第1話:復讐②


「いや、この部屋どころかこの世界のどこにも彼はいないけどね☆」


「えっ、その声は呪術師さん? 」


 僧侶が言った呪術師とは一緒に旅をしていた仲間だ。彼女は人間でありながら呪術と呼ばれる魔法に似た力を行使できた。それだけでなく呪われた大地を浄化する『浄化の力』、僧侶には及ばないものの多少の回復術など多彩の術を扱えた。明るい紫の髪、髪と同じ色の瞳、白い肌、そして呪術に使う道具がジャラジャラとついた黒いマントで、いつも明るい表情で一行に接していた。


 しかし、そんな呪術師は、迷宮ダンジョンでおもらしをして死んだ。


 あのときのことは忘れない。呪術師は普段の明るい表情からは想像できない、深い絶望に染まりながら地面の中に消えていった。


「あっ..あぁ! イヤ! おしっこ! とまって! ! イヤイヤイヤァ! 死にたくない…………死にたくないよぉ! ! 見てないで誰か助けてよ! おねがい! ! こんなところで死…………」


そう言い残して呪術師は消えた。


 そんなに長い探索ではなかったはずなのに、なぜ呪術師がおもらしするほどの尿意を抱えていたのか? なぜ呪術師は防水袋への放尿をしなかったのか? なぜ呪術師は誰にも自分の尿意を相談しなかったのか? 疑問は多くあったはずだが、誰もが「呪術師が不注意で死んだ」とその死を受け入れていた。


「そうだよ〜、みんな久しぶりだね! 」


 だが死んだはずの呪術師は一緒に旅をしていたときと同じ調子で話している。あのときと何も変わらない、いつでも茶目っ気を忘れない明るい口調で。


「は? だってあんた死……」


「みなまで言わないで! そうだよね 私が普通に喋ってるなんてびっくりだよね……」


 魔法使いのセリフを遮り、呪術師は叫んだり、落ち込んだりしている。情緒が不安定な訳ではない。こういう人なのだ。


「まぁ、確かに私は魔物にさらわれたよ。それは事実。そしてその原因は私がおしっこを我慢できなかったから…… って思ってるんでしょ? 」


呪術師の口調が急に鋭いものに変わる。聞いていたものは皆息を呑む。


「思ってるんでしょ、ってその通りじゃないか。呪術師ちゃんは迷宮ダンジョン探索中におもらしして魔物にさらわれて死んだ。そうだったはずでしょ? 」


「いやいや、さっきも言った通り魔物にさらわれたのは事実だよ。でも、原因は私にはなかった。私はね、はめられたの。ここにいる誰かにね☆」


 呪術師は明るい調子言った内容は一行にとって許容しがたいものだった。


「……あの、え? どういうことですか? 」


「僧侶ちゃんってそんなにアホの子だっけ? まぁいいや、わかりやすくいうね。私はこの部屋にいる誰かに殺されたの。そして今回みなさんに集まっていただいたのは私の復讐のため。ここにいる私を殺した人を私と同じ目に合わせちゃおう! という企画だよ」


 一瞬、沈黙が場を支配した。沈黙を破ったのは魔法使いだ。


「……同じ目ってことは殺すってこと? 」


「魔法使いちゃんは短絡的だねぇ〜、歳のせいかな? ただ殺害するだけならここに運ぶ必要ないし、みんなが寝てる間にできちゃうじゃん」


「……確かに」


「私が求めるのは私をはめた人が私と同じようにおもらしして魔物にさらわれること。あの羞恥と恐怖をその人にも味わってほしいんだ! 」


「……ッ、あんた、相変わらず意味わかんない……」


「魔法使いちゃん、私のこと意味分かんないって思ってたんだ…… 傷つくなぁ。まぁ、そんなことよりゲームのルールを説明しちゃおっか」


 「ゲームのルール?」と魔法使いが眉間にシワをよせ聞き返す。


「そう、ここから脱出する唯一の方法でもあるから聞き逃さないでねぇ」


 『脱出する唯一の方法』という言葉に今まで目を伏せていた僧侶、武闘家も反応した。


「おっ! みんな興味もってくれたか〜、いや〜うれしいねぇ」


「あ、あの、この部屋からでる方法があるなら早く教えていただけませんか! ? 」


 しびれを切らした僧侶が叫んだ。


「まぁまぁ落ち着きなよ、僧侶ちゃん。そんなに慌ててるとみんなから犯人だって疑われちゃうよ? 」


「そんな…… 私がそんなことするわけないじゃないですか! 」


「いや〜、必死なのが逆に怪しいね〜。良いヒントありがと! これであなた以外は脱出できるかもねぇ〜」


「? どういうことですか? 」


「今回みんなには私をはめた人を推理して告発してもらいます。告発した人が犯人だったら、残りの無実の人たちはこの部屋から出られま〜す。一応、罪を告白したら、逃がしてあげるか私が決めるルールもあるけど、基本はみんなの中で犯人決めて告発!で脱出するゲームだね。その部屋にはみんなの推理の助けになる証拠品が置いてあるから、よ〜く調べてね」


 つまり、部屋にある証拠品から呪術師をはめた犯人を推理し、その推理があたっていれば残りの無実の人間は部屋を出られるというわけだ。かなり単純なルールだ。これなら時間をかければ犯人以外は脱出できるだろう。


「あっ、最後に一番重要な制限時間についても言っておくね☆」


「制限時間? 」


「そうそう、時間の流れが違う魔法使いちゃんにも平等に適応される制限時間だよ! 実は! この部屋は呪われておりま〜す! ! なので、ここでおしっこ漏らしちゃったら魔物によってテイクアウト! つまりおしっこを我慢できる時間イコール制限時間となりま〜す! 」


 呪術師のセリフを一度で理解できたものはいないだろう。いや、理解したくなかった。お漏らししたら死ぬ呪いが復活したなどみんな信じたくなかった。


「は? 何いってんだよ? その下品な呪いをかけた魔王は俺たちが倒した! もう呪いなんてないだろ! ! 」


 武闘家のお手本のような言いがかりに、呪術師はハハハと笑ってから答えた。


「そう思うならご自由に。その辺でおしっこでもしたら? あなたも戦士くんみたいになるだけだからね」


「! そうだ! 戦士ちゃんはどこだ! お前最初にこの部屋にはいないとか言ってたな! ? どこへいったか教えろ! ! 」


 あ〜、と呪術師は残念そうな声を出す。


「どこへいったかは教えられないけど、どうなったかは教えられるよ。魔法使いちゃん、カーペットにシミがあるじゃない?その当たりで『ものの記憶を見る魔法』使ってくれる? 対象はカーペット、時間は十分くらい前。それくらいなら杖なしでもできるでしょ? 」


 『ものの記憶を見る魔法』とは、魔法をかけたものの周囲数メートルで起きた出来事を再現できる魔法だ。再現できる出来事はものが生まれた瞬間から今までに起こった出来事すべて。例えば三日前に作られたものなら三日、樹齢百年の木なら百年までの出来事が再現できる。


「…… わかった」


 魔法使いは呪術師に言われるがまま『ものの記憶を見る魔法』をカーペットにかけた。魔法をかけるとカーペットにあったシミは消え、そこから少しずれた位置に眠っている戦士が現れた。


「戦士ちゃん! やっぱりこの部屋にいたんだ! 」


「戦士さん、よく眠ってますね」


 僧侶の言う通り、戦士はよく眠っていた。多分、昨日の祝勝会ではしゃぎすぎたからだろう。武闘家と一緒に浴びるようにお酒を飲んでいたし、この様子ではすぐには起きそうにない。しかし今見えているのは十分前に起こった出来事だ。武闘家はこのあと、どこかに消える。それは変えられない過去の出来事なのだ。


「……んんっ」


 気持ちよさそうに寝ていた戦士の表情が曇る。そして何かを探すように首を左右に動かしだした。


「ひどくうなされてるみたいね。何かの呪術かしら? 」


「いや〜、私は何もしてないよ〜、いやホントに」


 呪術師は魔法使いの疑いを否定し、言葉を続ける。


「まぁ、見てればわかるよ。戦士くんがどこへ消えたのか。そして、あなたたちの置かれた状況もね」


 みんな、呪術師の言葉を一旦信じ、うつし出された戦士に視線を戻した。一体これから何が起こるのだろう? そう思っていた。


「……んっ、あっ、ふぅ……」


 突然、苦しそうにしていた戦士の表情が緩んだ。そして……


ショワワワワワワ


 戦士の股からおしっこがあふれ出した。


「えっ! 戦士さん? これ、えっ? おねしょ? 」


「あちゃ〜、戦士ちゃん昨日俺より飲んでたからな〜。久しぶりに飲んだってのもあってやらかしちまったのか〜。あっ! わかった! これを隠そうとして今は別のところで着替えて……」


「武闘家くんはお酒の飲み過ぎで脳がやられちゃったのかな? 私さっきいったよね? この部屋は呪われてるって」


「だから〜、魔王は俺たちが倒して……」


 武道家は呪術師に反論しようとしたができなかった。なぜならうつし出された戦士の近くの地面から黒い手が生え始めていたからだ。


「……うそ」


「おいおい、これって……」


「そんなこと……ありえません! 」


 誰もが目の前の事実を否定した。だが、これはカーペットの記憶、つまり実際に起きた事実なのだ。


ガシッ


 黒い手は戦士の手足を掴み、地面に引き込む。戦士はよく眠っているようで、気付かない。


「おい、戦士ちゃん! 起きろってなにやってんだよ! 」


「無駄だよ。それ、ものの記憶だし。大体意識があったところで助からないのは私の件で学習済みでしょ? そんなことも覚えてないから脳がやられてるっていわれちゃうんだよ? 」


 呪術師の言う通り、できることはない。戦士は眠ったまま地面に引きずりこまれ、後には戦士がおねしょをしたシミだけが残っていた。


「は〜い、これでこの部屋の呪いがウソじゃないってわかったでしょ? 」


「あなた、呪いの効果を私たちにを見せるためだけに戦士におねしょをさせたの? 」


 魔法使いが鋭い声で呪術師を糾弾する。


「だ〜か〜ら〜、私は何もしてないんだって! さっきいったじゃん! どうしたの魔法使いちゃん? もしかしてボケが始まっちゃった? 」


 呪術師は不機嫌そうに返答する。


「まぁ、良いエキシビションにはなったけど、戦士くんがおねしょしたのは完璧に予想外だったよ。本当は戦士くんの罪もみんなに暴いてほしかったんだけどなぁ……」


「何? 戦士ちゃんの罪? 戦士ちゃんがお前をはめた犯人なのか? 」


「ん〜、まぁ犯人の一人といえるね。罪は一番軽めだけど」


「それじゃあ、俺たちをここから……」


「あのさぁ、戦士くんが犯人だったらこんなことする必要ないじゃん…… 犯人は他にもいるよ。だからあなたたちはここから出られない」


 呪術師の言葉を聞いて、武道家は黙った。武道家だけではない。僧侶も魔法使いも言葉を失った。


 今わかったことは三つ。


 一つ目、私たち魔王を倒した一行は呪われた部屋に閉じ込められていること。


 二つ目、この中にいる仲間殺しの犯人を探さなければ部屋から出られないこと。


 そして三つ目、この部屋でおしっこを我慢できなくなれば死ぬこと。


「さて、開始前に一人減っちゃったのは残念だけど、はりきってゲームをはじめよう! みんな必死になって私をはめた犯人をさがしてね☆見事、告発できたら犯人以外はその部屋から出してあげるよ〜。あと、さっきもいったけど自白も大歓迎だからおしっこ我慢できなくてつらいよ〜って思ったら遠慮なく自白してね! 私の機嫌が良ければ自白した人も助けてあげる! ! 」


 かつてこの世界で”おもらし”は死を意味した。


 しかし、それはもう過去のこと。今”おもらし”は死と同義になった。私たちはせまりくる尿意に耐えつつ仲間殺しの犯人を探さなければならない。おそらく犯人はむごたらしく殺されるだろう。それでも私たちは犯人を探す。自分が生き残るために。部屋に集められた勇者一行が、他のメンバーを踏み台にして、生き残る覚悟を決めた。


 その瞬間、ゲームが始まった。


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