花火大会に行こうか
まぁ実際そんな食うつもりはないけどね。常識的に考えて。
よく人の金で食う飯は美味いだとか、人の金なら我慢しないで幾らでも食べられるという奴がいるが、正直あまり理解出来ない考え方だ。
それが求められているのならそうするべきだろうが、友人間での場で好き放題食いまくれば一瞬で関係がお陀仏になる。最終的には人柄に寄るだろうけどな。
とまぁ、普通の…千円札一枚で足りるくらいの飯を奢って貰い、委員長とはそこから別れた。
別に遊ぶと約束してないし、今日は愛菜優先だからな、機会があればいつか遊べるだろう。
「まぁ、そんなこんなで色々あったが…なかなかいい
「ですね〜」
そこから先も買い物は続き、変わらず愛菜の着せ替え人形として勤めも全うし…今は家に帰っている途中だ。
「それにしても愛人さんにお友達が出来るだなんて…心の底から喜ばしいです」
「アんだよ…そりゃ確かにコミュニケーション障害がある俺だけだよ…そこまで言われることは…」
ヤバい、言ってる途中で自信がなくなってきた。…友達の一人や二人くらいいる…という常套句があるが、俺の場合は本当に一人や二人ぐらいしかいないんだよなぁ…。
「ふふ、すみません…でも本当に嬉しいって思っているんです。…愛人さんは昔から人間運が悪い人でしたから…ようやく、…ようやく愛人さんに相応しい人達が現れてくれてよかったって思っているんですよ」
「相応しいって、ンな大袈裟な…」
俺の様な奴に相応しいもの何もないだろう。
「確かに相応しいは大袈裟ですね。言い直すとすると…愛人さんに優しい人が現れてくれて嬉しかったんです」
「……へっ、ナマ言ってんじゃねぇよ」
「も、もう! やめてくださーい」
愛菜の髪をわしゃっと撫でる。歳下の妹に心配をさせてしまった悔しさをこの拳に込めよう。ほーれわしゃっとな。
…まぁ実際、愛菜の言っていることも理解出来る。
俺は今までヤバい奴とずっと関わってきた。今も少し関わったが過去のそれと比べればその脅威度は羽毛より軽い。それに頻繁にやってくるわけでもないし。相対的に見て今は平和と言える。
環境を一新したからそうなったのか…それとも今までは偶然が重なっていたのか…まるで縁側で茶を啜っている老人の様に穏やかな日々を過ごせている。
背中にナイフブッ刺されたり、大勢の奴等に殴り込みしていて何を言っているんだと思うかもしれないが、これでも中学時代と比べれば楽な方だ。何せ頻度が少ない。
中学時代には先程の様なことが毎日の様に起きていた。だが今は数ヶ月に一、二回と随分と楽をさせてもらっている。他には小言のようなことしか起きてないしな。
だからまぁ、多少は騒がしいがそれでも今の生活は楽だと言える。
「むー…でもさっきの人や高嶺さんもいい人そうでよかったです。…私としてはとても安心出来ます」
わしゃっとした髪を直しながら愛菜はそう言う。
「……本当に、よかったです」
…愛菜の反応は少しばかり過剰…とは言えない。
愛菜は俺がどう生きて、その結果がどうなったのかを全て知っている。言うなれば俺の人生の軌跡を全て知っている人間だ。
俺の両親よりも、俺の姉妹とよりも俺のことを知り尽くしている。…そして俺の人生は人に見せて聞かせるには下らな過ぎる代物だ。
そんな聞くに堪えない、見るに堪えないものをずっと見て聞き続けて…それでもこの子は俺の味方でいることをずっと選び続けてくれた。
色々と心配をさせてしまっているだろう。…だから、この子はこんなにも安堵してくれているのだ。
「まぁ、ちいとばかしは大変だけどよ。…それでも楽しく生きられているよ。…ここに来てよかった…そう思わせてくれる人達だ」
「……大切にしないとですね」
あぁ、と…少しばかり照れ臭くなりながら応える。ガラじゃないんだよな、こういうの。
そんなこんな、家に帰宅。どうやら栞ちゃんは既に帰っていたらしく、先に飯の準備をしてくれていた。
久しぶりに栞ちゃんの飯を堪能しつつ、明日の予定の話をする。
「んで、明日は何しようか」
「それなんだけどさ…これ行かない?」
そう言って突き出してきたのは…何かのチラシ。内容は花火大会のお知らせだな。
「花火大会か…いいんじゃないか?」
「でしょー? 全屋台を制覇してみたくならない?」
「それはならんけど…」
まぁ栞ちゃんがやってみたいと言うのなら止めはしないが…俺は程々に楽しませて貰おう。
「明日と明後日の二日開催なんだけど…明日は愛菜ちゃんを含めた三人で言って、明後日の方は…あっくんと二人きりで行きたいんだけど…いいかな?」
「んー…」
何故に二人きりとは思うが…栞ちゃんの目はやけに真剣だ。きっと何かしらの意図があるのだろう。
「いいぜ、明後日は栞ちゃん為に一日明けるよ。…愛菜、それでもいいか?」
「私は大丈夫です。お留守番はお任せ下さい」
なんだったら実家に一回戻そうとは思ったが…そう言われたらそうするしかない。
愛菜はまだ子供だが頭が足りないわけじゃない。ちゃんと戸締りをしろと言えばしっかりと守れる筈だ。
「おうよ、任せたぜ」
「はいっ!」
そんな元気が良い返事を聞き、その日の出来事は大体終わった。
そして次の日、俺達三人は予定通り花火大会に行った。
栞ちゃんは俺と同じ様に普通の格好をして、愛菜は浴衣に身を包み屋台を回りに回った。
花火大会初参加の愛菜も最初は人の多さに酔っていたが、それでも途中からは楽しめたらしく、満面の笑みを浮かべてくれていた。
俺の方も少しばかり楽しくなり、型抜きで無双した結果出禁になったりとちょいと馬鹿なこともしたが、それも祭りの醍醐味と言える。
普段の自分とは少し違う自分を発見出来る…祭りとはきっとそういうものだ。
そうして三人で祭りを楽しみ、花火を見て…その日はお開きとなる。そして次の日だ。
「あっくん、準備はいい?」
「…いいけど、なんで俺も浴衣着なきゃならんの?」
正確には浴衣ではなく甚平というやつらしいが似た様なものなので同じにする。
「いいじゃん、折角二日行くんだから昨日と同じ様な服じゃ勿体ないでしょ?」
「それで栞ちゃんも浴衣を着ているわけか…」
それなら何故昨日浴衣を着なかったんだ? という疑問はあったが…まぁ取り立てて騒ぐことでもなし、浴衣を着てくれというオーダーがあるのなら従おう。今日は栞ちゃんの為の日だからな。
カタカタと下駄の音を鳴らして先行する栞ちゃんに追従する。雰囲気を出したいとこれを履けとそう言われた。
そういう本人は普通にサンダルを履いているのに…ちょっとばかし不満だ。俺もサンダル履きたい。
「今日で行けなかった屋台全部回ろうね! 食べ物系は任せたよ」
「うぇー…りょーかい」
花火大火とかの屋台って雰囲気が楽しめるだけで実際はどれも似たり寄ったり味だしお財布的にちょっとつら…おっと、ちょいと本音が漏れた。
今日は栞ちゃんの日…今日は栞ちゃんの日…文句を言うつもりはないさ。
「ねぇ、あっくん」
「ん?」
先行している栞ちゃんが突如俺の方向に振り向く。
手を後ろに回し、少しばかり照れ臭そうな顔をしながら…。
「今日は…楽しくて最高のデートにしようねっ!」
満面の笑みでそんなことを言ってくるのだった。
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