脅しは迅速に計画的に、確固たるものと一緒に

「本音? なんのことだね…それに潜伏なんて立派な不法侵入じゃないか、…さっさと警備員を呼ばせてもらうとするよ」


「おや、いいのか? ンなことして…俺はお前の知りたがっている情報…例えば高嶺聖が今何処にいるかも知ってるんだぜ? そんな貴重な情報源を追っ払ってもいいのかな? 場合によっちゃ教えてやってもいいぜ?」


コイツに対して下手に嘘を言うとすぐにバレる。だったら真実を織り交ぜて言えばいい。実際俺は今高嶺が何処にいるか知っているしな。


「さっきから何を言っているんだ? 馬鹿馬鹿しい…社長がいないのなら私は失礼させてもらうよ、知らない部外者君」


だがしかし、流石にこいつは引っ掛からなかった。まるで平然とそう言い切ってみせる。…ここまでは予定通り。


「あぁそう? …それじゃあ仕方ない。どうあってもお前にとって俺が部外者で他人だと言うのなら、今から俺がする行動をお前に止める権利は無くなるよなぁ?」


ここで、唯一の切り札を出す。


この男と対峙すると決めたはいいものの、俺はこいつに対して何の武器も持っていなかった。


暴力は無駄、むしろこちらの立場が悪くなる。適当に理屈を捏ねて喋っても簡単に受け流されるだろう。


こいつに対して何かをするのならば、絶対的なまでの弱みを握る必要がある…それをこの三日間で探し続けた。


高嶺の家に侵入した件はどうやら屁理屈を捏ねて正当化させている。高嶺親子に言ったことも適当に誤魔化される。…だが、俺は見つけた。

こいつに対して絶対的に使える手…それを見せたら必ず俺の話を聞かざるを得ない状況にする為の秘策。


多分、高嶺を逃した時以来にこいつが起こした失敗…それを俺は突きつける。


『誰だ? 貴様…ただの通行人なら放っておいてくれないか? 彼女は私の娘だ。ずっと家出をしていてようやく見つけたばかりなんだ。部外者が関わらないでくれ』


手に持っているスマホを見せつける様に前に出す。そこにあるのは一人の男が少女の腕を掴んでいる場面だ。


「…っ」


男の顔が一瞬歪む。…それを見て俺は口元を醜く歪めた。


スマホからは今も俺と男の会話が続いてた。


『それともなんだ? 持って来れないということはつまり、お前はこの子の父の名を語り、連れ去ろうとしているってことだよなぁ!!!』


「ははは、頭に血が昇っていたかは知らねぇが…随分と大きな隙を晒してくれたもんだ。こっちとしては有難いがな」


「……いったいなんだね、それは。そんな合成映像で何をしようとも無駄──」


「あらそう? じゃあこの動画をそこらの人達に見せちゃおっかなー?」


男は目の前のことに対処しようとしている。だが、何か誤魔化そうとしているが無駄だ。

この動画は確かに合成…だが、内容自体は全て事実でもある。


ここに記録されている音は俺が手元に隠していたボイスレコーダーから引っ張って来たものだ。

残念ながらボイスレコーダーだけを証拠にこいつを強請ることは難しい…確固たる証拠ではないと突っぱねられる。


だが、そこに真実味を浴びる映像があれば? …そう、例えば…監視カメラの様なものがあればどうなる?


俺の住んでいるマンションには当然のように監視カメラが搭載されてある。俺は何より防犯機能を優先して住む住居を決めたからな、当然防犯カメラがある場所を選んださ。人通りがそこそこある玄関ロビーなんかは特にな。


その防犯カメラには音声自体を拾い上げる機能はなかったそうだが、それでも物的証拠として残れば問題ない…だが、これだけを渡しても意味がない。音がなければどうとでも取り繕われる。


だからこそ二つを用意した。


マンションの管理者から監視カメラの映像を譲り受け、俺の持っているボイスレコーダーの音声をカメラの動きに合成させる様に編集をした。


これだけのものを用意してもアイツに対して特に意味はなさないだろう。先程のように冷静に対処される。


…だが、他の者ならどうだ?


「お前自身がこれを否定しても周りの連中はどう思うかね」


「……ぎぃ」


歯を噛み締める音がする。

…そうだ、これはこいつに対しての切り札ではない。こいつの周りを陥れる為の切り札だ。


中学時代に俺は同じような目に遭っているからこそわかる。一度付いた悪評はどんなことをしても解けることはない。


例えこちらが誠心誠意説得をしても、こういうものが出回っているから…という疑心で俺の言葉は全て否定される。…そうして結局何も出来ないまま周りから冷たい目で見られることになるのだ。


「……警察を呼ぶぞ?」


「どうぞご勝手に、警察を呼んでいる間にアンタの評価はどうなるか知らないけどな」


下手な脅しは聞かない。確固たる意思でお前はもう逃げられないぞと告げる。…少なくともそう見せる。


…あぁ、次の手が手に取るようにわかるさ。


「……仕方ない。…少しだけ貴様の話を聞いてやろう」


男は開いた扉を閉める。そして、その場からは絶対動かない。


…そうだ、お前はそうするしかない。…俺から物的証拠を直接取り上げるしかない。だからこそお前は自分を盾に俺をここに閉じ込める。

それが出来ない場合は無理矢理俺をここに閉じ込め、周りの連中に俺がどういう存在なのかを吹聴して事前にこの映像が偽物であると告げる。そうやって情報を無力化させるのだ。


まぁそこら辺は上手く対処するから問題ない…それよりも聞きたいことがあるんだ。


「さぁて、じゃあまず教えてもらいたいこと一つ目…何故お前はそこまでの執念を高嶺親子に…いや、違うな…高嶺の母に抱いている?」


この騒動の最初の動機…それを俺は知りたいのだ。


こいつが高嶺を見ている目…それは確かに尋常ではない程の執念を感じるものであった。

どうあっても手に入れ、その肢体を貪り尽くさんとする目…だが、その目は何処か遠くを見ている。


そうさな…高嶺を通して誰かを見ているんだ。…おそらくそれは高嶺母のことなのだろうと推測した。


「自分のこれまでとこれからを危険に晒してもお前は高嶺母を手に入れたかった。…俺は高嶺母の姿を見たことはないがそりゃ美人なんだろうな…用心深いお前をここまで突き動かすなんて相当なもんだ…まぁ、それだけではない様だがな」


ここまでした動機の…およそ八割は高嶺母への執着だ。そして残り一割が高嶺の体への渇望…それともう一割何らかの理由がある。


「……その目、酷く飢えているな。…まるで自分が狙っていたものを横から掻っ攫われた様な目をしている。…近くで直接見てようやく確信したぜ。…お前、高嶺父に対しても負の感情を抱いているだろう?」


「……ガキが、何を言っている…と、言おうと思ったんだがな…その暗い目、…そうか、ただのガキが私の行動を全て邪魔出来るわけがないとは思っていたが…その歳でよく人を見ている」


互いが互いを見透かしている。

一人は年季による観察眼によるもの、もう一人は経験により裏付けられたものだ。

前者はこいつで後者は俺…どうやら俺達は化かし合いが得意らしいな。


「ちょっとばかし荒い事は慣れていてな、生まれてこの方ずっと俺の人生に張り付いていやがる…お前の考えなんて手に取るようにわかるさ」


クズの思考を読み取るにはこちらもクズになるしかない。

脅し、脅迫、暴力、欺瞞…その他多くの負の感情を浴び続け、それを返してきたのだ。こいつ程度の感情なぞわからないわけがない。


怖いものは恐ろしいから、恐ろしいものは遠ざけたいから…だから知って対処法を学ぶ。暴漢や熊を撃退する方法を調べる様なものだ。

立ち向かわなければ生きていけないのだから…だから、俺はいつでも知ろうとするのだろう。


「…その歳でよくぞそこまで懐疑心を抱けるものだ。…いいだろう、そんなお前の人生に免じて教えてやる」


尊大な顔でそう言い切る。…じゃあ、その態度に応じて俺も不遜に聞いてやろうじゃないか。

…お前の下らない話をな。

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