眼中には入れない

その男は気分を悪くしていた。


兼ねてより計画していたことが破綻となり、それでも諦めきれずに目的のものを手に入れようと努力しても外野によって邪魔をされ続ける。



最初は第一目標の娘が思ったよりも頭が動いたことが障害となった。

第一目標…狙っていた女はああ言えば素直に体を差し出すと思った。その娘はついでではあったが、それでもあの女の美しさを引き継いでいた。だから、欲が出た。


娘の言うことを一旦は聞いて、その後目標を貪り尽くそうと思ったのに…想定するよりも早く対処されてしまった。

気付いた時には目標は知らない遥か遠く、その娘は姿を消していた。


あの時は荒れた。何故娘の言葉を信じてしまったのかと自分を恥じた。

だが、それだけでは終わらない。終わらせてなるものか。


あの女を手に入れるまで絶対には終われない。その執念がその男を動かし続けた。

通っている学校を割り出し、そこから下校時間を推測し後を付ける。そこまでは上手く事が進んだ。そして奇跡的にも現在住んでいる場所を探し当て、偶然にも周りに人がいない状況を作り出すことが出来た。


娘の腕を掴み、お前のせいで父が大変なことになっていると囁いてやればすぐに力を無くした。

もう一歩だ。後少し嘯けばこの娘は堕ちる…そう確信を持てたのに…そこからも邪魔が入った。


如何にもガラの悪い男が急に男の腕を掴んだ。そこから大きな声を出して周りを牽制したせいで退かざるを得なくなった。

まただ、また目の前から手に入るものがすり抜けた…それが、余計に男の執着心に火をつける。


秘密裏に人を雇い、何回も娘を攫おうとした。だが、その全てを男に防がれる。

どうやらあの男はこういったことに慣れているらしい。…忌々しいことこの上なく男の計画を全て力押しで壊してしまう。


こうなれば使いたくなかった手を使わざるを得ない。…あの男を排除すべく、遂に最後の一線を超えるその間際…男の更に上の人間が男を呼び出した。


男はその呼び出しが、おそらく自分の部下に引き起こさせた失態の追求なのだろうと考える。


男はその部下に会社に億単位の損害を与えさせる様に動かした。なんてことはない、これまでの経験からどう動けばそうなるのかを推測し、ほんの少し手助けをし、自分の欲望の為に会社のことなんて考えずにそう動いた。それも自分のリスクを徹底的に排して。


男は向かう。会社を敬う意識などなく、ただ金を得て利用する場であったとしても会社が男を雇っているのは事実。ここで向かわないという選択はあり得ない。


指定された場所に到着し、コンコンコンと三回ノックする。頭の中には部下が引き起こした損害に対しての説明と徹底的なまでの自己保身の弁だけだ。


ノックの返事はなく、しかしながら中に入らないという選択肢はあり得ないために、男は失礼しますと一言入れそのドアの中に入っていく。


そこには──。


「よォ、また会ったな…クソ野郎」


忌まわしくも、自分の全てを邪魔する存在が目の前に立っていた。




俺の目の前にはあの時高嶺の腕を掴んでいた男が立っていた。

見るも忌々しげに、俺のことを不快害虫を見るかの様に蔑み見ている。


「………」


「何故貴様がここに…っていう顔をしているな」


それも当然か、コイツにとって俺は自分の目的を悉く邪魔した正にお邪魔虫…例えその目的がどれだけ吐き気を覚えるものだとしてもコイツにとっちゃあどうでもいい。

コイツに正当性が全くないのだとしても、コイツは正当性を持って動いている。だからこんな後ろめたさもなく感情100%で俺のことを蔑んでいやがる。

この手の奴等はごまんと相手してきた。だから簡単な思考が読み取れる…ほんと、巫山戯ているよな。


「この前お前がこの会社から出入りしていること偶然発見してな。…偶々この会社に勤めている知り合いがいたからな…頼み込んで潜伏してみたらあら不思議、お前を呼び出そうとする奴を見かけた。その御仁にはほんの少し退いてもらって待ち伏せしてたって訳よ」


殆どこじつけに近い嘘だ。わざわざ最初からお前を木っ端微塵にぶちのめしてやるなんて教えてやらない。



親父に事情を伝え、事の事情を裏の裏まで調査が入ることとなり、そして日が経つこと三日…親父の方からようやく確証が取れたとの報告が来た。


結果として高嶺の親父さんは確かに一億もの損害を出していたが…それは故意に起こしたものではないと判明した。


なんでもオヤジの会社の中でも相当に大きな取引を高嶺の親父さんは任されたらしい。

当初、高嶺の親父さんは自分には荷が重いと断っていたそうだが、周りの人間からの後押しもあり、最終的にはやることにしたらしい。


そうして取引が始まったが、最初は両者の雰囲気もよく、このまま進めば無事に事が進むと思われた。

だが、話がまとまりかけたその間際…高嶺の親父さんが足元を崩して倒れ込んでしまったとのこと。


その倒れた先に商談相手の…しかもお偉いさんがいたらしく、その人を怪我させてしまったそうな。

それでお相手は激怒、何度も謝罪に行くが聞く耳を持たず…商談は一方的打ち切られたとのこと。


んでま、それだけなら単純に高嶺の親父が悪いという話になるのだが…どうやらその倒れ方は何処かおかしなものだったらしい。

親父さんはしっかりとした足取りで応対していたのに、不自然に…そう、まるで誰かに足を引っ掛けられた様に倒れ込んだと偶然その場面を見た社員の一人がそう言っていたとのこと。


そして、その場にいたのは高嶺の親父さんとその商談相手…そして、高嶺の親父さんをフォローする役目だったあの男だけというわけだ。真実は何もわからないが、大方どんなことをしたのかなんて簡単に想像がつく。


その社員が何故今までそのことを黙っていたのかは明白、その上司が怖いからだ。下手なことを言って印象を悪くすると我が身が危うくなると思ったのだろう。

別にそれは悪いことじゃない。人間誰しも自分が大切だからな。


で、だ…そんな感じで一応故意にやったわけではないとわかったが、責任が無くなったわけではない。高嶺の親父さんが相手のお偉いさんを怒らせてしまったのは事実ということになっている。

先程の話も真実であるという確証は取れない。…ここまでやっても奴がやったことの痕跡は残っていない。


高嶺の家族に対して行ったことを追求してもきっと無駄。簡単に煙に巻いてなんのお咎めなく終わらせるだろう。


一応それでも事は終結する。ただ、ハッピーでもなんでもないノーマルなエンドというだけ。

…でも、それじゃあ納得出来ないよな?


このままでは高嶺の親父さんが失敗したという事実が残る。親父は高嶺の親父さんにある程度の注意をしなければならなくなる。…そんな結末納得出来るか。


だから、俺がこの場でコイツのやったことを全て炙り出す。その為にこんなふうに正面に立っている。


最初、この行動をすることを親父にも高嶺にも止められた。


高嶺はこれでも充分と言った。だがそれを俺は否定する。


親父はそんなことは俺がやらなくてもいいと言った。後は責任者である自分がやると…だが、俺にはやる理由がある。


このまま終わればきっとあの男はまた動き出す。無限に湧く執念で永遠に高嶺の母や高嶺を狙う。

…だから、ここで全て終わらせる。



俺のやったことは全て無駄だった。最初から親父に言っていればある程度の解決はしただろう。俺がこうやって骨を折る理由もなくなる。


だが、俺は高嶺を拾い上げた。放っておかないと決めた。

…そして、高嶺はそれを受け入れて…俺のことを全面的に信じてくれた。


俺はその信じてくれた気持ちに応えたいのだ。…俺のやったことは無駄だったけれど、それでも俺に拾われてよかったと少しは思って欲しかった。


…だから、目指すのはそんな中途半端な終わりじゃねぇ。ある程度の解決なのではなく、圧倒的な大団円だ。それ以外は眼中に入れてたまるか。


「さぁて、せっかくここまで忍び込んだんだ。…んじゃマ、話を聞かせてもらおうか…高知聡、テメェの本音をな」


その意地で、俺は目の前の男と対峙するのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る