第30話 椿との対話
翌朝、俺は早めにスタジオに向かうことにした。昨夜決めた通り、椿としっかり話すためだ。リーダーとして、この状況を改善するのは俺の責任だと思っている。椿もチームの一員である以上、彼女自身もこの緊張を感じているはずだ。
スタジオに到着すると、椿は既に来ていた。彼女は一人で鏡の前に立ち、無言でリハーサルの準備をしている。いつも通りの冷静さだが、その表情には少しの陰りがあるように感じた。
「椿、ちょっと話せるか?」
俺が声をかけると、彼女は少し驚いたように振り返ったが、すぐに冷静な表情に戻った。
「もちろん、何か問題でもありますか?」
「いや、問題というか、昨日のことについて少し話したいんだ」
俺は彼女に椅子を勧め、二人で向かい合って座った。椿は俺の顔をじっと見つめ、何を言おうとしているのかを待っている。
「昨日のリハーサル中、リナが君に対して感情的になってしまったことについてだけど…俺としては、リナも椿もお互いに誤解している部分があるんじゃないかと思うんだ」
椿は俺の言葉を静かに聞いていたが、すぐに答えた。
「私はリナさんを責めているつもりはありません。ただ、私は自分のパフォーマンスを向上させるために全力を尽くしているだけです。それがチームのためになると信じています」
「もちろん、それは分かってるよ。椿の努力や技術は本当に素晴らしい。だけど、リナもアリスも、チーム全体の雰囲気を大切にしてるんだ。君の完璧さが逆にプレッシャーになっていることもあるんじゃないかと思ってさ」
俺の言葉に、椿は少し考え込むように目を伏せた。そして、ゆっくりと口を開く。
「確かに、私は人と深く関わるのが得意ではありません。過去の経験から、他人に頼らず自分の力で全てを解決する方が良いと学びました。それが今回、チームにとって障害になっているのであれば、私のやり方を見直すべきなのかもしれませんね」
椿の言葉は意外だった。彼女がそんな過去を抱えているとは思っていなかった。完璧で冷静な彼女も、心の中では何かを抱えているのだ。
「椿、俺は君のその強さを尊敬してる。でも、ここではみんなで協力して一つのステージを作り上げるんだ。お互いに支え合いながら、最高のパフォーマンスをするためには、もっとコミュニケーションを取ることが大事だと思うんだ」
椿は俺の言葉をじっと聞いていたが、やがて小さく頷いた。
「ハルトさんの言うことは理解しました。私も、このチームの一員としてもっと柔軟になるべきだと感じました。これからはもう少し、他のメンバーとの関わりを大切にします」
彼女のその言葉に、俺は少しホッとした。これで少しは状況が改善されるかもしれない。
その日のリハーサルは、昨日とは打って変わって穏やかな雰囲気だった。椿はリナやアリスと積極的に話すようになり、少しずつ距離が縮まっているように見えた。
「リナ、あの動きについてなんだけど、もう少し力を抜いた方がリズムに合うかもしれないわ」
椿がリナに優しくアドバイスする。リナも素直に受け入れ、二人は笑い合いながら調整を続けていた。昨日の緊張感は嘘のようだ。
「やっぱり話してよかったな…」
俺は一人、少し離れた場所からその光景を見守りながら呟いた。リーダーとして、チーム全体が良い方向に向かうように導くことができたのだろうか。そんな小さな達成感が胸に広がる。
「ハルト、いい感じじゃない?」
アリスが俺の隣にやってきて、笑顔で声をかけた。
「ああ、そうだな。これで少しは落ち着いたみたいだ」
「うん、ハルトのおかげだね。椿もきっと心を開いてくれるよ」
アリスはそう言って俺の肩を叩く。その軽やかな笑顔に、俺も少し照れくさくなったが、内心嬉しかった。
リハーサルが終わる頃、椿が俺のところにやってきた。
「ハルトさん、今日はありがとうございました。あなたの助言がなければ、私はもっと孤立していたかもしれません」
「そんな大袈裟なことじゃないよ。俺はただ、チームがうまくいくようにしたかっただけさ」
「それでも、あなたのおかげで私は変わることができたと思います。これからも、チームの一員として頑張りますので、よろしくお願いします」
椿は少し柔らかい表情でそう言い、俺に微笑みかけた。その笑顔は、これまで見たことのない温かさがあった。
「こちらこそ、これからもよろしくな」
俺は軽く頷き返した。これで、チーム全体が一つにまとまっていけるかもしれない。椿も、リナも、アリスも、それぞれが自分の役割を果たしながら、最高のステージを目指していく。
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