第2話:虚偽①
「じゃあゲームスタートね。あ、ルールもっかい聞く?」
死んだはずの旅の仲間である呪術師の声が小屋中に響く。
「いや、いい。昔みたいにおもらししたら死ぬことはわかった」
魔法使いが呪術師の申し出を断る。私たちはおもらしをしたら死ぬ状況にある。
その昔、魔王により大地は呪われていた。尿が地面に触れるとそこから魔物が現れ、おもらしした者をさらう。そんな時代があったが、魔王は私たちが倒した。だから、大地の呪いは消え去ったはずだった。
だが、呪術師が用意したこの小屋の中ではまだ呪いが有効らしい。その証拠に私たちの仲間の一人だった戦士はおねしょをして、魔物にさらわれた。魔物にさらわれた者が帰ってきたという報告はない。つまり戦士はおねしょによって死んだのだ。
そして、戦士の死は私たちがおもらししたら死ぬ状況にあることを告げていた。小屋にいる魔法使い、武闘家、僧侶、そして私こと勇者の四人はいつ来るかわからない尿意の限界に怯えていた。
「魔法使いちゃんは相変わらず賢いね、惚れ直しちゃうよ」
呪術師はケラケラと笑った後で「でもね」と続けた。
「ルールはそれだけじゃない。というかこっちが本命。昔、私をはめておもらしさせた犯人を四人の中から探し当ててね。その小屋には犯人を示す証拠があるから、証拠から犯人がわかったら元気よく私を呼んでね。犯人が当たったらそれ以外の人はここから出してあげる。あ、自白も大歓迎だよ。許すかはそのときの私の気分次第だけど」
『犯人』
呪術師の言葉に皆凍りつく。魔王を討伐する前、呪術師は私たちの仲間だった。だが、ある
「さて、四人のうち何人が生き残れるかな〜」
呪術師は心底楽しそうに語る。呪術師の台詞のあと、しばらく沈黙が流れた。このままでは事態が進展しないと思い、私は口火を切った。
「みんな、まずは部屋の中を探そう。何か手がかりがあるかもしれない」
「それは脱出の? それとも犯人探しの?」
魔法使いが問いかける。とても答えづらい質問だ。私はまごつく。
「それは…… 」
「なんでもいい! 動かなけりゃ俺たちも戦士ちゃんみたいに殺される! そうだろうが!? 」
武闘家が感情的にまくし立てた。相当焦っているようだ。そういえば、武闘家は昨日戦士と一緒にかなりの量のお酒を飲んでいた。アルコールの効果で尿意が高まっているのなら、焦るのも仕方がない。
「そうですね。とにかく、何かしなきゃ」
青ざめた顔の僧侶が言葉をもらす。僧侶はさっきからプルプルと小刻みに震えている。戦士の死に恐怖しているのだろうか。
「ざっと見た感じ、部屋はそんなに広くない。俺たち四人で調べれば、すぐに調べ終わるはずだよ」
とにかく部屋を調べなければゲームが進まない。そう思いみんなに調べる場所を指示しようとした。が、魔法使いから待ったが入った。
「二人一組で調べましょう。四人バラバラだと犯人が自分に不利な証拠を隠すかもしれない」
魔法使いの言うことはもっともだ。しかし……
「魔法使いちゃんは呪術師ちゃんの言うこと信じるの? 俺らの中に犯人がいるって」
武闘家の言う通り、魔法使いの理論は私たちの中に犯人がいることを前提としていた。警戒心が強いのは良いことだが、疑っている本人の前で言うべき台詞ではない。
「くだらないこと言ってないで探すよ」
「わわっ、引っ張るなよ。わかったわかった、ちゃんとやるよ」
武闘家のセリフを意に介さず魔法使いは武闘家の手を掴み引っ張っていく。どうやっても彼女の意思は変えられないらしい。武闘家は根負けして魔法使いと探索をはじめた。残された私は同じく残された僧侶に声をかける。
「じゃあ俺達も探索、はじめまよっか」
「そうですね。ではこっちの本棚からはじめましょう」
私は僧侶と一緒に探索を始める。私と僧侶が向かった方向には古びた本棚、暖炉があった。
「とにかく本棚と暖炉を調べよっか」
「はい…… 」
僧侶は私の後をひょこひょことついてくる。その体がモジモジと動いているのを私は見逃さなかった。女性は男性よりおしっこの我慢が利きづらいと聞いたことがある。まして僧侶は体も小さい。貯められるおしっこの量は私たちの中で一番少ないだろう。自分が次の瞬間にも死んでしまう恐怖と迫りくる尿意にこの少女は今体を震わせ必死に堪えているのだ。私は探索中に僧侶が誰も見ていないところでおもらししないことを祈りながら、あたりを調べた。
◆
「で? 何か見つかった?」
部屋の中央にある食卓に全員が集まったところで、魔法使いは話し始めた。
「こちらで見つけたものは、この本だけですね」
僧侶はモジモジと体をくねらせながら、本棚から取り出した本を食卓に置く。
「本棚に本があるのは普通じゃない? なんでこの本だけもってきたの?」
「この本以外は固定されて動かせなかったんだ。だからこの本がヒントなんだろうね」
私は魔法使いと武闘家に状況を説明した。本の表紙には『時間魔術による身体活動への影響について』と難しそうなことが書いてある。魔法使いなら何か言及するかと思ったが、特に言葉はなかった。
「そう、私たちは変なキノコとこの破れた防水袋」
魔法使いが自分たちの見つけたものを食卓の上に置いた。キノコのことはわからないが、防水袋のことはわかる。防水袋は迷宮で用を足すとき、一般的に使われるものだ。だが、破れている袋は使えない。
「この袋は呪術師ちゃんが持っていたものかもね。呪術師ちゃん、おもらししたときなぜか袋を使わなかったし」
「そうね、そしてこの袋を破った人が呪術師をはめた犯人ということでよさそうだね」
魔法使いの推理はかなり乱暴だったが、今集まった証拠だけではこの結論が限界だろう。私と僧侶も魔法使いの言った、袋を破った人間が犯人であるという説に同意した。
「だったら犯人はわかったようなものだね。魔法使いちゃんには『ものの記憶を見る魔法』があるんだから」
『ものの記憶を見る魔法』とは、魔法をかけたものの周囲数メートルで起きた出来事を再現できる魔法だ。再現できる出来事はものが生まれた瞬間から今までに起こった出来事すべて。例えば三日前に作られたものなら三日、樹齢百年の木なら百年までの出来事が再現できる。
この魔法を使えば、袋が破られたとき誰が破ったかを明らかにすることができるはずだ。だが、魔術師の表情は暗い。
「それなんだけどね。証拠を見つけたときに魔法をかけてみたの。でも、その証拠当時のものじゃないみたいで、包丁で袋を切り裂いている呪術師が見えただけだったよ」
魔法使いの台詞にみんな落胆した。犯人がわかったと期待したのに、これで全部振り出しだ。このままいくと犯人はわからず、おもらしした者から順に死んでいく。早く犯人につながる証拠を探さなければ。
「勇者ちゃん、何かわかんないの? 賢いんでしょ?ほら、魔王の城の仕掛けとかすごい速さで解いてたじゃん」
「たしかに、勇者、謎解き得意だもんね」
「悪いけど、これだけじゃ俺にも何もわからないよ」
「そっか〜」と武闘家は大声を上げる。足元をよく見ると両足を交差させているので、かなり限界が近いのだろう。とはいえ、他の証拠がなければどうにもならない。私は再度の探索を提案しようとした。
「あの! 呪術師さん!」
が、私の提案は僧侶の大声によりかき消された。
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