少女を迎える
家に人を招くのはこれで何回目だろうか?
あまり家に友人を呼んだことがない俺にとって、他人が自分の家にいるというのはちょっとした珍事だ。
いや…ほら? 実家の方だと母親と元友人がイチャコラしているので人を呼べるわけがないんだよね…。
ちょっと前まで約一名を招いたりしたが…あれは招いたというよりは保護したという感じが気がする。その後も一ヶ月弱泊めたしな…その時に家事とか色々教えたし、下宿といっても差し支えないかも。
なので、友人を家に呼ぶ…というのは今回が初めてな気がする。
「ここが俺の家です。何にもないところですがどうぞゆっくりしていって下さい」
「お、お邪魔します…」
客人用に揃えたスリッパを先輩の前に差し出す。俺? 俺は勿論裸足(靴下は履いている)だが?
昔からスリッパを履く習慣がなかったのでそれは仕方ないと言える…が、他の人はそうじゃない可能性もあるので用意することにしたのだ。
実を言うと高嶺が家に来るまでスリッパなんて用意してなかったのだが、あいつはどうやらスリッパを履く派の人間らしくスリッパがないと言うと少しだけしゅん…とされてしまった。
なので仕方なく客人用にスリッパを幾つか買った次第である。よ、余計な出費ががが…。
「わぁ…ここが名取くんのお家なんだね…とっても綺麗」
「家は清潔にしたい主義なんで…んで、何します? というか何故に俺の家に?」
そう言えば具体的に何をするかを聞いていなかったので今聞いてみる。
「あ、特にやりたいこととか用事とかはないんだ。…ただ一緒に遊べないかなって」
ほぉ! それはいいな。
…けど、我が家には遊びに使えるゲーム機やら何やらはないんだよな…こう、ゲームをする習慣がないというかなんというか…。
「あー…実は俺の家にゲーム機とかなくて…」
なのでそう言う。…うーむ、折角来てもらったのに何も出さないのは申し訳が…。
「そうなの? …それじゃあ私のやつでやる?」
先輩は自分のカバンを取り出して何やら幾つもの道具を取り出した。…WHY…?
「何かモニターとかあるかな? それがあれば大きな画面で出来るんだけど…」
「あー…そこのパソコンはどうすか? HDMIの接続は一応出来るんですが…」
「それなら平気かな…えっと、これをこうして……」
何でそんなものを学校に? とか、どうしてコントローラーが二つもあるの? とか、まぁいろんな疑問はあったが気にしないことにする。
今は先輩がゲーム機を持っていたということでいいじゃないか、別に俺に不都合なことは何にも起きてないんだしな。
「…うん、繋がった。…名取くんはどんなゲームがしたい? 結構いっぱいの種類があるから大概のジャンルは制覇してるよ…!」
どうやら先輩はゲームが好きらしいな。顔つきがどんどんキラキラとしたものになってきている。
「…じゃあ、対戦ゲームとかありませんか? あんまやったことがないジャンルなんで先輩が楽しめるかは別ですけど…」
実は子供の頃からやってみたいとは思っていたのだ。しかしながらやる友達もなし、なんならゲーム機も持ってはない…なのでやる機会がなかった。
昔の俺は家でゲームをするというより外で遊ぶ方が好きだったからな。そしてゲームに興味を持つ頃には家に両親は基本的にはいない、もしくはよろしくヤッている…まぁ、なのでゲームがやりたいなんて希望は言えなかった。それが言える程我儘ではなかったのだ。
なので、正直腕前としては初心者も初心者…経験を積んでいる先輩と遊ぶには役不足に過ぎる気がする。
…別のゲームを言えばよかったな。…幼少の頃の記憶に引っ張られ過ぎたか。
「えっと…すみません…やっぱ別のやつを…」
「対戦ゲーム…いろいろあって難しいね。具体的にはどういうやつかな? レースゲーム? それとも対戦アクションゲーム…? それとも格闘ゲームかな」
「………」
先輩は何も不満な顔をせずに俺の言葉に真剣に悩んでくれていた。いろいろなゲームを実際に見せてくれる。
「うーん…ここは私のチョイスの見せ所だね…。…よし、これならどうかな? …名取くん?」
「…いえ、先輩のチョイスなら間違いなし…! …ですね」
戸惑った様な先輩を誤魔化すべく、そんなことを言ってみる。
おそらく先輩にとって俺がゲームが下手とか上手いとかどうでもいいのだろう。
きっとこの人は上手い、下手に関わらず一緒に楽しんでくれる人だ。
先輩がそういう人ということは知っていただろうに…何故俺はこうも物事を悪く考えるのか。
「名取くんは初心者なんだよね? だったら操作方法の説明からしよっか」
「お願いします」
ゲームが起動し、盛大な音楽が俺達を出迎える。
コントローラーを握るという慣れないことをして、目の前の画面を集中して見る。
きっと、この後の時間は楽しみに満ち溢れているだろうと簡単に想像出来るのであった。
─
カツンカツン…と、一人の靴音がそのマンションの廊下に響き渡る。
その足取りは優雅そのもの、小刻みよく鳴るその音はその人物の美しい所作をありありと示している。
「えぇと…愛人が住んでいるのは確かこの部屋でしたわね…」
毛先をくるんとロールし、その姿はまさに高貴なる者と言うに相応しい…ある一点を除けば何処ぞの金持ちの令嬢と言っても差し支えのない佇まいをしている。
その少女はサイドポーチから一つの丸い輪っかを取り出し、それを部屋のドアに数回軽く打ちつける。
「もしー! もしー! 愛人、今家にいるのですかー?」
ドアの横にあるインターホンを使う素振りは全くなく、その輪っか…高級そうなドアノッカーを叩き続けると、そのドアがようやく開かれた。
「…近所迷惑だからそれやめてくんね? …というか急にやって来てどうしたんだよ、お嬢…」
心底迷惑そうな顔でその青年…名取愛人はその少女を出迎える。
「夏休みということで少しばかりバカンスに来ましたの、ご迷惑でなくて?」
高貴そうに見える少女は全く悪びれることもせずにそう言い切る。それに対しての青年の反応は若干渋いものとなっていた。
「…いや、まぁいつでも来ていいとは言ったけどな? …今他に人が来ていて…」
「あら! 愛人にご友人が? …それならそうと早く言いなさいな! それならこんな格好をせずにもっとちゃんとした格好を致しましたのに…」
その佇まいだけが高貴な少女の服装は高貴とは全く言えないものだった。
野暮ったいジャージの上下、頑丈で使いやすそうではあるが既にボロボロになってしまっているサイドポーチ…どう見ても困窮した者の姿である。
しかしながらその佇まいだけは高貴な人間そのものなので、正しく背叛する二つの属性が統合された様な少女であった。
「いったいどんなお人ですの? 早く挨拶をしたいのですが…」
「いや、その人はちょっと人見知りというか何というか…」
「名取くん、お客さんが来た、の…?」
青年の遥か後方、玄関ドアには全く近付かず、リビングから顔だけをその少女は出し、恐る恐る青年に声を掛ける。
その言葉は最初は不安に満ちていたが、青年の向こうにいる少女を見て閉口してしまった。
そのやって来た少女は青年の顔と背後にいる少女をマジマジと見比べると…。
「あ、愛人が女の子を連れ込んでいますわぁ!!! やるじゃありませんの…!!」
「……はぁぁぁぁ…」
大きな声でそう言う少女に、青年は溜息を深くして眉間の皺を指で押し込むのだった。
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