元通りになるだけだけども、どこか少しだけ名残惜しい
そこから数日、怒涛の日々が過ぎた。
病院に行って傷を治療して、警察に起きたことの事情をさらさらーっと説明した。
事情聴取の途中、何で学生の君があんな場所にいたの? と聞かれたが、親父の会社の見学をしていたんですと言えばそれだけで終わった。ぺ、甘ちゃんが。
そこからどうしてあんな状況になったのかも聞かれたが、これに関しては上手く誤魔化した。えっとなんて言ったかな…もう覚えてねぇや。どうでもいいことはすぐに忘れる様にしてるんだ、俺は。
他にも様々なことを言いくるめ、結果的に多少疑念の目で見られたが、刺されたのは事実だし…ということでなんとか許された。甘ちゃんが(二回目)
あ、警察と言えばあの男はあの後普通に捕まったとのこと、こういう時の警察は凄いよな、絶対に対象を逃したりしない。
男は結果的に殺人未遂及びその他の余罪でしょっ引かれることとなった。まぁその辺は詳しくは聞かないことにした。…あんま人様の事情に首を突っ込んでも…ね? 俺はあくまで巻き込まれた一般被害者ですので…。
病院には入院せず、さっさと家に帰った。毎日の消毒を欠かさなければ刺し傷であったとしても入院する必要はない(俺基準)。
そんな傷を気にするよりもやらなければならないことがあるのだ。
それは……。
「荷物はこれで全部か?」
「…はい」
決して多くはないが、少なくもない荷物を段ボールの中に纏める。
高嶺の親父さんについての問題は解決した。…それはつまり、もう高嶺が俺の家に滞在する理由はなくなったということでもある。
高嶺の親父さんは高嶺母も妹も実家から呼び戻し、少し荒れた自身の家を片付け…ようやく昨日俺達に連絡してきた。もう家に戻っても大丈夫ですよ…ってな。
正直もっと早くに呼び戻せとは思ったが…どうやら高嶺には既にそのことを話していたらしいが、高嶺がここにいると固辞したらしい。
その理由としては…。
「…名取さん、まだ傷が治ってないんですから…手伝わなくてもいいんですよ?」
「気にすんな、俺がやりたくてやってるだけだ。お前の看病のおかげで傷の痛みも殆どないしな」
どうあっても俺の看病をすると決めていたかららしい。
病院から帰り、入院していないことを何故か怒られて、それに対して反論された時にそう決めたとのこと…。
入院しないのならせめて…と、身の回りの世話をさせて下さいとその時に頼みこまれた。
ぶっちゃけ看病の降りは本気で嫌だったが…まぁ最後ぐらい好きにさせてやるかと甘い顔をしてしまった結果がこれだ。ざけんなよ帰れるのならさっさと帰っておけよ。
…まぁ、楽に生活出来たのも事実だから別にいいかという気持ちもある。
俺が教えた家事技術も全て自分のものにしたらしい…その間ずっと完璧にこなしていて、もう俺に教えることはないと言える程の出来栄えだ。
「……やっぱりもう少し看病を続けさせて下さい…っ! …せめて傷が完治するまでは…」
「もうええて、それを言ったらキリがないからさっさと帰る帰る。傷ならもう殆ど完治してるからもう看病しなくても平気だ」
「…むぅ」
不満そうな顔、…むぅってなんだよ。
取り敢えず高嶺の言葉を全て却下し、段ボールに紙テープを貼る。
「ほい、これで終わり…確か下に親父さんが待機してるんだったな…そいじゃさっさと下に運びますか…」
ひょいっと段ボールを持ち上げる。割と物を詰めたから結構重い。
「あっ! 私が持ちます!」
「いいよこんぐらい、軽いもんだ…それより両手が塞がっているから先行してドアを開いたりエレベーターのボタンを押したりしてくれるとありがたい」
気遣いを遠慮して代わりに別のことを頼む。高嶺は渋々ながらもその言葉に従った。
高嶺の後ろに続き家の外に出る。…会話がなくなった。
俺自身は会話を楽しむタイプではないので別にいいが…それでもなんとなく気にしてしまう。
高嶺がエレベーターのボタンを押した。どうやらエレベーターは一階に停まっているらしく、少しだけ手持ち無沙汰だな。
「…結局、私は迷惑を掛けっぱなしでしたね」
エレベーターが上がり、この階に到着する直前、高嶺がそんなことを言う。
「最初の時もそう、…ナイフで刺された時もそう…私は、貴方に痛みしか与えませんでした」
二人でエレベーターの中に入り、高嶺が一階のボタンゆっくりと押す。そしてそのまま手を力なく下ろした
閉まるのボタンを押していないのだからエレベーターのドアはまだ閉まらない、けれど時間経過で勝手に閉まる様に設計されているからエレベーターのドアは一人でに閉まってしまった。
「……そのお詫びをしようと思っていましたが…結局私は貴方の力を借りてしまっている。…自分のことが情けなくて仕方ないです」
エレベーターがゆっくりと下がっていく。…このマンションのエレベーターは動きが異様に遅い。一つ下の階に辿り着くのに五秒以上掛かってしまう。
だから、一階に着くまでに一言程度なら伝える時間はあるだろう。
「別に迷惑を掛けっぱなしってわけじゃねぇよ」
「え?」
この約一ヶ月間、確かにこいつは俺に様々な厄介事を押し付けて来た。…こいつがいなければ俺はもっと楽な過ごせていただろう。
…これを認めるのはぶっちゃけ嫌だし、言いたくはないが…まぁ、最後ぐらいは素直に伝えてみるとしよう。
「お前がいたこの一ヶ月、最初はお前のことなんか大っ嫌いだった。いきなり腹立たしいことを言って来やがったなとムカついた」
「ウっ…その節は本当に…」
「でもな、過ごしているうちに段々とお前の事情を知って、悪いことしたなって思って…そっから見方を変えてお前と接しているとな? …まぁ、この生活も悪くないと思えた」
俺は一人でいることが好きだ。…けれど別に一人じゃない時が嫌いというわけでもないんだ。
家に誰かがいて、簡単に雑談出来て…ちょっとした言葉にも返してくれる存在というのは存外心地よかった。
「お前がいたこの一ヶ月、悪くなかっ……いや、うん。…楽しかったよ」
「名取さん…」
どうして俺はこう意固地になってしまうのか…。
だがなんとかその言葉を言えた。やるじゃん、俺。
「だから迷惑ばかり掛けたなんて言うな、俺は俺で楽しかったからよ。…けど、それでも俺とお前はやっぱり他人で、このままの関係を続けるのは流石に不健全だ」
エレベーターが一階に辿り着く。ドアが開いて俺達は外に出る。…少し多く喋りすぎているが気にせず続ける。
「今まではお前の身が危険という理由でお前を俺の家に匿った。…けど、俺は所詮高校一年のガキで、お前も同じ子供だ。…いつまでもその生活を続けることは出来ないし、俺自身もしたいとは思わない」
既に脅威は取り払った。もう高嶺を脅かす者はいない。
だったら、この捻れた関係も元に戻さないとな。
「お前自身も本当はこの関係を続けるべきじゃないって思ったんだろ?」
「…それは、…はい」
玄関ロビーを進んでマンションの出入り口へ。…この生活の終わりが近付いている。
けれどそれはきっと喜ばしいことだ。…こいつにとって、俺にとっては…両方にとってもいいことだ。
ただ少しだけ…この楽しさが名残惜しいとは思うけれどな。
「…お前には帰る家がある。大切な家族がいる。…だったらちゃんと帰らないと、…自分の身を危険に晒してまでも家族を助けたかったんだろう? そこまでするほど家族が好きなんだろう? …それなのに俺への配慮で家族と過ごすことを我慢し続ける必要はない…もういいんだ」
こいつも本当は家に帰りたかったのだ。
大好きな家族と一緒に暮らしたかった。けれど俺に迷惑を掛けたという認識がその感情を堰き止めてしまった。
…なら、もう解放してやらないと。
「別に我慢して名取さんと過ごしていたわけではありませんけど…」
しかしながらまだ強情にそう言いやがる…なんとなく高嶺らしいとそう感じた。
「言葉の綾だよ。…まぁなんだ、…家族と仲良くな、達者で過ごせ」
だからそう言う。…最後の見送りくらいは譲ってやってもいいだろう。
「──はいっ…!」
いい返事…うん、もう大丈夫そうだな。
「今まで助けてくれてありがとな、…これからは家族の為に頑張ってくれ」
「私の方こそ…本当に、本当にありがとうございました」
そうして、そんな言葉を言い合って俺達はマンションの出入り口を通り過ぎていくのだった。
─
そうして長きに渡る高嶺の事情を片付けた。俺も普通の学生としての生活を取り戻しつつある。
最初の数日は慣れ始めていた甘い匂いともう一人との生活の名残が残っていたが、それも数日が経つと段々と薄れていって、今ではもう殆ど残っていない。
俺達の学校は完全にテスト期間に入り、俺は学生らしく勉学に励んでいる…が、どうにも集中出来ない。
非日常を終わらせた弊害か、頭がそれ用の頭になっている。…これは少しばかり意識を変えなければ。
最近忙しかったということもあり、ちょっとばかし勉強が疎かになっていた自覚がある。
これは不味い、ちょっと不味い…流石にテストで悪い点を取るのは嫌だ。俺のプライドがちょっと傷付く。
「なんとかこの遅れを取り戻さないと…」
その方法をうーんと悩んでいると…天啓が降り立つ。
「そーだ! 栞ちゃんに勉強を教えてもらおう!」
勉強に困ったらいつでも頼ってねと前に言われたし、久しぶりに話もしたかった。
パソコンを起動してとあるコミュニケーションサービスを起動。普通の電話だとお金掛かっちゃうからね。
メールで助けてくれーと送信してそのサイトのリンクを貼る。あ、向こうからオッケーって感じのスタンプが返って来た。よしよし。
「ふふふ、栞ちゃんパワーで他の奴らを全部抜き去ってやるぜ、ガハハ!」
『もう繋がってるよー、悪いこと考えてんねぇーお兄ちゃん』
いつの間にか繋がった通話先からの一言、お兄ちゃん言うな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます