と、取り敢えずサイドチェスト…?

「そういや栞ちゃんっていつまで日本にいるんだ?」


愛菜と水着を買いに行く日、出掛ける直前にそんなことを聞いてみる。


「うーん…実はそんなにいるわけじゃないんだよね。そうだな、帰りの飛行機のことも考えると…日本にいるのは明々後日までかな」


案外短い滞在期間に少しビックリする。もっと…一週間ぐらいいるもんだと思っていた。


「無理言ってお休みを貰ったからね…あんまり長くいるのは教授に申し訳ないし、それにあっくんとだけ会うつもりだからそのぐらいでいいかなーって」


「まぁ、それもそうか」


わかっていたことだが栞ちゃんは実家に戻るつもりがないらしい。今やあの家は…率直に言うと愛の巣とかそんな感じの場所になっているからね…帰るわけないよね…。


「愛人さん…あの、栞さんの出国時間が限られていますから、私とお出かけするのは今度でも大丈夫ですよ? 私とお出かけするなんていつでも出来ますし、栞さんを優先した方がいいんじゃないですか?」


「む…」


愛菜の言っていることはある意味では正論だ。…しかしなぁ。それでも約束を破るということには変わりない。それはなんか嫌だ。


「……や、今日は愛菜と出掛けることにする。…けど、明日のプールは今度にさせてもらっていいか?」


「…はい、大丈夫ですよ」


なので少しだけ妥協する。…愛菜には申し訳ないが、時間が少ないというのも事実だしな。


「んで、栞ちゃんは今日どうする? 俺達と一緒に出掛けるか? それとも一人で遊ぶ? もしそうするなら合鍵渡しておくけど」


愛菜から了承を貰った所で栞ちゃんの予定も聞いておく、勝手に俺達が栞ちゃんの予定を決めるわけにはいかないからな。


「んー…元々予定があったものに割り込むのも悪いし、今日は一人で遊ぼうかな。その代わり明日と明後日は付き合って貰うからね」


へいへい…と適当に相槌を打ちつつ、準備を完了させる。


「んじゃ、ほいコレ。戸締りはしっかりとやってくれよな」


「りょーかーい」


生返事の様に聞こえるが栞ちゃんはこういう約束事は忘れない。しっかりと戸締りしてくれるだろう。


「うし、じゃあ行ってきます」


「行ってきます」


「いってらっしゃーい」


そんな感じで、ゆるーく俺達は出掛けるのであった。



「流石は愛人さん…さっき見せて貰った競泳水着も似合っていましたが、やはりこういうダボったい海パンの方が似合うますね…!」


「おん…」


「いや、ここは敢えて露出度を減らすという可能性も…夢が広がりますね…!!」


「おーん…」


「でもでも、むしろ露出度をもっと多くする可能性も…こ、この水着も着て貰っていいですか!」


「おんおん…」


これが着せ替え人形の気持ち…か。


近くのデパート。そこで俺達は買い物をしている。

現在はシーズンということで水着売り場には様々な種類のものが置いてあった。その中の幾つかを愛菜がセレクトして、今はそれを試着しているという状況だ。


俺としては動きやすい、値段が安い…という二点が抑えられているのならどんな水着でも構わないのだが…どうやら愛菜に熱が入ったらしく、とてもとてもこだわられてしまっていた。ちょっとつらい…。


「うす、これでいいすか?」


「きゃー! 凄くいいです!! ポージングお願いします!」


「…うす」


愛菜から渡された水着…なんだろコレ、…ブーメラン? とかそんな感じの水着を着た時の感想。すげぇ喜んでるな…正直ちょっとついていけない。後ポージングって何? 適当にこんなふうでいいの?


「やっぱりそっちの方向の方が似合いますね。…でも、さっきの水着も捨て難い…うーん、悩みどころですね」


「うっす…」


愛菜が楽しめているのならそれでいいのだが…うーむ。


ぶっちゃけコレ楽しい? 男の水着選ぶのがそんなに楽しいのだろうか…。


「愛人さんはスタイルがいいからいろんな服を着せたいですねぇ…あ、水着を選び終えたら別のお洋服屋を覗いてもいいですか?」


「……いいよ」


こんなに楽しそうにしている愛菜は久しぶりなので勿論許可する。…妹が楽しんでくれるのならなんだっていいさ。


「…さて、愛人さんの水着ですが…今回はコレにします」


そう言って見せてくれたのは…最初の方で着たオシャレーな海パンだった。


「ブーメランも競泳水着も素晴らしいですが、TPOというものがありますからね…ここは無難な水着が一番です」


「俺的には奇抜過ぎなければどんな水着でも大丈夫だぞ? …って考えてもさっきのブーメランはアウトなのか」


「ですです」


俺的には大丈夫であっても周りにとっては違う…普通のプールであれを着るのは少し奇抜過ぎるということか。

そこんところもちゃんと考えてくれているんだよな…本当に出来た子だ。…しかし。


「最初からそれがわかっているのなら試着する必要もなかったのでは?」


「……!」


愛菜はニコっと笑うだけで何も言わない。…まぁ、別にいいけどさ。



取り敢えず愛菜が選んだ水着を購入して次の店へ。

ブランド物とかそういう店ではなく…いつも愛用している庶民の味方的な店にやって来た。


「これも似合いそうですねぇ…逆にこういうのもいいかも…ふふふ、今から愛人さんをわたし色に染めてあげます」


「もう既に染まってるんだよなぁ」


実を言うと、俺が来ている服は大体が愛菜セレクションによって購入したものだ。


オシャレとかそういうものに無頓着な俺はいつも黒Tシャツとかジーパンとかそう言う安牌な服しか着てなかった。

複数のそういう服を買い、それを着回すことで服を選ぶ時間を削減していたのだが…そこに愛菜のメスが入る。


なんだっけか…『愛人さんは体格も顔も素晴らしいですからちゃんとオシャレしてください! その方が目の保養になります!』とか、そんな感じのことを言われた。


その熱意に押され、じゃあオシャレするかーと弱々しく決意したのである。実は今でも若干面倒なんだよね…。


そんな俺の心を見透かしているから偶に愛菜にこうやって服を選んでもらっているのである。グータラな兄と笑え。


「あれ、もしかして名取?」


そうやって愛菜と服を選んでいる途中、後ろから俺の名を呼ぶ声が聞こえる。…この声はアイツだな。


「あん? なんだ委員長」


俺に声を掛けてきたのは委員長だった。夏休み中に会うのは初めてだな。そもそも会う予定はないけど。


「奇遇〜、今何してるの?」


「妹とデート中、邪魔すんなよな」


「わーシスコン」


シスコンじゃないが? 俺がシスコンになれるわけがないんだよなぁ。多分どう頑張っても親愛以上にはならないと思う。


「愛人さん…この人は?」


先程までの雰囲気を霧散させた愛菜がそんなことを言う。結構人見知りだもんな。


「友達、まぁ悪いやつじゃ……ないんじゃね?」


「なによ、断定してくれてもいいんじゃないの?」


はっ、何を言ってるんだか…。


「初対面でいきなり毒舌を吐く人はちょっと…」


「…ぐぐぐぅ」


ふはは、ぐうの音しか出ない様だな。

まぁ本当のことを言うといいヤツではある。毒舌も慣れたら気にならなくなるしな。


「…あ、愛人さんに友達が…!? あんなに周囲に人を近付かせなかった愛人さんに…友達!?」


「こんにゃろ…」


失礼過ぎる物言いだが否定出来ない。…悔しい、でも正論なんだよなぁ。


「え、なに? もしかしてずっと前からあんな感じなの? 厨二病はそろそろ治した方が…」


「うっせアホンダラ、別に厨二じゃねぇよ。…それより、委員長こそなんで服屋に?」


これ以上話を続けると俺がイジられる感じになりそうなので話題転換だ。都合の悪い時こそ質問をするに限る。


「私の方は新しい夏物の服が欲しくてねー、いいのないかなーと覗きに来ただけ。正直買うつもりはあんまりないかな」


「ほー」


これがウィンドウショッピングというやつか…店側からしたら結構腹立つ存在だろう。

でも店に入ったからってなんか一つ買えというのも違う気がする。…やっぱり普通のことかもしれないな。


「あ、名取。賭けの件どうする?」


「賭け?」


「忘れたの? ほら、テストの時の」


………?


……。


…あ、そういえばそんなこと言ってたな。


「やっぱり忘れてた。なんで負けた側が催促しなきゃいけないの?」


「あん時は色々なことがあってな…ついうっかり。…でも別にお前から催促する必要はなかったんじゃねぇか? そのまま黙っておけばなかったことになったのによ」


「馬鹿ね、一度約束したことは破らないわよ」


そういうとこ律儀だよなー、やはりいいヤツ。


「あいよ、んじゃ飯でも奢ってくれ。フードコートが三階にあったよな」


時間もそろそろ昼飯時…少々小腹が空いてきたところだ。


「愛菜もそろそろ昼飯でいいか?」


「私は大丈夫ですよ」


愛菜からの了承を得たところで…俺は委員長に対して不敵に笑う。


「んじゃ決定…覚悟しろよ委員長、差し押さえになるまで財布の中身を食い尽くしてやる」


「ふふふ、やってみなさいよ」


そうして俺達はフードコートまで歩いて向かう。

ふはは、今から暴食の罪を貪り尽くしてやるかね。

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