過ぎ去った後の日のこと
嵐は過ぎ去った。何の問題もなくこの嵐を乗り越えられたことを嬉しく思う。
何でか先輩の姿も見えるが…気にすることはやめた。気にしても無駄だし、先輩がいたことで気が紛れたのも事実だったからだ。
夜中に友人とゲームをするなんてことは初めてだった…確かにあれはいいもんだと思う。本当に楽しかった。
そんな先輩とは昨日の時点で別れた。嵐が過ぎ去ったのだから当然と言える。
愛菜を家に戻し、のんびりと…正に夏休みの日々を俺は過ごしていた。
「愛菜は友達と何処かに遊びに行くとかしないのか?」
「そうですねぇ…響子ちゃんと何処かに行こうと約束はしていますが、具体的にはなんとも…」
「ほーん…」
ぐだぐだとアイスを食いながらの雑談…日本の夏は湿気が酷くて困るもんだ。余計に暑く感じちまう。
「愛人さんこそ、ご友人と何処かに行くとかしないんですか?」
「あー…特にねぇな。誘われてもめんどいからパスしてるし…」
委員長とか高嶺とかに飯でも食いにいかね? と誘われてはいるが全部断っている。…基本的に外出したくないんだよね。面倒な奴に絡まれるから…。
「もー! ダメですよ? ちゃんとそういう付き合いもしないと」
「わかってるってー…でもな、めんどいから仕方ないんだ。許して」
「ゆーるーしーまーせーんー!」
どうやら俺は許されなかったらしい…仕方ないなぁ。
「んじゃあ今からどっか行くか、何処に行きたい?」
偶には妹孝行でもしようと思い体を持ち上げる。遊園地はこの前行ったから別のところがいいかな。
「え…い、いいんですか?」
「いいも何も…え、行きたくないの?」
それだったらこのまま休日のお父さんよろしくぐだっとするけど…。
「い、行きたいです! 愛人さんと一緒にお出かけしたいです!」
「…ほうけ、んじゃ行こうか」
どうやら家でぐだっとする展開は完全に消え去ったらしい。…そいじゃ準備しますかね。
「何処に行くとか決める前に家を出たが…さて何処に行こうか…」
「それじゃあ最近出来たご飯屋さんに行きませんか?」
「いいねぇ…」
玄関の外に出て、愛菜と何処に行くかの相談をしている時…俺達が玄関を出るのとほぼ同時に隣の玄関の扉が開いた。
「あら、名取君?」
「先生…! 偶然っすね」
現れたのは長谷川先生…何だかんだ今も仲良くしている人だ。
長谷川先生とは学校がある日を除いても毎週一回は関わりがある。例の護身術云々でな。
「今から妹さんとお出かけ?」
「えぇ、最近出来た飯屋に行こうという話になりまして…先生の方は?」
「…私は少しリフレッシュをしたくてね。学校の先生って夏休み中も仕事があるのよね…その疲れを今から癒すのよ」
やはり社会人は大変だな…そうだ!
「先生もよかったら一緒に飯に行きませんか? 俺達、最近出来た飯屋に行こうという話になってまして」
「………」
ついでに先生のことも誘ってみる。色々とお世話になっている人だからな。
「…うーん、誘ってくれたのは嬉しいけど、実は今日行くお店は前々から予約していたお店なのよ。だから今日はちょっと…アレね…! 行けないわね」
「ほーん…」
確かに先生の予定を確認していなかったな…ちなみにだけど何処の店に行くんだろうか。
「いや、ね? 最近体のガタつきが酷くなってきたからいつも通っている整体に行こうと思っていたのよ。ほら、聞いて? この体のボキボキを…!」
そう言って先生はぐいっ…! と体を動かすと、そらもうすごい音が身体中から鳴った。…教師って本当に大変なんだなぁ。
「そういうことで…今日は妹さんと二人で行ってきなさい…ね?」
「うっす!」
そういうことなら仕方ない…先生とは今度行くとしよう。
「……あの、もしかして…」
愛菜が先生の側に近寄る。何か呟いている様だったが俺には聞こえない。
「…ふふ、愛菜ちゃんはお兄さんのことが大好きなのね…」
先生は愛菜の身長に合わせて屈むと、その口を指でちょん…と塞ぐ。
「家族水入らず…お兄さんと楽しんできてね?」
「あ、ありがとう…ございます…」
二人の会話を、やはり俺は聞き逃してしまうのであった。
─
「いやぁ、美味かったなぁ…」
「そうですねぇ…」
噂の飯屋は噂に違わず美味なるものだった。…これなら偶に通ってみるのもいいかもしれない。
「あの店のこと教えてくれてありがとな、今まで気付かなかった俺が節穴過ぎるぜ」
「そんな…私も偶々知っただけですから」
愛菜と二人で街を歩く。…本当に穏やかな時間だ。
「次は何処に行こうか、折角の夏休みだしプールとか海とかに行くか?」
「い、行きたいですっ!」
こうやって夏休みを過ごすのも悪くない…ほんのちょっと前まで割と大変な毎日を送っていたからな、余計にこの平和をしみじみと感じ入ってしまう。
「それじゃあいつ頃行こうか…あんまり先延ばしにすると忘れちゃうし…明後日とかどう?」
「いいですね…! 私、お気に入りの水着を家から取ってきます!」
あ、水着の問題もあったな。
…この歳になるとプールとかに入る機会ないし、海に行ったこともない…つまり水着を持っていない。
「じゃあ明日は俺の水着を買うのに付き合ってくれよ。そういや水着持ってないことを思い出した」
「いいですよ。愛人さんにピッタリの水着を選んでみせます!」
そりゃ楽しみ…俺の水着は愛菜のセンスに任せることにしよう。
「んじゃ今から帰るか? それともどっか寄り道でもしていく?」
「そうですね…古本屋さんに寄りたいかもです」
「りょーかい」
お姫様の思し召し…というわけで近場の古本屋にレッツらゴーとしようとしたわけだが…。
「あの、迷惑なんでやめて貰えません? 私彼氏いるんで」
「いやさぁ、ほんの少しだけでいいからさぁ、付き合ってヨォ〜!!」
町中でギャルっぽい奴がナンパに遭っていた。ありゃりゃ、悲惨だねぇ。
遠目から見ているからどんな奴かはわからないが…ありゃ相当の美人さんだな、雰囲気でわかる。
「はぁ…日本って真面目な人が多いかと思ったら、こういうふざけた連中も多いよね…マジ最悪」
遠くからでも聞こえるほどの悪態…うわぁ、よくやる。
「愛菜、さっさと行くぞ」
「はーい」
ああいうのは無理に間に入っても面倒なことになるだけだからな…まぁ普通の善人がいるのなら彼氏のフリとかしてあの女を助け出すだろ。多分。
俺はそういうのは無理だ。前にこういう展開で女の方にも逃げられたことがある。おのれ俺の顔…。
まぁなんだ。俺が割って入る必要がないってことだ。誰かれ構わず話に割り込んでもウザがられるだけだし、俺が出動するのはもっとヤバい事態か、それとも身内を助ける時だけ…。
……ん?
古本屋に行く為にナンパされている女の横を素通りしたが、ふと違和感というか既視感が脳裏に過ぎった。
あの女…何処かで見た覚えがある。…よく知っている人間な気がする。
「…あ、愛人さん。あの人ってもしかして…」
「……んー?」
もう少しで思い出せそうだなというところで…ナンパされている女と目が合った。
「……あ! お兄ちゃん!!」
お、お兄ちゃん…?
……ま、まさか…まさか!?
ズカズカと女がこちらに近寄ってくる。そうして近付いて…顔を近くにで認識したことでようやくその人物が誰なのかということに気付いた。
「…し、栞ちゃん…?」
「うん! マジお久だね!」
…お、俺の最後に見た栞ちゃんはもっと普通の…普通の女子中学生だった筈なのに…。
男子、三日会わざればもとい、女子、三日会わざればというやつだ…前の面影が少ししか残っていない。
服装は派手に、髪色は一部分を染めている…何というのだろう。…メッシュ? の様になっている。
メイクもまぁまぁ派手に、まさしくイケてる女と言わんばかりの形相になっている…幼馴染の姿がそこにはあった。
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