アホだねぇ

「お兄様って…お前馬鹿なの? 頭はいいのにアホなの? そういう年頃なの?」


取り敢えずそれをやめさせる。お兄様呼びは特段否定する必要のない呼び方なのかもしれないが俺にとっては違和感が酷すぎるから却下。


「う、うっさいわね! こっちは色々と気まずくて仕方ないっていうのに…お兄ちゃんはどうしてそんな平常心なのよ…!」


だって別に何も気にする必要ないし。


「お前まだあの時のこと気にしてんのか? 確かにあん時のあれは許してないが、もう別に気にしてはないぞ?」


「こっちは死ぬほど気にするのよ…あぁ、何故私はあんな馬鹿なことを……」


この様に、心愛は自分のやったことは猛反省している。

基本的に頭が良い子なのだ。なので自分のやったことに対してちゃんと責任感を持つことが出来る。だからこそ俺は妹のことを嫌っていない。


それに…。


「仕方ねぇよ、お前は昔っから俺に対して甘えん坊だったからなぁ…いつも俺が最強だとか一番イケメンだとか言ってたもんな…」


「うわぁぁぁッッッッ!!!!」


一瞬で距離を詰められ、俺の口を塞ごうと背伸びをして手を伸ばす。ははは、だがしかし身長が足りなかった。全然届いてないが?


そう、こいつは世にも珍しいブラコン…? というわけではないな。…何と言えばいいのだろう。

…自分の近くの人間が凄いと思ってやまない子…だな、心愛はそういう気がある子だった。


俺を金髪にしたのだって確かそっちの方が俺に似合うとかなんとか…俺に言わせればただ単に心愛の好みが金髪なのだろうなと言った感じだ。


「周りの奴らと喧嘩になっても俺が一番ってことは本当に疑わない子で…あー懐かしいぃ」


「そんな生暖かい目で見るな! …くそぅ…! 身長高すぎるんだよぉ…!」


ぺしぺしと顔を叩かれる。…いたいいたい。

だがまぁこんなもんは可愛い戯れあいだ。久しぶりにこのやりとりしたなぁ。


「マ、過去のことはあまり気にすんなよ。いつだって過去は未来の為に存在してるんだぜ?」


「…そう言われても無理なものは無理…ずっと気にするに決まってんじゃん」


適当な一般論を言ってみるが…心愛の反応は芳しくない。普通に無理と切り捨てられてしまった。悲しい…。


「………それに、言ってる本人がそのことを実践出来ないんじゃ仕方ないんじゃないの?」


「………」


それは、…何も言い返せないな。




「そういやお前は親父と母さんのどっちに着いていくことにしたんだ?」


「入ってきて早々クソ重い話題出さないでくれる?」


取り敢えず二人を招き入れる。いつまでも外で話していても仕方ないんでね。


「ちなみに俺は母さんに任せることにした。出来れば愛菜と一緒にいれればいいんだがな」


「え、愛人さん…?」


愛菜が驚いた様な声を出しているが、当然の話だろう?


「流石にあの状態の母さんに愛菜は任せるわけにはいかねぇよ…はぁ」


どうにもならないとわかってはいるから何も口に出すことはしないが、それでも愛菜のことだけは別だ。

どうやら俺の忠告は聞き届けてもらえなかったらしい…まぁ弱みを握られた相手の言葉なんて聞きたくないのはわかるが…それにしてもなぁ。


まぁいいや、深く考えるのはよそう。


「俺にとっちゃあの家で一番大事なのは愛菜だからな…外に出たお前はもう大丈夫だし、親父ももう再起している。…愛菜はあの家での唯一の心残りなんだ…」


愛菜をちょいちょいと抱き寄せつつ、深く溜息を吐く。愛菜は特に抵抗することはなかった。


「なぁ、やっぱり今からでも俺と一緒に住まんか? 衣食住の確保はしっかりするぜ?」


「わ、私もそうしたいのですが…あの人が許してくれるとは思いません…」


「はぁぁ…」


更なる溜息…どうにもならなすぎて気分が悪くなる。


「お兄ちゃんって本当に愛菜ちゃんにだだ甘だよね…当然の対応ではあるけど」


「そりゃそうだろ。見ろ、この礼儀正しく俺の膝の上にちょこんと座る姿を…! お前も昔はこうだったけど今じゃ余所余所しくてなぁ…」


「今更そんなこと出来るわけないじゃない…」


あの時の純朴な心愛はどこに行ったのか…そうだね、大体中学に上がる頃に消えたね。子供の成長って早いわぁ。


「んでま、学校の調子はどうよ? お嬢様学校には慣れたか?」


あまり昔のことを考えると悲しくなるので話を変える。やっぱり今のことを話さないとな。


「…全然慣れない。特に言葉遣いが…」


「あの最初の舐めたお兄様呼びも学校では当たり前だったりするのか?」


「ジェネレーションギャップって凄いね…カルチャーショックって言ってもいいかも…リアルであんなお嬢様言葉を使っている人綾華さん以外で初めて見たよ…」


やはりそうか…。

心愛を送り込んだ金持ち学校はそらもう今でも淑女たれとか紳士たれとかの考え方があるらしい。そんな考え方に一般市民である俺らがついていけるわけもない。


「だから言ったでしょう? 私の喋り方は特段珍しいものではないと…早く慣れなさい」


「綾華さんが一緒に通ってくれているとはいえ…やっぱり辛いです…普通のお弁当を持っていっただけでキャーキャー言われるんですよ?」


ちなみにだがお嬢も同じ学校に心愛と同じ制度を使って入学している。

無論それにも俺達が力を貸した。簡単にいうと勉強を教えた。栞ちゃんパワー様々である。


「へー、大変そうだなぁ…」


「他人事みたいに…! あの学校に行けって言ったのはお兄ちゃんなのにぃ…!」


「そらお前、あれよ。貞淑やら大人しめな子が沢山いる環境だったら馬鹿なことは出来ねぇだろ? これを機にちっとは世間の荒波に揉まれておけ」


「ぐぬぬぬぬ…っ!」


ふはは、妹をボコスカ言うのは溜まんねぇなぁ! この感覚久しぶりだ。

なんとなく昔に戻った感覚がある…ふふ、少し性格が悪かったか。


「マ、実際のところはあんま心配してねぇんだけどな。今のお前なら馬鹿なことはしないだろ…ということで、ほれ、携帯出しな」


「え?」


今日心愛がやって来ると聞いてやろうと決めていたことが一つある。…それは携帯の制限解除だ。

心愛ももういい年だ。もうやっていいこととダメなことの判断は出来る歳になっている。…それならずっと携帯の機能を制限するわけにもいかない。


「もう二年は我慢してたからな…ちぃと早いがインターネット解禁だ。もう馬鹿なことはするなよな?」


「ん、んー…」


ありゃ? 折角携帯の機能を元に戻すと言っても反応が芳しくない。

遠慮しているとか罪悪感を持っているとかそう言う感情ではなく…なんというか、軽い拒否反応みたいなものが目に見える、


「……悪いけど、高校卒業まではこのままでいいかなぁ…」


「ほう! その心は?」


普通の子なら今すぐにでも元の機能を取り戻したいと思うと思うんだが…。


「ほら…さ? 私が馬鹿なことをしたせいでお兄ちゃんにいっぱい迷惑掛けたから…携帯を元に戻したらまた同じことをしちゃいそうで怖いの。だからこのままでいいや、それに元に戻してもその機能を使う予定ないし」


あらら、割とトラウマになってんだな…そういうことならしゃーなしだ。


「あいよ、別に無理してやらせようってわけじゃないからな…よかったらの話だ」


「うん、それはわかってる。…ありがとう、お兄ちゃん」


う、うぅ…っ。こ、こんなに素直な子に育って…!あー涙が出てきそうだ。…少し涙脆くなったかな。




その後、俺達は普通に過ごした。

本当に普通の時間だ。なんというか…家族とか友人との当たり前の日々ってやつだ。


しかし、そういう時間が長く続くことはなく…すぐに俺達は別れることとなる。心愛は今住んでいる寮へ、お嬢は借家へと戻る時間だ。


「それじゃあ愛人、また会いましょう」


「おう、またな。坊ちゃんが帰って来たらよろしく伝えておいてくれ」


「承りましたわ」


お見送りの時間だ。最近はこういう機会が多い気がする。


「心愛もな、元気でやれよ」


「…うん、お兄ちゃんも」


そうして見送りは終わる。…玄関のドアが閉まり、二人は視界から消え去った。


「……」


頭をぽりぽりと掻く…どうにもこの円満に別れるという感覚に慣れる気がしない。

今までの俺にとって別れとは心にしこりが残ったり傷が残ったりするものだった…それなのに最近だとこんな感じの別れ方が多い気がする。


「愛人さん…今日の晩御飯はどうしますか?」


「んー?」


思考が強制的に今の時間軸に戻る。…そうだな、そんな取り止めもない様なことを考える必要はない。


「そうだなぁ…季節外れの鍋でも作るか」


「いいですね」


俺は俺らしく、今のことだけでも考えてればいいのさ。

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