風呂場の出来事

「そう言えば明日出かける用事がある様ですが、何処に行くつもりなんですか?」


「おー?」


日用品を回収して諸々の用意を終わらせ、気付けばもう夜…飯も食い終えてしまった。ちなみに今晩の晩飯は肉野菜炒めだ。

ゴールデンウィークなのに全然休んでないな、休みたい。


しかしそうも言ってられない…明日はなぁ、ほんの少しだけ気張ってやらなければならないことがある。


「明日はバイク免許の試験があってだな…ほら、俺の誕生日って五月一日だろ? つまりもう十六歳…もう免許取れるんだよなぁ」


「んー…でもバイクの免許って教習所? で色々と勉強しなければならないじゃありませんっけ?」


ふふ、それを聞くか…それに対する答えの用意はあるぞ。


「いやなー、俺が通っている教習所は十五歳からでも通えはするんだよ。それで十六になれば卒業検定を受けて、そっから免許センターで試験を受ける…卒検はもう終わらせたから、後は学科試験、その後に免許の交付…それを明日やるんだよ」


「へー…」


実は地道にコツコツ勉強してたんだよな…引っ掛け問題の対処もちゃんと学んだ。十中八九落ちることはないだろう。


というか、学科試験で一つ文句があるんだが、あんな玉虫色の問題ってありなのか?


例えば夜間走行は気をつけなければならないとかそんな感じの問題があるが、昼も気をつけなければならないってどゆこと? なんで夜間の問題に昼間が出てくるの?

それって問題としてどうなのって俺思うわけ。問題としての体を成してないよね。


まぁ、そういう問題はそうなんだよってことで覚えればいいから別にいいんだけどね? 後他に文句があるとするのなら標識が多すぎる。ふざけんなよもうちょっとまとめろ。

でも標識の方はまだ温情がある。色とかで用途を分けてるしな…クソなのは路面標識だ。


アレマジでわかりづらいんだよ。本当に覚えるのが大変だった…形が似通ってるのが多いし、殆ど使ってないものも覚えなきゃならんし…。


そこで俺はもう悟った。…免許の試験は全暗記でいいと。教本を全部覚えれば問題ないってな。…全部覚えるの本当に大変だったな…。



「んじゃシャンプーかけるぞー」


「はーい」


現在地、風呂場。俺は愛菜の髪の毛を洗っている。…何故?

何故かと言えば…まぁ、頼まれたから?


偶に愛菜は俺と一緒に風呂に入ることを要求する。本当に偶に、半年に一回程の感覚だ。


「痒いところはないかー」


「大丈夫でーす」


ジャバジャバと髪を洗う。愛菜はそこそこ髪が長いので洗うのはちょっとばかし苦労する。

しかし、髪を洗われるのは気持ちがいいのか、愛菜はその場にじっとしている。


「そういや明日はどうする? 俺は午前中は試験があるからアレだが、午後からは時間があるぞ。何処か遊びに行こうか」


「え、いいんですか!?」


「おうとも、離れて暮らす妹が遊びに来たんだ。そんぐらいはね」


「やったー! じゃあ私遊園地に行きたいです!」


「あいよー」


この子は普段はここまで活発な子じゃない。むしろクールとか、大人しい子だと思われている。


口振から察せられるが、この子は賢い。この年頃にしては異常な程に理知的だ。

それはうちの中での経験がそうさせるのだろう…我が家は…まぁ色々と終わっているからな。


終わっているから自分のことは自分でなんとかしなくてはならない。その結果この頃の子供としては格別に思慮深くなっているわけだ。


んでま、そんな子であったとしても時には人に甘えたい…しかしこの子の親はよろしくヤルことで頭がいっぱい…なんでまぁ親には甘えられない。


…だから、俺がその大人になってもやらなきゃならない。…というか俺がそうなろうと努力した。


赤ん坊の頃から放置されがちなこの子を世話をして、一緒に遊び、一緒に学んだ…言っちゃなんだが半分くらいは俺が親の役割をしていた。

だからだろうか、この子は俺の前だと素直に甘えてくれる…その最後の砦になれたことは素直に嬉しく思う。


母も世話をしようとはしていたが、元友人が母を呼べばそっちを優先してしまう…マ、それを仕方ないと言っていいのかは知らないけどな。親としてどうなの? と、いつも思っていた。


一つだけ気になることがあるとするなら、この子は決して俺のことを兄とは呼ばない。…心の中で兄と認められていないのか、それとも他に理由があるのか…いずれ教えてもらえると嬉しい。

しかし別に理由を聞く必要がないのも事実だ。…だって、誰がどう見たって俺達は兄妹だ。…例え血が半分しか繋がっていなかろうともその事実は変わらない。


「シャンプー流すぞー、目ぇ閉じとけ」


「はーい」


…いつか、母親が元友人よりもこの子のことを優先してくれればと思う。

…俺の場合は仕方ない。愛がなく結婚して生まれた子供なんだ。そう扱うのも無理はない。

だが、この子は違うだろう。…この子は、大切な人との間に生まれた子供なんだろう?


だったら少しぐらいは優先してくれてもいいのではないか? 自分の幸せだけを優先するのはどうなのだろうか? …そんな疑問が母に対してある。


「リンスって必要かな? やっとく?」


「お願いします!」


「ん」


……まぁ、それを言ったところで全て無駄だということは知っている。あの人はこれまでの経験で幸せに飢えている…もう、それを手放すことはもう出来ないのだろう。


「リンスって全然泡立たないけどこれでいいのか? すげぇテカってるけど…」


「それがリンスの役割なんですよ。それでオッケーです」


「おう、これ水に流していいの?」


「どうぞー」


でも、それはこの子を放っておく理由にはならない。…理由にしてはならない。それは人としておかしいことだ。


…だったら、俺がやる。…こんな幼少の頃に寂しい思いなんてさせてやらない。

楽しく、面白おかしく過ごさせてみせる。…その方がきっといいはずだ。


「次は私が愛人さんの髪を洗います!」


「えー? 俺の髪短いから別にいいよ」


「やりたいんですー!」


「…へいへい」


場所をチェンジして愛菜に髪を洗ってもらう。…力加減はまだよわよわだが丁寧にやってくれているのはわかる。


「どうですか? 気持ちいいですか?」


「おーう」


愛菜に全てを委ねる。シャワーの水が頭を流れた。

シャワーの水は俺の髪にある泡を全てを落とした…耳の中に泡が残っている気がするがそこはご愛嬌というものだろう。適当水を掬って耳の中を洗い流す。


体は既に洗ってあるので後は湯船に入るだけ、愛菜と一緒に湯船に浸かる。


「極楽だなぁ」


「ですねぇ…」


こうして二人で湯船に浸かるのはいつぶりだろうか? 割と久しぶりな気がする。


「愛菜ぁ…最近学校はどうだ? 楽しいか?」


チャプチャプと水で遊ぶ音が聞こえる。暇なので最近の近況を聞いてみた。


「はい、楽しいですよ! 最近友達が出来たんです!」


「おっ! いいなぁ…どんな子なんだ?」


「えっとですね…名前は響子ちゃんって言って、歌がとても上手な子なんです。あの美声はいずれアイドルとか歌手とか、そういう感じになりそうなんです! 私は響子ちゃんの歌がとっても大好きで、音楽の時間は本当に楽しみなんですよ!」


愛菜は本当に楽しそうにその子のことを話す。それに釣られて俺の口元も少し緩んでしまっていた。


「いいねぇ、今度一緒にカラオケとかに誘ってみたらどうだ? もしかしたら別に引き出しの歌を聞けるかもしれないぞ?」


「そうしたいんですけど…お小遣いは使い切ってしまって…」


「……んじゃあ、俺が新しく小遣いをやるよ。…母さんにはナイショだぜ?」


「シーっ! ですね!」


団欒、久しぶりにゆっくりと愛菜と話が出来た気がする。…やっぱり一週間に一回は戻った方がいいかねぇ。


しかしあの街にはあまり立ち寄れない…俺が喧嘩を売られることで愛菜が危険に晒されることもあるかもだからな。…難しい。


…そろそろ体が茹だって来た。そろそろ風呂から出るか。


「愛菜さんや、そろそろ上がらないかね」


「ふふ、愛人さんはお風呂苦手ですからねぇ…いいですよ。もう出ましょうか」


愛菜からの許可が降りたところで…湯船から脱出する。長風呂苦手なんだよね。


風呂場から出たらすぐに愛菜の体をタオルで拭く。湯冷めしちゃ風呂に入った意味がないからな。その後に自分の体だ。


「あ、やべ…うちにドライヤーねぇや。…どうやって髪乾かそう」


愛菜の髪を拭き、いざ乾かそうとしたところでハッと気付く。

普段はドライヤーなんて使わないから忘れていた…愛菜は髪が長いし、自然乾燥では時間が掛かり過ぎる。…ぬかったか。


「…ん? これってドライヤーじゃないんですか?」


「お?」


困ったと頭を悩ましていると、愛菜がそんなことを言ってくる。…どれどれ。


「お、マジでドライヤーじゃん…いつの間に…」


「高嶺さんの私物じゃないですか? さっき色々と持ってきましたよね」


……そういやそうだったな。


こういう人の私物を勝手に使うのはちょっと抵抗あるが…悪いけど使わせてもらおう。後で事後承諾を取る。


「まぁいいや、じゃあ髪乾かすぞー」


「わーっ!」


ぶぉんぶぉんとドライヤーを振り愛菜の髪を丁寧に乾かす。リンスを使ったからか愛菜の髪には艶が出ていた。リンスって凄い。


そうして十分程丁寧にドライヤーを掛け、髪を完全に乾かした。…長い髪って大変ね。

その後、パジャマに着替えた心愛と共に風呂場を出る。


「お次どうぞ。一番風呂貰って悪いな…」


「…い、いえ、そこは家主優先だと思いますので…」


風呂場を出た先には見知らぬ女…もとい高嶺の姿があった。

どうやら自分の持ってきた荷物をまとめているらしい。殊勝だな。


「……あれ、どう見ても親子の距離感ですよね…あれで兄妹って…」


「あん?」


何やらボソッと言われた気がする。…聞こえないからもっと大きな声で言って欲しい。


「い、いえなんでも…」


「はぁ…」


そそくさと高嶺は風呂場に行ってしまった…まぁ、特段気にする必要もないか。


寝袋を敷き、その中に入る。…風呂に入ったばかりだからまだ体が暖かい。寝袋の中がぽかぽかになる。


「んじゃおやすみ…」


「えー! もう寝ちゃうんですか!?」


「愛菜ちゃん…子供はもう寝る時間よ。…ほら見て時計を…もう十時、力を全力100%出すためにはねむねむぐっすりしてからの方がいいんだよ…」


「それは明日からでいいじゃないですかー!」


えー? 明日からじゃ遅いよ…それに学科試験が始まるのすげぇ早いし…早起きするためにはこんぐらいから寝た方がいいんだが…。


「もうちょっとお話しましょうよー!」


「んぬぬ…悪いがそれは無理だぁ!!」


ガバッと寝袋から出て愛菜の布団に転がる。そして、掛け布団を使って愛菜を包み込むように布団の中に引き摺り込んだ。


「きゃーっ!!」


可愛らしい悲鳴を上げているが無駄だ。愛菜はもう布団の中に取り込んでしまっている。

そして、愛菜を優しく抱きしめつつ、最後の説得をば…。


「良い子はもう寝る時間だからね。もうさっさと寝ようね…明日なら幾らでも付き合ってやるから」


「…約束ですよ?」


愛菜は俺の提案を飲むかのように腕にひっついてくる。…これじゃ元の寝袋には戻れんな。

仕方ないのでこのまま寝ることにする。…電気は…もう一人が消してくれることを祈ろう。


子供の体温は暖かい。そのせいか眠気がほんわかとやってくる。…次第に、意識が遠のいてくる。

数分後、俺と愛菜はぐっすりと眠りにつくのだった。




その二人を見た、風呂上がりの少女の一言。


「…やっぱり、どう見ても親子ですね」

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