祝福したい二人
と、空気は一瞬入れ替わったものの、それでも気まずさは少しは残る。
それはというもの俺はこの桜庭美月さんについて全く知らないからだ。
どうしたって他人という感覚が先行する。…これを払拭する為には互いのことを知る必要がある。
「なのでちょっとした質問コーナーを取りましょう。まずは最初に俺から…父との馴れ初めは?」
「急に始まったねぇ…いいでしょう! 何故私が貴方のお父さんの後妻になったかの経緯をお伝えします! …いいですよね? 誠司さん」
「構わない」
桜庭さんはこの様に陽気な人だ。そして言い方としてはあれだが気安い人でもある。…よく言えばフレンドリーと言ったところか?
「あれは私が学生の頃…いや、今も一応学生だけど…母親と父親が蒸発して、借金で首が回らなくなっていざ路頭に迷った時…生きていく為、進学する為にはお金が必要と体を売って金を稼ごうと思っていた時だった…」
いきなり重ーい。前提としてなんで両親の蒸発があるんだよ。それと借金。人生ハードモードか?
「それまで真面目に過ごしていた私にはそういう伝手もなく…取り敢えずイメージとしてホテル街の道路で立っていた時、ぼやーっとした顔でこの人が歩いて来たの」
ぼやーって…この人普段は鉄面皮とか言われてるんだけど…主に俺から。
「身なりからなんとなくこの人お金持っているなーと思った私は、初めてながらもこの人に気に入られようと声を掛けたの…確か、"今、お時間ありますか?"ってね」
キャッチの台詞そのまんまだな。…どうしよ、ちょっと先が気になるぞ。
「そうして声を掛けたものの、次にどんなこと言えばいいのかなーと心の中で悩んでいた時、この人が急にこう言ったの…君は若いかね? って」
「親父ぃ…」
いきなりその言葉は流石に引くぞ。
「いや、違う。他意はない。その時私は家族関係について悩んでいたんだ。会社の人間には話せないので外で相談に乗ってくれる人を探していた。娘や息子のことも聞きたかったからなるべく若い時点での意見が欲しくそう言ったのだ。他意はない」
「ふふ、でも当時はまさかいきなりそんなこと言われるとは思わなくて…この人変態だなーと思いつつ、そですよーって言って、お金をくれたらなんでもしますと言ったの」
なるほどなぁ…親父は言葉足らずの所があるからなぁ…そういう言い方もしてしまうか。
そして桜庭さんも結構強かだな。そう言われて急にその文言が出るかね。強い…。
「そしたらこの人なんと、では誰もいない場所に行こうって言っちゃって! 急にホテルに連れて行かれたのよ!」
「親父ぃ!」
それはヤバすぎないか? ちょっとどころではなく普通に引く。かなり引く。
「ち、違う。会社での立場もあるからなるべく人目は避けたかったんだ。本当に他意はない」
「その写真ぶっ込まれた方がヤバいんじゃないの??」
「問題ない、彼女がいたホテル街は会社から数十キロ離れた場所にある。近くに従業員が住んでいないことも確認済みだ」
………用意周到過ぎて普通に引く。
ずずっと、座っている少しだけ親父から離す。
「……今のは我ながら気持ち悪い発言だった。…反省する」
自覚があるだけマシかな? …椅子は少し戻してやろう。
「あはは、で! ホテルに連れられて、うわー私ついにやっちゃうのかーって思っていた矢先、いきなり重い顔をしてこんなことを言ったの…"私が妻に浮気された要因を教えて欲しい"…って」
「あ〜…」
親父らしいな。ようやく親父らしさが出て来たわ。
「いや急に何!? って思いつつも、あまりに深刻そうな顔だったから話を聞いて…そこから交流が始まったかなぁ…今から大体四年前くらいかな?」
「なるほどなぁ…それが二人の馴れ初めだったんすね…」
俺はてっきり親父が立ちんぼと援交していると思っていたが、どうやら違ったらしい。…多分俺が見たのはそのうちの一回なのだろう。よかった、ロリコンの父はいなかったんだ。
…ん? でも結局学生相手と結婚しようとしてるし、やはりロリコンなのでは?
「彼女には色々なことを教えてもらった。…そこから紆余曲折あり、私の方からよければ一緒にならないか…と言ったのだ。歳の差があるし、妻帯者だし、どう考えても断られると思ったが…まさか受け入れられてしまってな」
「そりゃあその時にはいろんな事情を知っていましたから、この人放っておけないなぁって思うぐらいには愛着を持ってましたよ。それに私年上好きだし」
「はぇ…」
これが大人の世界か…あまり付いていけないな。
「と言っても妻と別れないことには話は進まない。…もし、彼女が離婚を断るのであればこの話もなくなる。そういう覚悟もあると愛人には伝えたいと思う」
親父が急にそんなことを言う。…正直その心配は要らないと思うぞ?
ぶっちゃけ母さんが離婚の話を断るとは思えない。あの人の関心は今は元友人にしかないからな。親父のことは眼中にもないだろう。
「かんっ…ぜんに私が間女だしねぇ…実はこの人の奥さんに罪悪感があったりするの…申し訳ないことしてるなぁって…だから、奥さんに断られたら二度とこの人とは関わらない。使わせてしまったお金も全て返す…いやま、結婚しても返すつもりだけど…まぁ、そういう覚悟もあるわけね」
軽い感じで言ってはいるが、その目は真剣そのもの…。
…最初に浮気をしたのは母さんなのに、それなのに親父達はそう言っているのだ。
あぁ、これが本当に愛し合っている者の姿か…と、そう思わせる光景だ。
理解が得られなければ諦める。そして綺麗さっぱり関係を白紙に戻せる。…簡単じゃないことをしている自覚はあるし、後ろめたさもないわけじゃない…。
でも、それでも…二人は共に人生を過ごしたかったんだ。…これからを二人で生きていきたかったんだ。…だから、反対されるのなら今までの全てを忘れる…。
「…いえ、そうはなりませんよ」
だったら、それは守らなきゃ…世間一般の主張ではなく、俺の主観でこの人達は祝福すべきだと思えたから…。
だから、俺は全力でこの二人を応援する。
「母が離婚を渋るようでしたら俺が説得します。…ですので余計な心配はしなくて大丈夫ですよ」
ようやく、笑顔でこの二人を送り出せそうだった。心の底からこの二人を祝福出来る気がした。
…うん、俺もそろそろ前を向かなければならないということだろう。この二人の様に。
「愛人、別に私はそれを頼む為に…」
「わかってるよ親父。…そうじゃないんだ。俺がしたいと思ったからそうするんだよ。…親父が後ろめたさを覚える必要はない。勿論桜庭…いいえ、美月さんにも」
いずれ親父と結婚するのならいつまでも苗字で呼ぶわけにはいかないだろう。それでは意固地が過ぎるってもんだ。
「改めて…本当におめでとう。これから二人が幸せな日々を送れるように微力ながら力になるよ」
軽くウィンクをしながらそう言う。気分はまるでひゅーひゅー言う外野だ。
「…ありがとう、愛人」
親父は珍しくその顔を綻ばせながらそう言った。…本当に幸せになって欲しいもんだ。
…てへっ、ちょっとなんか空気がくすぐったくなったな…ここらでまた換気でもしますか!
「あ、あー…美月さんは学生って言ってましたが、実際にはどのくらいの年齢で?」
雑談としてそんなことを聞く。…父の年齢が四十だから、最低でも十歳差はあるだろうな。
「えー、それ聞くぅ? …うーん、そうだなぁ…具体的な数字を言うのはちょっと恥ずかしいからボヤかすけど…多分、愛人君と同じぐらいの歳だと思うな」
「あ」
……なぬぅ!!
ガバリと座っていた椅子から思いっきり立ち上がる。
「親父ぃッ!!!」
そうして、ズカズカと親父の座っている場所まで歩いて向かう。
「ち、違う。愛人、違うんだ…美月は勘違いをしていてだな…」
「幾ら何でも…小学生と援交して、そのまま高校生と結婚するのはどうなんだよ親父ぃ!!」
親父の体ををぐわんぐわんと揺する。激しく親父の体が揺れていた。
「え、高校生? どういうこと? 私まだそんな若く見える?」
「違う…違うんだ美月さん。…愛人は…愛人は今年高校生になったばかりなんだ。その愛人と同じ歳ということは愛人にとって美月は高校生…私と美月が出会ったのは四年前だから、逆算して小学校六年生の少女をホテルに誘ったと愛人は思って…」
「え、嘘!? この顔で高校生!? 正直私より歳上だと思ったのに…!?」
「親父がロリコンだって俺ぁ知りたくなかったぞぉ!! というか普通に高校生相手じゃ結婚無理じゃねぇか! 何してんだよぉ!!」
「あ、やば。誠司さんがそろそろヤバい…! あ、あのね? 愛人君、私の年齢二十二だから! 私大学生だからぁ!!」
「あ、頭が揺れる…っ!」
無論俺の年齢が誤解されているとはわかっていた。最近も他の人に間違えられたばかりだし。
だからこれはわざとだ。…ふふ、これに懲りたらいきなり心臓がドキリとするメールを送るなよな。意表を返してやったぜ。
その後、互いに幾つか質問しあいながら焼肉を食べ、後食事会はお開きとなった。
まだお互いのことは全然知らないが、それでも触りだけは知れた…なら、それ以上のことは今後で知ることが出来るだろう。また食事をする機会もあるだろうしな。
取り敢えず今はそれでいい…と、そんなことを思いつつ帰路を歩く。
重い気は晴れ、ゆっくりとした足取りで俺は家に帰るのだった。
─
「いやぁ、本当に驚いた…まさかあの貫禄で高校生だなんて…なんというか、凄く自立してた」
「美月がそう思うのも無理はない。…あの子は、そこらの人間よりも
もう一つの帰路、そこで二人は先程の騒がしさの名残を思い出すかの様にその青年のことを思い浮かべる。
「それってどういうこと?」
「言葉通りの意味さ…私達は…私と彼女はあの子に対して何もしなさ過ぎた。…親としての責務をどちらも果たさなかった。…私達があの子から子供としての人生を奪ってしまった」
嘆く様にその男は天を仰ぐ。その目には取り返しのつかないものが映っていた。
「あの子が大変な時期も私達は何もしなかった。だが、そんな時でもあの子は一人で全てを乗り越えて来た。誰に頼るわけでもなく、自分の力だけで全てを踏破した…その為には子供でい続けるわけにはいかなかったのだろう。…あの子は大人として生きるしかなかった。…そう生きる道しかあの子には残されていなかった」
男は息を吐露する。過ぎ去ってしまったものの大きさを改めて思い知る。
「…そんな私が…何もしなかった私がそんなこと言える筈もない。…言ってはならない…」
そうして、男はあの時、青年に言えなかった言葉を夜空に溢した。後悔に塗れた声で、ゆっくりと。
「親として…私を頼って欲しいだなんて…言える筈もないんだ」
その言葉は、青年には届くことはなかった。
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