こわくま
目の前には一つの家がある。
側から見ればただの民家、そして俺から見ればまるでラスボスの居所か…。
特に緊張する必要は…いやあるな、普通に緊張するわ。
他人の家にあまりお邪魔したことがないのでちょっとキツイ、友人宅に行ったことがないわけではないのだが、そいつはちょいと特殊というかなんというか…つまり参考にならん。
一番参考になるものと言えば…やはり幼馴染宅になるのだろうが、ぶっちゃけあそこには通勤感覚で行っていたからな…やはり参考にならない。
なので、こういう普通の家にお邪魔する時どうすればいいか全くわからなかった。
「…ピンポン押した方がいいっすかね?」
「私の家だから別にしなくていいよ?」
「…うっす」
…ええいままよ! 取り敢えず行ってみるしかねぇ!
…意を決して、俺はドアを開ける先輩の真横に立つ、丁度ドアから除いて見えない位置だ。
…いや、ほら…やっぱり怖くてね…。心の準備がまだ出来てないのよ。
それに俺の顔と体格は人を威圧する。…前にちょろっと見た先輩のお母さんも先輩と同じぐらいの大きさだ。…少し縮こまっておこう。
「ただいま」
先輩がそう言って家の中に入る…すると、そこには待っていたかの様に待機していた人が…。
「穂希…! お帰りなさい!」
ドアを開けた瞬間に先輩のお母さんが出迎える。…ふーむ、心配して待っていたという感じかな?
「よかった…! 無事に帰れたのね?」
「うん、名取くんが私を守ってくれてたの…ね?」
「え、あ…!」
そう言って先輩は繋がっている左手を見せつけるかの様にちょこんと上げる。…そういや離すの忘れてた。急いでその手を離す。
「あっ…」
若干の抵抗があった気がしなくもないが、その手は簡単に外れる。…うん、多分気のせい。
「あらあら…。名取君…だよね? 娘を守ってくれてありがとう。…それと、娘を助けてくれて」
「い、いえ! 自分は自分のやるべきことをしたまでのことで…」
ふむ、友人の親という存在にどうやって接すればいいのかわからん…。取り敢えず敬語は欠かさないようにしよう。
「そんな硬くならなくてもいいわよ。もっと気楽に接して頂戴な。…貴方は娘の恩人なんですもの、そんなに縮こまれたらこっちが困るわ」
「いえ、そんな恩人なんて…自分は当然のことをしたまでのことですので」
そんなんで感謝されても困るというのが実情だ。当たり前のことをするのは当たり前のことだ。それが人間として正しいことなのでは?
なら、俺がやったことは凄いことでもなんでもない…普通のことだ。なのだとしたら感謝される言われはないだろう。
「…ふふ、そう言い切れるのが凄いところよね。…ささ! 中にいらっしゃい! よかったらご飯も食べていって」
「な、中…っすか」
「そうよ、例え当たり前のことでも娘を助けてくれたのは事実なんですもの、そのお礼をするのも当たり前のことよ」
片目を閉じて軽くウィンク投げかけられる。…うーん自然体。その仕草に全くの違和感がないな。
…しかし、俺にこの中へと入れと? …無理をおっしゃる。
緊張で胃がヤバいことになっているのにこれ以上はちょっと…困るなぁ。
「えと…実は家に妹がいまして…そいつの飯を作らないといけないので、そこまで長居は出来ないんですよ…ははは…」
すまん…! 愛菜よ…お前を言い訳に使わせてくれ…! 後で好きなおやつ買ってくるか……。
ぷるるる…と電話が急に鳴り響く。…誰のかな? 先輩のかな?
…発信源は俺のポケットの中…かもしれないね。…うん、間違いなく俺の電話だね。
「…失礼しても?」
「どうぞ〜」
それじゃあ失礼して…ほんの少し二人から離れ電話を取る。…愛菜からだ。
「もしもーし」
『あ、もしもし愛人さん?』
電話の相手はやはり愛菜…なのだが、様子が変だな。具体的に言うと何かの作業をしながら電話しているらしい。
「おう、どうした?」
『愛人さん、今日遅くなるって言っていましたよね?』
「おう、晩飯作るのが遅くなって申し訳ねぇけど…」
基本的にあの家で飯を作るのは俺だ。後は…掃除洗濯風呂沸かしも俺だったかな? 他のやつは全て任している。
『いえいえ、大丈夫です。…実は、今高嶺さんと一緒に料理をしているんですよ。いつもは愛人さんに任せっきりですので、今日ぐらいは私達で作ろうと相談して決めたんです』
「…え!?」
急にぶっ込まれてびっくりした。
「お、おい! うちはガスだぞ? 流石にお前達だけで火を使うのは心配なんだが…」
もし火傷されたらどうしよう…あ、揚げ物でもしてれば失敗した時にどう助ければ…!
『安心してください。昔愛人さんに教えてもらった通りに作りますから。…愛人さんのことですから揚げ物の心配をしていると思いますが、揚げ物はしないので大丈夫です』
ほっ…それならちょっと安心…いや待て待て、それじゃあなんだ? 帰る口実がなくなってしまったってことか?
『日頃の感謝を込めて丁寧に作るので、ゆっくりと帰ってきて下さい。…食事をしてから帰ってきても大丈夫ですけど、少しは私達の料理も食べて下さいね?』
「あ、おい! 愛菜…!」
その言葉を最後に、プツンと電話は切れてしまった。…後にはツー、ツーと機械的な音だけが響き渡る。
「…すゥ……」
愛菜さんや、日頃の感謝を伝えてくれるのは嬉しい。…料理を作ってくれるのも嬉しい。
…けど、今かぁ…今伝えちゃうのかぁ…マジかぁ。
電話を閉じ、ポケットに入れ…先輩親子の近くに戻る。
「……あの、少しだけ御相伴になります。…どうやら妹が気を利かせてくれた様なので…」
「…ほんと…!?」
先輩がすげぇ嬉しそうな声出してる…うーん、この声を聞いてもう帰れなくなってしまった。
「えぇ…家に帰っても飯があるので、ほんの少しだけですけど」
「あら、育ち盛りだからてっきりいっぱい食べると思ったのだけど…まぁいいわ。それじゃあいらっしゃい」
あ、これは沢山食べさせられるやつですね…。
ま、俺は食う量は多いしなんとかなるだろ。言われた通り、これでも育ち盛りなんでね。
先輩のお母さんに案内される。…が、今更ながら気付いたことがある。
(先輩の体ってお母さんの遺伝なんだな…)
先輩のお母さんは…まぁ簡単に言えば超爆乳だった。凄い。
先輩と同じ程度の体格、それでいて出るとこはばびゅーんと出ている。いずれ先輩もこうなるだろうなというのが簡単に想像出来る。…いや、なんならもう追いついているのかもしれないな。見た感じほぼ一緒だ。
それでいて妖艶な雰囲気を漂わせているので、正直世の青少年にとって見るだけで毒のような人なのかもしれないが、俺はなぁ…自分の母親がえっちらおっちらヤってる場面をめちゃくちゃ見たからなぁ(不本意)…何も感じるわけがなかった。
母親と名のつくものを見るだけで性的欲求がガン萎えする。それは他人であっても身内であってもだ。
凄い、初めてこの経験が役に立ったぞ、おかげで全然緊張しない。
あくまで自然体、無理に視線を外すこともなく家の中を進む。すげぇ、あれ程爆乳だと動くだけでばるんばるん揺れるんだな、生物の神秘を垣間見た。
「名取くん…お母さんのこと見過ぎじゃない…?」
「え、…んー、別に他意はないです。ただ前を見ているだけですよ」
先輩が俺の脇腹をつんと押す。一瞬ぐぉっ! と言いそうになったが頑張って耐える。
そして先輩のお母さんを見過ぎ…か、それは仕方ないと言えなくもない。
俺がガン萎えするのはあくまでお母さんという単語…つまり、先輩のお母さんのことは普通に見れても、先輩のことは直接見られないわけですよ…。
なんでまぁ、先輩が隣にいる現状、俺は前を向くしかないというわけだ。横目なんて見たら先輩のお母さんになんて思われるか…やだよ? ここまで信頼されているのにふとしたことで信頼を失うのは。
「…やっぱりお母さんの方が魅力的なのかな…」
魅力的? …確かに、普通ならそう見えるのかもしれない。先輩を許容するのが小悪魔だとしたら、先輩のお母さんは
でも、俺にとってはただの先輩のお母さんってだけなんだよな。ドギマギする要素が一切ない。
「いや、本当に違うんで。俺に人妻をどうこうする趣味はないんで、ガチで、マジで本当に前を向いているだけっすよ」
なので弁明するというわけではないが、一応釘を刺しておく。我ながら凄く平坦な声を出したな。
「じゃあどうしてお母さんばかり見ているの…?」
「それはまぁ…今は横を見るわけには…」
……時が止まる。やべ、変な目で見ていることバレたかな…。
「名取くん…っ、そ、それって…」
「え、あー…わ、わーい。先輩の家のご飯楽しみだなぁ! わははー!」
俺的奥義、困った時は適当に誤魔化す。…うん、誤魔化せる気がしないな。
「…我が娘がこんな積極的に…! うぅ、お母さん嬉しい…っ!」
あの、涙を流してないで早く先に進んで? とてもいたたまれないから…。
居間、そこにある大きなテーブルに誰かが座っていた。
筋骨隆々! 筋肉爆発! まるで肩にちっちゃい重機乗せてんのかい! …と、言いたくなる様な鉄壁のマッスルボディーを有している存在…。
「やぁ! 君が名取君だったね! はじめまして、穂希の兄の
簡単に形容するのなら、爽やかな大熊がそこにいた。
怖…熊やん。
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