遊園地の出来事
「わぁーっっ!!」
「あんま走り回るなよー」
学科試験終了後、約束通り愛菜を遊園地に連れて行く。…高嶺には悪いが留守番をしてもらった。これは愛菜の為のお出かけだからな。
真の意味で保護するというのなら高嶺を家に閉じ込めるわけにはいかない。なので外出てもいいように合鍵は渡したし、昼飯代は渡しておいたので問題はないだろう。
え、学科試験の結果? …ふっふっふ、ちゃーんと合格したさ。いぇーい、これで俺はいつでもバイクに乗れるぜい。
カスみたいな問題に何回か引っ掛かりそうになったがなんとか合格した。ちゃんと手元に免許もあるぞ。
…そういや免許の試験って合格点が異常に高いんだよなぁ、九割取らないと合格にしてもらえない。…それほど自動車に乗るというのは危険があるということ…ということだろう。ちゃんと注意してこれから乗っていきたいね。特に横断歩道。
「愛人さーん! 遅いですよ!」
「悪い悪い」
先行している愛菜に追いつく為に少々小走り…なんで子供ってこんな無限の体力持ってるんだろうね。
「愛人さん! ジェットコースター! ジェットコースターに乗りましょう!」
「そうだなぁ…じゃあそこにいる人と背比べバトルをしようか。…それに勝ったら乗ろう」
「む、負けませんよ…!」
愛菜とその人…まぁ人形なんだが、二人が横に並ぶ…言わずもがな、身長制限の為の人形だ。
…ふむ、見た感じ愛菜の方が大きいな。
「よーしおっけー! それじゃあ乗るとしよう。ファストパスを買ったからするすると行けるぜ?」
「最高ですね…!」
こうして見ると本当に子供なんだがなぁ…普段の愛菜は本当に…なんというか、大人びている。
見た目がそうさせているのだろうか? 愛菜は周りの子と比べても身長がそこそこ大きい。それに目元がキリッとしているのでそういう印象を与える。
それに普段の態度も常に丁寧語、敬語は欠かさない…冷静に人を見ているので何かに騙されるということもない。
まぁ冷静に人を見るというのは俺の教育のアレなんだが…ほら、悪い大人に騙されて欲しくなくて…。
「はやくはやくー! 一緒に乗りましょー!」
「あいよー」
しかし今の愛菜は天真爛漫と言ったところ…うん、そんなに楽しんでくれているのなら連れてきてよかった。
愛菜とは時偶遊園地に遊びに来るのだが、この歳になっても案外遊園地というのは楽しい。俺の場合だとあんまりこういった場所で遊んだ経験がないから尚更新鮮だ。
ジェットコースターの慣性が体に掛かる。
「うぉぉおおおー!!!」
「きゃー!!」
二人して両手を上げて軽快に叫ぶ。Gが掛かるぅ!!!
そうして二人で絶叫を上げた後、地上へと舞い戻る…足元がくらくらだ。
「愛人さん! 次はあれに乗りましょう!」
「んぉ?」
愛菜が次に指差したのは…船をモチーフとしたぐるんぐるんとするやつだ。正式名称は知らん。
「いいな! 早速乗るとしようか」
「はいっ!」
そうして俺達は次々とアトラクションを制覇するように乗っていく。
上にぐわーんと登っていくやつ、二人で乗るゴーカート的なやつ、コーヒーカップ…メリーゴーランドはちょいと恥ずかしいので愛菜が乗っているのは側から眺める。
「あははっ! 愛人さーん! 見てますかー!」
「見てるよー! ぐるぐる回ってるな!」
「なんですかそれー!」
遊園地に来るのもこれで何回目か、しかし何度来ても飽きない。
それは愛菜が心の底から遊園地を楽しんでくれているから…だから俺も楽しく過ごせているのだろう。
くるくる回っているメリーゴーランドが止まる。どうやら舞踏会はもう終わってしまったらしい。白馬から降りてくるのは可憐な姫の姿か。
「愛人さん! もう一回ジェットコースターに乗りましょう! 刺激が欲しいです…!」
「いいねぇ、好きなだけ乗ろうか」
穏やかに過ごせている。…愛菜と一緒に過ごすと心が本当に休まる。
愛菜とは血が半分しか繋がっていない。しかし関係としては愛菜が俺と一番仲が良いと確信を持って言える。
この子は…どうにも俺のことをよく考えてくれている節がある。偶に自分の気持ちを塞いでまで俺の幸せを願ってくれている。
一度…本当に一度、…心が極限まで弱りきっていた時に聞いたことがある。
愛菜はこの家で暮らしたいのかと、こんなクソッタレの環境から逃げ出したくないのかと。
俺の場合は知らなかった。だが今は外に助けがあることを知っている。…そうなれば一家の離散は確定するが、それでも愛菜が幸せになるのならそれでいいと思えた。
…そう、思って聞いてみたのだが…こう言われちまったよ。
『確かに私は健全な環境で過ごせているわけではありません。世間一般では間違った…酷い空間で過ごしているのかもしれません。…でも、私には愛人さんがいます。愛人さんが私に幸せをくれます。…だから、そんな私の幸せを…愛人さんと離れ離れになるのは嫌です! 絶対に嫌です…っ!』
何もかも、全てが潰れかけていた俺に唯一与えられた救い。
ばあちゃんの言葉だけでは無理だった。そんな綺麗事で生きていける程俺は…。…いや、なんでもない。例え心の中だろうとそんなことは言えない。
…しかし、この子という存在がいたから俺はここまで来れたのは事実だ。…俺という存在がこの子の幸せになれているのなら…悪辣に堕ちず、ばあちゃんの言葉に報いて生きていけると思った。
「…………さん?」
それと…後一つ、名残のような感情。
それに背くわけにはいかなかった。…それを裏切ることは出来なかった。…だから、今も俺はこうして善人であるかの様に振る舞える。
「愛……ーん?」
最後の一線を超えずに、踏み止まらせてくれた愛菜には本当に感謝しているのだ。…気恥ずかしいから決して口に出すことは……。
「愛人さんっ!」
「おおう…!」
思考が突然中止させられる。その呼び掛けの主人は不満そうな顔で俺を見ていた。
「いきなり黙ってどうしたんですか? 会話がなくて寂しいのですが」
「んー…ほら、景色が綺麗だからさ? つい黙って魅入っちまったんだよ」
愛菜と遊園地で遊ぶ時、俺達は最後に観覧車に乗ることが定番となっている。
太陽が沈む頃、時間は既に夕方…茜色の空が俺達は照らし続けている。
辛い時、楽しい時、寂しい時、笑っている時…様々な感情がこの景色を見るだけで思い起こされる。
…俺と愛菜はその様々な感情をこの夕日に預けてきた。…その愛しさが忘れられず、だから俺達はいつも最後に観覧車に乗るのだろう。
「ですねぇ…ねぇ、愛人さん?」
「どうした、愛菜」
こてん…と、愛菜が俺に頭を預ける。…どうやら疲れてしまったらしい。愛菜の目はうつらうつらと閉じかかっていた。
「今日は…楽しかったですね」
夕陽が眩しい。この光は遊びの終わりの象徴だ。
「おう」
楽しいものが終わる瞬間は名残惜しい。…俺も、多分愛菜もこの夕日を見て名残惜しさを感じているのだと思う。
「………また、お願いしてもいいですか?」
遠慮がちな声、この子はあまり自分の意思を表に出すのが苦手だ。…だけど、苦手なりにでもちゃんと気持ちを伝えてくれている。
「幾らでもいいよ。時間が合ったらまた一緒に行こう」
だから俺はそう答える。何度だって行こうと誘う。遊園地でも、水族館でも、何処へでも。
「……えへへ。楽しみです」
そう言うと愛菜は笑顔を綻ばせて…完全に目を閉じた。…あれだけ遊び回ったんだ。仕方ないさ。
いつの間にか観覧車が一周してしまったらしい。
ガコン…と、その衝撃で俺達は幻想的な空間から現実へと引き戻させられる。
「…よいしょっと」
俺は愛菜を背負いながら観覧車の中から出る。…もう、楽しい時間は終わりだ。
─
遊園地から退園し、電車へ。
その頃になると愛菜は目覚めて一人で歩く様になる。…あまり俺に頼りきりになりたくないらしい。そこもまた可愛らしいところだ。
「愛菜、今日の晩飯何がいい?」
「そうですねぇ…久しぶりに愛人さん特製の中華炒めが食べたいです!」
「あー、じゃあ帰りに材料買って行かんとなぁ」
そんな会話をしている最中、ふと携帯が揺れる。どうやらメールが来たらしい。
まぁ後で見ればいいかと取り敢えず放置する。
「あ、一応あいつにも何食いたいか聞いておかないと…つっても連絡先知らんしなぁ…悪いけど一旦家に帰ってから考えてもいいか?」
「平気です! というか愛人さんが作る物ならなんでも大好きですよ!」
「ほうけ…嬉しいこと言ってくれるじゃないか」
とまぁ、そんな感じに雑談しつつ家に戻った。…鍵は掛かっているな。
自分の鍵を取り出し、カチャリと開ける。…その中には……。
「ふぅ! これでどうですか! …ふふ、きっと帰ったら私の成長を見て驚嘆するでしょうね…」
洗濯物を綺麗に畳んでいる高嶺の姿が…いや、うん。本当に凄いと思う。よくぞこの短時間でそこまでの習得を…。
「やるやん。確かにちょっと驚きだわ」
「…っ! か、帰ってきてたんですか?」
「おう、今しがた…洗濯物畳んでくれてありがとうな」
やってくれたことには感謝伝える。俺が大切だと思うことの一つだ。
「い、いえ…居候の身としてはこれぐらいは…」
じょ、常識的な反応だ…昔世話をしていた幼馴染とは比べることも出来ん…。思わず感極まる。
あいつら、本当に何もやってくれなかったからなぁ…栞ちゃんだけが唯一の救いだった。…不器用ではあったけど。
「…ふ、今日はお前の好きな料理を作ってやるよ…特別だぜ?」
労働には報酬を、つまり褒美を与えるべくそんなことを言う。
「えー! 中華炒めはー!?」
あ、そういや先客が…でもなぁ、こう言ってしまった言葉は覆し難い…。
「明日…明日作るから…な?」
「ぶー…まぁいいですけど」
折衷案としてそんな提案をしたが…ほっ…素直に引き下がってくれてよかった。
「んで、何が食いたい?」
「え、あー…それじゃあ、スパゲッティとか?」
「ソースは? ミートとかクリームとか…種類としてナポリタンとかカルボナーラとか…具体的に何が食いたい」
スパゲッティは割と簡単、それにネットとかでレシピも膨大にある。あまり作らない料理だが出来ないことはないだろう。
「えっと…クリームスパゲッティで…」
「あいよ、それじゃあ買い物に行くか…」
脳内でスパゲッティに必要な材料を導き出す。…っと、そういや何か連絡がきていたんだっけ…。
買い物袋を準備している最中、並行して携帯の操作をする。…そこに書いてあったのは目を疑う様な文章だった。
「……うぇ??」
アホ面でそんな声にもならない声をあげる。
「どうしたんですか? 愛人さん」
「え、あー…」
そんな俺の様子を心配してくれているのか、愛菜がそんなふうに声を掛けてくれる。…う、うーむ。
「あ、愛菜? 明日の晩飯なんだが…ちょいと用事が出来ちまってな…晩飯を一緒に食べられなくなっちまった。…だから、晩飯は昼頃に作って、夜食べる時にそれをあっためてもらうって形でいいか?」
「…? 別に大丈夫ですけど」
愛菜がそう言ってくれたことに感謝しつつ、そのメールに返信…無論、行かせてもらいますの連絡だ。
「はぁぁ…」
気がどっと重くなる。…あれだけ楽しかった時間が遠くに感じられる。
ほんの少しだけ現実逃避したい気持ちを抑えながら、俺は買い物袋を携えて外に出る。
俺が見たメール…そこにはこう書かれていた。
件名、父。
【愛人へ、明日食事をする時間はあるだろうか、愛人に会ってもらいたい人がいる。私の、再婚したいと思っている人だ】
気が重いッッ!!!
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