こ、小悪魔…
と、まぁ今年のゴールデンウィークはこんな感じだった。
ゴールデンウィークが五日から四日となり、昨日の時点で休暇は終わってしまっている。
…え? ゴールデンウィークは4月29日の昭和の日から…だって? 馬鹿言っちゃいかんよ。中に平日が挟まってるじゃないか。
なので俺にとってゴールデンウィークは憲法記念日からだ。振替休日を含めて四日というわけなのである。そういうことにして貰いたい。
今年のゴールデンウィークは…いろいろと大変ではあるが、総じていい思い出の方が多かったのではなかろうか、愛菜と遊べたし、親父を祝福出来たし…割といいこと尽くめだと思う。
最終的には良き休暇だった…と言えるかもしれないな。
休暇が終わったことにより学生は学校へ行かなければならない。
朝、三つ分の弁当を作った後、妹を駅まで送り届け、その後に自分の準備…そんな感じで結構忙しかった。
高嶺の方も慣れない道で学校へ行く為、今日は少し早めに家を出ていた…一応一緒に住んでいるとバレたくないので俺と登校時間をズラしてな。
そんな感じで朝は少し慌ただしかったから弁当を忘れたのだろう。
お金を節約したいので何卒どうか…と頼まれた身としては憤慨ものだ。全てが解決した暁にはこれまでの弁当代とか諸々請求してやる。
家計簿に高嶺に掛かった費用欄も作ったんだぞ。可哀想なので食費とか生活費はその欄に入れてないけど…あくまで弁当代とその他諸々の雑貨品とか日用品だけな。
「ったく、次忘れたらシバく…」
そんなことを呟きながら保健室へと戻る。…まだ弁当食い終わってないからね。
「すいません、今戻りました…」
「あ、名取くん。お帰り」
保健室に戻っての第一声…うーん、和むなぁ。
ずずっと椅子を引いて閉まっていた弁当の蓋をもう一度開ける。…っと、そんなところでふと気付いたことが。
「先輩、箸が全然進んでいませんが…どこか悪いところでも?」
「え?」
さっき出て行った時と全く弁当の容量が変わっていない。…お腹が痛いのだろうか…。
「あ、いや違うよ? …その、名取くんと一緒に食べたかったから…ほら、自分一人だけ残されて食べるって寂しくないかなって…」
「あー…すんません、気ぃ使わせちまって…」
どうやら俺のことを考えて食べないでいてくれたらしい。慈愛の化身かな?
「ううん…私が勝手にやったことだから」
にこっと先輩は微笑む…女神?
いや違う、女神と名のつく存在は総じて信じるべきではない。…ダイスの女神とか、乱数の女神とか…いろんなものに裏切られたからな!
「…それじゃあ、これ以上待たせるのも申し訳ないので…昼飯を再開しましょうか」
「そうだね」
他に何か形容できるものはないだろうか…天使?
いや、天使は違うな。俺は昔なんたらの天使とか呼ばれていた女に詐欺にあったことがある。
…なので俺にとって天使は可愛いものでも祈るものでもなく、打破するものである。最終的に後ろから大柄の男が現れた時は本当に仰天したわ。美人局って怖い。
「お菓子もまだまだあるから食べてね」
「うっす」
それじゃあ他には…なんだろう。思い浮かばない。
飯を食べつつ、先輩をどう許容しようか悩んでいた時…。
「あ、そういえば名取くん。名取くんに頼みたいことがあるんだけど…いいかな?」
そんな声が掛かる。
「ん、いいっすよ」
俺はその声に関して特に内容は聞かず即決。先輩なら変なことは頼まないだろうという信頼があるからな。
「その…ね。…前にお母さんが名取くんにお礼を言いたいって言ってたでしょ? その時近いうち私の家にお邪魔するって…」
「あ」
…へ、へへ…まさか…今そんなことを言うつもりじゃあ…ないっすよね?
俺がもう返事した後でそう言う…そりゃ流石に…不義理が過ぎるものでは?
戦々恐々と先輩の言葉に耳を傾ける。…先輩はそんな俺をチラりと見ると、ニッコリと…あぁ、正に小悪魔的な笑顔で俺を見つめる。
「…名取くん、今日、私と一緒に家に来てもらえないかな? お母さんが会いたいって言ってるの」
「うぬぬぬぬ…」
「ふふふー…」
……先輩を形容する言葉がようやく思い浮かんだ。
この人は、小悪魔だ…。
─
結局その言葉を断りきれず、今日、俺は先輩と下校することとあいなった。
高嶺の連絡先は既に登録済み…愛菜にも今日は友人の家に少しお邪魔するので遅くなると連絡した。…なので多少は遅れても大丈夫な筈だ。
先輩は人が多い場所を歩けない。男がいる場には近寄れない…なので学校を出るのは夜遅くだ。もう校内に生徒は誰一人いない。
普段は両親のどちらか、それか兄が迎えに来るそうだが、今回は俺が送るということで家で待機しているらしい。…流石に不用心では? 俺が送り狼的なことをしたらどうするのだろうか。しないけど。
暗い場所…ということで先輩はほんの少し体を震わせている…無理はない。最近あんなことがあったばかりなのだから。
だからまぁ…うん、これは特に他意はないってことはわかってるんだが…。
…流石にくっつきすぎでは?
「………」
うーむ、むにょん…と、腕に柔らかい感覚が…今だけ腕に麻酔薬投与出来ないかな…駄目? だめかぁ。
心中で様々な感情が呼び起こされる気がするが、必死の思いでそれを封印…。
ずぅーん…と、気分はさながらモアイ像のような面持ちで真っ直ぐ前を向く。あ、そこの男ゴラッ! 何見てんだあぁん? あっちいけや!
先輩の近くで周りを見るとわかりやすいが、この人は本当に人目を浴びる。…服の上からでもわかる爆乳…これでも服とか下着で多分抑えられてるんだよな…ほんと?
男というものは単純で、顔が良くて胸がデカい女がいれば自然と目線をそちらに向けてしまう。…これは遺伝子に刻まれたことであり、誰であっても避け様はない。それは俺も例外じゃない。好みがそれでない場合は除く。
しかしながら人間には意思がある。理性がある。…故、俺は先輩がこういう目で見られることは嫌だと知っている為意識的に乳から目を離すことが出来るが…それを知らない人間は何の躊躇もなく凝視する。
なので俺がガンを飛ばして周りの男共を散らしているわけだ。そのおかげか先輩を見る周りの連中はチラ見しかしてこない。逆に俺がガンを飛ばしてもチラ見する程度には先輩は人目を引くということなのだろう。
ここらで一回適当な奴を転がそうか…そうしたら周りの男共は去る筈…いや、先輩の前で暴力沙汰は不味い…それに警察呼ばれたらヤバいよな…くそ、歯痒いな。
この状況をなんとも出来ない自分に腹が立っていると…。
「名取くん…私の為にありがとう」
「え?」
先輩が更に体を俺の腕に寄せる。…あ、ちょっと勘弁して…。
「私の為に…頑張ってそんな勇ましい顔をしているんでしょう? 普段はあんなに優しい顔をしているのに…」
「い、勇ましい? そんなカッコよく言われる顔じゃないっすよ。…ほら、俺顔老けてるし、厳ついし…」
勇ましいとか、そんな感じにポジティブに言われる顔じゃないと思う。…ぶっちゃけガンを飛ばしているだけだし。
「そう? そんなことないと思うよ? 名取くんの顔ってとってもハンサムだと思う」
…ハンサムて、今日日聞かない単語だな。
「…ははは、ありがとうございます」
その響きが少しばかり面白くて、つい笑ってしまった。
「…嘘じゃないよ?」
どうやらわざとらしく笑いすぎたらしい。愛想笑いだと訝しまれてしまった。
「いやいや、今の笑いは別にそういうやつじゃなくてですね…とにかく進みましょうか、こんな場所をダラダラと歩いていても無駄です」
「え、…うん、そうだね」
先輩は訝しげな顔はしていたが、それでも俺の言葉に素直に頷いてくれた。…いい人だ。
しかし、こうも腕に胸を押しつけられたら歩きづらい…。
と、そんな時、いいアイデアが俺の中に浮かぶ。
この致命的なまでに幸せな地獄を抜け出せつつ、歩く速度を早める方法…。
「先輩、お手を拝借しても?」
「え? …あ、はいっ! …どう、ぞ」
先輩は俺の腕から少し離れ、少しだけ躊躇して左手を差し出す。…思えば先輩は男に触られるのは嫌じゃないのだろうか? もしかして悪手選んだ? 握手だけに。
……しかし、先輩は既に手を差し出している…ここで俺が引くわけにはいかないだろう。
「…俺が絶対守りますんで、この手、絶対に離さないでくださいね」
若干の罪悪感はあるが、俺は先輩手を包む様に右手で握った。…手ぇ、ちっちぇなぁ…。
「は、はい…」
先輩はか弱く俺の手を握り返す。
そうして、ほんのりと足取りを早くして俺達はその道を進むのだった。
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