第29話 椿との衝突

次の日、スタジオに向かう俺は、昨日とは違う緊張感を感じていた。椿の登場により、チームの雰囲気が少しずつ変わり始めているのは明らかだった。今日はさらにその変化が深まるだろう、そんな予感がしていた。


スタジオに到着すると、リナとアリスが既に準備をしていた。椿も遅れて入ってきたが、彼女の冷静さは相変わらずで、他のメンバーともあまり打ち解けていないようだった。


「おはよう、ハルトさん」


椿が俺に挨拶をする。彼女の瞳には相変わらずの冷静さがあったが、どこか緊張感が漂っているようにも見えた。もしかすると、彼女自身もこの新しい環境に戸惑っているのかもしれない。


「おはよう、椿。今日は何か問題ないか?」


俺はリーダーらしく彼女に気を遣いながら話しかけるが、彼女は表情を崩さずに答えた。


「問題はありません。ただ、私はここでの役割をまだ完全に理解していないかもしれません」


「それなら、徐々に慣れていけばいい。焦らなくても大丈夫だ」


俺の言葉に椿は軽く頷いたが、心の中で何かを考えている様子だった。


その日のリハーサルは、予想以上に緊張感に満ちていた。椿のパフォーマンスは相変わらず完璧だが、その完璧さが逆に他のメンバーたちにプレッシャーを与えているように感じた。特にリナとアリスは、椿に対して微妙な距離感を保ちながら、何とか自分たちのペースを守ろうとしているようだった。


「ちょっと待って!椿、その動きは今のリズムに合ってないよ!」


リハーサルの途中、リナが突然声を上げた。彼女の普段の明るい雰囲気とは違う、どこか苛立ちを感じる声だった。


椿は少し驚いた様子でリナを見つめたが、冷静さを崩さずに答えた。


「私の動きが間違っているとは思いませんが、あなたの指摘を受け入れて修正します」


その冷静すぎる返答が、リナの感情にさらに火をつけたようだった。


「そんな冷たい言い方じゃ、みんなやりづらいよ!もっとみんなとコミュニケーションを取って、協力しようよ!」


リナは椿に向かって強い口調で言ったが、椿は少し表情を曇らせながら答えた。


「私は自分の役割を果たしているつもりです。他の人たちがそれに対応できないのであれば、それは私の問題ではありません」


その言葉にスタジオの空気が一瞬凍りついた。リナはさらに言い返そうとしたが、アリスが彼女の肩に手を置いて止めた。


「リナ、落ち着いて。ここで喧嘩しても意味がないよ」


アリスの優しい声にリナは一瞬だけ冷静さを取り戻したが、まだ苛立ちは完全に消えていない。


「でも、アリス…。私たち、こんな形でやりたくないよ」


リナの声は少し震えていた。彼女はチームを思ってのことだろうが、椿の存在がリナにとっては重荷になっているのは明らかだった。


リハーサル後、俺たちはスタジオの控え室で少しの間休憩を取ることにした。だが、控え室の空気もどこか張り詰めていた。リナと椿の間には、まだ解決されていない緊張が漂っている。


「ハルト、ちょっと話せる?」


アリスが俺に静かに声をかけた。彼女はいつも通り冷静だが、心の中では何かを抱えているようだった。


「もちろん。どうした?」


「椿のことなんだけど、私たちも彼女がすごい人だって分かってる。でも、今のままだとチームがバラバラになっちゃう気がするの」


アリスの言葉には、リーダーとしての俺に対する信頼と期待が込められていた。彼女も、チームの崩壊を避けたいと強く思っているのだろう。


「俺もそう思ってる。だからこそ、どうにかしてこの状況を改善しなきゃいけない。だけど、椿は自分のやり方を信じているみたいだし、無理に変えさせるのも違う気がするんだ」


「うん、それはわかる。でも…何か方法がないかな」


アリスは少し悩んだ表情を見せたが、すぐに微笑みながら言った。


「でも、ハルトなら何か解決策を見つけてくれると信じてるよ。私はできる限りサポートするから」


その言葉に、俺も少しだけ自信が湧いてきた。アリスやリナ、そして椿のためにも、チームをまとめる方法を見つけなければならない。


その夜、家に帰った俺は再びベッドに横になりながら今日の出来事を思い返していた。椿の加入によって生じたチーム内の不和。このままでは、チームが崩壊する可能性もある。


「俺がリーダーとして、どうすればいいんだろうな…」


悩みは尽きなかったが、俺には時間がなかった。次のステージが迫っている。答えを見つけるためには、まず椿としっかり話し合う必要があるのかもしれない。


「明日、椿と話してみよう。彼女も何か思うところがあるはずだ」


そう決意しながら、俺は眠りについた。

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