俺達の関係を表すのなら…

俺と栞ちゃんとの仲は結構長く、そして深い。およそ人生の殆どを一緒に過ごしてきた。

昔から栞ちゃんは凄くて、幼馴染としてあらゆること…運動面を除いた殆どの学業では追いつくことは出来なかった。


とは言ってもそんなことで不仲になるなんてことはなく、俺達は基本的に仲良く過ごしていたと思う。


栞ちゃんはなんだかんだと理由を付けて俺を外に連れ出した。理由は単純、家に居たくないから、そして遊び相手が欲しいから。

小学校に入り学年が進み…よくある男は男同士で遊ぶ、女は女同士で遊ぶという空気になってからは疎遠になっていたが、それでも偶に話すくらいには仲良くしていた。


栞ちゃんは昔から家にいることに苦痛を感じていたらしい。その理由は言わずもがな二人の姉が原因だ。


それに加えて両親が基本的に家に居ないということもあり、上二人の相手をしながら自分の味方のいない空間で生きるというのは途轍もなくストレスだったのだろう…だから栞ちゃんにとって家とは安らぐ場所ではなかったのだ。


栞ちゃんにとっては外の世界こそが安らぐ場所で、内の世界こそ心がささくれ立つ場所だった…。あの時の栞ちゃんは日常的に、口癖の様に家を出たいと言っていた。だからこそ元々頭がいいのにも関わらず過剰に勉学に励み留学という家を出る為の切符を手に入れたのだ。


俺は彼女の努力を知っている。だからこそ彼女の力になろうと思った。…もしかしたら、それがあの家族の世話を引き受けた本当の…いや、そんなに格好つけた理由じゃないか。


単純に可哀想だと思ったからだ。…家中汚くて、足の踏み場もなくて、誰も片付けようとしなくて、片付けようとした側から汚されて…手元に残っているのは親から渡された生活費だけ、そこに愛はどこにもない。

そんなふうに疲弊していた姿を見ていたから…彼女の世界が変わればいいと思って力を貸した。…俺にとっても都合がよかったのは事実だしな。やはり自分勝手な理由で引き受けたと思う。


栞ちゃんは最初は俺の手助けを拒絶していた。そんなことはしなくていい、自分でなんとかすると俺を拒んだ。当然だろう、誰も自分の恥じている部分を見せたいわけがない。彼女にとって生家を見られることは耐え難い苦痛でしかなかったのだ。


でも彼女の脳は閃きと貯蓄に特化している。掃除や料理の様にある程度基礎を学んでいないと失敗するもの…そういうものが苦手な人間だった。

無論、教えたらすぐに出来るようになるが…残念なことにあの環境で彼女に助言を与える者はいない。…だからこそ一人でやって失敗して、そうして心を苛立たせていた。


あのまま放置しても栞ちゃんの過ごす環境はどうにもならない。もうそんな領域にまで達していた。…だからこそメスを入れるというわけではないが、その環境を変える必要があった。


拒絶されて拒絶されて…それでも続けて、時が経つにつれ栞ちゃんは徐々に俺を受け入れる様になった。


栞ちゃんは洞察力も凄い…簡単に俺があの時どういう環境で過ごしていたかを察し、俺がどういう感情を抱いていたということもわかっていた。


そうして俺達は互いな事情を知ることとなり、お互いに協力してその時を生きた。


自立の為に…と、栞ちゃんは俺から様々な事を学ぼうとした。俺はそれに応え、逆に栞ちゃんから色々な物を学んだ。

俺達は幼馴染であり、協力者であり、お互いに姉、兄の様な関係であり…そして、お互いがお互いを必要としていた。


それはまさしく…きっと、一種の共依存関係の様なものが俺達には出来ていたのだろう。


そこからいろんなことが起こり、その共依存関係も無くなり…今ではただの幼馴染という関係だけが残ったが…まぁその方が健全だろう。


俺達はお互いがお互いに迷惑を掛けて生きていた。…今ぐらい離れている方がお互いにとっていいのかもしれないな。




「栞さんは愛人さんのことが好きだったりしないんですか?」


勉強終わりの雑談中、その時の愛菜の言葉。

俺と栞ちゃんはその言葉にきょとんとしてしまう。


「それってどういう意味? 親愛的な意味合い? それとも愛情的な意味?」


「後者です。お二人の話を聞く限りそうなってないのがおかしいと思うのですが…愛人さんも結局栞さんについてどうお思いなんですか?」


まぁ、確かに客観的に見れば俺達は恋人以上にお互いを思い合っていた。それすら互いに相手の幸せを願うぐらいには深くな。


…けど。


「ないない、栞ちゃんだけは絶対に恋人にはしたくないな」

「無理無理、あっくんとは絶対に恋人にはなれないよ」


同じタイミングで同じ様なことを言う。


「それぐらい息ピッタリでしたらやっていけそうだと思うのですが……」


愛菜からそうツッコまれはするが…だって、ねぇ?


「確かに私の初恋はあっくんだよ? 今でも普通に異性的に好きだし、理想の男性像もあっくんだけど…あっくんだけは精神的に受け付けないの…だって、結婚すれば私の家族と直接的な関係が出来るんだよ? そんなの可哀想過ぎて無理だよ」


前半の栞ちゃんの言葉に多少ギョッとするが、それは聞き流すことにする。…後半については本当に同感だな。


「……最初の文言はちょっと初耳だったが…後半は俺も同じ様な理由だな。…栞ちゃんを俺の家族には出来ねぇよ。これ以上の苦しみを栞ちゃんに与えたくない」


別に嫌い合っているわけじゃない。むしろ俺達は互いを好き合っている仲だ。…もし、昔の俺が栞ちゃんと付き合えるとしたらすぐに付き合っただろう。


けど、そういう相性とか好き嫌いとかは関係なくて…単純に恋人に出来ないのだ。

したいしたくないとかの話ではなく…出来ない。俺達は互いの事情を知った瞬間からそういう可能性は霧散したのだ。


「私の両親は自分のキャリアのことしか考えていない仮面夫婦、姉二人は一人の男と付き合っている…どう考えても異常な家族。…別に関わらない様にすることは出来る。けれどね? 血縁というものはどうしても切っても切れないもの…繋がるだけで小数点並みの可能性であってもあっくんに不利益を被らせてしまうかもしれない。…そんなリスクを背負いたくないし、背負わせたくない。だからあっくんのことは恋人には出来ないな」


「愛菜も知っているだろうが、…申し訳ないが俺の母親は色々とダメな人だ。父もそう…今は多少は改善したが、結局離婚するって話になったからな。…それと姉の存在もある。…お前の前でする話じゃないんだろうけど、そんな色々と終わっている家族に栞ちゃんを仲間入りをさせるわけにはいかないんだ。無論、愛菜とか…まぁ心愛とか、そうじゃない人もいるけどな。だがどうしてもその比重は偏る。…だから俺達だけはダメだ」


お互いがお互いを想っているからこその結論。俺達はお互いに自然とそういう答えを導き出して、自然的に今の関係に落ち着いた。


一歩間違えればそれでも構わないと思ったのかもしれない。二人だけで生きていけばいいと何もかもを捨てて二人で逃げる可能性も勿論あった。

けど、俺は背に色々な物を背負っていて、それを降ろすことは出来なかった。彼女も何もかもを捨てられる程情が薄くはなかった。


「幼馴染は負けヒロインとはよく聞くけど、私はそのヒロインにすらなれなかった…ううん、なろうとしなかったんだ。今もなれるわけがないって思っている。…だからあっくんとは付き合えないよ」


ゲームの言葉を借りるのなら…栞ちゃんは攻略ヒロインじゃないってことだな。単なるサブキャラクターに過ぎない存在というわけだ。


「だな、…俺達の関係を簡単に表す言葉があるとするのなら…そうさな」


最近…と言っても少し前ではあるが、こんな言葉を聞いたことがある。…俺はその言葉を聞いて凄く納得がいったもんだ。


「恋愛感情がない幼馴染…って感じかな」


まるで俺達は二人を表す様な言葉だ。


栞ちゃんと一緒にいてもきっと愛は育まない。恋に落ちることはない。…俺達がこう生まれた瞬間からこういう運命になっていたのだろう。


「………もし、お二人の家族が…普通のものだとしたら、…どうですか…?」


「「んー…?」」


そう言われて考えてみるが…。


「やっぱり無理じゃないかな、私の本来のタイプってもうちょっと細い人だし、流石にあっくんの様な強面とは近付きたくないかな。幼馴染ならすれ違った時に会釈ぐらいはするだろうけど」


「やっぱりキツイんじゃねぇかな…栞ちゃんは頭が良すぎるから多分会話とかいろんなもんに付いていけなくなる…そうなりゃ俺の性格からしてわざわざ近寄らなくなるだろうな。幼馴染として一定の距離は保つと思うけど」


俺達がここまで関係を深められたのは家族とか様々な事情があったからだ。…そしてそれがある限り俺達が恋人になる可能性は霧散する。

だからやはり…俺達は恋人にだけはなれないだろうなぁ。


「あーやっぱりー? 絶対そうなるよね!」


「栞ちゃんも俺と同じ考えだったか…やっぱわかってんな〜」


けど、俺達はこの関係で満足している。むしろこの関係以外になる必要はないとすら思っている。…こういう気楽な関係も悪くないもんだ。


「…とまぁ、そんな感じなんだが…納得したか?」


「そうですね。疑問は解けました」


納得してくれたのならそれでよかった。…しかしまぁなんで急にこんなことを聞いたのやら。

まぁ愛菜には愛菜の考えがあるだろうし、深くは聞かないけどな。


「……やっぱり栞さんでもダメ…けれど、誰かきっと、愛人さんを───」


小さなその呟きが俺の耳に入ることはなかった。…その声にどんな感情が乗せられているのかも知ることはなかった。


「んじゃま、そろそろ寝ますか」


「だねー、もういい時間だ」


何も知らずにそんなふうに話を終わらせてしまった。


「…ですね」


俺はその時、何も知ろうとしていなかったのだ。

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