因果応報の原理
結論から言って、こいつの言うことは俺が想像していた通りのものだった。
本当に下らない…あぁ、正に俺が唾棄するべき理由だ。
「あの女はな…結婚する前まではこの会社に勤めていた。その採用面接官は私だ。…一目見て思ったよ。この女は私のものにするとな」
おそらくと言うまでもなく、こいつの高嶺母に対しての執着はそこからだ。…年に換算すると大体十年数年程度に換算出来る程深いものになっている。
それがどうした? という話だけどな。
「最初はよかった。あの女の教育担当となり、順当に仲を進展させていった。…しかし、あの女はいつまで経っても私に振り向かない…口説いても私が妻帯者であるというだけで全て不意にする」
こいつ、こんなことして結婚しているのか…。
つーか、妻帯者だから無理って言うのは当たり前だと思うのだが? そこら辺の感覚が麻痺しているのか…それとも女を性欲を満たす為の道具としてしか見ていないのか…発言からして十中八九後者だろうな。
「昇進させてやるとも、金をやるとも言った。だがそれに何の意味はなかった。あの女はな、美人という自分に胡座かいているんだ。でなければ私の言葉を断るわけがない…正真正銘頭が弱い女だ」
自己中心的でプライドが高い。…自分の言っていることが全て正しいと思っている…正に子供の様な大人だ。
「そしてあろうことに、あの女は別の男と結婚した。私がこれまで使ってきた時間と金を全て無駄にした。それでも私の想いは変わらなかった…あの女を手に入れる。それだけが私の望みだ」
常人ならそこで諦めるものを、諦めきれないからと永遠に執着する。少し前に出会ったキノコ頭と同じ様なことを言っている。
だが、その方向性は大分違う…あいつは諦めきれないからと周りを陥れたのに対し、こいつはあきらめきれないと本人を狙い続けた…その為にはどんなことだってしてな。
「あの男が邪魔だったんだ。無知蒙昧に私の女に手を出した…死んで欲しいほどに憎たらしい。…いや、死んでも許せない…だから徹底的にまでに苦しませたいのだよ」
苦しませる。
それは重要な商談を失敗させ負債を与える…のではない、それは単に苦しませる為の前提だ。
お前が今から言うことは簡単にわかる。…俺に対して意味など全くなかったが、それでも俺は一度
(「あの女とその娘を徹底的に犯し、それを奴の前に晒しあげる。そうしなければ満足出来ない」と、お前は思っているのだろう?)
自分の失敗のせいで妻が犯されている。それはどれだけ高嶺父の心を殺す事なのだろうか…。
そうだな、俺はあまりそれに感情移入をすることは出来ないが…それでも世界が終わるに等しい苦しみなのだろうと思う。
それを奴は与えようとした。さも、それが当然の報いだと、自分のモノを奪った罰だと曰う。
思考が捻れているとしか思えない。何故そんな飛躍した考えが持てるのだろうと本気で疑問に思う。
だが、その疑問は無駄なのだ。…だって、奴等の脳内ではそれが当然のことだから。当たり前のことを言っているのになぜ理解出来ないと逆に俺達の頭を疑う。
正しいか正しくないかなんてものは関係なく、自分の考えにそぐわないものを認めないという人間の悪癖…それが凝縮された様な男が目の前にいる。
キノコ頭の様に若干同情出来る要素など全くない、正真正銘のクズ野郎が目の前にいる。
「あの男にはお似合いだ。そもそもあの女はあの男には勿体ない…手の届く筈がない高嶺の花に触れようとした報いを受けただけの話だ」
…そういう相手こそ、俺が対峙するに相応しい。
「はっ! テメェのことはよーくわかった。…正に救いようがないクズだな」
「どうとでも言うがいい、私の感覚が貴様にわかるわけもないからな」
そんなものは知りたくもないしわかりたくもない。…そんな気色の悪い感覚を覚えてたまるか。
「報い? お前馬鹿じゃないのか? 一体自分をどんな存在と思っているんだ?」
そも前提からしておかしいのだ。
「人の意思はその人の意思でしか定められないものだ。お前がどれだけの地位にいたとしてもそれを歪めることは出来ない。お前がどれだけ金や権力を高嶺母に与えようともそれを高嶺母が受け入れなければ全てが無駄だ」
人間なんて優劣の差こそあれ、人間の価値自体は全て同一のものだ。
アイドルとファンも同じ人間だし、大統領や一般人だって本当は同じ価値の筈だ。それを肩書とか生まれ持った家柄とかやったことの成果で差別化しているに過ぎない。
それを尊ぶのは別に構わないだろう。例えば日本の象徴になっているお方とか…あの方達は象徴となる代わりに人生をそうであると定め、そう生きていく。それは尊敬出来る生き方であると思う。
それと、その地位に見合った存在が責任感を持って下の階級の者に命令を出すのもいいだろう。それが責任者の正しい形と言えるものだと俺は思っている。
だが、その地位の力だけを使い、不当に理不尽に自分勝手に他人の意思を歪めることは許されない。
少なくとも現代人がそれをしていいわけがないんだ…なんたって人間は奴隷制度からようやく離れたのだからな。
つまり、世界の常識が人々の価値を認めたのだ。法の下、人権という名で個人の価値は保証されている。…少なくとも日本という国でそれを一介の個人が歪めていい理由にはならない。
「受け入れられなければどんな手を使っても手に入れる? 頭に蛆が湧いてるのか? ア?」
気持ち悪くて仕方がない。どれだけ自分を上の存在と見ているのか…。
「そう考えるのならせめて自分の全てを懸けてから言えよ。妻帯者のくせに女を口説いていいわけがねぇだろうが、何自己保身してんだ、あ?」
全てを捨てて女を口説く…俺にとっては滑稽に見えるが、それでもそれだけの想いを有しているとは伝わる筈だ。
妻も地位も全て捨てて高嶺母を自分のものにしようとしたのなら気持ちは悪いが少しは納得出来た…けれどこいつは違う。
「お前は高嶺母を見ているんじゃねぇ、高嶺母のガワだけを見ているに過ぎない…個人を見ずに外見だけを見ても相手が振り向くわけがねぇだろうが」
外見から入るのは大いに結構。外見は人を好きになる重要な要素だ。逆に外見を全く気にしないまま好きと言うと何処か嘘臭く見える。
逆に内面だけを好きになったと言われても人は信じない。内面だけ好きになられてもじゃあ外見はどうなの? と思われてしまう。
一つだけに執心したらダメなんだ。それじゃあ相手の心は掴めない…人間は外見だけ、内面だけ好きになられても相手に好印象を抱かない人が多い。無論、そうだという人もいるけどな。
しかし高嶺母はそういう人間ではないらしい。自分を外見ばかり見ていて妻帯者もいる人とは付き合えないと暗に伝えたのだろう。とても常識的な反応だ。
暗に伝えたのは優しさというか、配慮なのだろうが…それは何の意味もない。特にこいつに対しては。
「当然の結果なんだよ、お前のそれは。蒐集品を手に入れることが出来ず、駄々を捏ねてそれを無理矢理奪おうしているゴミクズの理論だ」
つまり、こいつの脳内は性欲で染まり切っているということだ。…下らない、本当に下らねえ。何故そんな馬鹿な話を通せると思ったのか気が知れない。
…だからこそ俺は恐ろしい。
きっと、高嶺が行動しなければこいつの思った通りに事が進んだという事実が気持ち悪くて堪らない。
こんな人間の肥溜めの底のような人間性を持っている奴の思い通りに一瞬なろうとしたのだ。そして今もそれは継続している。
地位や金という力を使えばこんなことも通る。どんなことをしても金や地位がこいつを守る。…俺にとってはそれは許し難い悪が通ることと他ならない。
俺が目指した善と対極に位置するものが許される世界…これが俺の生きる現実だ。
…だから、俺はそれを否定する。絶対にお前の思い通りの世界にしてやらない。
「お前にはやったことに対しての報いを受けてもらう。我ながら相当に傲慢な言い方だが…これはお前が高嶺父に言ったことだよなァ?」
因果応報、いいじゃないか! 大いに結構! お前が高嶺父に報いを与えたと言うのならそれでもいいだろう。
だが…そのルールに自分を含めない…なんてことは言わないよな?
「それがなんだと言うんだね? 報い? そんなものを私が受けるわけがないだろう?」
俺の口調が荒くなり、感情をヒートアップさせていると奴は思っているのか、足を少しずつ後ろに下げている。
人間は熱くなれば視界や認識力が狭まる。だからわざと俺を煽ってイラつかせようとしているのだろう。そうやって俺の動きを誘導してこの部屋に閉じ込めようとしている。
こいつが一番警戒しているのは俺が持っているであろうボイスレコーダーだ。これまでずっと狡知を尽くしていたこいつがその可能性を見逃す筈がない。
それでもこんなにペラペラ自分のことを喋ったのは俺から冷静さを奪う為…だからあんな巫山戯たことを言っている。…マ、実際に今の話に嘘はないだろうけどな。
…俺がその意図に気付いていないとでも思ったか? …自慢じゃないが、俺は芝居はなかなか得意なんだぜ?
今まで自分のありとあらゆることを取り繕ってきたんだ。…目の前の相手を騙すことぐらいわけないさ。
「……あぁ、そう言えば言い忘れていたことがあったな」
それにもう俺が仕込んだ毒は既に回りきっている。…今もこの部屋にいる時点でお前の勝ち目はなくなっている。
「実はな…この部屋には盗聴器が仕掛けてあるんだ」
かるーくそう言う。目の前の男はそれがどうしたとでも言いたげな顔をしている。…さぁ、ここでネタバラシだ。
「二日前にこっそりと…会社員が全て出払った深夜に仕掛けさせてもらった。…ちゃんと、部屋の主に許可を貰ってな?」
「部屋の主の許可? 馬鹿か? この部屋の主は名取社長だぞ? ただのガキが忍び込める………………ハ?」
ははは! とうとう気付いたな! 俺の正体に。
男の顔が青ざめる。あれ程自信満々と喋っていたのに急に口を閉ざした。…そうだよなぁ! 思いつきもしないよなぁ!!
まさか社長室に盗聴器が仕掛けてあると思う筈がない。お前の意識は全て俺の手にあるボイスレコーダーに向いている。俺がそう向けさせた。
想像も出来ないだろう。この部屋に自由に出入りできるのは社長や会社員だという認識がお前から盗聴器という選択肢を消した。…そうだ! 俺の親父は…。
……ははは、今更ながら自己紹介をしておくとしよう。
「今更ながら名前を名乗ろうか…俺の名前は名取愛人、名取コーポレーションの社長、名取誠司の息子をやらせてもらっている」
男の顔が盛大に歪んだ。
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