人の嫌がるあだ名で呼ぶのはやめよう

「んじゃあ改めて自己紹介をば…俺の名前は名取愛人、んで、こいつは俺の妹の愛菜」


「どうも改めまして、愛人さんの血縁者の愛菜です」


「えと、暫く居候させてもらいます。高嶺聖です」


はい自己紹介タイム終了、後は各々ご自由に。


チャーハンを平らげた後、遅れてしまったがそれぞれの自己紹介をばする。…ほんとになんでこんな遅れちゃったんだろうね。


「愛人さん、今日のご予定は?」


「あー…どうするかねぇ…」


正直何にもやることがない。何しようかねぇ…。明日には色々とやることがあるんだけどな。


「あの…」


「お?」


女…高嶺聖が控えめに手を上げる。なんのこっちゃと思いつつ、どうぞと手を差し出す。


「…これからここに住まわせてもらう立場で言うのもあれなのですが…日用品が欲しいです」


「「あー…」」


日用品、とどのつまりシャンプーとか衣服とか、その他諸々の物…。

そりゃ必要だわ。第一優先で集めなきゃならんやつだわ。


「新しいものを買うのが一番安全なのでしょうが…持っているお金が心許ないのでそれは難しいです。…ですので、一度家に帰りたいのですが……」


チラッと上目遣いで俺のことを見る。腹立つからそれやめろ。素直に頼めや。

…ん? これ、俺も前にやった様な気がする…思わずデジャブった。…まぁいいか、気にしないでおこう。


「あいあい、つまり俺にボデーガードをしろってことだな? 任せとけ」


「……すみません」


だからいちいち謝んなって。…んー、そこら辺がちょっと怠いけど…まぁそれは追々なんとかしよう。


「愛菜はどうする? ついてくるか?」


「私は留守番しています。持って来た荷物を整理しておきたいので」


了解…と、愛菜の頭をポンと撫で、支度を始める。

ものの数分で支度を終え、いざ鎌倉ならぬ高嶺の家へ。



「そういやお前のことはなんて呼べばいい? 女、とか高嶺でいいか?」


こいつの家へと向かっている最中、暇なのでちょっとした雑談。今は呼び名についてだ。

…上記の候補が嫌だと言うのなら…フルネームならどうだ? 長いからあんま呼びたくないけど。


「女って…貴方って結構しつ…変わっていますよね」


しつ…失礼な奴と来たか。まぁ間違っちゃいないな、いい目をしている。


「人の名前を呼ぶのが苦手なんだよなぁ…なんとなくあだ名とか先輩とかそんな感じに呼んじまう。…お前にもなんかないの? あだ名かなんか」


「…っ」


そう聞いてみたところ、何やら痛いとこでも突かれたような顔をする。…ンー? どうしたのかナー??


「い、いえ…? 私は一平凡な学生ですのでそんな仰々しいあだ名とかないですョ…?」


「ははーん…?」


この反応から察するに…何やら相当恥ずかしいあだ名があると見た。…ふふ、ちょっと当ててやろうか。


「な、なんでそんな不穏な顔をしているんですか…? ちょ、ちょっとやめてくださいよ…!」


「ふはは、待て待て…後もうちょっとでわかる気がする」


こいつの名前は高嶺聖、見た目は如何にも清楚そうな感じ。

あだ名というのは大体が容姿か名前と関連付けられていることが多い…つまり、こいつの場合はこういう清楚とか清らかな感じのイメージがあだ名として反映されていると見た。


清楚、と聞いて思い浮かぶ言葉はそれなりに多い。

お姫様、お嬢様、後は天使とか女神とかそういう感じが多いな。


そんな感じでこいつに一番合ってそうなイメージとは……。


「ふぅんむ…よし決めた。…さっきの会話でお前が学生であることはわかった。そこから導き出すに…学園の聖女様ってのがお前のあだ名なんじゃないか?」


「────な、なん…で」


お! この反応大当たりじゃね? ふはは、我ながら冴えてるなぁ。


「ど、どうしてそれを…?」


「え、当てずっぽう。後は勘と洞察。…そうかそうか、お前は学園では聖女様って呼ばれているのか…よーし! 俺も聖女様って呼んじゃおー」


「……やめて下さい」


その声は恐るべき程切れ味を秘めていた。

凍てつく様な声、凍えさせる視線…思わずビクッとしてしまう様な恐ろしさがその女にはあった。


「お願いします…どうか、どうかその呼び名だけは勘弁して下さい。…なんでこんな歳にもなって聖女様とかそんなあだ名で呼ばれなきゃならないんですか、そういうのはもう少し前の年頃で流行るものでしょう。というかそのあだ名のせいで私は自然と学校ではそういう扱いをされてしまい欠伸をすることも出来ないのに、私は別にそんなふうな人間じゃないのに、お昼休憩にお昼寝もしたいのにどうして図書室で本を読むのが日課になっているんですかどうしてどうしてどうしてどうして……」


ひぇ…っ。

ま、マシンガンが如くどうしてという言葉が連続している…。これにはさしもの俺も恐ろしさを感じてしまう。ちょー怖い。


「う、うん…ごめんな? そんな嫌なこととはわかんなくてさ…と、取り敢えずお前のことは高嶺って呼ぶことにするよ」


どうやら相当心にキテいるそうですねぇ…あれか、有名人は有名人なりの苦労があるということか。


「あ、あー…そういやお前が通ってる学校って何処なんだ? この付近で言うと…青嵐学園とか?」


なんとかこの空気を変えようと、咄嗟に俺が通っている高校の名前を出した。


「……え、はい。そうです…その学校に通っています」


どうやらドンピシャらしい。今日の俺の勘冴えてるな。先程の恐ろしい雰囲気も霧散している。…ほっ。


「んじゃあ同じ学校か、もしかしたら同学年かもな」


同学年じゃなかったら確実に歳上であることが確定してしまうな…もし上の学年なら先輩って呼んでやろうか。


「……え!?」


高嶺が急に大きな声を出した。…急に何?


「え、えっと…名取…さんって、青嵐学園の生徒なんですか?」


「おうよ、学年は一だ」


「お、同い年…!? う、嘘…」


あーん?? 何か文句ありますかー???


「おらおら、お前その反応…もしかして俺のことを相当歳上の人間だと思ってたな? 実際何歳に思ってたか白状せい」


ここで一度聞いてしまおう。客観的に見て俺がどのくらいの歳に見えているのか…いいんちょはお父さんとか言っていたが、流石にそこまではいっていないと信じたい。


「…えっと、あはは、…じゅ、十九歳くらいだと…思ってましたョ…」


あ、こいつ嘘言ってるな。お前の反応で嘘ついてるかどうかなんとなくわかってんだよ。さっきの反応とまるきり同じだ。


「怒らないから言ってみな〜? 本当は何歳だと思ったのかな〜?」


なるべく温厚に言ってみる。…我ながら気持ち悪い声を出したな。


「あ、あはは…怒らないですか?」


「うんうん、俺怒らない。俺温厚な人間だよ」


まぁいいや、取り敢えず今は笑顔でそう言ってやる。にこにこ。


「え…っと。……さっきの年齢にプラス10くらいだと思っていました」


「誰がアラサーじゃボケぇ!!」


「ひぇっ!」


反射的にそう叫ぶ。


二十九!? 俺そんな歳に見えてたの!?

う、嘘だぁ!! 流石にそれは盛り過ぎだろ!! 精々…精々二十五くらいじゃない!?


「お、怒らないって言ったじゃないですか…」


「怒ってねぇ、キレているだけだ。…ち、ちなみに、どうしてそんくらいの歳だと…?」


若干声を震わせながらその理由を問う。

わかってる。この問いは俺に余計な傷を負わせるだけのものなんだって…でも、それでも俺は理由を聞いて納得したいのだ…っ!


「…もう怒らないですか?」


「………うん、今度は本当に怒らない」


多分ショックを受けてそれどころじゃないと思う…。だから多分怒らない。


「…その、名取さんって妙に貫禄があるというか…元々の顔はそこまで老けては見えないのに、額の皺とか、目つきが鋭い所とか…あと、自分の考えをしっかり持っていて、周りの人間の世話を取れる程自立していましたので…凄く大人らしかったので…そのくらいじゃないかなと」


「…ふんふん、…つまり、俺の顔自体はそこまで歳食ってないと?」


色々と言っていたが、俺にとって重要なのはそれだ。


「はい、顔だけで言いますと…二十三歳とかそこら辺かと…」


「よーし! よしよし!! そんぐらいならまだオッケーぇ!!」


アラサーよりだいぶ下がったぞー! ふっはっはっは!


「…その、私が言うのもアレですけど…それでも随分…いや、ここは言わない方が幸せですね…」


「え、なんだって?」


「い、いえなんでもー」


何やら誤魔化された気がするが、…今は気分がいい、そのまま誤魔化されてやろう。


「っと…聞いてた場所によるとそろそろか?」


「あ、はい…ここが、私の家です」


どうやら雑談をしているうちに目的地にたどり着いたらしい。高嶺の家は結構俺の家から離れていた。

さぁて…そんな目的地に着いたところで…。


…周囲の確認だな。おちゃらけた雰囲気は消すとしよう。


周りを見渡す。

…物陰、…誰もいない。周囲の民家に誰も潜む気配なし。あるのは団欒の気配だけだ。


「そこで待ってろ…」


「はい…」


高嶺の家のドアに耳を押し付ける。

……物音はないな。


ドアを少し開け中の様子を探る。

…多少荒らされている。どうやったかは知らんがこの家の鍵を入手しているらしい。やはりこの家にいるのは危険だな…匿って正解だった。


…荒らされた形跡からおそらくその男がこの場所にいたのは一日前…ふむ。


ドアを開けて中に入る。…一つ一つ扉を開いて人がいるかの確認。その後はもう一度閉めて扉の前に物を何を置いて物理的に扉を塞ぐ。もし隠れ潜んでいた場合、これで奇襲を防げる。


そうして一つ一つ候補を潰して…ようやくこの家に誰もいないことを確認した。


「おい、入って平気だぞ」


「ほんとですか?」


おぞおぞと高嶺が自宅のドアを覗き込む様に外で佇む。…まだ緊張というか、警戒をしているな。…無理もない。

平和の象徴であるこの家でいきなり平穏がぶっ壊されたんだからな…その警戒は正しい。


「あぁ、問題ない。それに例え何かいたとしても俺がいる。聞いた話じゃそいつはただのクソジジイなんだろ? 例え不意打ちされようとも負けはしねぇよ。絶対に守るから安心してこい」


俺が物とかを漁ってもいいが、この家の何処にどんな物があるのかを知っているのはこいつだけ…こいつが直接探した方がスムーズに終わる。

それに一人にさせた方が余計に危ない気がする。なら近くにいた方が守りやすい。…それに早く帰りたくもあるしな、もしその上司の男がここに来て、鉢合わせてしまえばめんどいことになる。


なので安心させるべくそう言った。実際守りきる自信はある。


俺の通算戦績で負けはない。…負けそうになったことはあるがその時は戦略的撤退、その後に不意打ちでぶっ飛ばしている。…あの謎流派の武術家は強かったなぁ…。

なんで武術家が俺に喧嘩売って来るんだよふざけんな…破門にされちまえ。


「…は、はい…っ!」


高嶺は俺の自信ある声を信じてくれた様だ。躊躇いがちではあるが家の中に入る。


「それじゃあちゃちゃっと必要なものを回収しよう! 気分はまるで空き巣漁りだな!」


「ここ、私の家ですから…」


そりゃそうだけど……。


その後、特に何も起きることはなく日用品やらの回収を終えた。ちゃんと俺達が来たという痕跡も消す。

…無事に終わってよかった。

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