に作られたものなら三日、樹齢百年の木なら百年までさかのぼることができる魔法だ。
この魔法を使えば、袋が破られたとき誰が破ったかを明らかにすることができるはずだ。だが、魔術師の表情は暗い。
「それなんだけどね。証拠を見つけたときに魔法をかけてみたの。でも、その証拠当時のものじゃないみたいで、包丁で袋を切り裂いている呪術師が見えただけだったよ」
魔法使いの台詞にみんな落胆した。これで犯人がわかったのかと期待したのに、これで全部振り出しだ。このままいくと犯人はわからず、おもらしした者から順に死んでいく。早く犯人につながる証拠を探さなければ。
「勇者ちゃん、何かわかんないの? 賢いんでしょ?ほら、魔王の城の仕掛けとかすごい速さで解いてたじゃん」
「たしかに、勇者、謎解き得意だもんね」
「悪いけど、これだけじゃ何もわからないよ」
「そっか〜」と武闘家は大声を上げる。足元をよく見ると両足を交差させているので、かなり限界が近いのだろう。とはいえ、他の証拠がなければどうにもならない。私は再度の探索を提案しようとした。
「あの! 呪術師さん!」
が、私の提案は僧侶の大声によりかき消された。皆、僧侶の方を見る。
「な〜に〜、そーりょちゃーん? もしかして犯人がわかったの? ていうか、元気よく呼んでねとは言ったけどそんなに大きな声出さな……」
「私、自首します! だから、助けてください!」
僧侶の言葉にみんな驚く。
「どうしたの突然? もしかしておしっこ我慢できなくなっちゃった?」
「……はい、そうです。もう少しも我慢できません! だから、助けてください!」
僧侶は頬を赤らめ、そう答えた。僧侶は脚を交差させ、息をはずませ、今にもおもらしをしてしまいそうな状態だった。
「ふうん、そう。じゃあみんなに説明してよ。僧侶ちゃんがどうやって私をはめたのか。できれば『なぜ?』も教えてね」
「いいですけど、話したら助けてくれるんですよね? 」
「うん、僧侶ちゃんの自白に私が満足したらね」
僧侶は自分の罪を告白し始める。私たちは黙って聞いていることしかできなかった。
「私、呪術師さんが羨ましくて勇者さんといつも一緒にいて、回復の術も使えて、"祈りの力"も使えて。だから、私……」
僧侶の言葉はそこで止まった。僧侶は股に手をあて、モジモジと体をくねらせている。小声で「出ちゃう、出ちゃう」と呟いている。尿意が限界というのは本当のようだ。もう喋ることすら辛いのだろう。
「もしもし、僧侶ちゃん? あなたが私に嫉妬していたことわかったけど、だからなんで私を殺したの? そういえば『勇者さんと一緒にいて』とか言ってたからもしかして私から勇者ちゃんを取ろうとした感じ?」
キャーと呪術師は叫ぶ。状況が状況なら微笑ましいのかもしれないが、今は誰も笑っていない。ただ、僧侶だけが顔を赤くし、目に涙をためていた。自分の秘め事を大声で復唱されたのだから恥ずかしいのだろう。それとも、もう尿意が押さえきれなくなり、自分はおもらしするしかないという絶望から泣いているのだろうか。
「えっと、あの、はい、そうです。私、呪術師さんがいなくなれば勇者さんが自分のものになるし、呪術師さんがいたら私はまた、捨てられるんじゃないかと思って、
僧侶はそう言った後、下を向いてはあはあと浅い呼吸を繰り返した。僧侶の罪の告白は終わったようだ。
「じゃあ、この破れた袋は……」
「そうだよ、魔法使いちゃん。その袋は僧侶ちゃんが袋を破ったことを思い出してもらうために用意したもの。一応、破れ方から包丁で破られたのがわかるように破ったつもりだよ〜。ほら、あの日の料理当番、僧侶ちゃんだったじゃん? 僧侶ちゃん、ご飯を作る用の包丁で私の袋を破ったんだよ! ひどくない?」
呪術師の言葉で武闘家は何かに気づいたようだ。ハッとした顔で呪術師に声をかける。
「そうか、勇者ちゃんや戦士ちゃんなら袋を破るとき自分の武器を使うし、俺や魔法使いちゃんが包丁を手に入れようとしたら、料理当番の僧侶ちゃんが調理道具を貸し出したことを覚えている。だから、刃物で袋が切られたなら、当時の料理当番が犯人とわかるわけか! 」
「おお、武闘家ちゃんどうしたの? いきなり頭良くなったじゃん? あっ、おしっこを我慢していると判断力が高まるって聞いたけどもしかしてその状態なのかな? 」
「そんなことより! 早く私を助けて! もう、一秒だって、私……」
僧侶が泣き叫ぶ。余裕がないらしく口調が乱れていた。
「そうだね。僧侶ちゃん自白したもんね。じゃあ許してあげる。さ、おしっこしていいよ」
呪術師は僧侶にそう言った。僧侶はどうして良いかわからず困惑しているようだった。
「あの、おしっこしていいって、ここでしたら、死んじゃうんですけど…… 」
「うん、知ってる。さあ、どうぞ。たくさん我慢してつらかったでしょ。思う存分おしっこしちゃって」
話が噛み合っていない。呪術師は僧侶におしっこして良いとしか言っていない。しかし、ここでおしっこをすれば死んでしまう。だから僧侶はおしっこを我慢している。しかし、呪術師は「おしっこしていいよ」としか言わない。
「もしかして、助けるというのは、ウソですか? 」
僧侶の顔が青ざめる。
「いやうそじゃないよ。私はちゃんと助けてあげるって言っているじゃん。おしっこを我慢するのはつらいでしょ? いつ死んじゃうかわからないのは怖いでしょ? だからその苦しみや怖さから開放してあげるって言っているの。僧侶はちゃんと自白してくれたからいつでもどうぞ。ジャーっと全部出しちゃいなよ」
その言葉を聞いて僧侶は力なく地面に崩れ落ちる。唯一の希望が打ち砕かれ、自分には床に尿をぶちまけ、死ぬしか道はない。その絶望は僧侶から尿意をこらえる力を奪うには十分だった。
ショワワワワワワ
床にへたり込んだ僧侶から水音が聞こえる。僧侶の尿意はもう限界だった。それでも、自白すれば助かるという呪術師の妄言を信じて、限界を超え我慢していた。信じていたものが裏切られた今、僧侶がおしっこを体に留めておく力はどこにも残っていなかった。
ジュイイイイイ
「あ、私、おもらしして、え? おもらし? ダメ……おもらし、怒られちゃう」
僧侶はもう正気を保っていられないようだ。おもらしが誰かに怒られることを恐れているようだ。今から怒られるよりも恐ろしいことが起こるのが理解できていないようだった。
ピチャチャチャチャ
僧侶から発せられる水音の種類が変わる。今までは床とおしっこがぶつかる音だったが今は水と水がぶつかる音がする。僧侶からあふれるおしっこが水たまりに注がれる。そして、おしっこの水たまりができれば、そこから魔物が現れる。
ガシッと僧侶の肩が掴まれる。僧侶が作り出したおしっこの水たまりから黒い手が現れ僧侶を地面に引き込もうとする。自分に何が起きているかわかった僧侶は途端に慌てだす。
「いやあ! やめて! 私、ちゃんと言ったもん! ごめんなさいしたもん! 許して! お願い! 死にたくないの! 私、もっとたくさん、楽しいことして、好きな人と……」
そう言って僧侶は地面に消えた。戦士のときと同じく後には尿でできた水たまりだけが残った。
「さて、また一人減っちゃったね。ちなみに僧侶ちゃんも犯人だけど、まだ犯人残っているからゲーム続行ね」
呪術師はこちらの心を折ることをさらっと告げる。まだ犯人はいるらしい。
ゲームはまだ続く……
■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□
お読み頂きありがとうございます!
もしお気に召されましたら、ぜひぜひフォローや☆評価など頂けますとありがたいです<(_ _)>
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます