変わる切っ掛けなんて、きっと劇的なものではなく
鬼電。
かれこれ三十回はコールしているが全然出ない。クソッタレめ。
「……………………」
「あ、あの…名取さん? そんなに電話しなくても…いずれ折り返しが…」
はぁー?? ほんまクソ。マジでクソ。
こんな偶然ある? さっきまで色々考えていた俺が馬鹿みてぇじゃねぇか。いや馬鹿だけど。
「そんな無言でいられると少し怖いですよ? ほ、ほら…お茶どうですか?」
「…………ありがとう」
お茶のお代わりを貰いつつ電話を掛け続ける。…はぁーマジくそ。
「イライラするなぁ…! 電話とかのレスポンスが遅いとすげぇ腹立つんだよなぁ…」
「なぜ急に横文字?」
だって応対って言うよりもレスポンスって言った方がなんか格好がつくだろう? …意識高い系に見えたかな、…これからは控えよ。
「ダメだ出ねぇ…こうなったらこっちから行くかそうしよう」
「判断が早過ぎません?」
判断を早くしないとダメな環境にいたからな…俺はきっとあの天狗面で有名な人からも判断が早いと褒められるだろう。
「というか、やいこら! さっきから俺を落ち着かせようとしやがって…おかげで頭が冷えちまったじゃねぇか」
「あはは…すっごく怖かったのでつい…」
ついって…それじゃあ仕方ないな。
だが、正直あのままの勢いで突撃出来れば親父と接する気まずさを少しは軽減出来ると思ったんだがなぁ…シラフで今から親父と会うの…? すげぇ嫌なんだけど…。
親父とは大分和解したが、それでも苦手意識は残る。どつしても昔の印象が取らないんだ。…多分、この意識は一生消えることはないだろうな…。
だが、それでも必要なのだからコンタクトを取るしかない。…これもあの野郎をぶっ飛ばす為だ。
「というか、名取さんって社長令息だったんですね! 意外です」
「意外言うな、俺自身も似合ってねぇと思ってるから…つーか社長の息子って言ってもそんな大したもんじゃないぞ? 親父が偉いだけで俺は全然偉くねぇ、持て囃される資格なんてねぇよ。会社を継ぐ気もないしな」
案外失礼だよなコイツ…学校でのあの化けの皮を少しは俺の前でも残しておいてくれよ。ちょっとは遠慮して?
「それに周りの人も迷惑だろ。それまで頑張って働いていたのにコネ入社した奴がいきなり昇進街道をぶっちぎるなんて。嫌だね、そんな人の悪感情と接しながら生きていくなんて堪ったもんじゃねぇよ」
そりゃ給料とかその他云々は良いのだろうが…俺はそんなことよりも平穏に暮らしたい。切実にそう願うね。
なんでマ、そんな爆弾地帯に自分から行くわけがない。というかそもそも親父が俺を会社に勤めさせるつもりもない…ということでこの話はこれで終わりだ。
「…あはは、ほんの少し意味合いは違いますが…その気持ちはなんとなくわかります」
「気持ちがわかる…? …あー、そういやお前ってなんか周りから偉い穿った見られ方してるよな」
口には出さないが、聖女様なんて呼ばれているしな。
感情としては全く逆だが、意味合いとしてはほぼ同じだ。
周りからの目が凄いというのは結構ストレスだ。例えそれが尊敬とか憧れとかでもクソ怠いのは目に見えてわかる。
だって、あっちから勝手な感情を向けられているのに、いざ相手の理想像と別の行動をしたら勝手に失望されるんだぜ? 最悪だろ。普通に気分が悪い。
「てかお前ってどうしてあんなキャラでやってんの? 辛くない?」
勢いでずっと前から気になっていたことを聞いてみる。話の流れ的にも不自然な会話ではない筈だ。
「…私としても不本意なんですよね。…聖女様なんて大層な名称で言われてますけど、実際は普通の家庭で育ったので…礼儀作法とかお茶会とかそんなよくわからないものをしてるんですねなんて言われても本当に困ってしまいます」
まぁ見た目的にはやってそうではある。…ふーむ、美人なのも中々に大変だな…。
「……中学時代もそうでした。…小学校から進級し、慣れない校舎の中…緊張で固まっていたら何故かお嬢様扱いをされて…いつしか聖女様と周りが言い始めたんです」
あ、その名称って中学時代からの継続なんだ。…辛いな…。だから聖女様って呼ぼうとした時にあんな闇を出したのね。
「思えば最初の対処を間違えたんでしょうね。…最初から違うよって…私はそんな人間じゃないよって言っておけばよかったんです。…でも、それはもう過ぎたことで…今では周りのイメージを崩してしまうのが怖くなってしまいました…」
「ほーん…」
曖昧に頷く。…ふーむ、こりゃ根深い問題…かもしれんな。
周りが勝手に決めたこととはいえ、その勝手を崩すには行動が遅過ぎた…かぁ。
「まだ、手遅れではないんじゃないか?」
「……え?」
正直高嶺の苦しみや葛藤のことはあまり理解していない。苦しみとか葛藤なんて本人にしかわからないものだからな、それは仕方ない。
だが、それを承知で言えることがあるとするのなら…そうだな。
「そりゃあよ、確かにお前は周りから聖女様なんて呼ばれているのかもしれない。…けどそれは所詮学校の話、こっから先進学したり就職なりしたりすれば解決するし、今でも学校の外に目を向ければいいんじゃないか?」
学校なんて場所に拘る必要はない。必要であれば外に目を向ければいいと言ってみる。
これは言うなれば逃げの選択だ。…だが、時には逃げたっていいだろう。何でもかんでも、目の前の全てにぶつかるなんて馬鹿な真似だ。ソースは俺。
「それに学校の中だってそうだ。ふとした拍子にお前のイメージが壊れるかもしれない。確かにその時にお前のことを持て囃した奴等の多くは去っていくだろうさ、…けど、それでもその中の数人は多分残ってくれると思うぞ?」
聖女様なんてフィルターがなくてもこいつがいい奴だってことはわかりきっている。きっと、そんなフィルターがなくても関わりたいと思う人間がいる筈だ。
「後はそうだなぁ…俺みたいにお前のことを一切知らなかった人間と関わっていく手もある。…まぁなんだ、…お前から諦めていたら現状が変わることはないぞってことだ。そんな思い詰めずにもっと気楽にやってけ」
以上で俺の言いたいことは終わりだ。結局は最後の言葉に尽きる。
「………」
高嶺はそれまで黙って俺の言葉を聞いていた。今も口を開いていない。…やはり、真摯に悩んでいる奴に対してこういうことを言うべきではなかったかもしれないな。
中学時代から悩んでいたことなんだ。つまりこの問題はこいつを三年間苦しめたことでもある。…そんな大きな問題をちょろっとしか関わっていない俺が高説じみたことを言うのは間違っているだろう。…失敗したな。
「…わり、軽率なことを言ったな。今の言葉は忘れて…」
「私から諦めていたら、現状が変わることはない。…そうですね、そうでした。…これが、目から鱗…ということですか」
高嶺の目が輝いている様に錯覚した。
真っ直ぐ俺の顔を見つめている。…なんだか少したじろいでしまう。
「…ありがとうございます。名取さん。貴方は…本当に私に大事なことを与えてくれます」
「大事なことって…今のはただの一般論だぞ? そんな大層に言ってもらえる様なことじゃ…」
「いいえ、例えそうだとしても…貴方がそれを私に教えてくれたのです」
……眉をぽりぽりと掻く。…本当に大したことは言ってないと思うのだが…。
「…周囲を裏切るのは怖い。周りからの評価を落とすのは怖い。…でも、それは本当の私を知ってもらうのを諦める理由にはならない。…うん、私…これから頑張って本当の私を知ってもらえる様に頑張ります! …最初はきっと怖くて少しずつだけど…それでも、いつかきっと…!」
…俺の言ったことは本当に大したことはない。単なる一般論だ。
…だが、それでも…高嶺の何かを変えるキッカケになったのならば…それでいいのかもしれないな。
そんな時、ぷるるるると電話が鳴る。
スマホを確認するとそこには親父の文字が…どうやら折り返して来たらしい。
「…マ、取り敢えず…目の前の事態を片付けようか」
「…そうですね」
…ここから一気に形勢逆転だ。
……俺を相手にしたことを後悔させてやる。
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