それを先に言って欲しかったなぁ!
「名取、最近疲れてない? 大丈夫?」
「んー…」
ぐでんと机の上に体を預ける。隣にいる委員長の声が遠い。
「何かあったの?」
「んーにゃ…なんもないが?」
別に疲れているというわけじゃない。ただ、ゴールデンウィーク中やら昨日のことやら…いろんなことが立て続けに起こったからな。気力を使い果たしただけだ。
前にも言った通り、別に悪いというわけじゃない。いい思い出が多かったのは事実だ。…ただ、単純にイベントが多すぎるんだよなぁ…。
…ほら、音楽ライブを一週間連続で聞いても最終的に疲れた以外の感情が湧かない…みたいな? 音楽ライブ行ったことないからわかんないけど。
「あらそう? …ね、名取。朝の英語のテスト何点だった?」
当校では毎朝英語の単語小テストをやる決まりである。英語はグローバル化する社会に必要だとかなんとか言って学校の決まりにしてしまったらしい。正直めんどい。
「ん」
机の中から英語のテストの用紙を取り出す。…適当に詰めたからグチャグチャになっちゃった。
「どれどれ…ウっ…私より点数高い…」
「舐めんな、こんなもん朝ちょちょいと英単語を覚えたらいけるいける」
尚、定着するとは言っていない。…マジでその場凌ぎのための勉強だからなぁ。
「ほいで? 急にンなこと言ってどうしたんだよ。なんか悩み事? 暫く名取の相談コーナーは閉店しようと思ってるんだけど…」
「違う違う、そんなんじゃないよ。…ほら? うちの学校って中間テストが他の高校より時期が早いでしょ? 名取はちゃんと勉強しているのかなーって」
「あー…」
勉強ねぇ…。
勉強、やらなきゃなぁ…でもめんどいなぁ。
中学時代の家庭教師だった栞ちゃんは遥か遠くの海外、彼女の好意により勉強を教えてもらっていたが、こう…自分の意思で勉強をやるとなると気が持たない。
一人暮らしという環境が悪さしているのか…ついつい他のことに構けてしまうのだ。…掃除とか、模様替えとかしちゃう…しちゃわない?
「ねね、名取。今度の中間テストさ…勝負しない?」
「勝負ぅ?」
いきなりどしたん。
「勝負って…具体的にはどんなの」
「受けたテストの全教科をまとめた総合得点で勝負! …何か賭けでもする?」
総合得点で勝負…か、…まぁ面白そうだからいいけど。
それと何? 賭け?
「賭けは…定番で言えば買った方が相手に軽いお願いを一つ出来るとかか?」
「いいね、それいただき。…ふふ、どんな結果になるかなぁ…」
「まだ口でやるとは言ってないんだよなぁ…」
「でも心の中ではやってもいいって思っているんでしょ?」
そりゃあ、そうですけどね。
─
「たでーまっと…」
帰宅、どうやら他の連中は帰っていないらしい。久しぶりに一人の時間だ。
「んー…洗濯物取り込むか」
最近は女物の服が大半を占めている。うーん、洗濯ぐらいは自分でやって欲しいのだが…。
別に俺としてはどうでもいい、家で妹の服とか畳んでたし、幼馴染の服も洗濯していた。今更パンツとかブラジャーを見てもただの布としか思わん。
だが、世の中の女性にとっては下着とは重要なもの…男が軽々しく触ってはいけないのだという。…つまり、セクハラで訴えられないから心配ということだ。冤罪怖い。
昔路上で倒れた女性に応急処置した後にあーだこーだ言われたことがあるからな…。
結局近くにいた医療従事者がその人を叱って事なきを得た。ありがとう、おっさん、あんたのおかげで助かったよ。
「今日中にでも洗濯のやり方を覚えさせるか…全く、愛菜でも大体の家事出来るぞ…」
なんなら愛菜は家事が得意な方である。幼少の頃からいろいろと聞きたがりで何でもかんでもやり方を教えて欲しいと言われたもんだ。懐かしい…。
懐かしさを覚えつつ、家事を片付けていると…ピンポーンとインターホンが鳴る。
「おー?」
誰だろ。特に誰か来るという連絡は…これ何回目だ?
まぁいいや、取り敢えず玄関に向かうとしよう。
チェーンロックを掛け、ドアを開ける。…そこにいるのは見覚えのある人…。
「あ、種田さん。お久しぶりです」
「やぁ名取君、お裾分けに来たよ」
現れたのは腹が大きく出た俺と同じぐらいの巨漢…下の階に住んでいる種田さんだ。頭はスキンヘッド。
「はい、これ。実家で取れた野菜と実家で取れたいくら。後は実家で取れた卵もどうぞ」
「いつもすいません…こんなお裾分けしてもらって…」
種田さんは普段は会社員として過ごしているが、実家の方では大きな事業をいろいろとやっているらしく、その伝手で様々なものをお裾分けしてくれる。これがまた絶品なんだ。
「いいんだよ。名取君はいつもいい情報を持って来てくれるからね。ほんと、助かっているよ」
ニチャア…と口を大きく種田さんが開ける。その癖やめた方がいっすよ。
「そんな情報だなんて…俺はただこの付近にガラの悪い奴がいるって忠告しているだけじゃないっすか」
「ははは、それもそうだね」
…雰囲気でわかるかもしれないが、この人は…まぁ、そういう人だ。
この人が狙う
俺、クソ野郎に慈悲を与える程イイ奴じゃないんだよね。
種田さんとの関係は遡ること二ヶ月前…俺が深夜のコンビニで買い物をしている時だった。
春の深夜になると陽気でやばい奴がよく現れる。…それは男の俺も遭遇してしまうのは例外ではなく、俺はその時にとある存在に出会ったのだ。
…そう、露出狂に、男の…それも結構歳食ったオッサンが俺の前に現れて急に股間を見せびらかして来たのだ。…普通そういうの見せられるのは女の人じゃないの? いや、遭遇したのが俺でよかったけどさ。
まぁそいつはどうでもいい、股間を見せびらかした瞬間に頭をぶん殴って倒したから…問題はその次だ。
オッサンをぶっ飛ばした後、いったいこいつは何処のどいつだと確かめる為に屈んでオッサンの顔を確認しようとしたその矢先、ぽん…と、俺の肩に手を置く存在がいた。
そして、俺が後ろを振り返った瞬間に一言…。
『君、親父狩りかい? …それはちょっとよくないんじゃないかなぁ…オシオキ、だね』
『……ッッッッ!!!!』
多分あの時の警鐘は人生でトップ10に入る程の大きさだったと思う。マジで怖かった。本気で怖かった。ほんっっっっっっとうに怖かった。
その声が聞こえた瞬間にダッシュで逃げて、種田さんと死の追いかけっこをすることとなり…追い詰められて戦って…ようやく誤解を解いた。あの時の朝日ほど感動したものはなかったな。
そこからはお詫びという形で様々なものをお裾分けされる仲となった。よくもまぁここまで関係を改善させたよな。俺凄い。
「最近コンビニで屯していた人達はもういないから安心して夜中にコンビニ言っても大丈夫だよ。…うん、しっとりと説得したからね」
「あはーは」
いったいナニしたんやろな…恐ろしい世界なので関わらない様にしよう。知らぬが仏だ。
「そういえば最近二人の女の子を匿っている様だけど、大変じゃないかい? おじさんの力が必要になれば遠慮なく言って欲しいな」
「現に今助かっていますよ。三人で飯を食うとなると食費が結構馬鹿にならないものでして…」
「そうかい? なら後で他の野菜とか色々持ってくるよ」
「ありがとうございます」
「うん、君の力になれて何よりだ。……あ、そういえば…」
種田さんから野菜を受け取っていると、まるで今思い返したかの様に種田さんが言葉を漏らす。
「今、君が匿っている…大きい女の子が変なおじさんに絡まれていたと伝えようとししていたんだった…うっかりだ」
変なおじさん…え゛!!
「や、ヤベェ!!」
種田さんから貰った諸々を玄関に急いで起き、靴を履いて外に出る。ちゃんと鍵を閉めてな。
「す、すいません種田さん! 話の途中ですが失礼します!」
「うん、頑張ってね。…青年の流す汗は堪らないね」
怖いこと言わないでくれますぅ??
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