人任せにすることはもうしない
お嬢が帰った後でも時間は続く。俺達は先程と同じ様に対戦ゲームをすることにした。
「こんにゃろ…っ!」
「名取くん、飲み込みがいいねぇ…こんなにすぐ上達するなんて凄いよ」
ニコニコとそう言っている先輩だが、こんなことを言っているが余裕で俺を処理している。全くもって勝てる気がしない。
勝負で手を抜くということをしないのだろうか? …ふふ、面白い。そうでなくちゃやる気が出てこないってもんだ。
だがしかし、駄菓子…例えどんなにやる気を出そうにも腕前が格別に離れていたら意味がない…普通に全戦全敗した。先輩が強過ぎる。
「中々勝てないもんすねぇ…」
感心しながらLOSE画面を見る…こう上手く行かないと逆に楽しくなって来る。
「あはは…ずっと引き篭もってゲームばかりしてたから…」
「ほーん…やはり長い時間練習した人にぺーぺーの俺が勝てる道理は少ない…ということですか…んじゃもう一戦……」
勝てる道理がないのだとしても、それを勝ちを捨てる理由にはならない…弱いのは前提だから…。
聞き齧ったゲームのキャラのセリフを脳内で再生させつつ、もう一度先輩に挑戦しようとしたが…ふと家の時計が目に入った。
気付けば既に五時ほど…夏なのでまだまだ外は明るいが、それでもこれからちょっと時間が過ぎればすぐに辺りが暗くなる時間帯…。
「…と思いましたが、そろそろいい時間ですね」
辺りが暗ければそれだけ危険な奴が増える。…先輩を家に送るのなら今ぐらいの時間が丁度いいだろう。
「…そうだね。…そろそろ変える準備をしなきゃ…だよね」
先輩もそのことを自覚していたのか、ゆっくりとそれまで使っていた機具を片付けていく。
先輩がHDMIを引き抜けば光り輝いていたモニターの画面ブツリ…と消え、そこには元の暗い画面だけが残る。
音楽も何もない、シーンとした静寂だけが俺の部屋に響いている。
「……これでオッケー…かな」
用意した機具の数は少ない。数分もせずに先輩は全ての機具をしまい終えた。
「それじゃあ家まで送っていきます」
「ありがとうね、名取くん」
そうして、俺は再び先輩を家まで送る。
相変わらず先輩は好奇な目で見られているが、俺がいる限り誰かが絡んでくることもない…気付けばすぐに先輩の家まで辿り着いていた。
「着きましたね…」
「………うん」
もうこのままさよならと言えばいいのだが…なんと言うかな、少しだけ後ろ髪引かれる。
友人が今まで少なかった弊害かもしれない…楽しかった記憶をここまで引き摺ってしまっている。
「それじゃあ、俺はこれで…」
だがそうだとして何になる。俺の下らない感情で先輩を引っ掻き回すのはあまり好まない。
だから、このまま別れの言葉を告げて足を翻そうとしたが…。
「あの、あのね…? 名取くん…」
本当にか細い声がそこに響く。
周囲で鳴いている蝉の音に負けてしまう程の小声…だが、確かにその声は俺の耳に届いた。
「…夏休み、他の日もね? …名取くんのお家に遊びに行ったりしてもいいかな…? 他の場所にも遊びに行ったり出来るかな…?」
…まさか、そんなことを言われるとは思わなかった。
また俺の家に遊びに来るのは構わない。俺も今日はとても楽しく遊べた。
だが、他の場所というのはつまり俺の家以外の場所…例えば近所の公園とか遊園地とか、そういう場所なのではないかと思う。
男への恐怖を持っている先輩が何故その様なことを…と思うことはない。理由は明白だからだ。
先輩は真剣に男性恐怖症を直したいと思っており、なるべく自立したいと思っているのだ。…それはきっと両親とか家族の為なのだろう。
…俺は少し先輩の覚悟を見誤っていたのかもしれない。…先輩は先輩で自分の恐怖に打ち勝とうと努力しているのか…。
「えぇ、勿論。俺の家でも海でも…何処へでも行きましょう。…この夏は楽しい思い出にしましょうね」
ならば、俺はそれを全力で協力するしかあるまい…誰に任せるのではなく、俺自身が先輩の力になる為に…。
「っ! …うん!」
その頷きを見届けると共に、これから先、自分から先輩から離れることはしない様に誓う。
……とは言ったものの、そんなすぐに先輩が遊びの連絡を入れることはなく…俺は普通に夏休みを過ごしていた。
夏休み…なんて素晴らしきことかな…出された膨大な課題のことさえ忘れれば天国の様な日々だ。
「そう思わないか? 愛菜」
「そうですねぇ…まとまった休みがあるというのは本当に素晴らしいです」
無論長期休暇ということなので愛菜も俺の家に遊びに来ている。前に会ったのはゴールデンウィーク以来だから…大体二ヶ月ちょいぶりだな。
「こうやってまたここに遊びに来られますしね…はぁ」
深い溜息…これはあれだな、やっぱり俺が悪いんだよな…。
「…母さんの様子は?」
「…愛人さんが気にする問題でもありませんけど…まぁ最悪ですね。私がいてもお構いなしで…チッ、あの人と好き放題やってますよ」
あれ、今一瞬舌打ちが聞こえた様な…。
き、気のせいということにさせてもらうとするかな。
「そらもう本当にすまん…アイス食べる?」
「別に愛人さんが悪いわけじゃないから謝らなくて大丈夫ですよ。アイスは貰います」
冷蔵庫の中からお高いアイスを愛菜に献上する。…愛菜は元友人のことを本気で嫌っているからなぁ…この態度もさもありなん…って感じだ。
「ぺろ…アイス美味しい…そういえば愛人さんが回収した離婚届って今どこにあるんですか?」
アイスを食べながら急にそんなことをぶっ込まれた。…小学生の口から離婚届という文言が出て来るとは思わんかった。
「離婚届ねぇ…あんなもんすぐに親父にポイしたよ。時期としては次の日にはすぐな」
あまりに精神的にショックを受けていたので今の今まで脳内からその単語を抹消していたが、妹に聞かれたら思い出さなくては。
「多分今も離婚調停をしてるんだろうなぁ…一応両方が書類にサインしたとはいえ、離婚届には他にも書くべきことが割とあるし…」
例えば親権とか。…後は知らん。
「…もし、私と愛人さんが別々に離れ離れになったとしても…愛人さんは私を家族として見てくれますか…?」
「何言ってんだ。当たり前だろ?」
そんな当然のことを不安そうな声で聞く必要はない。
「俺とお前は家族で、血が繋がった兄弟だ。そこに濃さも薄さも関係ない…愛菜はちゃんと俺の妹だよ」
聞き悟らせる様に言い聞かせる。
まだ愛菜は幼い、こんな大人びた言動をしているが実際は普通の小学生だ。
母さんが離婚するということで少し不安になっているのかもしれない…ここは俺が安心させてやらないと。
「…なら、別にどちらの家に引き取られても問題はありません。…愛人さんがそう言ってくれるなら、私はずっといい子になります」
「…別に、俺の前じゃ悪い子の部分も見せてもいいんだぜ?」
にやりと笑いつつそう言ってみる。…しかし、愛菜は驚くべき笑顔で…。
「いいえっ! 絶対に…絶対に愛人さんの前では悪い子になりません。絶対です!」
元気にまぁそんなことを言いやがった。…こやつめ。
「この兄不幸者め…もっと愛菜のいろんな部分を俺に見せておくれ」
「だめでーす!」
そんなふうに愛菜と戯れあっていると…またもやインターホンが。
しかしながら今日の客人が誰かは知っている。…つい最近やって来ると言った奴だ。
玄関に行きドアを開ける。
正面に立っている人物は前よりは少しはマシな格好をしているお嬢…その後ろに隠れているように立っている人物が一人いる。
そいつはサングラスとマスクを付けた…一瞬不審者と思ってしまう様な格好をしている。
「よぉ、久しぶりだな。心愛」
「…ほ、本日はお日柄もよく…お兄様…」
お兄様って何?
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