笑うしかない

母のことが片付いても日々は続く。

続く日々の中は瞬く間に過ぎ…気付けば高嶺を匿う生活も一ヶ月が過ぎようとしていた。


何だかんだこの生活にも慣れようとしている。

高嶺は何だかんだと気が効く奴で、とにかく何かしようとしてくれている。


家事でも何でも気が付けば率先して手伝ってくれて…正直助かる。

最初は出来ないことも多かったが、出来ないことは出来ないとちゃんと言い、やり方を聞いてくれる。しかも教えたら一瞬で吸収するのだから教え甲斐もあるものだ。多分個人のスペックが高いんだろうな、何故今までやろうとしなかったのか。



六月に入り、もうすぐテスト期間。学生達は思い思いの日々を過ごしている。

俺の通っている学校は曲がりなりにも新学校。勉強に関しては真面目な姿勢の奴が多いので大体の奴が勉学に励んでいる。


まぁ中には俺勉強してませんよーアピールをしている奴もいるが、そういう奴って実は裏でコソコソとやっているんだよなぁ…。

そう言って、えー? 全然勉強してないのにこんな高得点取れちゃったよーとかそんな感じのリアクションを取るのだ。そうやって優越に浸る。


個人的には素直に、俺めっちゃ勉強したらこんな良い点数取れたよ!! ヒャッホウっ!! と言い切る方が好感が持てるというものだ。なんか良くない?


さて、そんな俺達はと言うと?



「クソ怠ぃ…! いったい何回ちょっかい出せば気が済まんだよクソが。先月で三回、また来たぞクソッタレめ…!」


「すみません…すみません……」


絶賛あの男が用意したであろう人間をはっ倒した(比喩)帰りだった。


奴さんは相当の暇人+小心者+執念深いらしい。これまで様々な人間を用意して高嶺を拐かそうとして来た。


最初に来たのは…警官のフリをした奴だったな。そいつは事もあろうにそれっぽいことを言って高嶺を連れ出そうとしやがった。


だがしかし、中学時代に何回か補導されたことのある俺は警察特有の雰囲気がなんとなくわかる。それに警察の制服なんてそれっぽいものを簡単に用意出来るからな、多少は演技指導が入っている様だったが俺の目には通じない。


本来警察官を偽るのは結構の重罪だ。本物の警察手帳を出せと言ったらすぐに逃げ帰ったよ。もう少し真に迫った演技を身につけてからやってくるんだなこの大根役者め。


二回目と三回目は不自然な不良が俺たちに突っかかって来た。

…が、むべなるかな…俺はそういう荒事には不本意ながら慣れてしまっている。その両方とも適当に追い払ったさ。


そして今回の四回目はまさかのヤクザみてぇな奴がやって来た。それもまぁあからさまな風体な人間が。


マジのヤクザだったらガチで厳しかったが、今回やって来たのは偽物…簡単に言えばヤクザを騙るヤンキーみたいな感じだ。


本当のヤクザはマジで怖いぞ? 執念深いし一度付けられた傷は一生忘れない。…追い詰めて追い詰めて追い詰めて最終的には目的を達するんだ。本当に怖い。

しかし、最近のまともなヤクザは基本的に大人しく生きている。昔ほど自由に動き回らなくなったということもあるが、最近の警察は本当に優秀なのでカタギに手を出すと一瞬でしょっ引かれることを理解しているのだろう


なので基本的にまともなヤクザは普通の人間に手を出すことはない。金を積んだって多分無駄だ。それぐらい切羽詰まっているとしたら多分そこまで大きい所ではないと思う。今回は偽物だけどな。

今社会的にヤバいのは…やっぱり闇バイトだろうなぁ…。


情報弱者を目先の金で釣り、SNS等で集めた使い捨ての道具を使って犯罪を他人にさせる。…その時も自らのリスクを徹底的に排している。

一度沼に嵌ったら抜き取られた住所とかの個人情報で色々と脅し、やらなかったら家族を殺すとか言われるらしぜ? マジ怖くね? やっぱりSNSって怖い、絶対やんね。


そういった闇バイトの裏にいるのはいったいどういう奴等なのだろう…案外まともじゃないヤクザとかがバックにいたりしてな。

…今思ったんだが、まともなヤクザとはどゆこと? なんか頭がこんがらがって来たな…。


まぁとにかく! 例えどんなに苦しい状況であっても闇バイトには絶対手を出さない様に…!

人間、本気で困っている状況だったら何かしらの存在が助けてくれると思うぞ。助けてって言えればの話だけどな。俺のことは別として。


話がズレたな。

とまぁ、結局ヤクザを騙った奴は適当に転がした。後でウチの組が黙ってないぞとか言われたがそんなのは知らん。

というかそいうことは下っ端の君が言っていいもんなの? 俺の知っているヤクザはそういうこと絶対に許さなかったんだけど…。


とまぁ、実を言うとほんの少しだけ…マジで浅い部分だけだが、俺は本物のヤクザを知っている。だからこそわかる恐ろしさがあの連中にはなかった。だから速攻で転がすという選択を取れたわけだ。本当のヤクザなら絶対相手しない。死ぬほど逃げる。

まぁ逃げてもヤクザの追跡力からは逃げられない。結局は無駄だ。

なんで、そういう状況になったら上司の男を直接襲撃しに行ったかもな、最低でも上司の男と相打ちで手打ちにさせてやる。


「別にやってくるのはいいんだがもうちょい場所選べよなぁ…あんな往来で人をぶっ飛ばしたら俺が悪物みたいじゃねぇか」


「いえいえ、周りの人は名取さんを凄い人だと思っていますよ。きっと」


きっとて…人相の悪さ的にはどっこいどっこいだからなぁ…多分同族だと思われているぞ?


まぁいいや、取り敢えず家に帰還…はぁ、リラックス。


「お茶どうぞ」


「ん、悪いな」


帰って早々高嶺がお茶を用意してくれた。…茶葉は番茶だ。


ずずず…と番茶を飲みながら今後のことを考える。


「正直マジで鬱陶しくなってきた。…奴等、俺達から手を出さないと思って好き放題しやがる…こうなったらいっそのことその上司の会社に凸ってやろうか…」


「それは…どうなんでしょうか? あまり事態が好転する気がしません。…私が巻き込んでいて言うのはどうかと思いますけど…」


後半はともかく、前半は俺も思っている。

しかしなぁ…こうも好き勝手にされると…こう、…やり返したくなる。


あの舐め腐っているだろう顔に一発入れてェ…あのぶくぶく太った腹に蹴りをぶち込みたい。肝臓を吐き出すぐらいボコボコにしたい…そんな気持ちでいっぱいだ。

ぐつぐつと黒い感情が沸き立つのが自分でもわかるが、一先ず冷静に…そう、冷静に…。


一番最初に考えなければならないことはどうやったらこの現状を打開出来るかだが…これは難しいな。

あの上司の弱みを握れれば一瞬なんだが…それも難しい。


先程襲って来た野郎に誰の差し金かと聞いてもわからないとしか言われなかった。

つまり、あの男は徹底的に自分の立場を隠してこいつらを差し向けている。

…やはり狡猾な奴だ。一切の隙も見せずにここまで俺を翻弄するとは…伊達に長い年月を生きていないというわけか。


…今思ったんだが、俺達を襲って来た奴も俗にいう闇バイトとというやつなのでは?

…闇バイトは俺の日常までにも蔓延っていたか…怖いなぁ、警察に通報しても無理だろうなぁ…。


可哀想だから利用された奴のことは警察には黙ってやろう。次からはやらない様に願っているぞ。

まぁ次やらかしたら治安平定最終兵器である種田さんを呼ぶから大丈夫だ。あの人名前を呼んだらすぐにやってくるからな…邪悪すぎるヒーローだ。怖い。


(呼んだ?)


呼んでないのでお帰り下さい。

思考にまで入り込んでくるって何事? もはや妖怪なんだが?



お茶を飲んで一心地。…話を戻そう。取り敢えず何をやるかだな。


「お前の親父さんのことも心配だし、やはりここは一度こちらから出向くしかない…か」


「その方法だと名取さんが危険じゃありませんか…? …父のことは心配ですが、それで名取さんが危ない目に合うのは…少し、賛成出来ません」


そう思ってくれるのは有難いが…そろそろ現状から打開しないとヤバい気がするのだ。


あの男の執念深さは身を持って知った。段々と手段を選ばなくなっていることから、あの言葉…絶対に逃がさないという言葉も真実味を浴びて来ている。


今はまだいい、まだ本物の裏の人間を使っていない。…だが、これがエスカレートしたらいつしかマジもんの裏の人間を使ってくるだろう。

誘拐、強盗…ありとあらゆる手段で高嶺を狙われたら流石に俺も守りきれない。単純に数の差で圧倒される。


そうなれば高嶺を奴の手の届かないどこか遠くに連れて行くしかなくなる。…流石にそこまでは付き合いきれないし、その方法は真の意味で高嶺を守ったということにはならないだろう。日常とか全部ぶっ壊していることには変わらないからな。

任せておきなと言っておいてこれなのはちょっとアレだ。…辛いな…。


なんでまぁ…危険は承知でも結局はこちらから出向くしかないのだ。…本当にクソ怠いけどな。


「危険なのは百も承知だ。…だが、今動かないと手遅れになる…気がする。…だから俺としても不本意だが行くしかねぇんだ。…悪いな、無駄に心配させて」


「い、いえ…っ! 元々は私のせいなので…すみません。何もしないのにこんなことを言ってしまって…」


……やれやれ、なんでここまで自罰的になるのやら。

最初の印象から想像出来ない変わり様だ。…人間、追い詰められるとどんな人間でもああなってしまうのだろう。


「気にすんなよ。お前が悪いわけじゃないんだ、全部あの男が悪い」


頭をポン…とはしない。

危ない危ない。高嶺は妹とは違うんだ。そんなことをしてしまえばセクハラで訴えられる。


最近は手が掛からなくなったが、前は本当にだめだめだったからな…。

そういうこともあってどうやら俺は高嶺のことを妹として見ているらしい。なので体が勝手にそう動いてしまった。この癖直さないと…。


行き場を失った手を高嶺の頭の上でウロウロとさせながら、次の言葉をなんとか捻り出す。


「あー…まぁアレだ。奴の所に出向くことにより一発逆転の手が生まれるかもしれないしな。…それにそこまでの危険はないはずだ。そんな心配しなくても大丈夫」


「そうですか? …それならいいのですが…」


高嶺は頭上で浮いている俺の手を不思議そうに目で追っている。…ふぅ、なんとか誤魔化せたか。…誤魔化せてなくない?

まぁいいか、それじゃあ取り敢えず明日の放課後にでも向かお……あれ?


「そういや俺、お前の親父さんが勤めている会社知らねぇや」


大事なことを忘れていた。それを知らないのでは話が進まない。


「……あ」


高嶺の方も失念していた様だ。…二人揃ってポンコツか?


話によると大手企業とか云々言っていたな。…ふむ、一体どこなのやら…。


「…すみません」


「いいよいいよ、誰にだってうっかりはある。…というか俺も慰められる立場じゃねぇしな」


この場に第三者がいればホントそれな!! と言えるぐらいにはブーメランだ。

…まぁいい、過ぎたことはいいさ。


「そんじゃマ…教えてくれるか?」


というかそもそも知ってる? 親の会社がどこなんて知ってる方が珍しいけど。ちなみに俺は知っている。社長の息子だから流石にね?


「…わかりました」


どうやらちゃんと知っているらしい。流石は高嶺だ。




思えば、どうして最初にそれを聞かなかったのか。


「えと、私の父の勤めている会社は…」


それを最初に聞いていたらこんなめんどい状況にはならなかったと思う。


「───名取コーポレーションという会社です」


「…………………んん???」


その言葉は、聞き覚えがありありにあり過ぎた。

……天を仰ぐ。掌を顔に被せた。


「ここから少し遠くにある会社で…父からは良い会社と聞いていたんですが…ど、どうしたんですか? 急に天井に顔を向けて…」


なんという…なんということだ。まさか、こんな、こんな偶然があるとは。

というか、この付近の大手企業と言えば最初にその名前が浮かぶであろうに…マジで俺は馬鹿かな??


「くっははは…」


自分のあまりのアホさ加減に笑いが浮かんでくる。…なんということだ、最初にこれを聞いていれば一瞬で解決したのに…。


「名取コーポレーションに心当たりが? …というか、偶然かもですけど名取さんと同じな、…まえ?」


高嶺もその発想に行き着いたのか、目を丸くして俺のことを見てくる。



「──あぁクソッタレめ…はは、そうさ…名取コーポレーションは…俺の親父が経営している会社だ」


あのクソ親父め、死ぬ程クレームを入れてやる。

お宅の社員は一体どういう性根を持ってるんですかねぇ…とな。

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