おもらしが死を呼ぶ世界〜生き抜くために我慢せよ〜

梓納 めめ

勇者たちの窮地 〜失禁即死の呪いと仲間の裏切り〜

第1話:復讐

 かつてこの世界で”おもらし”は死を意味した。ここでいう死とは、社会的な死ではなく、肉体的死だ。


 この世界の大地は魔王によって呪われていた。大地に尿が注がれるとたちまち大地から魔物が現れ、漏らしたものを大地へ引きずりこみ、さらう。さらわれた者がどこへ行ったか、どうなったかはわからない。ただ帰ってきた者は一人もいなかった。故にこの世界で”おもらし”は死を意味した。


幸いにも人の住む村や街の大地は教会の司祭たちにより浄化されており、街の中で我慢しきれなかったとき、死んでしまうということはなかった。


 だが集落の外で活動する者は事情が異なった。浄化された土地はそれほど多くなく、馬車を使っても日をまたぐことがあった。ましてや魔王出現と同時に世界に現れた迷宮ダンジョンの攻略は一日では済まないことがほとんどだった。


 そのため冒険者たちは防水袋を持ち歩き、自分の尿が地面にこぼれるのを防いでいた。それでも毎年「探索が長引き袋が足りなくなって仲間がさらわれた」という旨の報告が数十件、ギルドに寄せられていた。


 そんな排泄の自由を奪われた時代が数十年続いていた。が、その時代は五人の英雄によって終わった。


 戦士、僧侶、武闘家、魔法使い、そして私こと勇者。


 数日前、この五人が人類の悲願、魔王討伐を果たしたのだ。パーティのリーダーには国王から”勇者”の称号が与えられた。国中が彼らを称え、毎日のように宴が催された。


 その熱が冷めたころ、勇者一行は五人だけで小さな祝勝会を開いていた。お酒が大好きな武闘家と戦士は浴びるようにお酒を飲んでいた。魔王の呪いが大地を覆っていたときは利尿作用のある酒はあまり飲めなかったので、久しぶりの飲酒に二人は酔いしれた。勇者や僧侶、魔法使いにも酒を勧めてきたり、二人はやりたい放題だった。



 ひとしきり騒いだ後、一行は眠りについた。勇者のミスで一つの部屋に五人で眠ることになったが、まあ野営よりマシとみんな受け入れてくれた。その代わり戦士と武闘家にはソファを、僧侶と魔法使いにはベッドを渡してしまったため、勇者は床で寝ることになったのだが……



 硬く冷たい床を全身で感じながら勇者は眠りについた。それが一行が覚えている最後の記憶だった。


――――


「勇者さん! 起きてください! 勇者さん! 」


 僧侶のあどけない声が響く。あれ? もう時間? まだ寝ていられると思ったけど…… 私はゆっくり目を開けた。目の間には真っ白い修道服を着た僧侶がいた。


 きれいなブロンドの髪に二十代後半とは思えない童顔。人間なら誰でも使える大地を浄化する『祈りの力』を使えない代わりに、生きている者の傷を全快できる回復術を操る彼女の顔には困惑の表情が浮かんでいた。


「おはよう、僧侶。もう出発する時間? 」


「違いますよ! よく見てください! 」


 言われた通り周りを見回す。木でできた壁に天井、赤いカーペットがしかれた床、中央に置かれた食卓、壁際に置かれた本棚。どの要素も昨日泊まった簡素な宿屋とは異なっていた。


「あれ? 俺が昨日泊まったのってこんな感じの部屋だっけ? 」


「何寝ぼけてんだよ! 俺達、朝起きたら知らない部屋にいたの! しかも一つしかない扉は開かないし、壁も壊せないの! 」


 大声でまくし立てたのは武闘家だ。長髪を後ろで束ねて、動く度にその髪がユラユラ揺れていた。


 武闘家は異国の人間だ。たしかドラゴンのことを”リュウ”とかいう国の出身だったと思う。武闘家の服はその国のものであり、ヒラヒラの前掛けがついている。見た目は中性的な美男子で一見ひ弱そうだが、その武術の腕は本物だ。現に魔物を拳の一撃で屠る様を私は何度も見てきた。そんな彼が今は憔悴しきっている。


「物理防御の術と魔術防御の術が部屋全体にかけられるね。これは私の魔法でも壁は壊せないかも。そもそも杖がなきゃ高威力の魔法使えないし……」


 赤いローブのフードを目深に被った暗い茶髪の魔法使いが壁に手をやりながら状況を分析する。


 魔法使いはエルフという種族の女性で、魔法が使える。彼女はエルフの中でもひときわ優秀らしく、数々の自作の魔法を開発していた。エルフの自治区で彼女は天才と呼ばれていたらしい。それを証明するように、彼女の開発した魔法で魔王の下僕たちは一瞬で塵になった。そんな彼女の魔法でも壁の破壊はできないらしい。ということは閉じ込められたと認識して間違いないだろう。


「! そうだ! 戦士ちゃん! 戦士ちゃんなら俺より力が強いからこんな壁くらい壊せるんじゃない? 」


 武道家が言う戦士とはドワーフの少年だ。少年とはいってもドワーフという種族は人間よりも力が強い。実際見た目は十代の彼が誰も倒せなかった石の魔物を一撃で砕いたこともあった。力だけなら一行の中で戦士が最強だろう。だが、その姿は見当たらない。


「多分無理だよ。この術、そうとうの術師がかけてるみたいだから」


「そんなのやってみなきゃわかんないじゃん! とりあえず戦士を起こして……」


「戦士くんならこの部屋にはいないよ」


 魔法使いと武闘家との言い合いに聞き慣れた声が水を差す。その声にみんな戦慄した。それもそのはず、この声は本来聞こえるはずのない声なのだから。


「いや、この部屋どころかこの世界のどこにも彼はいないけどね☆」


「えっ、その声は呪術師さん? 」


 僧侶が声が聞こえる方向に問いかけた。


 呪術師とは一緒に旅をしていた仲間だ。彼女は人間でありながら呪術と呼ばれるエルフの魔法に似た力を使えた。それだけでなく呪われた大地を浄化する『浄化の力』、僧侶には及ばないものの多少の回復術など多彩の術が使える才女だった。明るい紫の髪と髪と同じ色の瞳、白い肌と呪術に使う道具がジャラジャラとついた黒いマントを羽織り、いつも明るい表情で一行に接していた。


 しかし、そんな呪術師は、迷宮ダンジョンでおもらしをして死んだ。


 あのときのことは忘れたことがない。呪術師は普段の明るい表情からは想像できない、深い絶望に染まりながら少しずつ地面に引き込まれた。


「あっ..あぁ! イヤ! おしっこ! とまって! ! イヤイヤイヤァ! 死にたくない…………死にたくないよぉ! ! 見てないで誰か助けてよ! おねがい! ! こんなところで死…………」


そう言い残して呪術師は消えた。


 そんなに長い探索ではなかったはずなのに、なぜ呪術師がおもらしするほどの尿意を抱えていたのか?なぜ呪術師は防水袋への放尿をしなかったのか? なぜ呪術師は誰にも自分の尿意を相談しなかったのか? 疑問は多くあったが誰もが「呪術師が不注意で死んだ」と呪術師の死を受け入れていた。だが……


「そうだよ〜、みんな久しぶりだね! 」


 呪術師は一緒に旅をしていたときと同じ調子で話している。姿は見えないが、声は呪術師そのものだ。


「は? だってあんた死……」


「みなまで言わないで! そうだよね 私が普通に喋ってるなんてびっくりだよね……」


 魔法使いのセリフを遮り、呪術師は叫んだり、落ち込んだりしている。


「まぁ、確かに私は魔物にさらわれたよ。それは事実。そしてその原因は私がおしっこを我慢できなかったから…… って思ってるんでしょ? 」


呪術師の口調が急に変わる。


「思ってるんでしょ、ってその通りじゃないか。呪術師ちゃんは迷宮ダンジョン探索中におもらしして魔物にさらわれて死んだ。そうだったはずでしょ? 」


「いやいや、さっきも言った通り魔物にさらわれたのは事実だよ。でも、原因は私にはなかった。私はね、はめられたの。ここにいる誰かにね☆」


 呪術師は明るい調子で話していたが、その内容は一行にとって許容しがたい内容だった。


「……あの、え? どういうことですか? 」


「僧侶ちゃんってそんなにアホの子だっけ? まぁいいや、わかりやすくいうね。私はこの部屋にいる誰かに殺されたの。そして今回みなさんに集まっていただいたのは私の復讐のため。ここにいる私を殺した人を私と同じ目に合わせちゃおう! という企画だよ」


 一瞬、沈黙が場を支配した。沈黙を破ったのは魔法使いだ。


「……同じ目ってことは殺すってこと? 」


「魔法使いちゃんは短絡的だねぇ〜、歳のせいかな? ただ殺害するだけならここに運ぶ必要ないし、みんなが寝てる間にできちゃうじゃん」


「……確かに」


「私が求めるのは私をはめた人が私と同じようにおもらしして魔物にさらわれること。あの羞恥と恐怖をその人にも味わってほしいんだ! 」


「……ッ、あんた、あいかわらず意味わかんない……」


「魔法使いちゃん、私のこと意味分かんないって思ってたんだ……傷つくなぁ……まぁ、そんなことよりゲームのルール、説明しちゃおっか」


「ゲームのルール?」と魔法使いが眉間にシワをよせ聞き返す。


「そう、ここから脱出する唯一の方法でもあるから聞き逃さないでねぇ」


 『脱出する唯一の方法』という言葉に今まで目を伏せていた僧侶、武闘家も反応した。


「おっ! みんな興味もってくれたか〜、いや〜うれしいねぇ」


「あ、あの、この部屋からでる方法があるなら早く教えていただけませんか! ? 」


 しびれを切らした僧侶が叫んだ。


「まぁまぁ落ち着きなよ、僧侶ちゃん。そんなに慌ててるとみんなから犯人だって疑われちゃうよ? 」


「そんな…… 私がそんなことするわけないじゃないですか! 」


「いや〜、必死なのが逆に怪しいね〜。良いヒントありがと! これであなた以外は脱出できるかもねぇ〜」


「? どういうことですか? 」


「今回みんなには私をはめた人を推理して告発してもらいます。告発した人が犯人だったら、残りの無実の人たちはこの部屋からでられま〜す。一応、罪を告白して私に謝罪したときは逃がしてあげるか私が決めるルールもあるけど、基本はみんなの中で犯人決めて告発!で脱出するゲームだね。その部屋にはみんなの推理の助けになる証拠品が置いてあるから、よ〜く調べてね」


 つまり、部屋にある証拠品から呪術師をはめた犯人を推理し、その推理があたっていれば残りの無実の人間は部屋を出られるというわけだ。かなり単純なルールだ。これなら時間をかければ犯人以外は脱出できるだろう。


「あっ、最後にいちばん重要な制限時間についてもいっておくね☆」


 「制限時間? 」と魔法使いが呪術師に尋ねる。


「そうそう、時間の流れが違う魔法使いちゃんにも平等に適応される制限時間だよ! 実は! この部屋は呪われておりま〜す! ! なので、ここでおしっこ漏らしちゃったら魔物によってテイクアウト! つまりおしっこを我慢できる時間イコール制限時間となりま〜す! 」


 呪術師のセリフを一度で理解できたものはいないだろう。いや、理解したくなかった。お漏らししたら死ぬ呪いが復活したなど信じたくなかった。


「は? 何いってんだよ? その下品な呪いをかけた魔王は俺たちが倒した! もう呪いなんてないだろ! ! 」


 武闘家のお手本のような言いがかりに、呪術師はハハハと笑ってから答えた。


「そう思うならご自由に。その辺でおしっこでもしたら? あなたも戦士くんみたいになるだけだからね」


「! そうだ! 戦士ちゃんはどこだ! お前最初にこの部屋にはいないとかいってたな! ? どこへいったか教えろ! ! 」


 あ〜、と呪術師は残念そうな声を出す。


「どこへいったかは教えられないけど、どうなったかは教えられるよ。魔法使いちゃん、部屋のカーペットにしみがあるじゃない?その当たりで『ものの記憶を見る魔法』使ってくれる? 対象はカーペット、時間は十分くらい前。それくらいなら杖なしでもできるでしょ? 」


 『ものの記憶を見る魔法』とは、魔法をかけたものの周囲数メートルで起きたことを再現できる魔法だ。さかのぼれる時間はものが生まれた瞬間までで、例えば三日前に作られたものなら三日、樹齢百年の木なら百年までさかのぼることができる魔法だ。


「…… わかった」


 魔法使いは呪術師に言われるがまま『ものの記憶を見る魔法』をカーペットにかけた。魔法をかけるとカーペットにあったシミは消え、そこから少しずれた位置に眠っている戦士が現れた。


「戦士ちゃん! やっぱりこの部屋にいたんだ! 」


「戦士さん、よく眠ってますね」


 僧侶の言う通り、戦士はよく眠っていた。多分、昨日の祝勝会ではしゃぎすぎたからだろう。武闘家と一緒に浴びるようにお酒を飲んでいたし、その効果もあっただろう。しかし今見えているのは十分前に起こった出来事だ。武闘家はこの十分の間にどこかに消える。それは変えられない過去なのだ。


「……んんっ」


 気持ちよさそうに寝ていた戦士の表情が曇る。そして何かを探すように首を左右に動かしだした。


「ひどくうなされてるみたいね。何かの呪術かしら? 」


「いや〜、私は何もしてないよ〜、いやホントに」


 呪術師は魔法使いの疑いを否定し、言葉を続ける。


「まぁ、見てればわかるよ。戦士くんがどこへ消えたのか。そして、あなたたちの置かれた状況もね」


 みんな、呪術師の言葉を一旦信じ、うつし出された戦士に視線を戻した。一体これから何が起こるのだろう? そう思っていた。


「……んっ、あっ、ふぅ……」


 突然、苦しそうにしていた戦士の表情が緩んだ。そして……


ショワワワワワワ


 戦士の股からおしっこが溢れ出した。


「えっ! 戦士さん? これ、えっ? おねしょ? 」


「あちゃ〜、戦士ちゃん昨日俺より飲んでたからな〜。久しぶりに飲んだってのもあってやらかしちまったのか〜。あっ! わかった! これを隠そうとして今は別のところで着替えて……」


「武闘家くんはお酒の飲み過ぎで脳がやられちゃったのかな? 私さっきいったよね? この部屋は呪われてるって」


「だから〜、魔王は俺たちが倒して……」


 武道家は呪術師に反論しようとしたができなかった。なぜならうつし出された戦士の近くの地面から黒い手が生え始めていたからだ。


「……うそ」


「おいおい、これって……」


「そんなこと……ありえません! 」


 誰もが目の前の事実を否定した。だが、これはカーペットの記憶、つまり実際に起きた事実なのだ。


ガシッ


 黒い手は戦士の手足を掴み、地面に引き込む。戦士はよく眠っているようで、気付かない。


「おい、戦士ちゃん! 起きろってなにやってんだよ! 」


「無駄だよ。それものの記憶だし。大体意識があったところで助からないのは私の件で学習済みでしょ? そんなことも覚えてないから脳がやられてるっていわれちゃうんだよ? 」


 呪術師の言う通りもうできることはない。戦士は眠ったまま地面に引きずりこまれ、後には戦士がおねしょをしたシミだけが残っていた。


「は〜い、これでこの部屋の呪いがウソじゃないってわかったでしょ? 」


「あなた、呪いの効果を私たちにを見せるためだけに戦士におねしょをさせたの? 」


 魔法使いが鋭い声で呪術師を糾弾する。


「だ〜か〜ら〜、私は何もしてないんだって! さっきいったじゃん! どうしたの魔法使いちゃん? もしかしてボケが始まっちゃった? 」


 呪術師は不機嫌そうに返答する。


「まぁ、良いエキシビションにはなったけど、戦士くんがおねしょしたのは完璧に予想外だったよ。本当は戦士くんの罪もみんなに暴いてほしかったんだけどなぁ……」


「何? 戦士ちゃんの罪? 戦士ちゃんがお前をはめた犯人なのか? 」


「ん〜、まぁ犯人の一人といえるね。罪は一番軽めだけど」


「それじゃあ、俺たちをここから……」


「あのさぁ、戦士くんが犯人だったらこんなことする必要ないじゃん…… 犯人は他にもいるよ。だからあなたたちはここから出られない」


 呪術師の言葉を聞いて、武道家は黙った。武道家だけではない。僧侶も魔法使いも言葉を失った。


 今わかったことは三つ


 一つ目、私たち魔王を倒した一行は呪われた部屋に閉じ込められていること。


 二つ目、この中にいる仲間殺しの犯人を探さなければ部屋から出られないこと。


 そして三つ目、この部屋でおしっこを我慢できなくなれば死ぬこと。


「さて、開始前に一人減っちゃったのは残念だけど、はりきってゲームをはじめよう! みんな必死になって私をはめた犯人をさがしてね☆見事、告発できたら犯人以外はその部屋から出してあげるよ〜。後、さっきもいったけど自白も大歓迎だからおしっこ我慢できなくてつらいよ〜って思ったら遠慮なく自白してね! 私の機嫌が良ければ自白した人も助けてあげる! ! 」


 かつてこの世界で”おもらし”は死を意味した。


 しかし、それはもう過去のこと、今”おもらし”は死と同義になった。私たちはせまりくる尿意に耐えつつ仲間殺しの犯人を探さなければならない。おそらく犯人はむごたらしく殺されるだろう。それでも私たちは犯人を探す。自分が生き残るために。部屋に集められた勇者一行が人を踏み台にしてでも生き残る覚悟を決めた瞬間、ゲームが始まった。


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