俺にとっては完璧な大団円
(いてぇイテぇ痛ぇ…っ)
わかっていたことだがとても痛い。何回食らってもこの痛みには慣れる気がしない。
人間は簡単に死ぬ生き物だ。ファンタジー小説のようにザクザク斬られたり刺されたりしたらすぐに死んでしまう。現実はそう甘くない。
これが普通の長さの包丁とかナイフとかだったらこんなにも冷静に痛いと思うことすらできないだろう。というかそもそも作戦に組み込んだり出来ない。
これはあくまでペーパーナイフだからやったことだ。
ペーパーナイフ、それも刃渡が普通のペーパーナイフよりも短いものを用意した。丁度内臓に届かない程度の長さだ。
それでも痛い、本当に痛い…だが、それでも身を削った甲斐があったというものだ。
今もペーパーナイフを押し込もうと力を入れている男を退かし、俺は出入り口のドアを大袈裟に開く。
「い、いてぇ!!! さ、刺された!! 誰か助けて下さい!!」
馬鹿デカい声で叫ぶ。そうするとあら不思議、なんだなんだと周りに喧騒が蔓延ってくる。
「…!? あ、あ、ああぁぁあ…!!??」
自分のやったことをようやく認識したのか、男は弾ける様にその出口から出て行った。
……これで殺人未遂の罪で豚箱、余罪で何かしらあるかもしらんが…もうどうでもいいや。
「……はぁ」
……気分が悪い。
相手は人の人生をめちゃくちゃにしようとした人間だ。正直同情を感じる様な相手ではない…けどなぁ…。
それでも少しだけ哀れと感じてしまう。自業自得としか思えないが、それでも最後のあの姿を見てしまうと…どうにもな。
多分その手引きをしたのが自分だからだろう。そして所詮俺は被害を被っていない部外者だからそう感じるのだ。
もし、俺がこの件に何の関与もしていない当事者じゃなかったらさっさと地獄に落ちろやカスとでも思ったんだろうな。そう思いたかったよ。
別に冤罪を仕掛けたわけでもないのに、今の行動自体は100%あいつの意思で引き起こした事なのに、どう考えても全てあいつの自業自得なんだけど…でもそう誘導したのは俺なんだよな…と、ままならない感情を抱いてしまった。
…思考に耽っていて忘れていたが、今もドクドクと血が流れている。…こりゃさっさと病院に行かないとヤバいかもなぁ。
まぁペーパーナイフが蓋になっているからそこまでブシャーって流れているわけじゃないけどな、刺された場所も動脈とかからも離れている…まぁ軽傷か、軽傷だな。やっぱそんなに気にする必要はないわ。
「愛人…ッ!!」
おっと、全て終わったことを察したのか親父がやって来た。あ、そうだ…盗聴器の回収をしておかないと…。
もし警察がこの部屋にやって来て盗聴器を見つけてしまったら印象が悪くなるからなぁ…結託してあの男を嵌めたと思われるのは流石に不味い。
机の上にある置物をそっと懐の中にしまい込んだ…後は親父達に口止めだな。
「何故こんな危険なことを…! い、いや…それよりも救急車を呼ばなければ…!」
「救急車ぁ? 要らないよそんなもん、こんなのは軽傷だ。病院には歩いて向かうから問題ない」
わざわざこんな傷のために忙しい救急隊員を呼ぶのは忍びない。唾つけとけば治るとまでは言わないけどな。そんな迷信に頼っても意味なかったし。
「あ、親父…今の話だけどもし警察に話すのなら盗聴器の件は黙っておけよ? わざわざこっちが不利になることを話す必要は……」
「そんなことは今はどうでもいい! 早く病院へ…っ!」
取り付く島もないな…そう言うのならさっさと行くとしますか。
「あいあい、んじゃちょっくら行ってくるわ…後は任せたぜ。……近くに病院あったっけか…?」
近場の地図を頭の中に展開する。…ふむ、割と近辺にあった気がする。
「あ、愛人…っ!」
背後の声に振り返ることはせずに、俺はひらりと手を適当にあげてその場を後にする。
さて…と、親父の会社を出て少し一悩み…どうやって病院に行こうか。
歩いて向かうのは少しめんどいし、電車を使うのもなぁ…この状態で公共交通機関を使えばちょっとした騒ぎになるだろう。
…それはちょっとヤバいよな…しゃーなし、多少はめんどくても歩いて向かうとしよう。
「名取さん…っ!」
「ん?」
さっさと結論を決めたところでそんな声が響く。
今日は何だか勢いよく名前を呼ばれることが多いなぁ…声的にあいつか。
「よぉ高嶺、…と、…もしかして高嶺の親父さん?」
振り返って声の方向を見てみると二人の人影が近付いていた。一人は見知った顔、高嶺で、もう一人は知らないすんごいイケメンな人だ。
「お疲れさん、これで大体の解決は出来たな」
「そんなことは今はいいです!! お父さん…!」
「わ、わかった…!」
高嶺の親父さんは酷く顔がやつれている。…おいおい、そんなお父さんを無理させるもんじゃないぞ?
親父さんは急いで何処かに向かって行った。…高嶺はその場に残って俺の傷を見て顔を歪ませていた。
「こ、こんなに血が出て…っ」
「あんま普通の子がこんなグロいのを見るもんじゃない。目ぇ離しておきな」
善意で忠告をする。こんなの現実で見てもトラウマになるだけだと思うからな。見たくないもんは見ない方がいい。
「…な、なんでそんなに平然としているんですか!? こんなに血が出ているのに…!」
平然…まぁ、確かに平然とはしている。
普通の経験をしていればこんな傷も大惨事なのだろうが…俺にとってはこんなのは日常の一部だ。
……それに。
「…この程度の傷でギャアギャア騒いでいても、誰も助けてくれなかったからなぁ…結局は耐えることが一番自分を守れる方法だったんだよ」
「──っ…」
…少しだけ弱音が出てしまった。危ない危ない…。
痛みで少し気が滅入っているのかも、…最近はこんなふうに傷を負うことが少なくなっていたからな…少し痛みを遠ざけ過ぎたらしい。
高嶺の反応が少し鈍い…どうやら今の俺の言葉を聞いて思い悩んでいるらしかった。…別にそんなことする必要はないんだけどな。
「マぁ、アレだ。…全部経験だ。俺は昔からこういう生傷を貰うのは慣れているんだ。…つまり、俺はこんな傷を負っても平気な人間ってわけだ。…だからよ、別にお前が気にする必要はない。数ある選択肢の中で俺が選んだのはこの手だった…それだけの話だ」
もしかしたら、こいつは自分のせいで俺がこの傷を負ったのかと思っているのかもしれない。
自分の事情に巻き込んだせいでこうなったと…多分こいつはそう考えている。
…全く、どうしてそう考えてしまうのか。
あのペーパーナイフをその場所に置いたのは俺で、あの展開に持っていったのも俺だ。…そこに高嶺達が関与する隙は全くない。
「今はよ、取り敢えずこの結果で満足してくれや…例えお前からして見れば受け入れ難い結末だとしてもな」
俺からして見ればこれは…まぁハッピーエンドだ。
高嶺親子を助けられて、親父にも迷惑をあまり掛けないで…それでいてあの男を徹底的に潰すことが出来た。これ以上ない結末だと思う。
けれど、周りにとっては少し違うのだろう、あまり理解出来ないことなのだろう。…この結果の唯一の傷として俺がナイフで刺されたということが許せないのだ。
…作戦として組み込んだのだから俺にとっては予定調和なんだけどな。
要は俺と周りの人間とでは選べる選択肢の数が違う。
俺は俺の損害を勘定に入れてない、周りの人間はそれも勘定に入れている。俺にとってそれは当然のことなんだが周りがそれを受けいれようとしない。
多分おかしいのは俺の方だ。周りの反応の方が正しいのではないかと思う。
自分の身を犠牲に出来るという選択を持つ俺は異常者であると自分でも思っている。周りにこんな人間がいたら普通に引くと思う。
…でも仕方ないのだ。自分を守ったところで誰かを守れるわけではないし、そもそも自分の安全だけを考えて行動しても自分を守れなかった。そんな甘っちょろい考え方で生きていく余裕は俺にはなかった。
頭のネジをぶっ壊して、道徳心なんてゴミ箱に捨てて…自分の中の基準だけを信じてここまで生きてきた弊害が多分これだ。
俺は何処まで行ってもこの異常を直すことは出来ないのだろう…修正する為にはもう何もかも遅過ぎたのだ。
…って、何厨二的なことを考えているんだかな…恥ずかしい恥ずかしい。
「………」
「あー、そういや高嶺の親父さんは何処いったんだ? というかそろそろ病院に行っていい? 軽傷は軽傷だけど一応刺されているし…ぃ?」
と、羞恥心を誤魔化すべくそういった直後、一台の車がこちらに向かって来た。
その車はすぐ近くにある道路に停まり、窓から声が上がる。
「名取君! 聖! 早く…!」
中にいるのは高嶺の親父さん…あ、もしかして車を持ってきてくれたのか。
「……色々と言いたいことはあります」
高嶺は俺の体を支える様に高嶺の親父さんが用意してくれた車へと誘導する。
別に支えてもらう必要なんてないけど…体を預けておくとするか。
「…けど、けど……」
高嶺は今も足を動かしている。そうして俺を車に案内している途中…ふと、震える声でそんなこと言うのだ。
「……私達家族を助けてくれて…本当にありがとうございます…っ」
…あぁ、その言葉を聞けただけで満足だ。
理解とか、納得とかはさせてあげられなかったけど、それでもその一言を貰えてよかった…その一言で痛みとか少しの悩みとかも全て吹き飛んだ。
これで、何の不満もない結末に至れた。
俺は、この家族が持っていた尊いものを…守れたのかな。
もしそうなら…それこそ俺が目指した大団円…ってやつかな。
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