蒲焼さん太郎ってどこで買えたっけ…?

「あらあらまぁまぁ…! ちょっと愛人、今すぐその子を私に紹介しなさいな。他人に対して警戒心が強い貴方の対人バリアを貫通するなんて珍し過ぎますわ!」


「…ちょっと、ちょっと待ってな? …今先輩に事情の説明するから…少しそこで待っててくれ」


頭を少し悩ませながらお嬢に対してそう言う。


「む、そういえば人見知りがどうとか言ってましたわね…いいでしょう。手早く済ませなさいな」


お嬢はこういう時は素直に言葉を聞き入れてくれる。…が、最初に決めたことは絶対にやり通す人間でもある。

今回の場合だと自分を先輩に紹介する…という前提は絶対に崩せない。


玄関ドアを閉めて先輩の下へ…先輩は何やら狼狽した様子で俺のことを見ている。


「な、名取くん…? い、今の人は…?」


「あー…自己紹介は後で本人がすると思うんで今は省きますが…アイツは俺の中学時代の友人です。見た目とか言動は結構アレですが、普通にいい奴ですんで…」


いい奴なのには変わりない…だがアイツは本当にキャラが濃過ぎる。人見知りの先輩が急に会えばビックリしてしまうだろう。


「多分夏休みに入って遊びに来たんだと思います。以前に生活が落ち着いたら遊びに来いって伝えておいたので…んで、今そいつが先輩に会いたいと言って聞かなくてですね…申し訳ないんですが、その…悪い様にはさせないので会ってもらえないでしょうか?」


本当なら無理矢理にもお嬢を帰らせた方がいいとは思うのだが…お嬢には色々と返し切れない恩があるからな…そういうこともあってお嬢の頼みを無碍にはしにくい。


無論先輩がどうしても無理だというのなら先輩の方を優先させてもらうが…どうだろうか…?


「…う、うん。わかった…私もさっきの人について少し気になる…かも」


先輩のその言葉に胸をほっとさせつつ、俺は再び玄関の扉を開いた。




「自己紹介が遅れましたわね。私の名前は金ヶ崎綾華、愛人の中学時代の同級生ですわ」


「わ、私の名前は及川穂希と言います。…な、名取くんと同じ学校で、一つ上の学年です…」


お嬢を適当な場所に座らせ、取り敢えず二人にお茶を用意する。その間に二人は自己紹介をし終えた様だ。


「んで、いつでも来てはいいとは言ったがなしてこんな急に? せめて前もって連絡を入れるとかしてくれよ…」


前もって連絡することは社会人として必要なことだぞ…いや、別にお嬢は社会人じゃないのだが。


「私もそうしたかったのですけど、生憎と今は携帯電話を所持していませんの。ほら、お金が勿体無いですし。今のところ携帯電話は彼が普段使いしていますわ」


「あー…」


確かにそれなら仕方ない…か? いや、それにしても別の手段で連絡する方法はあっただろうに。

…いや、もう聞くのはよそう…あんまり気にすると禿げるからな。


「…あの、少し聞きたいことがあるんですけど…いいですか?」


先輩は少し緊張した様子だ。…無理はない、こんな言動している奴身近にはいないだろうしな。


「あら、この中で一番の年長者は及川様なのですから、無理に敬語を使う必要はありませんわよ?」


「…う、うん…それじゃあ遠慮なく…。あ、えっと…金ヶ崎さんも気にせず自然体で話してね?」


「承りました」


その返事に先輩は絶妙に微妙そうな顔をする。…ちょっとフォローを入れるか。


「…まぁ、お嬢にとってはこの言葉遣いがデフォルトなんで…あまり気にせず接してやって下さい。本人は至って真面目なんで」


「あら失礼ね…」


お嬢からのキッ…! とした鋭い目線を貰ったところで…先輩が聞きたいこととはなんぞや?


「あ、あの…名取くんと金ヶ崎さんは中学時代から仲が良かったりするのかな…? も、もしかして…彼氏彼女だったり…?」


その言葉を聞いて少しポカンとする。


お嬢と俺が彼氏彼女? …つまり付き合っているかどうかという話か?


……

………はっ!


「……今まで考えたことがない様な言葉が出て来て少し頭がフリーズしちまったな…。おいお嬢、俺らって付き合ってるっけ?」


「馬鹿言うんじゃありませんの、私にはそれはもう大切な生まれる前からの婚約者フィアンセがいることは貴方もご存知でしょう? わかりきっていることを茶化さないの」


「へーい…」


割とマジトーンで怒られてしまった。すまんすまん。


「先程愛人にも言った通り、私には婚約者がいまして…その方以外の殿方とお付き合いをする予定はありませんの…それと最初の質問の答えはYES…ですわね。愛人との仲は中学時代からですわ」


「そ、そっかぁ…!」


先輩はお嬢の言葉を聞くと頬を綻ばせる様に微笑みを浮かべる。


「…あ! え、えっと…今の質問に別にその…他意はなくて…もし二人が付き合っていたら私はお邪魔かなぁ…なんて思ったから…」


…が、それも一瞬、すぐさま取り繕う様に慌てた様子で何故か弁明の様なものをした。


「ほう?」


「…へぇ?」


だが、その弁明の意味を考えてみると、確かに理解出来る。

先輩は気遣い屋さんだ。なので例え先輩に他意はなくても彼氏持ちの男と2人きりの状況にいるというのは彼女さんに悪いと思ったのだろうな…流石は先輩、心が清らかだな。


先輩の清らかな心に清涼感を感じていると、何やらお嬢がにまっと顔を歪めている。どうした。


「…もしかして、及川様はこの鈍感の事が?」


「っっ…!」


鈍感? 急に誰のことを言ってるんだ?


二人を交互に見比べてみるが、先輩は少し図星を突かれたかの様な顔をしている。…なんか俺はそっち除けで話が進んでるっぽいな。


「…あら、その反応は本当に…。…愛人、少しお使いを頼みますわ。蒲焼さん太郎を買って来なさい」


「え、蒲焼さん太郎?」


蒲焼さん太郎って…アレだよな? 駄菓子のやつだよな…それを買ってこいと? え、今?


「ほらほら、早く行った。これで買える分だけお願いします。お釣りは取っておきな……やはり後で返して下さいまし…」


お嬢は懐から五百円玉を取り出し、惜しみながら俺に渡す。…うーん、俺からしてみれば普通の五百円だが、お嬢にとってみれば大金だな…。


「あー、いいよ今回は俺の奢りだ。…取り敢えず蒲焼さん太郎を買ってくればいいんだな?」


取り敢えずお嬢から渡された五百円玉を突っぱね、財布を持って外出の準備をする。


「…ふふ、我ながら惨めですが…貴方の心遣いに感謝しますわ」


お嬢の金銭状況は大体把握しているからな、無理していることぐらいわかる。


「へいへい、んじゃ行ってくるわ。…あ、何もしないとはわかってるけど、先輩に粗相したらマジで許さんからな? 覚えとけよ?」


一応最後に忠告をば、お嬢に限ってそんなことはないとは思うが…一応な?


「わかっていますわ。ほら、行った行った」


「へーい」


お嬢は言った言葉は絶対に覆さない…ならこの言葉も信用していいだろう。

その他には特に心配することはなく、先輩に一礼してから俺は玄関の外に出る。

……蒲焼さん太郎ってコンビニで売ってたっけな…?




「さて、邪魔者には少し退散していただきまして…及川様? 今一度ご確認を…本当にあの鈍感…愛人のことが好きなんですか?」


「……えっと、その…は、はい…そう、です……」


及川穂希のその言葉を聞くと、金ヶ崎綾華の視線が少しだけ鋭くなる。


「何故…とは問いはしません。あの男は無自覚にいろんな女性や男性を惚れさせますからね。それが友情的か恋愛的かはともかく、確かに愛人は人の心を揺さぶる…だから貴方が愛人に想いを馳せるのも理解出来なくはありません」


その言葉を聞く少女の顔は驚愕というよりは納得という表情に落ち着いていた。


「………やっぱり、名取くんっていろんな人からモテるんだね…」


「えぇ、でも愛人は至って真面目にそういう意図を持って行動しているわけではありません。…そも、愛人に恋愛感情とか、そういう他人を求める機能はとうの昔に壊れきっています」


「壊れきっている…?」


その不穏な言葉に少女は眉を顰める。その反応を気付かないふりをしているのか、それとも本当に気付いていないのか…金ヶ崎綾華は言葉を続けた。


「…悪いことは言いません。今すぐその恋慕を胸に仕舞い、別の恋を育みなさい。…そうでなければこの先きっと辛い思いをしますし、愛人も傷付かずに済みます。…正直そちらの方が時間を有効に活用出来ます」


だから諦めなさい…と、金ヶ崎綾華は暗に伝えた。

少女はその声に自分と青年の両方を心配する様な雰囲気を感じ取っていた。だからすんなりとその言葉が真実なのだろうと信じることが出来た。


故に、少女は目の前の少女に言葉を返す為に…弱気な自分を一時的に封じ込める。


「っ…───」


その覚悟の声は、青年にはまだ届くことはなかった。

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